鷲見ゆきはやや緊張した面持ちで、『今からガチ恋始めます』の収録現場に向かっていた。
気が重いのは前回の収録の最後があの展開で終わってしまったからだ。ただ、昨日の配信の煽りや次回予告を見ているとあの選択は間違っていないと思う。
だが、単なる演出のつもりが本気で心配させたことに罪悪感を感じているのだ。
もっとも、気づいていないのはノブユキ、ケンゴ、あかねで、アクア、メムは演出だと気づいているようだった。さすが、俳優とインフルエンサーだと感心したものだが、むしろ、あかねが気づいていないのは大丈夫なのだろうか、と思ってしまうほどだ。
前回の収録後にアクアがつないでくれたのも有難いフォローだった。しかも、配信時に定点カメラに残っており、こっそり配信に使われていたのはさすがだと思った。冷静なアクアと激情するノブユキの比較で、いい具合に演出されていた。
気分が重いが、仕方ない、と覚悟を決めると撮影の教室へと入った。
「おはよ~」
ガラガラと音を立てて教室の入り口を開けるとゆきを除く参加者全員の視線が向けられる。少し遅れてきたのが原因だ。先日のラストの事もあってか本当に来るか心配だったのだろう。もっとも、少し遅れたのは偶然ではなく、ディレクターから演出の指示があったためで、確かにこの方が映えるな、と思った。
前回のラストから本当に来るのか不安な彼ら―――そして、ゆきの選択は?
キャッチコピーをつけるならそんなところだろうか。本当に辞めるつもりはないのだが、心配かけてしまったな、と思っているとゆきが来たことでバタバタ、と皆が集まってくる。
「よかった、前回のことがあったから来ないと思ったぜ」
「大丈夫だった?」
先に話しかけてきたのはノブユキとケンゴ。この辺りは恋リアっぽくてよい、と思う。その後ろで心配そうに見つめるのがあかね、その奥には微妙にカメラから外れてにやにやと笑うメムと早く話を進めろ、といわんばかりに立つアクア。
はいはい、分かってますよ、と答える代わりに安心させるような笑みを作って、ゆきは口を開いた。
「うん、大丈夫。ノブくんが話も聞いてくれたし、ちゃんと心の整理はできたから」
「じゃあ、続けるんだな?」
「もちろん、みんな、これからもよろしくね!」
絵にかいたような様式美。だが、これでいい。前回の演出はこれでハッピーエンドでみんなの絆が一つ深まりました、という絵を乗せておしまい。そう、思っていた。
「よかった。鷲見さんがやめなくて。ごめんね、前回、何も言えなくて……私、急なことでびっくりしちゃって」
ノブユキとケンゴの間から出てきたのは今まではこんな絡みをしてこなかったあかねだった。
彼女は、ゆきの手を握りお互いの胸の前まで持ってくると、「一緒に頑張ろうね」と本当に安堵したような笑みを浮かべてそう言った。
「(……あれ? 黒川さんの雰囲気が、なんか違う?)」
まるで学校の友人といるような、そんな空気を感じられた。手を握るのも女子の友達同士で何か心配事があった時にはよくやる仕草だ。なお、男子はまだそこまでの仲ではないので、身体的接触は難しい。前回までのあかねならば、向こうでほっと息を吐いていただけだっただろう。
だが、少し様子が違うというだけで、何か障害があるわけではない。だから、ゆきもあかねの言動に付き合い「心配かけてごめんね、頑張ろうね」と友情っぽく締めるのだった。
朝一番のイベントが終わったところで、それぞれが自由に散らばった後もゆきはなんとなくあかねを目で追っていた。朝感じた違和感が何なのか知りたかったのだ。
ゆきから観察されているとは知らないあかねは、メムのスマホの写真を見ながらあまりの枚数に呆れているアクアに近づいていた。
「アクアくん、今大丈夫かな?」
「ん、ああ、メムの無駄に容量食ってる写真を見てただけだから」
「無駄っていうな~!」
アクアの何気ない言葉にメムが抗議していたが、それをするっと無視して、あかねがアクアの隣に座る。アクアといる時のメムの扱いはこんなものである。
「なんか、久しぶりにアクアくんと再会して、格好よくなりすぎちゃってちゃんとお話しするのに勇気が必要だったんだ」
「ここは、ありがとうと言うべきか?」
なるほど? 確かにあかねはアクアとは昔一緒に共演した仲ではあったと聞いていたが、それほど親密な会話をしていた記憶はない。アクアはメムとフリルチャレンジと称したものやノブユキ、ケンゴ、ゆきと話をしたり、リアリティーショーのイベントをこなすことが多かっただろうか。また、仕事の関係で遅れてきたりもしたため、実はメムが一番アクアと絡んでいる疑惑まである。ただし、雰囲気が恋愛とはほど遠い気がしているのだが。
「前に共演した時も一緒に舞台に立てて楽しかったし、中学生の頃はアクアくんにいろいろと助けてもらったり、教えてもらったりしたから……『今ガチ』に出るのに何か理由があって、私に手助けできそうなことがあったら、助けてあげたいな、とは思ってたんだよ」
勇気が必要だったというのは本当だったのかもしれない。今までのあかねとはやっぱり様子が違っていて、笑顔でアクアに話しかけている。だが、そこには恋愛的な雰囲気は感じられない。昔の友達に話しかけているような不思議な空気だった。
「はいはいはい! その時の話聞きたいな。アクたんはあかねに何かしたの?」
「してもらったというのが正しいかも……女の子として大切なことを教えてもらったかな?」
「その言い方は誤解を生むっ!?」
あかねが何やら意味深なことをいい、メムがそれに驚いていると、アクアが思わずといった感じで叫ぶ。おそらく、あかねの言い方もわざとだったのだろう、てへ、とあざとく少し舌を出すと、改めてスマホを操作し始めた。この時点で、ゆきも気になってしまい、思わずそそくさと遠回りをしながらアクアたちが固まる席に近づいた。
「えっと、恥ずかしいんだけど………アクアくんに教えてもらう前の私がこれ」
「「いや、誰?」」
すっ、と出されたスマホ上に表示されたのは、今はショートヘアだが、それよりもセミロングぐらいの髪を三つ編みにし、ダサいシャツとパーカー、ジーンズでスニーカー、しかも、背景から察するに外だが、メイクも何もしていないように見えるという格好をした今のあかねとは似ても似つかない姿だった。
「で、アクアくんに教えてもらった後の私が、これ」
「「あ、黒川さん(あかね)だ」」
二枚目の写真で先ほどの話からすると中学生ぐらいだろうが、今よりも少し幼いが、今のあかねと十分にわかる姿で立つ姿がそこに映っていた。
髪は美容室で整えたのか、セミロングからミディアムロングのストレートとなり、ナチュラルメイクか先ほどよりもはっきりとした顔となり、プチハイネックのロングシャツとワンピースを重ねたガーリーな服を着て、黒のショートブーツを履いたあかねが映っていた。
「恥ずかしながら、アクアくんに言われるまでまったく興味がなかったもので………アクアくんに怒られて勉強しました」
「………え? まさか、あれ、アクアさんとデートした時の姿なの?」
いや、嘘でしょう? ゆきは言いたくなった。ゆきとしてはファッションモデルとして活躍する身だ。前の写真がいかに女の子として終わっているかわかる。しかも、よりにもよって中学生時代とはいえ、あの星野アクアとデートするときの姿というのは、絶句としか言いようがなかった。
「アクたん、この格好のあかねを見つけた時どうだった?」
「………演劇の稽古時、やけに肌や髪に気を使ってないな、と思ってな。いろいろとスキンケア含めて教えようと思って、誘ったらこれだった。一から仕込まないと無理だと直感したな」
「あの時は、ごめんなさい。でも、今はちゃんとしているよ」
さすがに数年前で特に興味がなかったとはいえ、自覚した今となれば恥ずかしいものがあるのだろう。手を合わせてペコリと頭を下げるあかね。
確かにあかねが自己申告するように今のあかねはちゃんと髪も肌も気を使っているし、化粧もちゃんとしていることはゆきでもわかる。というか、自分でもやってるし、それはゆきの得意分野だ。
「そんなわけで、お世話になったアクアくんに何か恩返ししたいな、と思っていろいろ考えてたんだけど………アクアくんって学校生活とか恋愛とかを演技のために知りたいんだったよね?」
「まあ、そうだな」
そうだった、そうだった、とゆきは今さらながらに思う。アクアさんと呼んでいるものの、番組側が用意したイベントごとではなかなか上手に付き合ってくれるため、アクアの目的が達成できているかはわからない。盛り上げ役のノブユキとメムがいるからだろう。その時の様子を学んでいるのだろうか。
さて、ここまでくるとゆきにもだんだんとあかねの狙いが見えてきた。
現状、ゆきがノブユキとケンゴをターゲットにして番組を進めている以上、残りはアクアしかいない。しかし、彼の存在は劇薬だ。いきなりアプローチするのは難しい。だが、あかねにはこの切り札が存在していた。
―――中学生時代の共演した際にいろいろと教えてもらった恩を返したい。
なるほど、大義名分はあった。ならば、後はそれをうまく利用すれば――――
「だからね、学校生活はみんなでワイワイやればいいと思うんだけど、その……恋愛で何か教えてあげられたらなって思ったんだ」
あかねは自分が言っていることが恥ずかしいという思いはあるのだろう。顔をわずかに赤くしてもじもじとした態度でアクアに言っている。
やっぱり、ね。と思う。アクアは男で、あかねは女だ。学校生活はノブユキやケンゴ、今はバカやってるメムでも経験という意味ではできるだろう。だが、恋愛だけは男女でなければ経験できないものがある。そこを狙ったのだろう。番組側としてもアクアを狙わないのはもったいないと考えているはずで、演出上は問題ないと言えた。
「なんだけど、一つ問題があって」
どうかな? と聞くと思ったのだが、どうやら話の流れがそのまま素直に行くような空気ではなかった。
「私も小さいころからずっと稽古、演劇、稽古、演劇だったから、まったく恋愛経験とかなくて、なにも教えられそうにないみたい」
がくっ、となったのはゆきだけではなく、メムとアクアもだった。今までの言動は何だったのだ、と。
「ああ、でも、大丈夫。だから、私じゃわからないから、劇団の女性先輩にどんなことをすれば恋愛がわかるか聞いてみたの。それを一緒にやってみない? 私ももしかしたら恋愛とかの役をするかもしれないし、一緒に何か勉強できたらなって」
「………まあ、やることにもよるが」
アクアも、恋愛を知ることが目的といった手前、恥ずかしいと拒否することもできなかったのか、一旦、やることを聞いてから判断するようにしたようだった。
なるほど、自分でわからないのであれば、他から持ってくればいい、というのは理にかなっているとは思うが、あかねはあかねで自分でアクアを恋に落とす、とか宣言したほうが映えるのではないか? と思うゆきは上手いことこの『恋愛リアリティーショー』に毒されているな、と思った。
「えっとね―――じゃん、これだよ」
あかねが持っていたバッグから取り出したのはB5程度の用紙が入った袋だった。しかも、白紙ではない。何かが印刷されている。
そして、ゆきとメムはその用紙に見覚えがあった。ただし、それを最後に目にしたのはずっと前だったような気がしていた。
「プロフィール帳って言うらしくて、最初にこれを一緒に書くんだって」
「「(な、懐かしい!)」」
なお、ゆきとメムの記憶が正しければ、流行ったのは小学生時代の話である。
※ ※ ※
「あ~、懐かしい! プロフじゃん! 小学生のころにやったやった」
「いやいや、なんでそんな小道具が出てくるのよ?」
「あ~、そういえば、あったな~」
『今ガチ』の配信日。相変わらず、アイドル部門の部屋でルビー、かな、アイ、ミヤコが『今からガチ恋始めます』を見ていた。
その最中であかねが取り出した小道具―――プロフィール帳にルビーとかなが驚いており、アイは懐かしそうに口にしていた。もっとも、アイとしては貰うばかりで買ってもらえるような状況ではなかったので苦い思い出のあるものである。なお、ミヤコはプロフィール帳などの年代ではない。
「なるほど、そういう路線でいくつもりなのね」
「え? この小道具に意味があるんですか?」
ミヤコが感心したようにうなずくのを見て、かなが不思議そうにミヤコに問い返していた。
「あなたたちの反応を見てわかったけど、今の年代の子たちの小学生時代ぐらいなんでしょう? それをほとんど学校生活ができていないアクアと黒川さんがやってるのを見てどう見える?」
そう言われて、ルビーとかなはPCの画面を見る。そこにはアクアとあかねが机を合わせてプロフィール帳の用紙にそれぞれの項目を埋めていっているようだった。時折、書かれた内容を盗み見して、話題が生まれていた。
『え~、アクアくんってピーマン嫌いなんだ』
『あいつ、主張強すぎない? いるだけで全部がピーマン味になる』
『そうかな? 栄養もあるし、食材として有望なんだよ? 私、料理は得意だから知ってるんだ』
『いや、特技が料理って………さっきの写真のあかねが?』
『むぅ、これでも、料理は得意なんだよ? ほかが壊滅的なだけで………』
かなはアクアがピーマンが嫌いというところで、同じだ、と感想を持ったが、以降のあかねの会話を聞いているとイラッとした。ピーマンはダメなんだよ、という主張は強くうなずきたいからだ。嫌いな食べ物は別になおさなくてもいいじゃない、と思っている。
「う~ん、なんか友達っぽい? お兄ちゃんがこんなことしてるのは微笑ましいっていうか……」
彼氏彼女というには若干、幼い気がする。お互いの事を知ろうとしている男女という感じで、ほっこりするような、素のアクアの一面が見れて面白いというか。そんな感じをルビーは受けたらしい。
「そうね。まあ、やってることがプロフ? だったかしら? イメージ的にも小学生の頃に流行ったものの話だからなんでしょうね。鷲見ゆきは熊野ノブユキと森本ケンゴを相手に恋愛合戦をやってるけど、アクアと黒川さんのやってることはお友達を男女でやってるだけ。まあ、ここから恋愛に発展する人もいるでしょうから、黒川さんの言う、恋愛の基礎をやってるというべきでしょうね。つまり、鷲見ゆきの恋愛は実践編、黒川さんの恋愛は基礎編って感じでそれぞれの恋愛模様が分かれるの。黒川さんの名目は恋愛勉強なんだけど」
ミヤコの分析にほほぉぉ、と感心した声が上がった。
「でも、なんで黒川さんは急に変わったのかな?」
「どうせあーくんが手を入れたんでしょ」
「まあ、その可能性が高いわね」
ルビーは前回までとは態度が異なるあかねに疑問に思うが、かな、ミヤコの見解は一致していた。
「ちょっと、アイはどう思う……って、アイ?」
アクアの話題だというのに全然会話の輪に入らないアイに声をかけようとしたのだが、なぜかアイがPCの画面をじっと凝視しているのを見て、不思議そうな声を上げた。
「この……黒川あかねって子、ずっと嘘ついてる。もしかして、演技?」
「え? でも、普通の女の子っぽいけど………」
「分からない。でも、何かありそうな子だね」
普通に名前を覚えられないアイが、配信の中のあかねを見て正しく名前を覚えた。それはつまり、役者としては嘘を武器として演じるアイから認められた証拠。
「―――劇団ララライの若きエースってのは伊達じゃないってことね」
それがわかっているミヤコは感心したようにつぶやくのだった。
なお、アクアからその黒川あかねの移籍について相談が来ることで度肝を抜かれるのだが、それは翌日の話である。
※ ※ ※
「見て見て、記事になってる。私、少しは視聴者獲得に貢献できたかな?」
「まあ、もう必要ないぐらい視聴者いそうだけどね」
笑顔で自分が『今ガチ』をリタイアするか、しないか、という記事を見せてくるゆき。だが、それにケンゴが反応する。
そう、『今ガチ』は星野アクアが参加すること、不知火フリルがMEMちょの乙女顔を狙ってアクアに依頼していることなどから、注目度は高くなっており、恋愛リアリティーショーの数字としては十分なものが取れていた。
「で……本当に辞めちゃうの?」
「いや、辞められないでしょう。契約残っているし」
本当に心配そうに聞くあかねに対して、気軽に応えるゆき。その回答に驚きを隠せないあかねだった。
「え? じゃあ、演技だったってこと?」
「いやいや、黒川さんやアクアさんみたく役者じゃないんだから演技はできないよ」
「いや、そこら辺の若手より雰囲気も出てたし、感情も乗ってた。視聴者にはわからなかったんじゃないか?」
「あはは……アクアさんに言われると照れるな」
ゆきとしても今の実力派に含まれるアクアから褒められるのは予想外だったのだろう。思った以上に照れていた。
「まあ、学校で変な風にイジられたのも本当、辞めたいと思ったのも本当だよ。ただ、それを膨らませただけ。今日の黒川さんみたいにね」
「え? 私? 何かしたかな?」
「いやいや、あの写真。多分、家族と出かけたときとかの気を抜いた時の写真なんだろうけど、デートじゃありえないよ。だから、Beforeは誇張したんだよね? ―――あれ?」
ゆきとしては、あかねも同じように修正前の服は着たことはあるが、デートでは着てこなかったのを誇張したものだと思っていた。この場合は、すり替えだろうか。だが、アクアとあかねの様子がおかしい。なんだか気の毒なものを見るような目であかねを見るアクアに対し、顔を赤くして両手で隠すあかね。
「え? もしかして、ガチなの?」
コクリと頷くアクアとあかね。
「………黒川さん―――いや、もうあかねでいいか。あかね、ファッションは私の得意分野だから今度、いろいろと勉強しようね」
そのゆきの優しさがあかねにはつらかった。
「アッくん、あがったら飯行こうぜ」
「いいが………俺が行っても問題ないのか?」
基本的にスケジュールが埋まっているアクアであったが、ここ最近の土日は『今ガチ』のあとはスケジュールを空けてもらっていた。それはこういう付き合いのためだ。だから、アクアとしても問題はない。日曜日は家族で食べる日でもあるのだが、アイもアクアも芸能界にいるため、できるだけという前提がついていた。
「大丈夫、最近、登録者数が滅茶苦茶増えて、ウハウハなメっさんが、個室の焼肉屋で奢ってくれるって」
「言ってないよ!?」
一般的に個室などが用意される飯屋は高い。それを急なご指名でメムが直撃を受けていた。ただし、最近の『今ガチ』で登録者数が増えているのは確かで、それに伴って、アーカイブの再生数も含めて爆増しているのも確かだ。メムだけ恩恵を受けている身としては肩身が狭いのも確かだ。だから、やや縮こまって彼らの攻勢を受けていた。
「事務所の取り分も5:5なんでしょ?」
「マジですか!? 私、8:2………羨ましい」
なぜか内情を知っているノブユキとケンゴに責められ、事務所の割合を聞かされて落ち込むあかね。さすがに見かねたアクアが助け舟を出した。
「メムの場合、業務委託で、光熱費や家賃、ネットワーク費、交通費も全部自分持ちだ。事務所所属と一緒の感覚で見ないでやれよ」
「アクたん………」
内情がわかってくれる人がいたことが嬉しいのか、手を組んでアクアを拝むメム。
もっとも、その場合も経費として落ちるため、やはり手取りとしてはだいぶ儲かっている部類ではあるだろうが。
あと―――
「あかねの8:2は気になるかな。あとで詳細教えてくれるか?」
「え、あ、うん。わかった」
アクアとして気になったのはむしろあかねの8:2のほうだ。あかねの評判だけを考えれば、それだけの比率にはならないはずだが、と計算するが、とりあえず、今は後回しにした。期待の目でみる彼らの視線が気になったからだ。
「はぁ、わかった、俺のせいで普通のところには行けないからな。今日は俺の奢りだ」
やったー、と歓声が上がるのは当然のことだった。
「あの、アッくん、確かに期待したけど、ここまで高級店来られても困るんだけど」
「いつも使ってる店だから問題ない」
「いやね! 店員さんの態度でわかるけど……俺たち高校生なわけ! 相応の場所があると思うんだけど」
ノブユキが戸惑うのも無理はない。アクアが奢ることになり連れてこられたのは当初の予定どおり焼肉店。ただし、当初の予定よりグレード二段ぐらい高いが。平然と案内される部屋に通されるのはアクアとメムぐらいで、その他のメンバーは恐縮していた。
「別に値段が高いだけで普通の焼肉屋だと思えばいい。それに若いうちしか味わえないものがある。今日は、気にせず食べたほうがいいと思うぞ」
「そうそう、どうせアクたんが払うんだから♪」
おそらく生涯で来たことがない高級店だからか、メムは上機嫌で紙エプロンを装着して肉の到着を待っていた。
「まあ、そんな感じだ。気にせず食べるといい。この店は肉が拘りだからうまいぞ」
そこまで言われれば、食べないほうが失礼というもの、彼らとてまだ高校生の年代。肉はもちろん大好物で、それがこれを逃せば二度と来られないであろう高級店ともなれば、あとはひたすらに食べるのみだった。
「はい、アクアくん、焼けたよ」
そう言って炭火の上で焼いていた肉をアクアの皿に移す。
「あかねも食べてないだろう。俺の分は俺が焼くから食べなよ」
「ううん、いいの。私は精進の身だから。こういう場所ではトングは放さないようにしてるんだ」
その言葉を聞いてアクアは、思わずはぁ、と溜息を吐いてしまう。あかねがあまりにも真面目過ぎて。
「え? どうしたの? アクアくん」
「あかねはもう、劇団ララライの若きエースといわれるほどの逸材だぞ。それがいつまでも新人みたいなことやってたら、彼らも居た堪れないだろうに」
自分よりはるかに演技ができる先輩が新人のようにトングを離さずメンバーの肉を焼く。新人からしてみれば、地獄みたいに居た堪れない空間となってしまうことは目に見えてわかる。
「でも………」
「いい加減、自分の立場ってやつを自覚したほうがいいと思うぞ」
おそらく言われたことを愚直にこなしてきたからだろうが、自分の立ち位置を考えて行動してもらわないと、あかねほどの人物が下っ端みたいなことをすると組織自体がなめられてしまう可能性もある。演劇の世界は演技がうまいやつが絶対だ。ならば、あかねにはそれ相応の態度があるだろうに、とアクアは思っていた。
「……うん、慣れないだろうけど、頑張ってみる」
「なら、最初は、俺にトングを渡すところからだな」
そう言ってアクアが手を伸ばすと、その手にあかねは持っていたトングを渡す。こういう場所でトングを放したのが初めてなのだろう。違和感を感じるように先ほどまでトングを握っていた手をぐーぱーでほぐす様がアクアには少し面白く思えた。
「こら~! そこ! 今ガチのカメラの前以外でいちゃつくんじゃない! いちゃつくならカメラの前でやれ!」
「いや、メム、おまえ酔ってるのか?」
アクアとしてはいちゃついている自覚もなければ、そんなことを意識したこともない。あかねも一緒なのか首をひねってメムの言葉を疑っていた。
「はぁ~、これだから無自覚は……今日の分の配信で恋愛初心者のタグが作られるのが目に浮かぶよ」
「いいんじゃないか。嘘ではないだろう。というか、俺はその体でこの番組に出てるんだから、何も問題はない」
「あの……私も初心者なんだけど……」
そこで異議を申し立てたいのはゆきだ。彼女も一応は最初は仕事一筋で恋愛なんてしたことなかった、と宣言しているが、その後のノブユキとケンゴへの態度を見ると、本当か? という気がするが、そもそも、この場の女性陣の恋愛偏差値が低いのが問題なのだろう。
「いや、ゆきには頑張ってもらわないと! この番組の成否は君にかかってる!」
「えっ!? いや、メムも協力してよ!」
「あ、あの………私も頑張ります!」
わいわい、と女三人寄れば姦しいとはいったもので、現場に対する今後の展開などが話し合われる。そして、その状況に居たたまれないのが、ターゲットとなる男子である。
「あのさ、アッくん、こういう時、俺たちはどうしたらいいと思う?」
「……決まっているだろう。こういう時は無心で焼いて食うんだ」
アクアは知っている。この状況で女性陣に何を言っても無駄なことを。それは、ルビー、ミヤコ、アイ、最近ではかなという女性陣に囲まれているアクアだからわかる。
「それもそうか」
そのやけに年季の入った感慨深い言葉に共感したのか、アクア、ノブユキ、ケンゴの三人はひたすらに持ってきた肉を焼いて食べるのだった。
今ガチバージョンの黒川あかねさんでした!
というわけで、がつがつ行くタイプではなく、一緒に恋愛しましょう、なタイプにしました。
理由は、あかねも恋愛を知らない、という設定からです。まあ、恋愛感情って? って部分で首をひねってる二人ですからね。スロースタートです。
あと、あかねがアイに目を付けられました。まさか、ミヤコさんもその直後に移籍の話が来るとは思っていなかったでしょう。
次回は、帰宅後のアクアとその後の今ガチ編です。
黒川あかね(今ガチVer)
・幼いころから演劇に参加し、恋愛感情はよくわからない。
・劇団ララライのお姉さま方に恋愛するための方法を聞いた。
・第一弾はプロフィール帳の作成
・作成シーンは「こんな美少女とプロフ作成した記憶なんてねぇぞ!」というコメントが乱舞した。
・第二弾は交換日記
・あかねのBefore,Afterは公式SNSにアップされ、『女子の皆さんは男子とのデートにこの格好はやめましょう』と注意書きがはいるが、行くか! というコメントばかり
・Beforeの時点でも顔はいいが、そのほかのすべてが魅力を台無しにしていると話題に
・クラスメイトにも揶揄われたが過去の話なので笑い話に
・恋愛について勉強する何も知らない女の子がベースとなっている。