「ただいま」
「お兄ちゃんおかえり、今日は焼肉じゃないんだね」
「そう、毎度、奢らされてたまるかよ」
今日は『今ガチ』の収録日だったが、焼肉をメンバー全員に奢った先週とは異なり、アクアは直帰していた。休日はできるだけ仕事を入れてなかったこともあり、普通に帰宅ができたのだ。
「今日はママが晩御飯作ってて、もうすぐできるみたいだよ」
「へ~、母さんが。珍しいな」
アイも一応は料理を作ることができるが、いつもは時間があるルビーのほうが料理をすることが多い。洗い物はアクアだが。なお、ルビーとしては花嫁修業の一環として捉えており、時折、東京に来る吾郎に味見を依頼していることをアクアは知っている。
アクアとルビーも外では「アイ」「お姉ちゃん」と呼んでいるが、家では「母さん」「ママ」と呼んでいる。というか、呼ばないとアイが悲しい顔をするため、この少なくとも身内しかいない自宅でのみ、呼んでいる。
「母さん、何か手伝おうか?」
「あ、アクア、おかえり~」
「おかえりなさい」
何か手伝うことがあれば、と思い、手を洗ってリビングへ向かうと、そこにはキッチンで料理をしているアイとリビングのテーブルでPCを広げながら仕事をしているミヤコがいた。ミヤコがいることは予想外だったため、驚いたが、実際はミヤコが星野家に来ることは珍しいことではなく、仕事獲得のためによく接待で飲みに行く壱護がいない時は、お邪魔することが多かった。
「ミヤコさんも今日はいたのか」
「まあね、壱護がいないから、家で一人コンビニ弁当ってのも味気なくて……」
「今日は私がお仕事なかったから作ってるんだ」
ルンルンとでも言いたそうにハミングしながらアイは料理を作っている。料理を作ることは愛情表現の一種と思っているのか、料理を作ることに忌避感はない。むしろ、もっと子供たちのためには作りたいと思っているのだが、仕事の都合がつかない場合も多く、週に一、二回というのが限度だった。
カタカタとキーボードをタイピングするミヤコ。その表情は曇ったものではなく、明るいものだったため、おそらく今期も業績はいいのだろう。苺プロとしては、アイ、アクアを中心として小粒の役者もそろってきている。中堅どころの中からさらに上を目指せる規模も見えてきているのだ。さらに、今年は一度休眠しているアイドル部門も復活する。飛躍できるかも、と思えば、自ずと表情も明るくなろう。
そこまで考えて、あ、とアクアは思い出した。そういえば、その規模拡大に寄与できることがあったな、と。
「ミヤコさん」
「ん~、なあに?」
「黒川あかねを苺プロに移籍させたいんだけど」
アクアとしては、ミヤコが考えている苺プロの規模拡大に貢献できればいいな、と思っているだけだったが、今まで朗らかにPCの画面を見ていたミヤコの表情が固まり、さび付いたロボットのようにギギギという音を立てそうな感じで顔を上げる。
「今、なんて言った?」
「いや、黒川あかねを苺プロに移籍させたいって話なんだが……」
「ちょっと待って、とりあえず、晩御飯の後でいいかしら……今聞くと御飯がのどを通らなくなりそうだから」
そんな大層な話じゃないのにな、と疑問に思いながら、アクアは右手で頭を抱えているミヤコにわかった、と答えた。
そして、晩御飯の後、リビングのテーブルからすべてを片付けて、食後のコーヒーがおかれる中、聞きたくないけど、聞かないとまずいんだろうな、と思う表情を浮かべているミヤコが大きくため息を吐いて、アクアに視線を向けた。
「それで、なにがどうなって、さっきみたいな話になったの? 事務所の移籍はよっぽどのことがないと無理よ」
どの事務所に所属するかは、法律的にはその役者が自由に選択できるものだ。だが、一方で、芸能界のキャスティングは義理人情で行われているのも実情である。ならば、事務所を不義理に移籍してしまえば、お世話になった事務所を裏切ったとして、人情の部分で仕事に影響が出ることは間違いない。それでも、移籍ができる場合は、マネージャーが新会社を設立した、とかこれもまた人情によるものだ。
あるいは、アクアが新生B小町に推薦した有馬かなのように事務所を抜けてフリーになっている役者などは、もちろん、事務所に所属するには何の問題もない。
だが、今回の黒川あかねの件は異なる。確かに、以前、アクアと共演したことはあったが、それだけの関係だ。事務所には何も関わっていない。今回だって、黒川あかねが心配だ、と言って『今ガチ』に参加したのはあくまでもアクアの私情によるものだ。つまり、アクアがあかねに何かしたとしても、それは個人間の問題だ。
仮に、仮にだが、あかねがアクアに惚れて事務所を移籍したい、といわれてもミヤコは拒否するだろう。もっとも、俳優間での付き合いに事務所が関与することは少ない―――よっぽど世間体が悪い不倫などを除き―――ため、移籍する意味はない。逆に、アクアが口説いて引き抜きともなれば、もっと立場は悪く、ミヤコは頭を下げに行かなければならない状況かもしれない。
嫌なことばかりが頭に浮かぶが、そんなことではないように、と願いながらミヤコはアクアの話を聞くことにした。
「まあ、話は簡単なんだが―――」
そう前置きして、アクアが話した内容は、今回の恋愛リアリティーショーに対して、事務所側があかねへの説明を怠ったこと、マネージメントが全く行われていなかったこと、また本来番組サイドから依頼されていた保護者への説明なども行われていないことをミヤコに説明した。
「―――あかねは今、事務所について不信感を持っている。今ガチの後、正しく仕事が振られるのか? 今回のように危険性がある仕事に何も伝えられず巻き込まれないか? と。だから、苺プロに誘っておいた」
「あなた、やっぱりスカウトとしても雇うべきかしら」
言いたいことはわかる。あかねの事務所のマネージメントが下手をすると彼女の俳優人生を閉じてしまうかもしれない失態だったかもしれない、ということもわかる。事務所を抜けることは十分に考えられるが、それで苺プロに移籍させるのは黒川あかねほどの実力を持っている場合、かなり難しいだろう。なぜなら、あかねの本拠地は劇団ララライだからだ。そこを伝とするだろうが、今回は偶然にもアクアがいたことで繋がりができたことが幸いした。
「いいんじゃないかな? あのあかねって子、
他人にはあまり興味を持たないアイだったが、演技の上手な役者は覚えている。そのボーダーはひどく高いが、どうやら黒川あかねは元究極のアイドルのお眼鏡にかなう人材だったようだ。そうなれば、苺プロ副社長のミヤコとしても、乗り気になるのは間違いではない。
「俺も、あかねは今後、活躍すると思ってる。苺プロに移籍できるなら、移籍させるべきだと思う」
「はぁ、分かったわよ。その件は法務部の人とも話し合って、実際に移籍できるかは黒川さんの保護者とも交えて話しましょう」
アイとアクア、すでに苺プロの二枚看板となった二人から言われてしまえば、ミヤコとしても反対する余地はない。むしろ、あかねを問題なく引っ張ってこられるなら、それはそれでおいしい話でもあるのだから。
「でもさ~、お兄ちゃんと黒川さんってそんな話いつしたの?」
「前々回の『今ガチ』の後だ。いい加減、俺のフォローだけじゃあの番組であかねが目立つのは無理だったからな。あかねと話をして意識を変えようとした」
「あ~、つまり、またお兄ちゃんが口説いたってこと?」
「誤解だっ!」
ひどすぎる言いがかりにアクアはルビーの言葉を否定したが、保護者組のミヤコ、アイは今週のあかねの変わり方を見る限り、アクアの言葉を信用できなかった。おそらく、あかねの事務所の移籍に関しては苺プロでの話し合いも必要だろう、その時に確認しなければならない、と考えるのだった。
※ ※ ※
『今ガチ』の裏では事務所間のあれこれが動いていたが、それはそれとして、お互いに恋愛について全く知らない役者コンビの恋愛初心者ぶりが話題となり、逆にそれと比較するように普通の高校生がするような恋愛模様を見せる鷲見ゆきがノブユキとケンゴのどちらとくっつくのか、と同時に話題になり、『今ガチ』の注目度は上がるのだった。
「今日は、プロフィール帳の次のものを用意したよ」
いつもの『今ガチ』の教室であかねがアクアに向けて、前回のプロフィール帳を右手に持ちながら、もう左手で冊子を持っていた。なお、その冊子には鍵がついており、普通には開けないような構造となっている冊子だ。
「なんだ、それ?」
アクアも冊子で鍵がついているのを見たことがなかったが、いつものようにアクアにくっついていたメムにはその正体が分かったらしい。まるで脅威を見るようにふるふると震えていた。
「これはね、交換日記だって。少し恥ずかしいけど、恋愛関係になったら交換日記をするんだって、先輩たちが言ってたんだ」
まるでその判断に間違いないような確信をもってあかねは言うが、メムからしてみれば、それはプロフと同じく懐かしいといえるものだ。しかも、その冊子のデザインがメムも見たことがあるようなデザインで、まさか、とさえ思う。
「あ、あの、あかね? その日記帳は、どこで買ってきたの?」
「ん? ララライの先輩が、学生の頃に『恋人ができたら交換日記するんだ』って買ったけど、結局使われず、押入れの奥に新品なまま放置されたものらしいよ」
「捨てなよ! そんな特級呪物は!?」
まさかの代物にメムも突っ込まざるを得ない。使おうと思って買ったはいいが、結局、彼氏ができずに放置された代物のリサイクル。どう考えても縁起は悪い代物だった。
「でも、『どうせなら、イケメンに使われて供養してほしい』って言ってたから」
「まあ、いいんじゃないか。新品なら捨てるのももったいない」
「えへへ、そうだよね」
情緒がないというか、普通に二人で選んだものを使う、という選択肢がないこの二人はやはり恋愛への偏差値は相当に低いのかもしれない、と改めてメムは頭を抱えた。
「えっと、ここにプロフィール帳の紙をさして……これでいいのかな? 今週は私が書いてきたから、来週はアクアくんね。鍵、なくさないようにしてね」
そう言いながら、持っていたプロフィール帳の紙を交換日記の一ページ目に挟むと、再びカギをかけ、アクアに日記帳を渡した。
「もう書いてきたのか? ……見てもいいものか?」
「交換日記を見なかったら意味ないんじゃないかな?」
他人の日記を見るということに忌避感を覚えたのか、アクアがあかねに確認するが、確かにあかねのいう通り、交換日記というのは特定の人物に読まれることを前提としたものだ。ならば、読まない方が失礼になるのだろう、と判断したアクアは早速もらった鍵で日記帳を開けるとカメラには映らないようにページを捲る。
一ページ目、二ページ目。
一週間なので、そんなに枚数はなかったのだろう。すぐに読み終わったアクアは困惑した表情であかねを見ていた。
「あかね……これだと日記じゃなくてスケジュール帳になってるんだが………」
「え?」
カメラの前に映すように日記帳をさらすが、そこに書かれていた内容は、時刻と場所とその日の稽古内容が羅列されたまさにスケジュールといっていい内容だった。
「日記ってその日の事を書くんじゃ………」
「いや、そうだろうけど、これじゃ、あかねが何をやったかしかわからないと思うぞ」
「じゃあ、なに書けばいいんだろう?」
そう問われてもアクアも日記などを書いたことはない。ましてや他人(恋人)に見られるものだ。そんなノウハウは全くなく、アクアも答えることができなかった。
「………ダメだこりゃ」
あまりの恋愛偏差値の低さにその日の放送では『恋愛初心者』『圧倒的な選択ミス』『恋愛リアリティーショーとは?』などの単語が並ぶことになる。なお、この日はメムの交換日記の書き方講座が開かれ、また一つ勉強になったとアクアとあかねは満足したようだった。
※ ※ ※
「いやね! 無理だって! 私が歩きスマホしていたのも悪いんだけどさ、転びそうになったところを支えてもらって、心配そうな顔から、私が無事だってわかって、ふっと気を抜いた表情で『バカだなぁ、メムは』って言われてみてよ! イケメンの暴力だから! フリルチャレンジじゃなくても無理だから!」
必死にリスナーに言い訳するメム。『今ガチ』の配信の後の生配信枠で話題になるのは当然『今ガチ』の話だ。その中でもメムが目立つのはアクアが始めた『フリルチャレンジ』というもので、アクアが古今東西のイケメンに言われたい台詞のようなものをメムに囁きかける試みである。
今回の放送では中庭から移動する際にメムが歩きスマホでネットを確認している最中で、躓き、転ぼうとした際に隣を歩いていたアクアが片腕で支え、そのまま持ち上げて心配そうに顔を覗き込み、転ばなかったことに安堵したのか、気を抜いた笑みを浮かべて先ほどのセリフを告げた際に見られたメムの乙女面についての言い訳だった。
なお、この映像は定点カメラではなく、普通の撮影用カメラからの映像が採用されたが、後でカメラマンに聞いてみると、「アクアくんとMEMちょが一緒で何か起きたときに撮り損ねたら一生後悔する」といっており、二人が歩いている場面はカメラでも追っているようだった。
メムは常々、このチャンネルで次は負けない! と宣言しているが、今のところ戦歴は全敗である。
「私も頑張ってるんだよ! でもね、無理なんだよ! アクたん、顔は抜群だから。そんなので乙女の夢のようなセリフを囁かれたら、こうなるよ!」
メムの正直な叫びなのだが、コメント欄は大盛り上がりで『それはそう』『MEMちょだけターゲットにされてるの笑える』などと評価は高い。そして、そんなコメントが乱舞する中で、ひときわ目立つ赤スパチャの日本の誰も知っているであろう有名人。
『MEMちょ、今日は依頼の内容じゃなかったけど、最高でした。また次も見せてください』
「不知火フリルさん、ありがとうございます!? ………私のチャンネルも国民的美少女に注目されるほど大きくなったんだなぁ、って思うと感慨深いけど、その代償がアクたんからのイケメン攻勢。喜んでいいやら、情けない顔をさらすことを悲しむべきか………」
フリルチャレンジの名のもとに成功した『今ガチ』の配信の後には必ず顔を出す不知火フリル。不知火フリルがコメントすると有名になり、チャンネル登録が増え、その一方で、今ガチの話題以外は生放送では話せないような状況になっているジレンマ。これらをどう解消するか。
「(うぅ……『今ガチ』が終わった後、どうしよう?)」
登録者数が37万のチャンネル登録数でも成功したと思っていたのに、もうすぐ60万を超えようという数字。すべてが今ガチから流れてきたわけではないだろうが、この急成長を今ガチが終わった後に続けられるかどうかがMEMちょのユーチューバーとして成功できるかどうかのカギとなるだろう。
※ ※ ※
いつもの『今ガチ』。今日も今日とて撮影現場の教室で――――
「はい、今日はこれを参考に勉強しようね」
あかねが持ってきた本は『教えて恋のABC』と書かれたいかにも、という本であった。内容は小中学生用の本当に初心者向けの恋愛本である。
「また、怪しい本を………」
アクアからしてみれば、あかねが持ってきた類の恋愛本は怪しい知識が載っているものとしか思っていなかったため怪訝な表情をする。
「大丈夫だよ。これも先輩が初心者向けって勧めてくれた本だから」
「それで、その先輩に恋人はできたのか?」
「さぁ? でも、『私が買った本の中で一番乙女心がドキドキしたものだ』って言ってたよ」
「できなかったんだな……」
それを配信でいわれる女性先輩の心境やいかに? とアクアは思うのだが、せっかくあかねが用意してくれたのだ。このまま無下には断れないと思い、何をするんだ? と尋ねた。
「えっと、最初は――――『身体的接触は男女の仲を深める重要な要素です。まずは、手を握るところから始めましょう』だって……えっと、握ってみる?」
そう言ってアクアに向かって差し出したのはあかねの右手。アクアは少しの間、あかねの右手を見ているとやがてはぁ、諦めたように溜息を吐いて、アクアの右手で握手するようにあかねの右手を握った。
身体的接触というのであれば、確かにこれで十分かもしれない。だが、これでは普通の握手と何が違うのだろうか。さすがにそのあたりはあかねでも知っていた。手から感じるアクアの体温は確かに心地よいが、それはほかの人でも同様であろう。恋愛を勉強するという立場であれば、もっと別な握り方をあかねは知っている。
「もぅ、アクアくん、さすがにこれが違うのはわかるよ。恋愛関係の男女はこう握るんだよね?」
握手の状態から指を動かし、握り方を変えるあかね。少し右手の指を動かして誘導すれば、握手から一般的に恋人つなぎといわれる指と指を絡めたつなぎ方へと変えていった。
「えっと………これであってると思うんだけど、どうかな?」
あかねとて、その握り方は知識上のものでしかない。恋人になれば、こういうつなぎ方する、という程度だ。もっとも、あかねはアクアがドラマなどでこういうつなぎ方を演じたことがあることは知っている。今更、こんなつなぎ方をしたとしても……と、そう思っていたのだが、つなぎ方を変えてしばらくアクアの顔を見ているとなぜか目線が合わず、だんだんと顔が赤くなって―――
「………いや、すまん」
それだけを告げて、絡めた指を外すと踵を返して、教室の外へと出ていってしまった。
「え? あれ?」
それを呆然と見送るしかないあかね。この状況はさすがに想定外だった。急に顔を赤くしたと思うと教室から出て行ったアクア。取り残されたあかね。今まで微笑ましいものを見るように見守っていたゆきとメムもあかねに近寄ってきた。
「あかね! どうしたの? アクたんが急に出て行ったけど」
「さぁ? この本にある通り、手を握っただけなんだけど……」
原因がわからないという風に首をかしげるあかね。確かに聞いている限りでは、アクアの行動は不可解だ。ならば、直接問いただす必要があるだろう、と思ってアクアの後を追おうとしたのだが、それは同じ男子であるノブユキに止められた。
「俺たちでアッくんから話を聞いてくるからさ、ちょっと待っててくれよ」
確かに、この状況であれば、同じ男子の方がよいだろうとあかね、ゆき、メムは考え、ノブユキとケンゴがアクアを追うのを見守るのだった。
※ ※ ※
熊野ノブユキはアクアが隣の教室に入るのを見ていた。アクアが逃げ出した状況が不可解だと思えた。ただ、あかねから握り方を変えただけ。だが、それだけでアクアは逃げ出した。一体どういうことか、興味が尽きなかった。
あの星野アクアだ。ノブユキも最後の参加者が誰なのか明かされるまで分からなかった誰もが知っているイケメン俳優。まさか、恋愛をしたことがないとは思わなかったし、そのために恋愛リアリティーショーに乗り込んでくるとはやっぱり、何か持っているものは違うと思ったものだ。
「アッくん、一体どうしたんだ? みんな、心配してたぞ?」
隣の教室に逃げ出したアクアは顔を片手で覆って自らの整った顔を隠そうとしているようだった。
「いや……その……なんだ、急に恥ずかしくなってな」
「恥ずかしくって……え? あかねと手を繋いで!?」
まさかの申告だった。ノブユキとしては冗談で告げたつもりだったが、しばらく考えた後にアクアはコクリと頷いた。
「………演技なら大丈夫だったんだ。だけど、素の星野アクアとして女子と手を繋ぐのは初めてで………」
「「(
星野アクアの意外な一面を見た気がした。いやいや、このイケメン俳優として知られている星野アクアが女性と手を繋いだだけで恥ずかしいから逃げるということを想像できる人物は何人いるだろうか。むしろ、逆に女性慣れしていて、今更、高校生レベルの恋愛など鼻で笑うと思っていたのだが、実際はその真逆だった。
「いや、でも、急に手を繋いでる女の子から逃げるのは無しでしょ!」
「分かっている。……だけど、あれ以上は恥ずかしくて、無理だったんだ」
「なら、慣れるしかないね。まあ、アクアさんはそれが目的だったんだろうけど」
はははは、とノブユキとケンゴが笑う。それは揶揄う、というよりも笑い飛ばすという意味であっさりとしたものだった。
「戻ったら、あかねに事情を説明して謝らないとな」
「まあ、多少、笑われることは覚悟しないといけないと思うけど」
「……少しはフォローしてくれると助かるんだが?」
笑われるしかないというノブユキに諦めろというケンゴ。しかし、アクアからしてみればせっかくの男性陣にはフォローを期待したいという気持ちもわかる。結局、その後、恥ずかし気にあかねと手を繋いで、恥ずかしくなったから逃げた、と告げることになり、あかねは呆然とし、ゆきとメムはニヨニヨとした笑いをアクアに向けるのだった。
※ ※ ※
「「は?」」
かなとルビーは目の前で配信されているアクアの照れ顔に困惑していた。
―――いや、おまえ、そんな照れ顔したことないだろう? と。
一方、ミヤコは、PCの画面を凝視し、アイは、あははははと笑っていた。呆然とする二人とは実に対照的であった。
「アクアのやつ……やったわね。何が『これ以上は恥ずかしくて』よ」
「まあまあ、ミヤコさん、アクアも分かって嘘ついてるんだから」
ミヤコとアイの言葉でようやく目の前の配信であかねと手を繋いで照れ顔をさらしているアクアが演技であるとかなとルビーは察する。
「え? お兄ちゃん、本当に照れてるんじゃなくて!?」
「当たり前よ。大体、アクアはあなたたちに囲まれて過ごしているのよ。今更じゃない?」
確かに、というのが正直な感想だ。アイ、ルビー、ミヤコ、そして、かな。それぞれが芸能界の中でも顔面偏差値としては高いレベルの女性陣だ。そんな彼女たちに囲まれて生活しているのに、今更、一人の少女と手を繋ぐのが恥ずかしいとはさすがに思えない。
「だから、これは黒川さんに合わせた演出よ。恋愛初心者のアクアと黒川あかね。そのストーリーを際立たせるための演技ね」
「そうだね。私から見てもアクアは嘘ついてたし」
芸能界の筆頭女優からそういわれれば納得するかしない。今からアクアの部屋に行って問いただしてやろうか、と思ってもいたのだが、番組のための演技だ、といわれれば引き下がるしかない。さすがに仕事とプライベートは切り分ける器量ぐらいは持っているからだ。
「まったく、お兄ちゃんももう少しわかりやすくやってもいいのに」
「いや、それだと普通の人にもわかるでしょう」
そう、あまりにもあからさまでは演技とばれてしまう。アクアの演技であれば、親交の深い人物以外は問題ないだろう。この配信で、星野アクアは演技以外の恋愛についてはポンコツという評価になってしまうが、それはギャップととらえれば悪いことではない。なにしろ、アクアは幼少期から芸能界にいて一般界隈には疎いという認識が広がっているため、彼の恋愛観についても補強できるからだ。
なお、同じ配信であかねに謝罪した後、植え込みから飛び出したメムがアクアに背後から抱き着いた時には平然と処理され、メムを憤慨させたが、それは「まあ、MEMちょだから」で流された。
配信後の学園ではフリルがメムのように背後から抱き着き、動揺させようとしていた。だが、学校内では演じる必要はなく、同じくフリルにも平然と対処していた。
なお、それを見たみなみが「うちもお兄さんに抱き着いた方がいいやろか?」と呟いていたことに対しては、その場にいた全員が必死で止めるのだった。
今ガチの途中経過でした。裏で引き抜きの話が進行してますが、今ガチの小ネタで固めてみました。
いや、原作だと1ページも進んでいないのですが・・・・
今回も新情報はないので、キャラ説明は割愛です。
誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。
もしよろしければ、感想、評価よろしくお願いします。励みになりますので、感想を一言でも頂ければ幸いです。