『今ガチ』配信日から最初の平日。特に朝からの仕事はなかったため、いつものようにルビーと登校しているのだが―――
「視線が不快だな」
「いや、お兄ちゃんが悪いと思うよ」
陽東学園の芸能科の一年生の教室に向かうまでに向けられる視線が多く、幾ら芸能人として慣れているアクアとしてもうっとうしいものを感じていた。しかも、いつも向けられる視線の色が違うというか、微笑ましいもの見るような、意外なものを見るような視線であるため、その視線を向けられるだけの理由があるアクアとしても心ががりがり削られていた。
「いや~、お兄さん、人気者やな」
「今はやめてくれ」
教室についてもやや遠巻きに見ているクラスメイト達の視線が痛い。特に女子の視線は含んだものを感じ、アクアの心を刺激していた。斜め前に座るみなみも微笑ましいものを見たという感じの視線を向けており、何も言えなかった。
「あんなことするからだよ、アクア」
できるだけクラスメイトたちを視界に入れないように、と俯いていると突然、背中に温かみを感じると同時に耳元からよく聞く声で揶揄うように囁かれた。
「………何をしている?」
「ピュアクアと聞いて、フリルチャレンジ、アクアVer.なんだけど、失敗みたいだね」
振り向けば、背中に寄りかかるように抱き着いたフリルの顔が間近にあった。ドキリとするような美少女ではあるのだが、ここで顔に出すのは癪なので、なんとか顔に出さないようにした。もしも、共演でフリルとの距離が近くなければ、さすがのアクアでも表情を変えたとは思うが。
「ピュアクアって………『今ガチ』のやつ?」
「うん、アクアが面白いことになってたから」
「あれ、演技だったらしいよ。あの配信後、私やロリ先輩で試したんだけど、全然だめだった」
「今更すぎるだろう」
あの配信の後、隙を見ては正面から抱き着かれたり(ルビー)、背後から抱き着かれたり(かな)と身体的接触が多かったものだが、アクアからすれば、妹と意識していない女性から抱き着かれたところで、突然ということに驚く以外に照れる要素はなかった。かなの場合はその体形にも理由があったかもしれないが。なお、かなは「なんで黒川あかねみたいに照れないのよ!?」と憤慨していたが。
「へ~、皆、同じことやってるんやな。そんならウチもお兄さんに抱き着いた方がええやろか?」
「「それはやめてあげて(やめなさい)」」
「………」
みなみが突然凶悪なことを言い出すのだが、女性陣であるルビーとフリルはさすがに止めた。必死に止めた。なお、その視線はみなみの胸部へ向けられていたが、他意はない。ただ、背後から抱き着かれたにしても、その制服の上からでもわかる膨らみは男にとって凶器になることはわかる。
その凶悪なものに対峙するはずのアクアは、さすがに言及するわけにもいかず、気まずそうにみなみから視線を逸らすのが精一杯だった。
※ ※ ※
本日の『今ガチ』の企画は花火大会だった。季節としてはやや早いように思えるが、先取りをするスーパーなどでは売っている。『今ガチ』のコンセプトとしては、放課後集まる高校生による恋愛リアリティーショー―――と言いながらも朝一から夕方までの撮影なのだが―――なので、夜に撮影というのは珍しい企画だった。
「しかし、俺たちは雑だな」
「花があるのは女子だからね」
「まあ、確かに」
ロケバスの前で待っているのはノブユキ、ケンゴ、アクアだ。彼らは単色の浴衣を着て別の場所で着替えている女性陣を待っていた。着替える際には男性陣は三人に一人のスタッフしかおらず、帯を整える程度の雑な扱いを受けていた。
「まあ、ここに一人例外がいるわけだが………」
「なんだ?」
ノブユキが視線を向けるのはアクア。さすがにモデルというだけのことはあって、ただ浴衣を着ているだけなのに男としていろいろ負けたような気がしていた。とはいえ、ノブユキもケンゴも鏑木Pから選ばれたイケメンだ。三人並んで夜祭でナンパでもすれば入れ食い状態になるのは間違いないだろう。
「お~い、お待たせ!」
しばらく待って、ようやく表れた女性陣。時間をかけただけあって、浴衣に着替えて、髪もリボンや簪で結い上げた格好で現れた。
「おっ、やっぱり女子の浴衣姿ってのはいいな」
「まあね、どうどう?」
女性陣の浴衣姿に感心するノブユキに対して、それを見せびらかすように振る舞うゆき。それを「かわいい、かわいい」と平然と言ってのけるノブユキも慣れている様子だった。
「そんじゃ、広場に行こうぜ、花火はそこでやるんだろう?」
「そうみたいだね」
「行こう、行こう」
ノブユキを筆頭にして、広場へと移動しようとするメンバー。当然、アクアもそれについていこうとしているのだが、それを遮るようにあかねとメムが現れた。
「アクたん、アクたん。どうよ? 私の浴衣?」
めかしこんだ浴衣姿を見せびらかす様に広げるメムとそれを上から下まで見るアクア。おそらくメムの期待から言えば、何かお褒めの言葉でも出てくると想像していたのだが。
「今日はツノないんだな」
「見るところそこ!?」
確かに今のメムは髪型をお団子にしているせいか、いつもつけている角のカチューシャがなくなっていた。だが、せっかく浴衣姿になったメムに対してはそれは酷な対応―――でもなく、いつも通りだったような気がする。それをメムも分かっているのか、はぁ、と溜息を吐いて諦めたようだった。
「でも! 私はいいけど、こっちは違うよね」
「え? え?」
いきなり肩をつかまれて、アクアの正面に連れてきたのは連れ立ってきたあかねだ。彼女も模様の付いた浴衣に着替え、髪も簪で結い上げられめかしこんでいた。もっとも、彼女はメムの突然の行動に恥ずかしそうにおたおたしているだけで、何も口に出せていなかったが。
「ほらほら、彼女だと思って、誉め言葉の一つぐらいは練習しとかないと」
「あ、あのあの………」
あからさまに挑発するような口調。だが、最近のアクアとあかねの関係は確かに恋愛を一緒に勉強するという体で、一緒にいる。ならば、このシチュエーションで何も言わないというのはない。アクアもそれが分かっているのだろう。メムと同じようにあかねの格好を見つめていたが、途中から視線をずらして、顔をほのかに紅潮させ、それを誤魔化す様に頭の後ろをかきながら、口を開く。
「あかねは……やっぱり浴衣がよく似合うな。簪もかわいいし、髪型もいい感じだと思う」
「え? あ、うん、ありがとう」
お互いに顔を赤くして、目を合わせられない二人。
「(いや、この状況を作ったのは私だけど、何を見せられてるんだろう)」
煽った割にはこの状況に納得がいかないメム。アクアにはもう少しスマートにほめていいのでは? と思うのだが、最近のアクアのキャラはこんな感じだ。もっとも、メムに対しては扱いは雑だが。
「あ、アクアくんもモデルさんだからかな? 奇麗に着こなしててかっこいいと思うよ」
「あ、うん」
アクアの誉め言葉にあかねも応える形で褒めたのだが、アクアの反応は淡泊だった。やはり、この言葉は言われ慣れているからだろうか? と思ったが、目線は合わせられないままなので、照れているのかもしれない。
「はいはい、お約束の儀式は終わったから、行こう! 花火が私たちを待っている!」
すでにノブユキ、ケンゴ、ゆきの姿は見えない。先に行って準備していると思うと、確かに急いだほうがいいだろう。もっとも、これをやり始めたのはメムのなのだが。それを言い出しても何も始まらない。だから、先導するかのように歩き出したメムの後ろをアクアとあかねも追うのだった。
駐車場から少し離れた場所に用意された広場。そこはカメラにも囲まれているが、周りに何もなく撮影関係者以外はないようだった。その真ん中に用意されている市販の花火セットとその横に明らかに打ち上げ花火と分かるセットがおかれていた。
「まあ、最初はこっちだよね~」
すでに花火の着火用の火種も用意され、後は楽しむだけという状態で解放された高校生たちは思い思いに花火を手に取り、火をつける。メインとなるのは手持ち花火と呼ばれる先から花火が飛び出るタイプだった。メムも両手に持って振り回している。それに感化されたのか、ノブユキとゆきも片方ではあるが、手持ち花火をもって楽しんでいるようだった。
そんな中で、アクアはどうしようか? と周囲を見渡していたが、不意に袖を引っ張られて、そちらを向くとあかねが線香花火を手に立っていた。
「アクアくん、一緒にやろう?」
「別にいいけど………なんで線香花火?」
「ララライの先輩が言ってたの。『恋愛と花火といえば、線香花火だ』って」
「そうなのか? でも、線香花火って少なかったよな」
アクアも子供の頃、ミヤコや壱護、アイと一緒に市販の花火を買ってやったことがあるが、メインは持ち花火で線香花火は二、三本しかなかった記憶がある。中には線香花火はなく、手持ち花火しかなかったものもあったはずだ。それが今回都合よくあるとは思えない。
「大丈夫、もらってきたから」
少し誇らしげに花火が置いてある箇所に向かうと十本が束になった線香花火が四束あった。
「どうしたんだ? これ」
「先輩が『毎年、そのシチュエーションを夢見て花火屋で線香花火を買って、夏の終わりに一気に女だけで処理するのも、もう嫌だから処分してくれ』だって」
「………その先輩はいつから線香花火を買ってるんだ?」
「さぁ? ただ、最近は惰性になってきたって言ってたよ」
不思議そうにするアクアとあかねだったが、メムあたりが聞いていたら、同情の涙と共に線香花火の処分に加わっていただろう。だが、恋リアでは映えるシチュエーションでは邪魔をしないという暗黙のルールがあるため、見ているのはカメラだけだった。なお、ほかの面々は騒がしく手持ち花火や用意されていたスイカに手を出していた。
「アクアくん、火つけよう?」
そう言って、屈むと用意されていた火種に線香花火を近づけて、火が付くのを待つ。やがて、線香花火の先が小さくはじけ始める。
アクアも同じようにあかねの隣に屈むと線香花火を手に取り、火をつけて小さくはじけ始めるのを待ち、やがて火種から外した。
パチパチパチと線香花火がはじける音だけがアクアとあかねの間を支配する。アクアもあかねも視線は線香花火に向いており、お互いの顔は向いていなかった。
「―――きれいだね」
同意を求めたかったのか、あかねは不意にアクアのほうに顔を向けて口を開いた。
火種と線香花火に照らされて、浴衣姿が浮かび上がるあかねの姿をアクアが捉えていた。
ふと、脳裏に思い浮かぶのは原作の事だ。彼女はこの楽しめる場面でもメモを片手にディレクターに意見を聞いていた。のちの最悪に繋がる態度のままだった。だが、今はただ線香花火を楽しんでいる。それが、妙に安堵できた。
「そうだな」
ふぅ、と表情が緩むのも仕方ないことだ。それを見たあかねは、びっくりしたような表情をして、それを隠す様に再び線香花火に目を向ける。アクアも、あかねの態度を不思議に思いながらももうすぐ終わるであろう線香花火に視線を戻したのだった。
その二人を出歯亀するように残りの四人が覗き込んでいたことは知らない。
なお、線香花火四十本は途中で乱入してきたメムとケンゴを加えてすべて消費したのだった。
「はーい! 打ち上げ花火始めますよ! 離れてくださいね!」
スタッフの声と共にそれぞれのメンバーが散る。当然というか、なんとなく組み合わせとして成り立っているアクアとあかねは隣り合って立っていた。
やがて、ひゅーという打ち上げ音の後にバンッというはじける音共に広がる打ち上げ花火。置き場で見たときには結構な数と10連打ち上げ花火と書いてあったものもあったので、そこそこ続くのだろう。
まあ、なかなか楽しかったかな、と花火を見上げながらアクアが思っていると隣に立っていたあかねがくいっ、と袖を引く。
「なんだ?」
「―――恋人同士はね、打ち上げ花火を見上げる時、手を繋ぐんだよ?」
そう言いながら、あかねは自分の右手を開いて差し出す。以前のことを思い出したのか、アクアは気まずそうにその右手を見ていた。
「それもララライの先輩の話か?」
「ううん? クラスの友達の話」
「そうか、でも、まだ少し恥ずかしいから――――今は、これが精一杯だ」
そういうと開いた手のひらから小指と自分の小指を絡ませて、下におろす。その時の二人の顔は赤く、あかねの視線は絡まれた小指を見た後に打ち上げ花火へ向き、アクアも言い終わると同時にあかねから目をそらし、打ち上げ花火を見上げるのだった。
――――この後、『今からガチ恋始めます』の番組の主軸が急速に決まっていく。まず、中心となったのは鷲見ゆきと熊野ノブユキのカップリング。その二人に嫉妬心を見せる森本ケンゴという役割で三角関係が成立する。その状況で、ゆきは器用に小悪魔ムーブで、二人を翻弄しながら番組を盛り上げ、人気を獲得していった。
一方で、ゆきとノブユキ、ケンゴの関係が恋リアの正統派とするのならば、邪道としてアクア、あかね、メムの組み合わせが人気だった。恋愛についてポンコツという評価が浸透してきたアクアとあかねにツッコミを入れるメムという関係だ。例えば―――
「じゃ~ん、今日はこれを使って勉強するよ」
「えっと、前回も地獄のようなものを持ってきたけど、今度は何を持ってきたの?」
「ララライの先輩が渡してくれた『私が考える萌えるシチュエーション、男受Ver.』です!」
あかねが持ってきていたのは普通のA4ノートだが、確かに表紙にはあかねがいった『私が考える萌えるシチュエーション、男受Ver.』と書いてあった。
「ちょっと待って! あかね。ララライって、演劇の劇団で、お笑い集団じゃないよね!?」
「ぶぅ、これでも、結構有名な劇団なんだよ。ほら」
そう言って、スマホを操作して、差し出されたスマホに表示されているのは劇団ララライと書かれた辞書ページで、確かに一流の役者しかいないプロフェッショナルな劇団、と書かれていた。
「………その先輩って、ここの団員なんだよね?」
「もちろん」
「なら、そのノートはいったい………」
「まだ売れてなかった頃に、劇の練習をするために先輩たちが集まって作った傑作らしいよ?」
「……黒歴史の間違いじゃ」
「あ、そういえば、『返却の必要はないから、使ったら盛大に燃やしてくれ』って言ってたよ」
「………なんかノートの中身が心配になってきた」
「大丈夫。先輩に特におすすめのシチュエーションを聞いてきたから。これでアクアくんをドキドキさせられたら成功だね」
「さっきから、メムと話してばかりで俺の意見は聞いてないけどな。―――まあ、いいけど」
演じるのはあかね、ターゲットはアクアであるにも関わらず、蚊帳の外におかれていたような気がしたが、もともと、この企画はアクアとあかねが恋愛を勉強するというものだ。ならば、あかねが用意した教材については、よほどのものでなければ特に文句をいう資格はアクアにはなかった。
「だが、大丈夫か? あかねは設定とか決まってないと演じられないだろう?」
「それも大丈夫。そのシチュエーションに至るまでの細かい設定が書いてあるから。きっと私に合わせて用意してくれたんだよ」
「(………ただの凝り性で、シチュエーションを楽しむためだと思うけど)」
あかねの証言に怪訝な顔をして疑うメム。アクアとしてはあかねが演じられるのであれば、どうでもいいので、そのあたりは無視していた。なお、あかねのいう通り、そのノートの三分の二には細かい設定が書かれており、サイドの三分の一にシチュエーションが書かれるという仕様だった。
「それじゃ、やるよ」
集中するように目をつむるあかね。その空気を察してメムはアクアとあかねから距離をとった。
時間にして数秒だっただろうか、あかねは目を開けると、その表情に強気な態度を宿して、つかつかとアクアに近づくと右手で顎をくいっ、と持ち上げ、強気な笑みを浮かべて口を開いた。
「――――私のものになってよ、アクアくん」
メムからすれば、ぞっとするような色気があるシチュエーションだったと思う。だが、アクアは顔色一つ変えずにあかねの目を受け止めていた。
「………やっぱりダメかぁ」
今まで纏っていた空気は霧散し、いつものあかねの態度に戻る。
「いや、そんなことはないと思うぞ。ただ、あかねとそのシチュエーションがあっていなかっただけだと思う。そのセリフが効果的ではない可能性もあるが」
「アクアくんはどっちだと思う?」
「そうだな………試してみるか」
今まで座っていたアクアが、すぅ、と立ち上がるとメムのほうに向かって歩いてくる。
あ、やばい、と思った時には遅かった、いや、あるいはやばいと思った瞬間に同時に面白い
そして、近づいてきたアクアは、初日にメムにしたように顎をつかむと、じっとメムの目を見て―――
「――――俺のものになれよ、メム」
ああ、ダメだ、と思うのは簡単だった。だが、アクアの強引な空気とメムの心にヒットした態度はあっけなくメムの心の障壁を崩壊させ―――
「は、はぃぃぃ」
と思わずうなずいてしまうのだった。なお、そのようにメムが答えたあと、すぐにあかねに「シチュエーションは問題ないみたいだ」と答えながらスマホをポチポチ操作していた。
「ま、まさか!?」
「今日も、フリルチャレンジ成功だ」
「あ、アクたんんんんん!?」
今日もメムの断末魔が響き、見ていたノブユキ、ケンゴ、ゆきは不知火フリルと同じシチュエーションが想像できるならやっぱり劇団ララライは一流の役者なんだな、と改めて理解した。
また、別のある日は――――
「ねぇ、あかね。本当にこれやるの?」
メムが目を落とすメモには10の質問とタイトルに『アクアくんのこと私がどれだけ知ってるかゲーム』と書かれていた。
「うん、ララライの先輩が、『結婚式の二次会でやる余興なんだ。恋愛はお互いのことをどれだけ知ってるかで愛の深さがわかる。ピッタリだろ?』って」
「………それは参加する側?」
「ううん、見てる側で、『外れるさまを見て笑うのが楽しい』って言ってたよ」
それはつまり、結婚式の二次会に参加する主賓ではなく招待客なのだろう。しかも、外れたのを見て笑うとは――――
「あかねの先輩は愉快だね。まあ、それはともかく、やってみようか。アクたん、準備はいい?」
「いや、俺もスケッチブックを渡されただけで、何をやるか聞いてないんだが?」
あかねとメムの寸劇を見ていたアクアは困惑した様子で渡されたサインペンとスケッチブックを見ていた。
「ルールは簡単! 今から私が出す質問にアクたんは正直に答えてね。あかねはアクたんが答えそうな内容をスケッチブックに書く。それで、お互いの回答があっていれば成功。間違っていたら失敗!」
「ちょっと待て!」
「それじゃ、第一問――――」
アクアは止めようとしたが、それは時すでに遅し。メムの言葉で第一問が始まった時点でアクアが止めることは難しかった。拒否することもできたが、期待しているほかの今ガチのメンバーとスタッフの表情を見るとやめられない。あかねの能力を知っているだけに本当にいいのか? という疑問も出てきたが、走り出した列車は止まれないのだ。
――――そして、第十問目。
「え、えっと、第十問! アクたんがぐっとくるところは?」
ここまでの戦績はあかねの全問正解で、もはや死んだ目のようになっているアクアと今まで全問正解でご機嫌なあかねという対照的な姿でスケッチブックに回答を書く。
「はい! どうぞ!」
『ノーコメント』『ロングの人が髪を上げた際のうなじ』
「ぶぅ! あ、アクたん! あかねの回答本当なの!?」
「い、いや、風評被害だ! 大体どこからそんな情報―――」
「え? 姫川さんが『アクアのやつ、稽古中に集中力欠いてたから聞いたら、ロングの人が髪あげてるのが新鮮で……とか言いやがって。いい趣味してるな』って言ってたよ」
「姫川ぁ!!」
姫川大輝は劇団ララライの今となっては看板役者であり、ドラマにも出演しているほどの役者だ。その役者が言うのであれば、と半ば既成事実化されてしまった。
なお、演技力などを考慮するとアクアの遥かに先輩なのだが、この場ではさすがに暴力的になるのは許してほしいと思うアクアだった。
「ねえ、どうかな? アクアくん。私、全問正解できたよ? ドキドキした?」
「今、別の意味でドキドキしてる」
「アクたん、あかねと付き合ったら浮気できないね………」
このような感じで『今ガチ』は進み、正道の『ユキゆき』『ケンゆき』と邪道の『アクあか』『アクMEM』という形で進んでいく。
なお、それぞれ『初デートでキスまでできるのがユキゆき、手を繋ごうとして繋げないのがアクあか』『打ち上げ花火を腕を組んでみられるのがユキゆき、小指を絡めるのが精一杯なのがアクあか』という比較が生まれるのだった。
※ ※ ※
黒川あかねは『今ガチの黒川あかね』で今ガチに出るようになってから収録が苦ではなくなっていた。
エゴサをしても、アクアとの絡みは注目され、メムとの掛け合いも面白い、と評判だ。いや、そこには劇団ララライの女性先輩も絡んでいるのだが、配信を見た彼女たちからは『笑った』『ネタにしてくれてありがとう』と返信がある。
あの日、アクアが無理にでも話をしてくれていなかったら、もしかしたら、自分は一人で空回りして、何かとんでもないことをしでかしたかもしれない。そう思うとアクアに感謝しかなかった。
もっとも、この感情は感謝なのか、あるいは恋愛感情なのか、あかねはわからない。『今ガチの黒川あかね』はあかねと劇団ララライの先輩と作り出したキャラクターだが、根源は似ているのかもしれない。当たり前だ。ベースは黒川あかねに『今ガチ』に合わせて設定を継ぎ足したキャラクターなのだから。
「あかね、やってあげるよ。おいで」
そう言われてはっ、とした。今は『今ガチ』の収録の最中。ゆきが姉がネイリストで教えてもらったから、と道具を持ってきてメムのネイルアートをしていたのだ。それを見ていたあかねに今度はやってくれるらしい。
「え、うん、ありがとう」
そういって、メムが座っていた椅子に座る。ゆきに促されて両手を差し出すと、まずは爪を奇麗にするのか専用のやすりで磨き始めた。
「――――よかったね。アクアさんから助けてもらった?」
「え?」
「私が辞めるって言った後ぐらいかな。あかねの雰囲気が変わったのは。それまでは全然目立てなかったのに、自然になってた。アクアさんから何かアドバイス貰ったんでしょう?」
ゆきにはどうやら分かっていたらしい。黒川あかねと『今ガチの黒川あかね』はベースとしては同じものだから、わからないかと思ったが、意外とわかるようだ。
「ふふふっ、これでも心配してたんだよ。このままだったらどうしよう? って」
「ゆき………」
恋愛リアリティーショーで名物といえば修羅場もその一つだ。もしも、あの場でアクアにアドバイスがもらえなかったら、もしかしたら、今、話題の中心となっている『ユキゆき』や『ケンゆき』の間に割って入るような役回りを演じていたかもしれない。そう考えると心配してもらっているゆきに対して心苦しかった。
「私は、アクアさんには興味ないからさ、逆にあかねが、絡んでくれて助かったかな」
「そうなの?」
「そうだよ。いくら何でも、アクアさんだけ放置するわけにはいかないでしょう? メムは、『恋リア』のタイプじゃないし……私だって三人は無理だよ」
「そっか」
選択肢がなかった、というわけではない。だが、それでもアクアが『今ガチの黒川あかね』に都合がよかっただけだ。だから、ゆきの安心感はただの偶然だった。だが、それでも―――
「心配してくれてありがとう。なんとか、このまま私、頑張るよ」
「そう、ならお互い頑張りましょう―――で、ネイルの色どうする?」
「そうだね、じゃあ――――」
あかねの注文した色にゆきは笑顔で応えるのだった。
※ ※ ※
「みてみて、アクたん! 奇麗でしょ?」
「あ?」
明日の撮影となっている台本に目を落としていたアクアだったが、不意にメムに話しかけられて視線を上げる。そこには、爪に奇麗に描かれたネイルアートを自慢するように両手を広げたメムがいた。
「どうしたんだ? それ」
「ゆきがやってくれたんだよ」
「―――っ!?」
鷲見ゆきのネイルアート。それだけで原作を思い出して嫌な予感がしてしまう。まさか、今日がその日だったとは、と後悔するも、慌ててゆきがネイルアートをしている場所に目を向けるとおとなしくあかねが施術を受けていた。お互いに何か話しているようだが、そこに険悪なムードは感じられない。
「アクたん? どうしたの?」
「いや、何でもない」
だが、さすがに台本に目を落とすことを再開するわけにもいかず、アクアはゆきとあかねがいる場所を注視していた。何かあればすぐに割って入れるように。だが、それは杞憂だったようだ。やがて施術が終わったのか、両手の爪を奇麗なものを見るようにあかねが手のひらを広げて見ていた。そして、お礼を言っているのか、ゆきと二、三言話して、立ち上がったあかねはまっすぐこちらに近づいてきた。
「アクアくん、ゆきにネイルしてもらったんだ。どう?」
そう言いながら広げた手のひらの先の爪にはグラデーションのように淡青緑色が彩られたネイルアートが存在していた。
「ああ、奇麗なんじゃないか?」
それはアクアの率直な感想。いや、今まで何が起きるか気が気ではなかったため、少し素っ気ない感想になったのは否めない。そのせいか、あかねの表情も、不機嫌といったことを隠さない表情になっていた。だが、似合っていると言って不機嫌になられる理由がアクアにはわからない。なお、隣のメムに目を向けてみれば、処置なしといわんばかりに首を横に振る姿が目に入るだけだ。
どういうことだ? と思っているとあかねの後を追ってきたゆきがアクアに近づいてきた。
「アクアさんもやってあげるから来て」
「いや、俺は―――」
「いいから」
それだけ言うと珍しく強引にアクアの腕を引っ張り、無理やり今まであかねとメムを施術していた椅子に座らせ、「手を広げて」と命令された。そこには有無を言わせない迫力があったため、アクアもおとなしく従う。なお、この際、ノブユキとケンゴは遠目から見守っており、助けは望めそうになかった。
「なんでそんなに不機嫌なんだ?」
「アクアさんが鈍いから」
端的にそれだけ答えるとゆきは手際よくアクアのネイルアートを行う。この際にアクアの希望は聞いていない。これが当然だという態度で橙をグラデーションとしたネイルアートを彩っていく。
「あかねのネイルアート、何色だと思う?」
「青じゃないのか?」
「そう、でも、その色は正しくは淡青緑色。宝石アクアマリン―――アクアさんの名前が入った宝石の色なんだよ」
ああ、なるほど、とアクアは素直に思った。というか、なるほど、これも『今ガチ』の黒川あかねならやりかねないと思う。想い人の色が入ったネイルアートをするというのは、確かにコンセプトとしてはありだ。
「なあ、もしかして、今の俺のネイルアートは」
「茜色―――もちろん、あかねの名前が入った色だよ」
やっぱり、とうなだれるしかない。いや、ここまでくれば気づかなかった自分が悪いのか。そもそも、本名はプロフィール帳には書いた。それを見たあかねが淡青緑色を指定したのかもしれない。ゆきには本名がばれていないため、名前の一部が入ったと思ったのかもしれないが。
「よしっ! できた!」
その声と共にわらわらと今まで遠目で見ていたメンバーが集まる。そして、アクアのネイルアートされた爪を見て、一部の人間はにやにやと笑い、そしてあかねは恥ずかしさからか顔を赤くしていた。自分がアクアマリンの色をアートしたときは見せびらかしに来たくせに。
「よし! それじゃ、記念撮影だ! 並んで、お互いの手の甲を見せろ!」
なぜか、その場のノブユキの音頭で場が作られてしまう。スマホを構えるノブユキ、ケンゴ、ゆき、メム。
「なんで全員なんだ?」
「それぞれの公式SNSでアップするから」
「一つでいいだろう………」
さすがにこの状況に陥っては、アクアも覚悟したのか、もはや項垂れるだけで指示に従う人形だった。
「アクアくん、恥ずかしいけど………その、ね。記念だから」
「まあ、仕方ないか」
その場の全員が敵だった。今ガチのメンバーはともかく、撮影スタッフも、演出的にやらないのはあり得ないという期待の視線を向けてくる。
「それじゃ! いくよ! 3、2、1!」
カシャカシャカシャとスマホから、配信用のカメラからシャッターを切る音がする。アクアはカメラの前では珍しく羞恥心に耐えながら甘んじてそれ受けていた。ちらりと横目で見るとどうやらそれはあかねも同じようだが。
その日の配信のエンドカードは、アクアが右手を、あかねが左手を広げ、それぞれの名前を冠する色がネイルアートされた手を見せびらかす傑作となるのだった。
なお、各メンバーの公式SNSにもアップされ、配信後に『アクあか』のタグがトレンド入りするのだった。
やりたいこと書いてたら長くなりました。
今ガチのトラウマシーンを何とか昇華できたらいいな、と思ってましたが、いかがでしょうか?
お互いの名前が入った色をネイルアートするって色々想像したらすごいな、と思いました。
誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。
もしよろしければ、感想、評価よろしくお願いします。励みになりますので、感想を一言でも頂ければ幸いです。