新生B小町の衝撃
「『今ガチ』終わってもうて、残念って思うてたんやけど……次から次に出てくる情報に流されそうやわ」
「そうだね。黒川あかねの事務所移籍―――どう見てもアクアを追ってって感じだし」
『今ガチ』の最終回配信の翌週に発表された移籍の内容。芸能人の事務所の移籍など稀にだがないわけではない。普通ならニュースにもならない内容だった。だが、『今ガチ』の後というのが話題になった。あの初々しい最終回の後に発表された移籍と事務所からの発表文章がさらに拍車をかけた。中高生あたりに読まれそうな記事で、『今ガチ』の話と絡めることでPVを稼ごうとしたネットニュースを中心に広まった。もちろん、憶測でアクアとの関係も匂わせたうえで。
その移籍発表後にSNSに投稿された内容は稽古着に着替え、ピースサインしたあかねと恥ずかし気にカメラに視線を合わせないアクアのツーショットだっただけに注目度は高く、『アクあか』のタグが一気にトレンドの上位に上がった。
「B小町の再結成の動画。そして、一人目のメンバーはMEMちょ。アクアがスカウトしたらしいね」
告知動画から数日後に一人目のメンバーとして紹介されたのは人気ユーチューバーMEMだった。苺プロの公式チャンネルだけでは自己紹介用の挨拶しかなく、定型の質問に答えるだけで、なぜ? という疑問に答えることはなかったため、MEMちょのチャンネルに人が殺到した。そこに投稿されていた動画には、ちゃんと彼らが求めていた理由がわかる動画が投稿されていた。
曰く、「いや~、アクたんにスカウトされちゃってさ。最初は断ったんだけど、どうしてもって言うから逃げられなくて。だったら、アクたんを見返すためにもアイドルやって、アクたんから逆に告白されても振ってやるつもりで頑張るから、応援よろしくね!」と締められていた。
もっとも、動画のコメントを見ても、『どうせ乙女面で即答したに違いない』『いや、告白されて断るのは無理だろ』と今ガチを見ていたファンによるコメントが残されていたが、『今ガチ』で素直にアイドル志望だったことも告げていたため、応援するファンもいて、動画の評価自体もよいものだった。
「できれば、MEMちょをスカウトするところ見たかった。たぶん、一番の乙女面だったよ」
フリルの脳裏には、挫折して諦めざるを得なかったアイドルへの道を示してくれたアクアに対して、乙女面で答えているメムの姿が展開されていた。フリルにとってメムの動画の言い訳はまったく信用していない模様。
「アクア兄さん、話題つきひんな」
「ルビーは何か知ってる? ルビー?」
あいにくアクアは今日は午前中がモデルの撮影、午後はドラマの撮影とスケジュールが詰まっており、いない。いや、この手の話題についてはほぼ逃げるため、いてもあまり意味がなかったのかもしれない。代わりに同じ事務所で妹のルビーに聞こうとしたのだが、彼女も様子がおかしい。にやにや―――美少女が浮かべてよいぎりぎりのラインの顔―――しながら、スマホを見ていた。動画を見ているようだが、その動画は『B小町』の再結成の動画だった。
「ルビー? どうしたん?」
「はっ! いやいやいや、何でもないよ。いや~、B小町が復活するって楽しみだなって」
「楽しみだなって、アクアとルビーの事務所の事でしょ?」
「そ、そうなんだけど、あは、あはははは」
まるで何かを隠したようなルビーの態度の原因が分かるのはここからさらに二週間後のことだが、今は、フリルとみなみは挙動不審な彼女の態度に首をかしげるしかなかった。
「今度は、有馬かなだって」
「これもアクア兄さんやろか?」
一人目のメンバーの発表から一週間後、新生B小町の二人目のメンバーとして発表された名前は『有馬かな』だった。その名前に陽東高校の芸能科には激震が走る。芸能科の人間であれば、この名前に聞き覚えがあるからだ。つい数か月前に星野アクアの名前と共に有名になったドラマの主演女優だ。さて、こうなるとMEMちょに続いてアクアが関連した女性がメンバーに選ばれるという事態に、三人目もアクアに近い人物ではないか、と陽東高校の中では噂されていた。
「MEMちょの時にも聞いたのに、教えてくれなかった」
「教えられるわけないだろ。極秘プロジェクトだぞ」
アクアはMEMちょの件以降、新生B小町について、フリルやみなみ、それに聞き耳を立てているクラスメイトに聞かれたが、なにも答えなかった。ただ、フリルだけはメムをスカウトするときに本当に動画のような対応だったのか? と聞いていたが。
「今回の結成にあたっては三人が選ばれたとある。アクア、あなた三人目はだれを選んだの?」
「いや、俺が選んだわけではないんだが」
変な噂が芸能科に回っているせいで、三人目を探ろうとアクアに視線が集まっていた。『今ガチ』といい、よく話題を呼ぶ人物だとして芸能科の中でも名物になっていた。
「アクア兄さんが選んだ二人目の『有馬かな』は正統派のアイドルやったしな。そのあたりにヒントがあるんとちゃうん?」
「なるほど、あと、歌も上手だったね」
MEMちょがユーチューバーでアイドルとしては色物だったが、有馬かなは逆に芸能界にいた人物でルックスとしても、手入れされた艶々の髪、あどけない童顔など美少女と呼んでいいものを持っており、むしろ、二人目でこれか?! と驚かれているぐらいだった。そして、もう一つの注目は、有馬かなの歌だった。
有馬かなの自己紹介動画は、定型の自己紹介、そして、今まで出た作品と定型の質問で構成され、最後に過去にリリースした自らの楽曲を歌うという構成になっていた。
この動画を作成する際にかなはひどく歌うことを拒否したのだが、キャッチコピーが『歌って演じる天才役者』と冠しているため、歌の部分についてもアピールが必要だ、というミヤコの鶴の一声によって収録された。タイトルは、全く売れなかったと自己申告していた『Full moon』だ。
歌唱力については、過去に発売された曲からも分かっていたが、苺プロに入って一年近くボイストレーニングなども真面目に重ねていたこともあり、当時よりもレベルが上がって歌手としても遜色ない実力を披露できており、動画のコメントでも好意的に見られていた。
なお、その後、過去のPVの再生回数も上がり、今よりも幼い有馬かなの動画に注目が集まったのはかなにとっては予想外といったところだろうか。
「一人目がユーチューバー、二人目は役者、なら三人目は別の分野だろうね」
「う~ん、モデルさんやろか?」
「答えないぞ」
それぞれが三人目のメンバーを予想する中、アクアはふとルビーに視線を送った。何か変な挙動をしていないかが気になったからだ。ルビーは机にうつ伏せで寝ていた。ただ、意識はあるようで、必死に新生B小町の話題に反応しないようしているようだが、フリルやみなみがする会話には聞き耳を立てているのか、時折ぴくぴく、と動いていた。
気持ちはわからないわけではない。新生B小町はルビーが待ちに待ったアイドルユニットの結成だ。彼女の人生の一大事にも関連している。だからこそ、早く正体を言いたい気持ちは分かるが、こればかりは待つしかない。一週間ぐらい、学校は休ませた方がいいだろうか? とアクアは本気で検討しそうになった。
※ ※ ※
鳴嶋メルトは、夜にいつものモデルメンバーのメッセージでその動画に気づいた。
「かなさんがアイドルっ!??」
メッセージには同じモデルメンバーが興奮気味に「すげぇ!」「歌うめぇ!」「アイドルってどうやって応援するんだ?」などの文字が並んでいた。その熱量に押されるようにメルトも動画を見たのだが、どうやらかなが『新生B小町』というグループに所属するということが分かった。
メルトだって、B小町は知っている。カラオケに行けば、女子が複数人で歌って踊るにしても定番だし、芸能界に所属しているメルトとしても、未だにドラマで主演をすれば、高視聴率が確実なアイがいたグループということは知っていた。
しかし、役者であるはずの『有馬かな』がどうして? と疑問に思いながら動画を再生すると、そこに映っていたのは『今日あま』の現場や稽古で演技について教えてくれた先輩が映っていた。次々と質問に答えていくかな。そして、最後に歌われる『Full moon』という曲。メルトは聞いたことはなかったが、歌唱力は音楽番組で聞ける―――いや、下手な歌手よりもうまいかもしれないと思った。
「すげぇ、かなさん歌えたんだな」
演技もうまくて、歌もうまいってすごいな、と薄っぺらい感想しかもてないが、それが端的にメルトの気持ちを現していた。
「ん? かなさんがアイドルするってことは、アクアさんとの関係はどうなるんだ?」
メルトとて、アイドルが恋愛事がご法度ということは知っている。週刊誌やネットニュースでも、それ系のニュースはたびたび目にするし、それが影響してグループを脱退―――卒業というのだっただろうか?―――することも知っていた。
「はっ!」
そこまで考えてメルトの中で、つい先日までアクアが出演していた『今ガチ』になぜ出たのか、ということについて理解できた。
『今ガチ』のアクアは、黒川あかねと一緒に過去の遺物で恋愛について勉強し、あかねの手を握っただけで顔を赤くして逃げ出すというピュアさを見せていた。メルトも変なアクアさんだな、と思いながらクラスメイトと盛り上がったのはいい思い出だ。なお、メルトとしてはフリルチャレンジでMEMちょを揶揄っているほうが素じゃないのか? と思っていたりする。
「なるほど、今のアクアさんなら誰もかなさんと付き合ってるなんて考えないもんな」
カモフラージュという説はあっていた。そこにもう一つ『有馬かな』との交際を隠す、という意図が追加されただけだ。なお、まったくの誤解なのだが、メルトにとってはそれが真実として刻まれていった。
しかも、芸能事務所に入って、裏話的なことを聞くこともあり、特にモデルという立場では表に出ないまでも彼氏彼女をやっている人はいくらでもいると聞いているため、そこに疑問を挟む余地はなかった。
「えっと、最初のライブは―――ジャパンアイドルフェスか。チケット取れるか?」
メルトはスマホでジャパンアイドルフェスについて調べはじめ、オープンな会場であったため、まだチケットに余裕があることを知り、即行で購入するのだった。なお、ほかのメンバーも同じことをやっており、応援に行く前に集まろうと約束するのだった。
※ ※ ※
黒川あかねは、苺プロでの稽古を終えて、帰宅し、今は自室でリラックスしているところだった。
スマホで適当にネットの海を泳いでいる最中にあかねはそれを見つけた。見つけてしまった。
「え? 有馬かな、新生B小町でアイドルデビュー!? え? あ? か、かなちゃんが!?」
慌ててそのネットニュースにリンクされた先に行くと苺プロのアイドル部門―――休止中だったのに再開していたことに驚いた―――のチャンネルに飛ばされた。彼女も芸能人の一人としてB小町が再結成されることも、MEMちょが一人目のメンバーであることも知っていた。だが、まさか二人目が―――
恐る恐る、有馬かなの顔がサムネイルになっている動画を再生すると自己紹介のあと、テンプレートの質問が飛んでいた。
「………ほ、本当にかなちゃんだ」
ニュースを疑っていたわけではない。ただ、同年代で天才子役と呼ばれた彼女がアイドルデビューという事実に頭がついていかなかっただけだ。しかも、動画の最後には、彼女のあどけない童顔によるものかあかねの目から見ても似合っているフリフリのアイドル衣装に着替えて、ソロでかなが出した『Full moon』という曲を歌っていた。
「あ、上手だ」
あかねとしてはかなの楽曲といえば、『ピーマン体操』ぐらいしか知らなかったのだが、そのあとも楽曲を出していたのか、と今更気づいた。そして、歌い終えたところで動画は終了している。
「え? 待って、なんでかなちゃんが?」
アイドルデビューすることはわかった。だが、かなは役者ではないのだろうか。今日だって、同じ稽古室にいたし、何かの台本を演じていたことも知っている。顔を合わせるとお互い喧嘩になるので、滅多なことでは絡まないが………あと、時々、アクアに連れられて一緒に部屋から出ていくのが嫌いだった。
「あ、そうか。アクアくん」
彼だって苺プロで、しかも、MEMちょをスカウトしたのだ、何か知っているかもしれないと、電話帳から彼の番号を探し、タップする。
『あかね? どうした?』
数コール後に電話に出たアクアは平常通りで、今まで慌てていたあかねの心を少しだけ冷静にさせる。
「あ、アクアくん。かなちゃんが、アイドルになってるんだけど!?」
『ああ、知っている』
「じゃなくて! なんでかなちゃんが!? 役者やめちゃうの!?」
自分でも混乱していることが分かるが、それでも知りたかった。あかねの憧れである有馬かなが役者をやめてアイドルになるなんて事実を認めたくなかった。
『はぁ、違う。有馬は役者をやめない。そもそも、有馬のキャッチコピー見たか?』
「え? 『歌って演じる天才役者』有馬かな?」
アクアに言われてようやく動画内に示されていたものを見つけた。そこに書かれていたのはあかねが読み上げたキャッチコピーだ。確かに、かなのキャッチコピーには役者の文字があった。
『そうだ。だから、有馬は役者をやめない』
「そう、なんだ………よかった」
かなは役者をやめないとわかって安堵したあかね。しかし、そうなると別の疑問もわいてくる。
「だったら、どうしてかなちゃんはアイドルに?」
『………まあ、あかねにならいいか。有馬にとってアイドルは踏み台だ。苺プロに来た当時、『有馬かな』の名前は売れない元天才子役のイメージが強くてな。だから、そのイメージを払拭させるために、アイドルに誘った』
「え? アクアくんが誘ったの!? え? なんで?」
あかねは苺プロに加入した際にアイドル部門の責任者か誰かがかなを見てスカウトしたと思っていた。だが、今の言い方では、まるでメムと同じくかなもアクアがスカウトしたような言い方ではないか。だが、あかねのその疑問に対して、アクアは普通に当たり前のことを答えるような口調で答えた。
『なんでって、有馬はそこら辺のアイドルより可愛いし、歌もうまいから』
いやいやいや、とあかねの中の乙女心がアクアの言葉を否定したかった。アクアからしてみれば、普通に有馬かなの勧誘理由を答えただけなのかもしれない。だが、それをよりにもよって女の子との電話口で言うだろうか。言うだろうな、とあの『今ガチ』の現場で恋愛勉強を共にした『今ガチの黒川あかね』は判断した。
「だ、だったら、アクアくん、もしも、私が……アクアくんに言われずに自分から、『今ガチ』の事で、事務所を抜けたとして、苺プロに行ったら、かなちゃんと同じようにアイドルに勧誘してくれた?」
それは、あかねの中の乙女心のせめてもの抵抗なのかもしれない。分かっている。アクアとしてもかなを手助けするためにスカウトしたのだろうということは。今、アクアが答えたことは本音であり、嘘偽りはないのだろいうことは。だからこそ、聞いてみたかった。もしも、あかねがその立場にいたときどうなるか。
『……えっと、あかねは歌上手いって言われるか?』
「え? 歌? えっと………分からないなぁ」
期待した回答とはまた別の質問が来て、思わず返答に困る。なぜ歌? いや、アイドルなのだから分かるのだが、主軸がそこではないことに気づいてほしかった。なお、あかねの歌唱力は普通だ。
『そうか。じゃあ、あかねにその時が来たら、アイドルに誘うかどうかは分からないな』
ああ、本当に来たときを想定しているのだろう。だから、そんな答えになる。だが、それはあかねが考えていた問答とは異なって、本当に理解できていないことに腹が立ってしまい、思わず叫んだ。
「もう! アクアくんは、やっぱりもっと恋愛の勉強が必要だよ!」
『え?』
その声を最後に、通話を切ってしまった。切った後に真っ黒になったスマホを前に後悔するあかねだった。
なお、アクアのほうも、不思議だ、と首をひねる様をルビーやミヤコに目撃され、あかねとの会話内容を共有したのちに、アクアが悪いと一方的に断罪され、後日、あかねと顔を合わせた際に「あかねは綺麗系だけど、ルックスは十分にアイドルになれると思う」と言われた。それだけで、あのやり取りの怒りが消えるのだから、自分もずいぶんチョロいな、と思うのだった。
※ ※ ※
一日で世界が逆転したような気分を有馬かなは味わっていた。登校途中にも感じていた視線。陽東高校の芸能科の敷地に入って、その視線はさらに数を増やしていた。原因はかなとしても分かっている。昨日、公開された『新生B小町』有馬かなの動画だろう。
正直、かなとしては、B小町という名前のネームバリューを少し見くびっていた、としか言いようがない。B小町はただのアイドルではないということを再確認できた。しかし、いくら芸能人といっても、ここまで注目されたことはなく、億劫なような、今まで注目されることがなかったため気持ちいいような、複雑な気分だった。
少しご機嫌で、スマホでいつもの通り、昨日の動画の評価でも調べようとしたところで、不意に声がかけられた。
「あ、あの有馬さん、今いいかな?」
「え? あ、なにかしら?」
かなは芸能科の中で特に浮いた存在というわけではなかった。特に入学の時はすでに苺プロに所属していたし、さらにそこから『今日あま』のドラマにも出ていた。しかも、主演の役だ。芸能科には事務所に所属しておきながら、まだ、表には出ていない人もいるため、かなの芸能科の立場としては上の方であり、クラスメイトとも交流はそこそこあった。もっとも、入学してからはアイドルのレッスンや、『今日あま』の稽古などもあったため、友人といえるほど深い付き合いはないのだが。
「動画見たんだけど、新生B小町でデビューするって本当!?」
「ええ、本当よ」
「え! じゃあ、だったら、MEMちょみたいにアクアさんにスカウトされたの!?」
「は? あ、アクア?」
まさか新生B小町の話題でアクアの名前が出てくるとは思っていなかった。しかし、よくよく考えてみれば、メムはアクアのスカウトでB小町に加入した。そして、かなも苺プロに所属した直後にアクアに助けられる形でネットのドラマにも出ていた。関連性が全くないとはいえない。
つまり、彼女たちの頭の中では、子役事務所から干された有馬かなは、アクアにスカウトされて『今日あま』のドラマに出て、新生B小町に加入したと思っているのだ。いや、ほぼ正解だが。唯一異なるところとしては、アクアにスカウトされたのではなく、アクアに再会した際に邪道として選択肢を与えられただけなのだが……あの時に言われた口説き文句を思えば、スカウトされたと言っていいのかもしれない。
「そ、そうよ! あいつがどうしてもアイドルやってくれ、っていうから仕方なく!」
本当は有馬は可愛い、とか言われたが、さすがにそのあたりを口に出すほどバカではなかった。少し嘘っぽいか、と思ったのだが、なぜかかながそう宣言した途端、きゃーと歓声が上がった。
「ねぇねぇ、具体的にどうやってスカウトされたの?」
「いや、アクアとは子役の時から知り合いで―――」
「わぁ、やっぱり髪綺麗! どのシャンプー使ってるの?」
「え? あ、これはアクアが選んでくれたやつで―――」
「肌も綺麗に手入れされてるし、やっぱりアイドルやるから?」
「いや、芸能科にいるならちゃんとしなさいよ」
なぜか人が集まってきて、次々に質問を投げかけてくる。新生B小町に加入したことによって注目が集まることに困惑しながらも、注目が集まることが嬉しいと思うかなだった。
※ ※ ※
「店長! 店長! 見ました!? 新生B小町の三人目の動画!」
「あぁ? 見たよ」
やや不機嫌そうに答えるが、これがアイドルショップ店長の通常営業だ。
「いや~、まさか、『アイの後継者』を名乗るなんて、びっくりですよ」
「バカ、アイは伝説だ。そう簡単に後継者なんて名乗れるか。詐欺だ、詐欺」
「え? じゃあ、店長は、あの動画から何も感じなかったんですか?」
「それは――――」
『アイの後継者』星野ルビーの動画を見る前は憤っていた。アイドルショップの店長をやっている身だ。彼女のスター性はよく知っている。アイドルを引退して約十年。今では女優だが、それでもまだブロマイドは高値で売れるし、サイン入りのブロマイドはさらに高値で売れる。店長だって持っているブロマイドは丁寧に保管していた。
だからこそ、それを継ぐ者を簡単に認められない。自身が熱狂したあのアイドルの後継者など。そう思っていた。
だが、星野ルビーの自己紹介動画を見て、長年アイドルを見てきた店長としてもアイドルとして輝く何かを感じていた。アイの後継者としてアイとの対談もあったが、それでもアイに引けを取らない何かを感じた。だからだろう、動画を見ていない一部の人間はネット上で暴れているが、素直に認めたもの、認めたくはないが何かを感じたもの、いろいろと反応は分かれている。だが、唯一共通するのは、『アイの後継者』を否定できないところだ。
「だが、まだ歌もダンスもパフォーマンスも見てねぇ。何よりB小町は伝説だ。それをたった三人で再結成なんて―――」
「いや、どの子も普通のアイドルグループだったら絶対的なエースになれそうですが………」
店員とはいえ、同じくアイドルオタだ。メンバーがどの程度の人気を得られるかぐらいは、分かる。そして、新生B小町は、メム、有馬かな、星野ルビーとアイドルとしては新人ながら錚々たる面々ということは分かっていた。
「ちっ、なら見に行くぞ。JIF。新生B小町を見極めにな」
「え? でもその日、店は……」
「バカ野郎! アイドルショップの店員がアイドル見に行く以上の仕事があるか。閉めていくぞ!」
その場で居合わせていた店員二名がお互いの顔を見合わせて、諦めていたJIFへ参加できる喜びの笑みを浮かべながら敬礼していた。
「「分かりました!」」
店長の豪気な決断に嬉しく思いながら店員二名がおとなしく従うのだった。
※ ※ ※
「せんせ! ようやくデビューだよ!」
『よかったね、ルビーちゃん』
カメラ電話の向こうで微笑む吾郎に向かって、笑みを浮かべたルビーが、今日の動画で発表された内容についてようやく、と口にする。吾郎からしても、ルビーがアイドルデビューしたかったことは知っているため、素直にルビーを祝福していた。
ルビーと吾郎はこうして時折、スマホのカメラ越しにルビーの自室で会話していた。ベッドの枕にスマホを立てかける要領で、ルビーはちゃんとパジャマを着て通話していた。年齢が高校生に近づいた頃、色仕掛け的な意味も込めて薄着にしようか、と悩んでいたところに、アクアから、『変に色気を出すと避けられる』と助言をもらい、きちんとした格好で通話していた。
「ね! せんせ、JIF来られるんだよね!」
『有休も申請してるし、大丈夫。ルビーちゃんのデビューライブだからね。這ってでも行くよ』
「え? ちゃんと健康体で来てほしいんだけど!」
『分かった。僕も年だからね。ちゃんと気を付けるよ』
「せんせは、まだ若いと思うけどな」
『ははは、ありがとう』
それはルビーのお世辞でもなんでもなかった。吾郎はそろそろアラフィフと言ってもいい年齢だったはずだ。だが、その容姿はしわが増えたようにも、白髪が増えたようにも見えない。ただ、十年以上前から容姿が変わっていないような気がしていた。もっともルビーの周りにはアイを筆頭にそのような人物は多いためあまり気にしていない。
「せんせ、ちゃんと私の事推してくれるんだよね?」
『もちろん、約束だったからね。いや、そうじゃなくても、ルビーちゃんならちゃんと推せるよ』
「最推しじゃないくせに」
このやり取りも何度目だろうか。もはや様式美と化しており、お互いにははは、と笑った。
『ところで、ルビーちゃんのカラーは何色かな?』
「次の雑談動画で出すんだけど、私はアイと同じ! 赤だよ!」
アイドルにはそれぞれのイメージカラーが与えられ、サイリウムは推しの色を振るのが当然だ。だからこそ、ライブ前に雑談動画でそれぞれの色をだすのだが、『アイの後継者』であるルビーの色は当然、赤だった。また、原作通り、メムは黄色、かなは白である。
『赤か……サイリウム買いに行かないとな』
「え? でも、せんせ、アイ推しだったんでしょう? 赤なんていくらでも持ってるんじゃないの?」
『あれは、アイ専用。ルビーちゃんには、ルビーちゃん専用を買いに行かないと推しとは言えないよ』
もう、持っているであろう色のサイリウムをわざわざ自分のために買いに行く。それが嬉しくないわけがない。だから、思わず口にしてしまった。
「もう! せんせ、好き!」
『今度からアイドルになるルビーちゃんの口から簡単に言っていい言葉じゃないな』
アイドルには恋愛事はご法度なのだ。だから、吾郎が言うことはわかる。だが、それでも湧き出してきた感情にどうしてもそう言いたくなったのだ。
そして、ルビーが、その言葉を口にしたとき、少しだけ吾郎の表情が曇ったような気がした。
「せんせ? どうしたの?」
『いや、前にルビーちゃんと同じように僕に好きと言ってくれた子がいてね。ルビーちゃんの言い方がその子に似てて、少し思い出しただけ』
ああ、やっぱりせんせには分かるんだ、とルビーは感激するが、その感情を隠して、何でもない風に吾郎に告げる。ちなみに、これまでの交流で、吾郎の最推しが過去の患者ですでに亡くなっていることは聞き出していた。
「その子って、どんな子だったの?」
『そうだね。君と同じでアイドル目指してて、いつも病室で苦しみながら、まっすぐ夢見てた子かな………』
過去を思い出す様に遠い目をしながら呟くように言う吾郎。せんせからはそんな風に見えていたんだ、と昔の自分を思い出しながら少し恥ずかしくなる。確かに、アイドルは夢見ていたが、同時にどうしようもない現実を憎んでいたことも確かなのだから。だが、それもこの時のためと思えば、安い代償だと思っている。
「その子がせんせの最推しの子なんだね?」
『え? 僕、ルビーちゃんにそれ、言ったかな?』
「毎年、墓参りに来ているのに今更だよ」
吾郎は毎年、宮崎から東京にさりなの墓参りに来ていた。今では親族の誰も来ない墓を清めるために。もっとも、そのたびにルビーは東京散策という名のデートに誘っているのだが。
「ねえ、せんせ、私、JIFの前の日にその子のお墓参りさせてくれないかな?」
『え?』
突然のルビーの申し出に吾郎は少し戸惑ったような表情をしていた。当たり前だ。傍から見れば、ルビーとさりなは何の関係もない他人なのだから、墓参りに行く理由などないはずなのだから。
「ほら、その子はせんせの最推しを巡って争うライバルなわけで。だから、宣戦布告というか……私がアイドルになる前に会いたいなって」
『ルビーちゃん』
少し感激したような吾郎の表情に、ややルビーの罪悪感が刺激される。当たり前だ、自分の墓を参るために吾郎を誘っているのだから。だが、これも必要なことだ、と自分に言い聞かせて、吾郎の返答を待つ。
『うん、じゃあ……一緒に行こうか』
「やった!」
それから、吾郎とは何気ない会話をして、夜もやや遅くなったころに、兄に怒られるから、と通話を切った。先ほどまで吾郎が映っていたスマホ。それを仰向けになった腹の上に置きながら、ようやくその日が近づいてきた、と電気を消した部屋の中で呟く。
脳裏に思い出すのはあの日の言葉――――
「16歳になったら結婚してくれるって言ったよね。せんせ、私、もう16歳になったよ」
怪しく妖艶な笑みを浮かべながらつぶやいたルビーの言葉は、電気の消えた暗い自室に溶けて消えるのだった。
B小町再結成後のそれぞれの反応でした。次回は修行編です。
星野
・小学生のころからアイからレッスンを受けていた。
・歌は音痴から改善された。
・三日に一度は吾郎に電話
・新生B小町の三人目のメンバー
・アイの後継者
・サイリウムの色は赤
・JIF前日に吾郎医師の最推しであるさりなの墓参りに行く
・約束を未だに覚えている