「ねぇ、お兄ちゃん。なんか視線が怖い」
「当たり前だ。それにステージに立てばこれ以上の注目が集まる。慣れろ」
三人目のメンバーを発表した動画から一夜明けた通学路にて、アクアの陰に隠れるようにルビーとアクアが登校していた。
ルビーの周りからの視線が怖い、というのは単に注目が集まることに慣れていないだけであるが、B小町の『アイの後継者』として動画配信された今となっては見られるのは当たり前のことである。むしろ、アクアからしてみれば、アイドルのステージに立つのに、このくらいの視線になれなくて、どうするのだ? と思っている。
「そっか、そうだよね。別に悪いことしたわけないんだからいいよね」
視線が向けられる理由が分からなかったことが原因なのか、あっさりと切り替えるとルビーはアクアの陰から隠れることをやめ、隣に並んで歩き始めた。
「おはよう。思ったよりも注目集めてたから助けようと思ったけど、不要だったみたいだね」
アクアたちが歩く少し前で待っていたのは、不知火フリルだった。不知火フリルが待っているだけでも当然、視線は集まる。ましてや、それが昨日発表された注目人物と一緒ともなれば、歩いているほぼ全員の視線がそのグループに集まるといっていいだろう。さらに、おまけというには大きすぎるが、星野アクアも一緒なのだから。
「いや、フリルがいたほうが視線が集まるだろう」
「こうやって並んで歩いていれば、誰に向けていいか分からないから弱まるよ」
確かにアクアとルビーとフリルが並んで歩くと、先にいる学生たちは道を開け、彼らに視線を向けるが、それがルビーなのかフリルなのか、アクアなのか、誰に視線を向ければよいかよく分からなくなっているため、圧としては下がるのは分かる。分かるのだが―――
「俺が悪目立ちするんだが……」
フリルとルビーに挟まれて歩くアクアに向けられる中には、好奇の視線とは別に侮蔑の色も含まれていた。
「男なら泣いて喜ぶところだよ」
「いや、お前らだし」
双子の妹であるルビーと共演者として長年やっているフリルに挟まれても、いつもの光景としか思えない。これはアクアが枯れているというわけではなく、単に慣れてしまったからだ。
「じゃ、みなみちゃんも呼ぼう! お兄ちゃんのお気に入りだから、泣いて喜ぶよね!」
「いや、そのネタ、まだ引っ張るのか!? というか、やめろっ!」
すぅ、とスマホを取り出して本当にみなみを呼び出そうとするルビーをアクアは必死に止めるのだった。
「にしても、やっぱりルビーちゃんが三人目やったんやな」
「え!? 私、そんなにバレるようなことしてた!?」
たくさんの視線にさらされながら教室に到着すると先に来ていたみなみとも合流し、やはり話は昨日に公開された新生B小町の最後のメンバーであるルビーについて話が飛んだ。
昨日の動画を見て、納得という風に頷きながら言うみなみに対し、自分では隠せていたつもりであろうルビーが驚きの表情を浮かべていた。
そのルビーの反応にフリルとみなみは苦笑で返事する。
「あからさまやったやん。新生B小町が発表されてからそわそわしとるし、三人目公開が近づくにつれて挙動不審になっとるし」
「そもそも、アクアの双子の妹なのに何もやってなくて、でも、事務所に所属しているっていう時点で何かあるとは思っていたから、そんなに意外ではなかったけれど」
「そんなぁ~、頑張って隠してたのに」
今までの苦労はなんだったんだ、と言わんばかりにぐてぇ~、と机にうつ伏せになるルビー。
「まあ、芸能科の人間はそういうの隠す機会多いから、口にしない限りは憶測では言わないよ」
「せやな、口外できる情報だけ口にすればええと思うよ」
「うん、分かった!」
慰めのような、ルビーの態度から分かっていたけど、分からないふりするから大丈夫、とフォローになっていない言い訳と取るのかはあるが、ルビーは友人二人の励ましに元気を取り戻したようだった。そして、そうなると、今度の質問の内容は決まってる。
「ルビー、アイさんの後継者や、言うとったけど、本当なん?」
「うん、お姉ちゃんとはずっと稽古してきたから、ダンスも歌もずっと見てもらってたんだ」
「なんで、アクアと同じように子役として出なかったの?」
フリルからしてみれば、先に芸能界に入って、子役が終わったころにアイドルを始めるというのが、近道のように思えた。ちょうど、有馬かなのように。キャラクター被りのようなものだが、数年前から役者をスカウトしようとは決めていないだろうから、ルビーに芸能界を経験させることは悪くないと思うのだが………
「私がやりたいのはアイドルで、役者じゃないからかな? アイドルやって役者ならいいんだけどね!」
「なるほどね」
つまるところ、それは、悪く言えばルビーの我儘で、よく言えば信念だ。そもそも、子役をやればいいといったのは双子の兄であるアクアが子役で成功し、今では若手男性俳優の中でもフリルに並び立つほどの才覚を見せたからだ。双子とはいえ、ルビーがどうなるかは分からない。ならば、最初はアイドル一本で行くというのも間違いではない。
「そう、あの『アイの後継者』を名乗るんだから注目はきっとすごいことになるよ。頑張って」
「うん!」
それはもう今朝の出来事で分かっていた。だが、これはルビーが決めた道であり、アイドルは憧れだ。たったそれだけのことで諦めきれるほどのものではない。だから、フリルの励ましに笑顔で頷くのだった。
「あ、私はMEMちょを見るためにJIF行くから」
「そこは私じゃないの!?」
※ ※ ※
「あ、お兄ちゃん、昨日の夜ね、せんせを予定通り、私の墓参りに誘えたよ」
「『私の』っていうのやめろ」
夜、今日は、ドラマの撮影でアイがいない星野家。先ほどまで夜ご飯を共にしていたミヤコ、かな、メムはすでに帰宅し、この場にはいなかった。
新生B小町の結成から、基本的には毎日レッスンに追われている新生B小町のメンバー。夜だって遅くなるが、そこからさらに晩御飯となると作る気力もなく適当になる。だから、アクアがルビーの分と一緒に、どうせ晩御飯を作るのだから、とまとめて作って、新生B小町のメンバー全員を呼んで食べることが多かった。
そして、今はアクアとルビーの二人が夜寝る前の会話をリビングでしていたのだが、ルビーから報告されたのは、前々から計画していた吾郎に関する作戦の進捗だった。しかしながら、内容は正しくとも、不穏な呼び方にアクアが訂正をかける。
何度も繰り返された作戦会議で、アクアはルビーの過去をおおよそ聞いていた。それはルビーの計画がぞんざいで、見ていられなかったということもあり、正しく兄妹で計画を練るうえで身の上話を聞いたのだ。病室にたった一人でドルオタしているところにやってきた一人の医師という原作そのままの内容ではあったが。
「でも、なんでお墓なの? 私、もっとロマンチックなところがよかったな」
吾郎に関する計画はほぼ大詰めといっていい。デビューする直前に吾郎にルビー(さりな)のことを明かして意識してもらう、という段階まで来ていた。だが、その場所が墓という暗い場所というのがルビーのお気に召さなかったようだ。
「誰かの墓に参るってのはどういう意味だと思う?」
「え? お墓に? えっと―――死んだ人を供養するため、じゃないの?」
「まあ、普通にはそうだな。だが、実際は参った本人が故人を思い出す場所だ」
アクアの考えからすると、墓とはその故人を一番思い出す場所だ。相手を思い返す、相手に報告する、それはすべて故人への感情を一番意識させる場所だと言える。そこには骨しか残っていないはずなのに、そこに故人の想いがあると思ってしまう。
「そもそも、吾郎医師はさりなに対して大きすぎる感情を持っている」
「え? そうかな?」
アクアに吾郎からさりなへの感情の大きさを指摘されて照れるルビー。だが、アクアからしてみれば容易に想像できた。
「さりなが亡くなって20年、毎年墓参りをして、亡くなった時に渡したキーホルダーを肌身離さず持っていて、結婚しない理由は『結婚について答える子に先約がある』なんて言ってるんだぞ。ただの患者相手に抱く感情にしては大きすぎるだろ」
「だよね~! もう、せんせったら私の事大好きなんだから」
紅潮した頬を押さえて、表情を緩ませるルビー。相思相愛とでも思っているのだろうか。果たして、それがそうなるかどうかはこれから決まるというのに。
亡くなった一人の患者に対して、そんなことを全部やっていたら医者は過労死なんてレベルではなくなってしまうだろう。それが、吾郎と同じように親から愛情を与えられなかった子供に対するシンパシーなのか、誰一人見舞いに来ず、小さな病室で幼い命を落とした少女に対する憐憫なのか、アクアには分からない。だが、吾郎がさりなという少女に抱く感情はただならぬものがあることは間違いないと思っていた。
「だから、その感情を一番思い出すさりなの墓って場所がいい。その時、吾郎医師が思い浮かべているのはさりなのことだ。そして、その大きすぎる感情もまた同時に思い出している」
「そこで、私がさりなだって明かす」
「そう、その感情の向け先をそっくりそのまま全部ルビーへと対象を移すのが目的だ」
もっとも、人の感情とは複雑なものだ。だが、その場でもしもさりな=ルビーという認識を与えられれば、彼の胸に抱いているさりなへの感情をルビーへとそのまま抱かせることができるかもしれない、と考えていた。
「だから、ちゃんと、吾郎医師とさりなしか知らないようなことを口にしろよ」
「うん! 今まで我慢してきたことだもんね!」
ふん、と気合を入れるルビー。
年に一回来る吾郎と毎回デート―――吾郎は知り合いの子供と東京で遊ぶぐらいの感覚だろうが―――しているときや、電話で会話をしているとき、さりなのようなことを言うのは避けていた。匂わせぐらいはまだしも、確信を持たれては意味がないからだ。
「そうだな、あとは――――」
「ふんふん」
その場で正体を明かす際の注意点をいくつかルビーと共有するアクア。正直、吾郎をだましているような感覚に襲われるのだが、ルビー(さりな)の意志は固い。いや、彼女の記憶によると最後のほうは、あの宮崎の病院の一室が彼女のすべてだったのだ。そこにあるのは、B小町というアイドルと吾郎だけだった。それが彼女のすべてで、それ以外は知らなかったのだろう。だから、前世で無意味に子供のまま死んだルビー(さりな)はそこに意味を求めたがっているようにも見えた。
もっとも端的に言えば、純粋に憧れと恋心を忘れられなかった、と言えばいいのだが。
「―――って感じだ」
「分かった! お兄ちゃん、ありがとう!」
「下手に動かれて、世間をぐちゃぐちゃにするよりはマシだ」
今でさえ、16歳とアラフィフが結婚しようなどと真顔で言う妹なのだ。しかも、アイドル志望。世間に喧嘩を売るっていうレベルではない。だから、少なくとも、大けがをするのは吾郎だけに―――それでも、推しによく似た若い嫁さんが貰えるのだからイーブンだと思っている―――しておきたいと考えていた。
「ところで、お兄ちゃんは誰が好きなの?」
「なんで?」
「だって、私ばっかりせんせの話してずるいじゃん! お兄ちゃんのコイバナ聞きたい! それに、私は曲がりなりにもお兄ちゃんの妹だし、将来お姉ちゃんになる人のこと聞きたいじゃん!」
どうやら、自分ばかり好きという感情を兄妹に説明するのが恥ずかしかったらしい。
だが、女子というものは恋バナが好きなのだろうか、つい最近も似たようなことを聞かれたな、とアクアは思う。
「どうどう? フリルちゃん? みなみちゃん? ロリ先輩? MEMちょ? あと、最近移籍してきたあかねさん? だれだれ?」
ルビーがアクアと仲のいいと思っている女性の名前を挙げるが、アクアは特に誰の名前にも反応せず、首を横に振った。
「誰もいない。タイプも好きになった人がタイプだ」
「ぶぅ~、面白くない」
アクアの煙に巻くかのような回答に頬を膨らませるルビー。だが、アクアとしても一定の言い訳があった。
「俺はお前と違って、記憶がないから感情も今の俺が感じている最中なんだ。誰かを好きになるとしたらこれからだ」
「あ………」
しまった、という表情をするルビー。
ルビーにはアクアの特殊性も一応話している。もちろん、原作知識は除いてだ。大人としての知識はあるが、記憶がない。だから、今の俺は星野愛久愛海だ、と説明している。だから、感情自体も記憶を基にしたものは感じてみないと分からない、と。恋心なんて、その典型的なものだ。
「だいたい、中学生の頃はドラマには出ていなかったが、演劇やモデルの撮影でほとんど学校に行ってなかったからな。女子との絡みも少なかったんだ」
そして、現場にも同年代はいるが、さすがに大人の知識を持っているだけに、女性としてみることはなく、どちらかというと妹のような感じだった。なにしろ、演劇で唯一の同世代は、アクアが世話を焼いて女の子にしたようなものなのだから。
そして、アクアの中学生時代を思い出したのか、ルビーもポンと手を叩いて、合点がいったという表情をしていた。
「ああ、そうだったね。お兄ちゃん、かなり女子の間では人気だったけど、レアもの扱いされてたもんね。一目見られたらその日はラッキー、みたいな」
「俺、そんな扱いだったのか?」
コクリと頷かれ、やや落ち込む。まさか、幸運のアイテムのような扱いをされているとは思っていなかったからだ。なお、男子の友人もおらず、学校に来ても勉強するか、台本を読むか、映像系の雑誌を読むかなどで、孤独に過ごしていた。
それから、しばしお互いの状況などを話し、夜も更けてきた頃、そろそろ解散か、とアクアが口を開いた。
「夜更かしは美容にも悪い。そろそろ寝るぞ」
「ね、お兄ちゃんが時々出す、その美容に関するこだわりは何なの? ナルシストなの?」
確かにアクアはモデル兼役者で容姿に気を遣う職業とはいえ、若干、こだわりがすぎているような気がした。とはいえ、そのおかげで、アクアはイケメンという地位に対して誰も文句を言えないような容姿をしているし、ルビーもその恩恵にあずかり、美少女といって問題ない容姿をしていた。
「いや、そうじゃないと思うが、せっかく容姿端麗に生んでくれたんだ。損なうと母さんに申し訳ないだろ?」
「あ、うん。それはそうだね」
アクアとして記憶はないが知識はある。その中でも容姿端麗というのは得難い才能なのだ。ならば、それを維持する、成長させるというのは普通の事という考えがあった。それは、他人とは言え、妹のルビーに対しても同様だ。せっかくなら、その生まれ持った容姿を役立ててほしいと思う。
「それじゃ、おやすみ。よい夢を」
「おやすみ」
無敵で究極のアイドルと呼ばれたアイの血を引く双子は、その異常性を身に宿しながら、普通の兄弟のように挨拶を交わすと自室へと戻るのだった。
※ ※ ※
「ねぇ、アクたん」
「なんだ?」
「なんで、普通に私の体に触れてるの?」
「??? 柔軟ぐらいで何言ってるんだ?」
メムは普通に背中を押してくるアクアに対して、予想とは異なる態度に疑問を持ったのだが、アクアのほうが逆にお前、何言っているんだ? と呆れた表情をしていた。
「え!? だって、『今ガチ』だとあかねの手を握っただけで―――」
「あれは、今ガチ用のキャラだ」
「が~ん、ピュアクアはいなかったんだね………」
ピュアクアとは、今ガチであかねの手を握っただけで照れる、花火大会で手を握らず小指を絡ませるだけ、といった純情を見せるアクアの態度のことを言っている。なお、その態度に反してメムにはフリルチャレンジで強気に出るため、そのギャップであかねとメムのコーナーは人気を博していたものだった。
「バカなこと言っていないで続けるぞ」
「はい………」
そこからはおとなしく柔軟を続ける。
今日はメムのレッスンの日だった。もっとも、ルビーもかなも基本的には学校だ。一人だけ加入が遅く、ユーチューバーとして日中は少なくとも空けることができるメムはレッスンに精を出していた。だが、今日は、いつもダンスレッスンを行ってくれる講師(ぴえヨン)が、コラボ撮影のため、不在で、代わりに午後から撮影のあるアクアが午前中は手伝うことになったのだ。
よって、今のレッスン室はメムとアクアの二人だけだった。だから、メムはせっかくの機会に聞いてみたいことを聞いてみようと思った。
「アクたん」
「なんだ?」
「――――ここまでの状況ってどこまでが計画通り?」
本当は口にしたくなかった。だが、これでアクアの本音を知らなければ、ここにいる自分が道化になったようで嫌だった。
「何の話だ?」
キョトンとするアクア。だが、メムとしてはどうしても聞いておきたかった。
「『今ガチ』で私とフリルチャレンジで不知火フリルの名前を出して、一緒にイベントを起こすことで私に注目を集めることでチャンネル登録者数の増大を狙って、インフルエンサーとしての影響力の強化。そのあと、私がアイドル志望だったことを知っていて、アイドルにスカウトする。そこからは、今の状況だよ。MEMのチャンネルから新生B小町への導線を引いて、単純なB小町復活以上の注目を集めることに成功している。どこまでがアクたんの計画?」
メムが危惧しているのは自分が、新生B小町のための広告塔としての役割でスカウトされたのではないか、ということである。
いや、もしかしたら、それでもいいと割り切ることも必要かもしれない。あの憧れたB小町に加入できるのだから、ユーチューブの登録者数が、ユーチューバーがアイドルをやるという目新しさに注目されることが目的だとしても、結果、アイドルとして表舞台に立てるのだからその辺は飲み込むべきだ、と言えるかもしれない。
そうだとしても、それはそれで知りたかった。自分がどこを評価されてB小町に加入できたのか、それをはっきりとさせたかった。
「はぁ、そんなことを考えていたのか? 全部、メムの勘違い……ただの空回りだ」
「ふぇ?」
呆れたようにため息を吐くアクアの表情からは、嘘をついているようには見えず、本当に呆れたという感情しか見えなかった。もっとも、ピュアクアを見抜けなかったメムがどこまでアクアを見抜けるか、という疑問はあるが。
「ミヤコさんにもルビーにも聞いていい。俺は最初から『踊ってみた』の動画を見て、メムをB小町に推薦した。インフルエンサーとしての登録者数なんかはおまけだな。役に立つぐらいの認識だった」
「え? じゃあ……」
「ああ、メムの勘違いだ。そもそも、『踊ってみた』でダンスのコツを押さえていたりしたからアイドル志望だったんじゃないか、という予想は立っていた。『今ガチ』で配信されたのは想定外だったが、それでも、メムがアイドルやることへの後押しにはなったと思う」
確かに、とメムは思った。あの場面が『今ガチ』で出ていなければ、簡単にアイドルやります! といっても受け入れられなかったかもしれない。あらかじめ、メムがアイドル志望だった、という下地があったからこそ、今、受け入れられているのだ。
「もっとも、思っていた以上にアイドルに憧れていたのは嬉しい想定外だったけど」
「へ?」
「アイドルになれない、と分かっていながら鍛えてたんだろう?」
「――――!?」
それはメムにとっては恥ずかしいことだった。アイドルになれないとわかっていても、その情熱をユーチューバーとして晴らしていても、体力などはアイドルになれたときを想定して鍛えていたのだから。
「ダンスの講師も驚いていたよ。加入が遅かったのに、体はきちんと鍛えられていたって」
「そ、それは………ほら、ユーチューバーって在宅だから、運動不足は敵だからさ」
やや苦しい言い訳というのは分かっていた。それでも、せざるを得なかった。この恥ずかしさを誤魔化すためには。
「その割には、しっかり鍛えてるルビーと有馬についていけるって、よっぽどだぞ」
もっとも、その言い訳もあっさりと見破られてしまう程度のものだ。ルビーはそもそもアイの後継者と自負するもの、かなも役者として体力は鍛えている。そんな二人にユーチューバーだったメムがついていけるのだ。よっぽど鍛えていた、としか見られないだろう。なお、年齢については言及しないものとする。
「はぁぁ、分かったよ。アクたんが、別に何かを企んで私をB小町に勧誘したんじゃないって」
それは一種の諦めにも似たような感情だったのだろう。苺プロ全体で計画されていたことで誰に聞いてもつじつまが合うような言い訳をされるかもしれない。だが、アクアがここまで言うのであればいいや、という気分になっていた。だから――――
「えいっ」
「は?」
柔軟から起き上がって、アクアの肩を抱くと、隠し持っていたスマホでカシャ、と自撮りを行う。この程度のカメラワークはすぐにできるほど手慣れている。撮った写真を確認すれば、そこにはアクアの肩を抱いて笑っているメムと驚いた表情のアクアが撮れていた。
「何をするんだ?!」
「いや~、私の目的は、アクたんに告らせて振ることだからね。こういったコミュニケーションは必要なのさ」
「いや、メムはアイドルだろ。男とのツーショットってありかよ!?」
「まあ、私だからね。色物系アイドル? みたいな」
おそらく、この写真をアップしたところでSNS上では炎上するどころか盛り上がるだろう。今のところメムへのガチ恋勢はほぼいない。むしろ、『今ガチ』でこっぴどく振られたアクアに対する態度を面白がってみる勢力のほうが多いのだ。だから、この写真は息抜きにはなるだろう。
「それとぉ、アクたんは自分の言葉に責任を取って私をちゃんと推すこと」
「は?」
ああ、この男は分かっていないんだろうな、とメムは思った。アイドルを目指す女にとって推しにできるという言葉の破壊力を。メムにとってその言葉は、アイドルができる、という原動力の一つなのだ。だから、責任を取ってもらわないといけない。
「なに? 今ガチで言ったことは嘘なの?」
「いや、メムなら推せるっていうのは本当だが……」
「じゃあ、いいじゃん」
ここでもしも、演出上の言葉だった、と言われたら落ち込んで一日何もできないところだった。だが、その言葉が真実だ、というのであればいい。
「だったら、ちゃんとJIFには黄色のサイリウムを持ってきてよね」
それは、先日雑談配信の中で発表されたメムのイメージカラーだった。
「ああ、分かった。必ず持っていくよ」
「――――っ!」
自然とほほを緩ませて笑うアクアに対して胸がきゅぅとなる。この感情に名前を付けていいのかわからない。いや、そもそも年下の男性に対して抱いていい感情なのかも分からない。だから、これに名前をつけることはないだろう。この憧れていたアイドルへの道を作ってくれた彼に、アイドルを目指していいと許してくれた、『推しにできる』という言葉をくれた彼に対する感情には。
「ああ、そういえば、フリルもメムのためにJIFに行くって言ってたな」
「なんでぇ!?」
今までのメムが抱いていた感情はどこへやら。次に不意にもたらされたアクアの言葉にメムは驚愕する。嘘でしょ、と言いたいが、毎度の配信に来ることやフリルチャレンジなどを考えると嘘とも言い難い。嘘だったらいいなという希望的観測は、後日、フリルのSNSに「これでJIF行きます」と投稿された内容に黄色のサイリウムが映っていることで木端微塵に砕けるのだった。
はい、JIFの準備編ですが、そのまえに吾郎包囲網です。墓のあたりの解釈は、まあ、もしかしたら合わない人もいるかもしれませんが、
こういう考えで墓にしましたよ、と思っていただければ。あと、吾郎先生の結婚しない理由も少し言及しました。独自設定です!
誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。
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