星の子たちにハッピーエンドを   作:天凪

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星野瑠美衣の告白

 

 

 

「あら、珍しい。完全武装で。あんた、明日はJIFなのに……もしかしてデート?」

 

 JIFの前日。練習は午前中のみで午後は休息をとることになった。そんな中、かなは髪を整え、化粧もばっちり決めて、黒い服ではあるが綺麗に整えたルビーを見つけた。そして、からかい半分に言葉を口にする。だが、そのかなの言葉にルビーは笑顔で答えた。

 

「うん、デート!」

「………はぁ? 何考えてるのよ! あんた、明日、アイドルデビューするのよ!? 見つかったらどうするの!?」

 

 ルビーの返答に少し呆然とするかな。まさか、アイドルデビューの前日にデートするなんて戯言を言うアイドルが見つかるとは思っていなかった。かなはルビーに詰め寄るが彼女の表情は変わらなかった。

 

「だ、大丈夫だって、相手はせんせだから」

「せんせって、あんたたちの父親代わりの?」

「うん」

 

 かなには吾郎について少し説明していた。前回のさりなの命日に墓参りに来ていた吾郎とデートするためにルビーが、レッスンを休む理由を説明する際に、ルビーと腕を組む吾郎の写真と一緒に紹介したからだ。なお、本当の母親であるアイの担当医とはいえずに、ルビーとアクアが保護された病院の産婦人科の医師とは伝えている。

 

「明日のライブに来てくれるんだって! だから今日はデート!」

「まあ、その人なら間違われないでしょうけど……気を付けるのよ」

「は~い!」

 

 元気に事務所から飛び出してくルビー。それをかなは、軽く手を振りながら見送った。

 

 吾郎とルビーが並んでもカップルとは思われないだろう。傍から見れば仲のいい父親と娘ぐらいにしか見えない。決定的とも言えない限り、なかなかスクープ扱いするのも難しいだろう。しかも、洋服もデートと言うには少し暗い。

 

「さ~て、私は明日のステージの再確認でもしましょうかね」

 

 今日の午後は休憩とは言われても、呑気に休んでいられない。なにより、ルビーとメムとは異なり、熱意の違いから技量的に遅れるところもあるのだから。少しでも差は詰めておきたい。かなは、アイドル部門に用意された部屋に向かうのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「着いた」

 

 こうして東京の空港に降り立つのは何度目だろうか、といつも使っているスーツケースをゴロゴロと引きずりながら雨宮吾郎は思う。さりなの墓参り、アイのイベント―――壱護社長が融通してくれていた―――と、よく来ると言っても過言ではないぐらいになってしまった。

 

「あ! せんせ!」

「ルビーちゃん、また来てくれたんだね?」

 

 自分が到着した空港ゲートを抜けた先に待っていてくれたであろうルビーが抱き着いてくる。無邪気に抱き着いてくる様は、かつてのあの子の面影を見てしまう。彼女が幼いころからの光景で、今まで続いてきた習慣のようなものだ。だが、それもやめなければならないだろう。なにせ、彼女は明日から―――

 

「もう、こんなことは、やめないといけないな。君は明日からアイドルなんだから」

「え~、せんせとだったら大丈夫だよ」

 

 甘えるように引っ付いてくるルビーに諭すように言うが、それを聞き流す様な口調に苦笑する。きっと、この子は直さないんだろうな、と思う。生まれたときから見てきた子である。それが、アイが子供を産んだ16歳になった。しかも、明日からはアイドルになるという。見守ってきた吾郎としては娘も同然の存在だ。だから、つい、甘くなってしまう。

 

「せんせ! 行こう!」

「はいはい」

 

 手を引かれながら空港のロビーを歩く。傍から見れば、まるで親子のようなやり取りに吾郎はどこか充足感を感じると同時に、あの子がもしも元気に退院したらこんな風に歩くこともあったのだろうか、と思うのだった。

 

 

 

 時刻は夕方。荷物を苺プロのゲストルームにおいてから移動し、いつも墓参り用に花を買う花屋に寄ったため、少し遅い時間帯になってしまった。夕日が目の前にある『天童寺家乃墓』と書かれた墓石を茜色に染める。

 

「ここが、さりなちゃんのお墓?」

「そうだ。ここがさりなちゃんのお墓」

 

 ここに来る道順にもすっかり慣れてしまった。つまり、それほどまでに年数が経ってしまったということだろう。あの狭い病室で苦痛に耐えながら、アイドルになることを夢見ていた少女は幼い年齢で亡くなり、特に強い信念を持つこともなく、ふらふらと生きてきた自分はのうのうとこの年齢まで生きてしまった。世の中とは救いがないな、といつも思う。自分の代わりに彼女が助かるとしたら、自分は喜んで身を差し出しただろう。もっとも、ただの空想でしかないのだが。

 

「せんせが先に挨拶していいよ」

「じゃあ、先に少しだけ」

 

 そう言って、さりなの墓に近づく。たった一人だけが入る墓に。

 

 結局、彼女の両親はさりなのすべてを消し去るように墓にさえ入れなかった。永年供養の墓に入れ、自分たちが関わることの一切を拒否したのだ。葬儀後に墓を聞いて、吾郎は強く失望したものだ。彼女は最後まで母親の愛を信じていたというのに。母親の愛とは何だろうか、と思うこともあったが、それはあくまでさりなの母親の事であって星野家を見れば、母の愛というものはあるということは分かる。

 

 つい先日の命日に綺麗にしたからか、墓石は汚れていないようだった。もっとも、ここは定期的に見回りがあり、汚れた墓石は磨かれるため、あまりひどくはならない。買ってきた花を飾り、墓石の前に屈んで手を合わせる。

 

「(さりなちゃん、また来たよ。今日は明日からアイドルになる子を連れてきたんだ。君みたいにアイドルに憧れていた子だ。君がいたら、きっとアイと一緒に推すようなアイドルになれる子だよ。君がアイドルになったら推すのは変わりないから許してくれ。あ、そうだ……‥)」

 

 ポケットから肌身離さずいつも持っているキーホルダーを取り出す。壊れないようにいつもはネームカードに入れているものだ。

 

「(……これを彼女に預けてもいいだろうか? せめてさりなちゃんにアイドルになった気分だけでも―――)」

「ああ、よかった。せんせ、約束通り、ずっと大事にしてくれてたんだね」

「―――は?」

 

 後ろにはルビーしかいないはずだ。だが、その口調は、その言葉は、吾郎が記憶する中でも一度しか口にしたことがない。それも死にゆく彼女の前でだけだ。

 慌てて、立ち上がって後ろを振り返っても、やはりそこには夕日を背景にしたルビーが後ろ手を組んで微笑んでいるだけだった。

 

「え、あはは、僕、ルビーちゃんの前でこのキーホルダーの話したかな?」

 

 彼女は答えない。

 

 さりなから貰ったこの『アイ無限恒久永遠推し』のキーホルダーは無くさないようにネームカードから外したことはない。時々、アイのライブに参加するときに彼女にも届くようにと表に出すことはあったが、ルビーと一緒にライブに行ったことはあのドーム公演の時ぐらいだから、まったく目にしていない、話していないわけではないだろう。

 だから、吾郎はこの時点では、まだルビーのドッキリだと思っていた。いかにルビーのその口調や態度がさりなを彷彿とさせるようなものだったとしても。

 

「前に、『もし芸能人の子供に生まれていたらって考えたことはない?』って聞いたことがあったよね?」

 

 ルビーはいつもの彼女のまま、あの吾郎も未だに覚えているさりなとの記憶を暴いていく。聞き覚えのある口調で、だが、その声はルビーのもので、だから、まるで、彼女がそこにいるような気がして―――

 

「せんせは、『無い』って簡単に答えちゃったけど―――」

 

 違う。それは真剣に考えなかったからだ。まさか、そんな都合がいいことがあるわけがないと思っていたからだ。だから、目の前に提示されたことが理解できない。いや、もしも、もしもそれが本当ならば、あまりにも都合のいい事実で―――

 

「えへへ、天童寺さりな――――アイの子供として生まれ変わっちゃった」

「え……あ、え?」

 

 医者の雨宮吾郎がルビーの言葉を否定する。そんなことがあるわけがない。ルビーの冗談だ、と。

 ただの雨宮吾郎がルビーの言葉を受け入れようとしている。ああ、彼女にも救いはあったのか、と。

 

 天秤は揺れる。だが、信じたいのは当然、ルビーの言葉だ。それはさりなに対する救えなかった罪悪感からか、あの母親のもとに生まれてきてしまって、最後まで信じた愛を裏切られた彼女が新しい母のもとに生まれ、愛を与えられていたからか。そのすべてであろう。吾郎にとって都合のいい事実ではあるが、もしも、本当なら、これ以上嬉しいことはない。

 

「―――さ、さりなちゃんなのか?」

「もぅ、せんせ、さっきからそう言っているでしょ?」

 

 頬を膨らませて怒るルビー。その態度でさえもあの時の面影があり、もはや忘れかけていたさりなを思い出させる。信じたい気持ちがある。このまま冗談でした、なんて言われれば、人間不信になってしまいそうなほどだ。

 

「もう! せんせ、まだ疑ってるね。だったら―――せんせは、まだよく病室でさぼってるの? 私はせんせと話せて嬉しかったけど、看護婦さん怒ってたからほどほどにしないと、だよ」

「―――あ」

 

 それは過去の一幕。吾郎がいつものように、さりなの病室でB小町のビデオを見終わった後に不意に言われた言葉と同じだった。あの時と同じ言葉を言われたからか、急にストンと目の前の事実が、あり得ない事実が信じられた。医学的なんてそんなものはどうでもよかった。今、目の前の彼女がさりなちゃんの生まれ変わりであることが信じたかった。

 

「さりなちゃんっ!」

 

 思わず、その存在が本当にあるのか確かめたくて、少女だということも忘れて抱きしめていた。その華奢な体は確かにそこに存在していて、抱きしめた腕からは確かに生きている体温を感じることができた。ああ、本当に生きている、とそれを実感しただけで吾郎の目からは涙が流れていた。

 

「ねぇ、せんせー、私、アイの子供になっちゃった」

「うん」

 

 涙声でさりな―――ルビーの言葉に頷く。

 

「アイって、アイドルは凄いんだけど、家では結構抜けてて、でも、お母さんだった」

「うん」

「お兄ちゃんは、イケメン実力派俳優なんて言われて、有名人になっちゃった」

「うん」

「私、明日からアイドルになるんだよ。しかも、新生B小町のセンター。アイと一緒なんだ」

「ああ、『アイの後継者』なんだってね」

「私、ルビーになっちゃったけど、最推しにしてくれる?」

「もちろん、さりなちゃんは、僕の最推しだ」

「もう、今の私はルビーだから」

「うん、ルビーちゃんは僕の最推しだ」

「これからライブもたくさんやるんだ。来てよね。せんせ」

「うん、行くよ」

「最後はアイみたいにドームでライブするんだ」

「うん、ルビーちゃんならできるよ」

 

 もう半分ぐらい嬉しさで頭が回っていないことは分かっていた。ただ、一度は失った彼女がこの腕の中にあるだけで、多幸感で満たされていた。だから、彼女の言葉に上手く反応できなかった。

 

「そしてね、せんせ、私、16歳になったんだよ。だから、結婚しよ?」

「うん――――へ?」

 

 まさかの変化球に対応しきれず、思わず頷いてしまったが、今の言葉は、頷いてはいけないものだったような気がした。思わず抱きしめていた腕からルビーを放し、改めて距離をとると満面の笑みを浮かべるルビーの表情が見えた。

 

「やった! せんせ、約束だったもんね。16になったら結婚!」

「え? あ、いや、ちょっと待って。ダメ、ダメだから!」

「え~」

 

 結婚という言葉に喜んでいるルビーの認識を改めるように吾郎が叫ぶ。

 

 いやいやいや、とようやく戻ってきた吾郎の思考回路が今の状況を否定していた。

 

「ルビーちゃんは、明日からアイドルになるんだろ? 結婚なんて言っている場合じゃないだろ」

「え~、だって、アイは16で私たちを産んでるよ? それでもアイドルやって、ドームでライブやって、全国ツアーやって、武道館で解散ライブしたんだから大丈夫!」

 

 それは使ってはいけないジョーカーだろうに、と吾郎は項垂れる。

 

「それに、僕だってもう50近い年齢だ。ルビーちゃんとつり合いなんて取れない」

「大丈夫! せんせだったら何歳でもいいもん!」

 

 恋する乙女は無敵とどこかで聞いたことがあるが、今のルビーは本当に何を言っても諦める様子がなかった。

 

「そ、それに、僕は『真面目に考える』とは言ったが、結婚するとは言ってないはずだ」

 

 もう十数年前の記憶なので定かではないが、自分の性格からして、言質を取られるようなことは言っていないだろう、という予測から指摘した。

 

「じゃあ! 真面目に考えて! 今!」

「え? 今?」

 

 そう言われて、ルビーの事を考えてみる。顔立ちは、アイの娘だけあって美人だ。金髪の髪もさらさらなストレートで、よろしい。しかも、ここまで一途に自分を求めてくれている。それを愛と呼ぶかは吾郎には分からないが、一般的にはそう呼んでもいいものだろう。普通に、遊んでいたころの吾郎だったら一も二もなくルビーの告白に頷いていただろう。

 

「ほらぁ! やっぱりせんせも満更じゃないんだよね!」

「い、いや、違う………」

 

 否定するが、その言葉に力はない。まずい、このままだと押し切られてしまうと考えた吾郎は、もはやなりふり構わず、この場を脱出することのみに注力することにした。

 

「こほん、ルビーちゃん、残念ながら16歳で結婚できたのは昔の話で、今は女の子も18歳にならないと結婚できないんだ」

「え!? そうなの?」

 

 よかった、と吾郎は安堵した。さすがに法律ぐらいは守れそうだからだ。

 

「だから、18に「それじゃ、前と同じじゃん!」

 

 ちっ、と心の中で舌打ちした。また、同じように誤魔化そうと思っていたからだ。そうであれば、まだ関係性は同じ距離を保てると思っていた。

 

「だから、次の条件は、私が決めます!」

「………あんまり無茶なのはやめてくれよ」

 

 もはや、吾郎が何を言っても聞きそうにない。だが、この雰囲気は、あの病室の中で吾郎がさりなの無茶を聞いていた時のような空気を感じられて、それが余計にルビーがさりなであることを思わせて、吾郎はルビーが何を条件にしても頷きそうになっていた。

 

「せんせは、私がアイドルやるからダメなんでしょ? だから、私がアイドルを卒業した時、結婚して」

「――――はぁ、わかった、その時、君がまだそれを望むのであれば」

 

 意外だった。もっと厳しい条件を付けてくるものだと思っていた。だが、ルビーが出した条件と吾郎が足した条件であれば、まだ許容できる。芸能界でこれから輝くであろうアイドルだ。いくらでも出会いはあるはず。こんなおじさんを選ばずとも、彼女には別の選択肢があるだろうから。

 

「うん! 今度は現実的なプランでしょ?」

「ははは、そうだな」

 

 あの時の戯言を思い出した。モラリストと返したさりなに、現実的と返した吾郎。そのやり取りを思い出したのだ。

 

「よく覚えていたね」

「せんせとの思い出だもん。覚えてるよ」

 

 はにかみながら笑うルビーの表情を見て、本来であればみられなかったさりなが成長したような姿を見て、ドキリとする。ああ、もう、なんというか、その言葉だけで落ちそうになっていた。いやいや、相手はまだ成人していない女の子だぞ、と自分に言い聞かせる。

 

「あれ? 何の音楽だろう?」

「閉園の時間だ」

 

 二人の間のやり取りが終わった後に流れた霊園内に流れる音楽。それは、30分後に閉園を告げる合図の音楽だった。

 

「帰る前に最後に」

 

 そう言って、吾郎はルビーを優しく抱きしめた。彼女から拒否するような態度はない。

 

「ありがとう。君に会えて本当に嬉しい」

 

 二度と会えるはずがない再会。それが今、目の前にあった。何もできなかったことを謝りたかった。アイドルに憧れる彼女が目をキラキラさせながらまっすぐ夢見ていた彼女を推したかった。そのすべてが今、ここにある。

 

「うん、だったら、せんせ、今度は約束守ってね」

 

 その言葉を口にすると腕の中でルビーが身じろぎし、やや拘束を逃れるとその端正な顔立ちを吾郎に近づけ、唇に軽く口付ける。不意打ちだった。

 

「え?」

 

 思わず、手が緩み、腕の中からルビーが消える。さすがに恥ずかしかったのか夕日とは違い、頬を紅潮させたルビーは数歩先に進むと振り返り、笑顔で口を開く。

 

「印象付け! さりなの時と含めてファーストキスだからね! ちゃんと覚えていてね、せんせ!」

 

 もうすでに殆どが山に隠れた夕日に照らされ、恥ずかし気に笑うルビーの姿は吾郎からすれば、一枚の絵画のように美しい光景だった。

 

 後にして思えば、考えるまでもなく、この時点で勝敗はついていたのだろう。だが、それを考えると同僚の婦長が「ロリコン」と言っている顔が脳裏に浮かび、いや、そうじゃない、という自分と、もう、いいんじゃないかな? という自分がいて、しばらく葛藤するのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「ただいま!」

「おかえり」

 

 ただいま、おかえり、というには少しおかしい場所。苺プロのアイドル部門に与えられた一室でアクアはルビーを待っていた。もちろん、今日の成果報告を聞くためだ。だが、どうやら、成否は聞かずともよかったようだ。その顔に浮かぶ喜色を抑えきれない笑みを見れば、どちらに転んだかなど一目瞭然だった。

 

「上手くいったようだな」

「うん! お兄ちゃんの言う通りだったよ」

 

 まあ、そうだろうな、という感想しか浮かばない。それでも、念のため、ルビーから吾郎とルビーのやり取りの要約を聞く。もっとも、経緯というよりも大半が惚気のような雰囲気になってしまったのは、まあ、仕方ない。力強く抱きしめられてドキドキした、などという妹の感想は聞きたくなかったが、何とか割り切った。

 

「でも、あれでよかったのかな? もう、婚姻届けまで書かせるべきだったんじゃ……」

「いや、そこまでやるとさすがに引くぞ」

 

 雨宮吾郎ガチ勢のルビーとしては、アクアが計画した手順では不満だったようだ。一気にゴールを決めてしまいたい、そんな欲望が見えた。

 

「今は無理だ。そもそも、結婚できないしな」

「うん、それは分かるんだけど、だったら、なんでせんせは約束に頷いたんだろう?」

 

 ルビーには、最初の結婚には頷かず、アイドルを卒業したら結婚という条件には頷いた。結果は同じではないか、とルビーは考えているようだった。

 

「『ドア・イン・ザ・フェイス』ってやつだな」

「なにそれ?」

「要するに、『今すぐ結婚するか?』『しばらく時を置いて結婚するか?』という条件を突き付けて、しばらく時間がおける後者を選んだってわけだ」

「え? でも、結果同じじゃない?」

「おそらく、吾郎医師は、そのしばらくの間にルビーにほかに好きな人ができる、とでも思っているんだろう」

 

 たぶん、アクアの考えは間違っていない。というか、普通の大人ならそう考えるのが普通だ。所詮、まだ未成年の少女が訴える恋だ。はしか、と言い換えてもいいのかもしれない、程度の認識もあったのだろう。

 

「むぅ、せんせめ! そんなこと考えていたなんて!」

「いや、普通だからな」

 

 そう普通だ。一般的な感覚を持っていれば、未成年と恋愛―――ましてや結婚など考えない。だからこそ、これからが重要なのだ、とアクアは考えていた。

 

「だから、これからが重要だ。ルビーとさりなが重なった。そのうえで、アイドルをやりながら吾郎医師を骨抜きにする必要がある」

「え? どうやって?」

 

 ルビーは、驚いた様子でアクアに尋ねるが、アクアからしてみれば、それは至極容易なことだ。

 

「アイドルはファンを愛するものって、アイは言ってた。なら、後は簡単だ。ルビーは、ファンとしての吾郎医師をそのまま愛すればいい」

「私は嬉しいけど、でも、せんせだけでいいのかな? ほかにもファンはいっぱい……いるよね?」

「いたとしても、吾郎医師のついででいい」

 

 そう、先ほどから聞いていると飲んでいるブラックコーヒーがチェイサーにならないほどに甘い話を聞いている。その感情の一部でも向けられれば、ファンとしては冥利に尽きるであろう。ならば、それが糖度100%で向けられる吾郎は―――言うまでもない。

 

「う、うん、お兄ちゃんが言うならわかった。私、せんせを骨抜きにするために頑張るよ!」

「ほどほどにな」

 

 そう言っておかないと、なんというか、ただの奴隷が生まれそうな気がしたので、一応告げておくが、無理だろうな、と思う。おそらく、ルビーは吾郎を骨抜きにするために本気になるし、その煽りを受けてファンは、腰砕けになるだろう。

 

 アイの嘘でも愛を与えてきた、というだけであのパフォーマンスなのだ。それらを受け継いだルビーが本気の愛で愛を与えたら―――明日のJIFが不安になってきた。

 

 そこまで考えている最中に、不意にスマホのアラーム音がなった。アクアが設定した音ではないため、ルビーだろう、と思っていると、彼女もやや慌てた様子だった。

 

「あっ! 最後のミーティングだ! ごめん、お兄ちゃん」

「ああ、行ってこい」

 

 JIFの最後の新生B小町のとしてのミーティングがあるのだろう。慌てた様子で部屋を出ていこうとする。だが、その直前に止まって、ルビーは顔だけ覗かせて口を開いた。

 

「あ、そうだ。やっぱり好きっていいよ! お兄ちゃんも、早く誰か好きな人ができるといいね!」

「……こればっかりはな、恋は落ちるものだろう? 落ちるのを待ってるよ」

 

 やや気障だっただろうか、と思うが、アクアの受けが面白かったのか、ははは、と笑うとルビーは今度こそ部屋から出て行った。

 

「まったく、吾郎医師……ルビーを本気にさせて、あなたは間違えた」

 

 一人だけ残った部屋の中で独り言をつぶやく。それは、吾郎への愚痴だった。

 

 もしも、出会った吾郎が、さりなのことなど忘れて、自由奔放に生きていたら、もしかしたらルビーは軽蔑して、同じように吾郎を求めなかったかもしれない。だが、一度目は依存のような関係だったとしても、二度目はその依存した相手が死してなお想われていると実感できるような行動を取れば、惚れない女はいない。

 

 つまり、天童寺さりなは、雨宮吾郎に恋をし、星野瑠美衣は、さりなを想う雨宮吾郎に恋をした。ロマンチックにいえば二度の初恋だ。ならば、吾郎は責任を取らなければならないだろう。

 

「ところで、あいつ、母さんにはなんていうつもりなんだ?」

 

 自分の結婚相手が、自分を取り上げた産婦人科医だなんて、どうやって伝えるつもりだろうか。もしや、ストレートに伝えるつもりじゃないだろうか、と不安に思いながら、そこまでバカじゃないよな、と首を振り、アクアは、明日のJIFへの準備を進めるのだった。

 

 

 

 





はい、やりたかった部分をやりました。ルビーと吾郎編です!
これで、いったん告白のスタートラインに立ちました。もう、結末は決まってますけどね。

JIF編終わって、結婚式編でもいいんじゃないか、と思い始めてきました(笑

次は、JIFです。もうなんか気力1000%なルビーなB小町が表現できるといいのですが、って感じです。


誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。

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