返信しますので、お待ちください。
「は~、いよいよだね! 私たちもアイドルデビューだよ」
「うるさいわね。さっさと寝なさい」
時刻は深夜、明日のJIFに向けて最後のミーティングを終えて合宿所の寝室で三人並んで寝ている。ベッドで寝るメムはすでに夢の中、布団を敷いた床の上のかなとルビーはまだ起きていた。特にルビーは興奮しているのか、声もやや大きい。
「アクアもよく言ってるでしょう。睡眠不足は美容の敵だって。明日は一番大事な日なんだから、早く寝なさい」
「う~ん、でも、全然眠れない! どうしよう!」
よほど興奮しているのか、布団に入りながらもバタバタしているのが分かる。そこまで興奮することなのか? と舞台には上がり慣れているかなは思う。だが、そもそも、ルビーは今日の最終ミーティングの時から様子がおかしかったような気がした。これは、聞かないと眠らないな、と悟ったかなは観念して、ルビーに聞くことにした。
「あんた、ずいぶん興奮してるけど、先生とのデートで何かあったの?」
「え~、聞いちゃう?」
「あんたが、聞いてほしそうにしてるからでしょうが」
えへへ、と笑うルビー。
「私には子供の時から夢が2つあって………その両方が叶うんだ」
「2つ?」
急に話が夢の話となった。1つはかなでも分かる。もう1つは何だろうか、と思っているとルビーが続きを語り始めた。
「1つは、アイドルになること」
「でしょうね」
これはかなにも容易にわかる。義姉にあの『主演しかできない女優』アイがいて、そのアイが所属していた伝説のアイドルグループB小町。それを生まれたときから見ているのであれば、アイドルに憧れてもおかしくない。アクアは役者のほうに憧れたようだが。
「そして、もう1つは……私をずっと推しにしてくれるって人と結婚するの」
「そう、けっこん……? 結婚!?」
思わず、布団から起き上がってしまうかな。さきほどまでルビーの小話を子守歌のように聞いてうとうとしていた眠気はすっかり遠のいていた。
「そうそう、でも、せんせ、16じゃダメだっていうから……」
16じゃなくてもアイドルやろうとしている人間が、結婚なんてできないでしょうが!? と本気で説教したくなるが、どうやら話している最中に眠くなってきたのかうとうとし始めているルビーの目を覚まさせるわけにはいかず、そのまま話を聞くことにした。
「だから、アイドル、卒業したら……結婚する。それまでは、せんせの最推しのアイドルとしていっぱいアピールするんだ」
「アピール?」
「うん、アイドルは、愛を振りまく職業だから……せんせとファンの……みんなに……」
言いたいことだけ言って静かになる。どうやら眠ったようだ。
「はぁ~、あんたを推してくれる人がいるのは分かったけど……結婚って」
推しがいるのが羨ましいという感情よりも、結婚という単語への驚きのほうが強かった。しかも、アイドルになってアピールするなんて、とまで考えたが、よくよく考えてみれば、かなのアイドルをやる理由も似たようなものであり、非難できそうにない。
「はぁ、少なくとも外で口に出すんじゃないわよ」
もう、眠っているルビーには聞こえないだろうが、せめて夢の中でも聞こえるようにとかなは口にして、とりあえず目覚めてしまったこの体を何とかしようと、寝ている二人を起こさないように飲み物がある部屋へゆっくり移動するのだった。
「……あんた、なにやってるの?」
かなが目撃したのは、飲み物のある部屋へ移動する前のスペースのテーブルの上にいろいろなものを並べている男――――アクアの姿だった。
「JIFの準備だ。有馬か、早く寝なくていいのか? 出番は最後のほうとはいえ、明日が本番だぞ」
「いや、分かってるけど……あんたの妹の爆弾発言のせいで眠れないのよ!?」
「爆弾発言?」
さすがにかなの言うことが気になったのか、荷物とメモを確かめる手を止めてかなに視線を合わせるアクア。
「そうよ、あの子、せんせと結婚するなんて言って勝手に寝ちゃったわ」
「……あのアホ」
ぼそりと呟いただけのアクアだが、呆れ顔になっていた。彼の表情には驚きがなく、ただかなに話したことへの呆れた様子が見て取れる。つまり、このことはアクアも知っていた可能性にかなは気づいた。
「え? あんた知ってたの?」
「……知っていた」
苦渋の決断というようにアクアは頷いた。
「なんで止めないのよ!?」
「あいつの前々からの望みだったからだ。ここで変に止めるとアイドル活動に支障が出る」
「いや……分かるけど……」
止めるのが当たり前だと思っていたかなだったが、アクアの言い訳を聞くと分かるような気がする。ルビーは天真爛漫な笑みと感情が表に出やすい顔が特徴的だ。ならば、デビュー直前に失恋などしたら、パフォーマンスにどのような影響が出るは、分かり切っている。
「だから、吾郎医師には、アイドル卒業まで保留と答えてくれ、と伝えておいた」
「は? あんた、最初からグルなの?」
「グルというな。せめて、仲間と言ってくれ。あの人はあの人でルビーのアイドル活動を邪魔したくないんだから」
「ああ、推しの部分は本当なのね」
なるほど、とかなはある意味で納得した。つまり、ルビーの好意を受け止めることはできないが、同時にアイドル活動の邪魔もしたくない。よって、玉虫色の回答にした、というのがアクアとあのせんせとの会話なのだろう、と考えた。
「はぁ……ならいいけど、あのせんせって人、それまで大丈夫なの?」
「何がだ?」
「いや、その人がほかの人と付き合ったり、結婚したりしたら、大変じゃない?」
「いや、あの人はそんなことはしない」
せっかく玉虫色の回答で曖昧にしたのに、卒業する前にせんせがほかの女性と付き合ったり、結婚などしてしまえば、アクアの目論見も意味がなくなるのでは? と考えたのだが、アクアはその可能性はないと断言した。それが、少しの余地も残さないような断言だったので、逆にかなのほうが気になる。
「え? でも、写真見た限りだと、顔はイケメンで、まだ若そうだったし、ないとは言えないんじゃない?」
ついでに、遊んでそうだったし、と言いたかったが、それはルビーの男の見る目がないと断言するようなものだったので言うのはやめた。
「そういうのは若いころに遊んだって言ってたし、もう結婚する気もないってさ」
「本当かしらね? 少し気が変わったら、付き合ってそうだけど」
遊んだ、の部分は、ああ、やっぱりね、と思いつつ、まだまだ若そうに見える容姿から、今は大丈夫でも卒業するまでの数年間が本当に大丈夫か分からず、疑問を重ねてしまう。
「もう、アラフィフの人だぞ。そのあたりは問題ないだろう」
「あれで!?」
ルビーから見せてもらった写真を見たときは、まだ若いお父さんという関係に見えたが、まさか本当の親子ほどの年齢差があるとはかなも気づいてなかった。
「……まあ、それなら」
ルビーが、卒業するときには本当に50を超えているだろう。ならば、その時改めて結婚だ、と言っても普通の大人であれば、受け入れはしないだろう。何とか、ルビーとせんせの関係性に納得したかなは、今度は逆にテーブルの上にある荷物に目が行く。Tシャツ、タオル、凍らせた飲み物、折りたたみ傘、サイリウムと、フェスに行くための必需品が並んでいるように見えた。
「ずいぶん本格的ね。私たちのライブだけならいらないんじゃない?」
「まあ、せっかくだからな。今のアイドルのレベルを調査するのもいいかと思って本格参加だ」
「マメね」
おそらく、苺プロのアイドル部門が新しく復活したことで情報収集はするだろうが、それでもまだアイドル部門はアクアが関係しているところは多い。だから、自分で見に行きたいということだろう。
「フェス、行くの初めてでしょう? 必要なものネットで調べたりしたの?」
「いや、近くに生粋のドルオタがいてな。その人に教えてもらった」
「へぇ~、誰?」
アクアの交友関係は詳しくは知らないが、芸能関係が多いはずで、ファン側になるアイドルオタクの知り合いがいるとは聞いたことがなかった。アクアの友好関係を探る上でも聞いてみたのだが、返ってきた答えは―――
「吾郎医師」
「あのさ……ルビー、本当に大丈夫よね?」
ルビーの告白相手がドルオタと知って絶句する。なお、かなの問いにアクアからの答えはない。アイドルを卒業した後にそのアイドルがドルオタに結婚を申し込むという夢のようなシチュエーションで果たして断れる人間が何人いるのか分からないが、最終的に本当にルビーは大丈夫なのか、だいぶ不安になる。
「それよりも、今日は興奮と舞い上がって、あまりその影響は出ていなかったが、明日以降、少し落ち着くと、厄介なことになるかもしれない」
「厄介なこと?」
かなからしてみれば、今のように舞い上がっている状況のほうが厄介だと思う。むしろ、もう少し落ち着いてくれれば、懸念事項もなくなってパフォーマンスも上がると思うのだが―――
「アイは、嘘でも愛をファンに届ける、ってパフォーマンスで、ファンが目を離せないほどに釘付けにした。なら、アイの技術のほぼすべてを受け継いだルビーは、本当の愛を自覚して、それを振りまいたら、どうなると思う?」
「え? まさか、あのアイさん以上のパフォーマンスが出るとか言わないわよね?」
「可能性がないとは言えない」
何とも自信のない答えだが、かなは戦慄した。今でさえ、天真爛漫に笑顔を振りまき、楽し気に踊る様は人目を引く。それがさらにパワーアップするという状況を考えたくなかった。今のかなではついていくのがやっとなのだから。
「だから、そうなったら有馬に頼みたいことがある」
「私に? まさか、ルビーに抑えるように言えっていうの?」
それは難しいと思った。アイの場合は演じているといってもいいのだが、ルビーの場合は天然のものとなるだろう。抑えようと思っても抑えられる類のものではないと思ったからだ。
「いや、抑えなくてもいいが、以前伝えたように有馬が自分の演技をしてくれればいい」
「以前のって………」
―――俺は、子役の頃の自分が一番だって輝くような演技をしている有馬かなが好きだ。
JIFの追い込みの最中に満月のベランダで言われたアクアの言葉が脳裏に浮かぶ。その時の気持ちも思い出して、やや頬が火照るのだが、仕方ない。
「このままだと、ルビーだけに注目が集まる新生B小町になってしまう。俺は、有馬にもメムにも活躍してほしい。だから、ルビー一人じゃない新生B小町にしてくれ。有馬の力で」
「また、無理難題を……」
全盛期のアイを残っている映像で見たことがある。ドームという舞台で、そのほとんどの耳目を集めるほどのパフォーマンス。それを演技を加えたうえで上回れというのだから。
「だが、有馬にしか頼めない」
かなに視線を合わせるアクア。その表情は真剣そのもので、真面目にそう思っていることは疑いようのない事実だった。
「はぁ~、あんたも大きな荷物背負わせてくれるわね」
「有馬ならできるだろう?」
大きくため息を吐いて、アクアに愚痴を言うかな。しかし、それさえもアクアは真顔で、信頼を置いたような口調でお前ならできる言うのだから驚きだ。
「仕方ないわね。もともと、このグループは私が何とかしないと、って思ってたから、いいわ。やってやろうじゃない!」
そこまで信頼されれば、逆に嬉しい。無理難題とは思っているが、やってやろうという気になる。はるか昔の、自分の心の奥底に封印したはずの気持ち。だが、もうその封印には間違いなくあと一押しで解き放たれそうなヒビが入っていた。
「……グループ内部の事は俺には手助けできないが、他の事なら手伝えると思う。だから、一人で抱え込むなよ。あと、これ飲んで早く寝ろ。俺も寝れないときに飲んでる」
そう言われて差し出されたのは、よく見るカプセル錠の睡眠導入剤だった。
「明日、楽しみにしてる」
「………っ! まっかせなさい! アンタこそ、私をちゃんと見ておくことね!」
気をかけてもらった薬一つと応援の言葉一つだけで、こんなにやる気がみなぎるのだから、自分も随分ちょろい女になったものね、と思いながら、かなは上機嫌に最初の目的であった飲み物のある部屋へ向かうのだった。
※ ※ ※
―――あ、これ勝ったわ。
有馬かなは、目の前のルビーを見てそう思った。
「ルビーちゃん、ルビーちゃん、どうかしたの?」
「え? なにが? 大丈夫、私は絶好調だよ! それよりも、メムちょも早く着替えないとダメだよ」
パチン、とウインクしただけなのにその場の全員の視線が持っていかれるほどのカリスマ性が今のルビーにはあった。
ジャパンアイドルフェス当日、いくらB小町の名前を持っていようともメインステージではない以上、専用の楽屋などは用意されていない。ほかの地下アイドルやそこそこ売れているアイドル達と同じスペースで待機することになった新生B小町の面々。
最初はよかった。狭いスペースに明らかに過剰であろう人数が押し込められ、着替えるスペースもパーティションで区切るのみで、荷物も雑然としている中、写真撮影のスペースだけはきれいに整理されているというある意味、闇の深い場所ではあるが、新人アイドルとしては当然と割り切ることができた。
かなも、昨日のアクアの会話の後は薬が効いたのか十分に睡眠時間をとることができたし、体調不良もない。アイドルデビューとしては絶好の日なのだが―――
「ん? どうしたの先輩?」
アクアが予想した通り、ルビーの雰囲気がキラキラしており、一挙手一投足に視線が集まるようなオーラを感じていた。長年、芸能界にいるかなは似たようなオーラを持った芸能人を知っている。その人がいれば、周囲も巻き込んでパフォーマンスを上げ、巻きで撮影を終わらせることができるほどだ。もっとも、そのオーラも常ではなく、体調がよかったり、機嫌がよかったりと様々な要因に左右されるために常に纏っているわけではないのだが。
「いえ、緊張しているかと思ったから、問題なさそうで何よりよ」
「うん! なんだか今から楽しみで!」
もう、力が有り余っているといった様子で、微塵もこれからのステージに緊張はしていない様子だった。いや、緊張はしているかもしれないが、それ以上に楽しみが勝っているといった様子だった。最初はその程度だったのだ。
だが、待ちのスペースでお弁当を食べたり、新生B小町として有名になったためメンバー全員と別のアイドルグループで合同写真を撮ったり、メムはメムでインフルエンサーとして写真を撮ったりして、ステージの時間を待つ中で、だんだんとルビーの雰囲気が高まり―――
「そして、今に至る、と」
「ん? 先輩も着替えないの?」
「はいはい、着替えるわよ」
雑に割り切られたパーティションの中で、かなはJIFのために用意された衣装に着替える。
今日はこれで勝った、と確信したのは先ほど。今のルビーがステージに出て盛り上がらなければ、一体誰が盛り上げられるのかかなには分からなかった。集客はメムのおかげで十分、いや、新生B小町という時点で十分だし、今日のパフォーマンスはルビーを見れば、成功はほぼ間違いないだろう。
もしも、ルビーが自信なさげだったりしたら、もしも失敗したら、とネガティブなことを考えていただろうが、今のルビーを見れば、失敗するなど微塵も思えず、むしろ、高ぶったまま暴走した場合にいかに抑えるか、ということを考えたほうがいいかも、と思わせるほどの雰囲気だった。
「ねぇねぇ、有馬ちゃん、有馬ちゃん」
「なによ?」
「今から、私たち、あのルビーちゃんの横で歌って踊るの!?」
小声で、相談という感じでメムが慌てた様子でかなに尋ねるが、気持ちは分かる。あの隣で歌って踊るというが、間違いなくファンの中心は、ルビーになるだろう。いや、それに対抗するべくかなは、昨夜アクアに頼まれているが、正直、どこまで通用するかは分からなかった。
「あら………まさか、本当にアクアに言われた通りの状況になっているとは思っていなかったわ」
「「ミヤコさん?」」
いつまでも着替えている自分たちの様子を見に来たのだろう。ミヤコが着替えのブースの近くに立っていた。しかも、その口から出てきたのは、なぜかアクアの名前だった。
「はい、メムさん。アクアから、もしもルビーの様子を見て自信なさげにしていたら、渡してくれって言われていたものよ」
「え? アクたんから?」
メムが不思議そうにミヤコから折りたたまれたメモ用紙を受け取るとそれを開いて、目を左から右に動かすと今まで自信なさげにしていた表情に笑みが浮かんでいた。
「(あんた、一体なんて書いたのよ)」
ちょっと前から、メムの態度と表情にかなと似たような空気を感じるようになったためか、メムも警戒対象に入っていた。いや、さすがに年齢考えなさいよ、とはグループ内の空気を考えると言えないが、ここまであからさまだと、言いたくなってくるのは乙女心だろうか。
「よぉし! やるぞ!」
ふん! と気合を入れてメムが叫ぶが、それを聞きつけてルビーがキラキラオーラを身にまとったまま近づいてくる。
「え? メムちょもやる気になったの!? よかった! 頑張ろうね!」
「あっ、はい、頑張ります」
そのオーラに当てられたのか縮こまるメム。本当に、アクアのメモは役に立ったのだろうか。本当にこのままでアクアから依頼されたことができるのだろうか、と不安になるのだが、時間は待ってくれない。かななりに集中して、イメージは整えたが、それでも今のルビーに通じるかは分からない。それでも、やるしかなかった。
「新生B小町さん! 出番です!」
「「「はい!」」」
―――新生B小町のステージが幕を開ける。
※ ※ ※
「やっぱ、人多いな」
「そりゃ、B小町のステージですからね」
アイドルショップ店長とその店員たちは、新生B小町のステージとなる舞台へと来ていた。やはりB小町のネームバリューが効いたのか、メインステージほどではないが、上から三つ目の大きな舞台で、ここに参加するほとんどはほどほどに売れているアイドルが中心で、地下アイドルなどはいない。そこに本日デビューの新人アイドルが入ってくるのだから驚きだ。もっとも、現在の集客力を見れば、もう一つ大きなステージでもよかったのではないか、と思えるほどだ。
「でも、ま、本当に新生B小町を名乗れるか見に来たって連中も多そうだな」
その名前を引き継ぐほどの実力があるのか、と見に来た古参オタも多そうだった。もっとも、店長もその一人だが。
自己紹介動画などではいまいち分からなかった。やっぱり、アイドルはステージでどう歌って踊るか、そのパフォーマンスを見るべきだ、というのが店長の持論だ。その点でいえば、B小町のアイはスーパースターというほどの実力を持っていた。果たして『アイの後継者』を名乗る星野ルビーの実力は、どうだろうか? それを見に来たといっても過言ではなかった。
やがて、新生B小町の時間が来たのか『次は新生B小町の皆さんです』というアナウンスの後に店長も聞き覚えのあるイントロが流れ始める。
「おっ、これは………」
B小町代表作『STAR☆T☆RAIN』だ。
ステージ上にはすでにメンバーの三人が構えていた。そして、歌いだしの顔を上げて、センターのルビーと視線があったのと同時に店長は思った。
―――あ、こりゃ、やべぇ。
そこから歌い始める新生B小町のメンバー。そのステージを見ながら、いつの間にか店長は両手で赤いサイリウムを振っていた。もしも、振るとすれば、赤だろうと用意していたものだが、準備不足を実感していた。我武者羅に曲に合わせて振られるサイリウム。少し前の集団も同じようにサイリウムを振っていた。
やがて、曲が終わる。
「て、店長!? あの、え? 泣いてる!?」
「ああ、やべぇな。本物だ」
涙をぬぐいながら店員の声に答えた。泣いているのは感動したからだ。あの解散と聞いて流した涙を思い出し、こうして、またB小町を推せるという感動に感涙していたのだった。
「ですよね! いや~、ルビーちゃんもいいと思っていたんですけど、かなちゃんも、メムちょもいける!」
「そうだな」
メムちょは、実に楽しそうに歌って、踊っている。アイドルをやれることが本当に嬉しいように。ファンサービスも旺盛だ。よく、手を振ったり、ウインクしたり客席をよく見て行動している。
有馬かなは、もともと武器となっていた歌唱力も抜群で、踊りながらもその歌唱力に陰りを見せない。しかも、彼女からは、目を惹き寄せられる輝くようなパフォーマンスを感じさせる。
そして、星野ルビーは、もはや考えるまでもない。あのアイを彷彿とさせるカリスマ性と絶対的な歌と踊りのパフォーマンスでファンを魅了していた。誰もが目を離すことができない一番星が復活していた。
「容姿どころかパフォーマンスもほかのグループだったら絶対的センターと呼ばれてもおかしくないメンバーが三人」
「こりゃ、人気出るってレベルじゃないですね」
「………仕入れで忙しくなりそうだな」
もはやこの場に新生B小町の実力を疑うものはない。アイドルショップとしては嬉しい限りだが、明日から、このグループの問い合わせが増えることを考えると頭が痛い。
「で、店長。サイリウムは赤だけでいいんですか?」
ほかの黄色と白のサイリウムを見せびらかす様に店長に聞く店員。
「……黄色と白をよこせ」
「そうですよねぇ!」
いわゆる箱推し。全員が推せると店長は判断した。そして、それは周囲も同じ様で、だんだんと黄色以外も増えていくのだった。
※ ※ ※
「(………意外とばらけてるわね)」
それが有馬かながステージから客席を見た感想だった。サイリウムの色はメムから客を引っ張ってる以上、黄色が多いかと思ったが、意外にも均等に割れているイメージだ。もっとも、両手に同じ色を持つわけではなく、片方は赤で、片方は白などというパターンもあるようだ。
「(って、あいつら来てたのね)」
内心呆れているが、『今日あま』で共演した顔面偏差値の高いグループがそこだけ白一色で周りとリズムがあっていない中、サイリウムを振っている姿が見えた。応援という意味ではありがたいが、もう少し周囲も見てほしいものである。
やがて一曲目が始まる。やはり、想定した通り、ルビーのパフォーマンスが切れている。練習よりもはるかにいい動きで観客たちを魅了しているのが分かる。だから、昨夜、アクアと約束した通り―――
「(これでいいんでしょ!)」
全身を使って、自分を見ろ、と好き勝手にやってきた頃の自分を解放した。ひび割れた封印を割るのは意外と簡単だった。この封印が解けなければ、グループがばらばらになってしまう恐怖に比べれば、自分を出すことなど―――いや、アクアの応援がなければ無理だっただろうが、今のかなにはアイドルをやる理由がある。だからできた。
「(ったく! これであーくんが見てなかったら怒るからね!)」
そう思っていたのだが、アクアを見つけることは意外と簡単だった。周囲からそこだけ、ぽっかりと空間が開いているからだ。
「(いや、不知火フリルと一緒って何考えてるのよ? しかも、サイリウムは三色だし!)」
そりゃ、国民的美少女とイケメン俳優が並んでいたら誰もお近づきにはなりたくない。それでいて、アクアは両手に三つのサイリウムを持ち振ってるし、フリルが黄色だけのサイリウムを振っている。
「(まったく、いつもの八方美人か? いいわ! どうせ最初の目的から変わってない! アンタのそのサイリウム、全部、真っ白にしてあげるんだから!)」
かなはさらにパフォーマンスを上げてステージを盛り上げるのだった。
※ ※ ※
「(かなちゃん! かなちゃん! 有馬かな!)」
最初は興味本位だった。有馬かながアイドルをやると知って、紹介動画を見て歌が上手いことに驚いて、でも、かなちゃんにアイドルなんて、と思って会場に足を運んで見れば、そこには黒川あかねが見たかった有馬かなが存在していた。全身から『私を見て!』と主張するパフォーマンス。それを見た瞬間に念のために用意していた白いサイリウムを両手に持ってひたすらに振り続ける人形と化していた。
「(帰りにかなちゃんのブロマイド買わないと!)」
黒川あかねの憧れは止まることを知らなかった。
※ ※ ※
「(あははは、楽しい!)」
メムはステージ上で多幸感にあふれていた。憧れてテレビの向こうで見た光景。いつかと夢見ていた光景が目の前に広がっていた。
自分のカラーのサイリウムが振られ、名前を呼ばれ、手を振って、ウインクすれば歓声が上がる。そんなアイドルの光景が。
「(たははは、アクたんも無茶言うなぁ)」
メムはステージ上で歌って踊りながら、渡されたメモの内容を思い出していた。
――――せっかくアイドルの夢を叶えたんだ。余計なことは考えずに楽しめ。ほかの事はルビーと有馬がやってくれる。
「(これでも、一番年上なんだけどなぁ)」
そんなことを思いながらもアクアのメモに助けられたところはあった。今のメムの実力では何をやっていいのか分からなかった。あの急に変わったルビーに対してメムができることはないといってよかった。だからこそ、不安になった。混乱した。だが、アクアのメモで、自分が、このステージを楽しめばいいと理解した。だからこそ、今、メムは、この諦めなかった夢の舞台を楽しんでいる。
ユーチューバーとして、インフルエンサーと呼ばれるレベルになるまでコラボも色々やった。その中で現役高校生(笑)というのを無視した売り方をやったのも覚えている。それでも、もしもの夢を求めて一線だけは超えなかった。そして、今、この舞台に立っている。
「(………それで、アクたんはいるのかな? ………って、マジかぁ)」
思わず残念に思ってしまうほどだ。目立つ金髪にその隣でリズムよく両手に黄色のサイリウムを持って振る不知火フリルの姿。ぽっかりと空間が空いているのでよく目立つ。そして、アクアが持っているのは、黄色、白、赤と器用に持っていた。
「(……いつか、アクたんの持っているサイリウムも全部黄色にできるかな?)」
客席のサイリウムはさすがにインフルエンサーとしてのメムが一番多い。だが、両手に黄色というのは少ない気がする。特に曲が始まってだんだんと赤と白も増えている。もっとも、アイドル志望とはいえ、ユーチューバーだったメムがパフォーマンスで負けるのは仕方ない。だから、グループの色が増えるのは想定内。だけど、それでも―――せめて、自分の夢をかなえてくれた人が自分だけを応援するという夢を見るのは悪いことだろうか、とメムは思うのだった。
※ ※ ※
「わぁぁぁん、ルビィィィィ!」
子供のように泣きながら赤いサイリウムをひたすらに振るアイの姿をミヤコは苺プロの関係者のために用意された席で見ていた。
いや、気持ちは分かる。自分の娘がB小町の名前を継いで、しかも、センターで、客席全員の目を奪うようなパフォーマンスでステージに上がっているのだから。
「はいはい、気持ちはわかるけど、泣いてたら見えないでしょうに」
そう言って、もともと用意していたハンカチを渡す。それで、涙をぬぐうとステージを見つめて、狂ったようにサイリウムを振るう。
「あれ? もう、あの子ったら、いつの間にか本当に恋するお年頃なのね……」
「え?」
サイリウムを振るのは変わらないが、アイがポツリと寂しそうにつぶやき、不穏な言葉にミヤコが聞き返す。
「だって、あれ、私の真似じゃなくて、ルビーの本物だもん。私が教えたことを応用してファンのみんなに愛を振りまいてる。だから、みんなルビーを見たくなる」
「え!? ルビーが? いや、だから、なんか雰囲気がおかしくて……」
ミヤコが混乱している間にもステージは進み、やがて終わる。すべての曲が終わり、観客に笑顔を振りまき、手を振っていると客席から大きな歓声が上がり、赤、黄色、白のサイリウムが大きく振られていた。
「あの子が好きになったのは誰なのかな?」
万雷の拍手の中、退出するB小町。それを見ながら呟かれる母親らしいアイの言葉。だが、後日、その相手を知って、アイの表情が苦悶に歪むのは、まだ誰も知らないことだった。
というわけで、B小町のファーストステージでした。ルビーちゃんが絶好調で、先輩の葛藤なんて一行で終わるほどのパフォーマンスでした。
なんだかんだで全員、全力を尽くして終わった感じです。
ジャパンアイドルフェス(B小町)
・ルビーの調子が絶好調。B小町のアイを彷彿とさせるパフォーマンスで話題になった
・かなは注目を集めるパフォーマンスと歌で一気に話題を集めた。
・メムは楽しそうに歌って踊る姿にアイドルの原点を見た客がいた。なお、フリルが全力推しなので、注目が集まる
・後日、大手グループに脱退が相次ぎ、『B小町ショック』といわれる。
・ステージの後、新生B小町で売店で売り子をして、あかねとかなが会ってしまい、気まずくなる。
・完売御礼。なお、物販はその場のQRコードでネット予約できるため、転売ヤーは自滅した。
・アクアのオタ芸はさすがに邪魔になるので封印したが、横にフリルがいるため、意外と目立った。
・後日、SNSで応援する二人の姿がそこかしこでアップされた。