星の子たちにハッピーエンドを   作:天凪

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東京ブレイド編
吉祥寺頼子の体験


 

 

 

 星野アクアは、俳優部門に用意された事務室の一角に設けられた休憩スペースで台本を放り出して、マグカップに入れられたコーヒーを飲みながら、虚空を見つめて気を抜いていた。

 

「(JIFも終わって………とりあえず、これで終わりか……)」

 

 考えていた事は知識にある【推しの子】の原作の事である。吾郎とアイが生存しており、カミキヒカルは既に亡くなっている。本編としてはこれから加速するアイを殺した犯人への復讐へと繋がる物語が全て無くなっている事に気づいた。

 

 特に次の『2.5次元舞台編』では、アクアにお声がかかる条件はなくなっているはずだ。あれは、あくまでも雷田から鏑木への打診で呼ばれたに過ぎない。ただし、劇団ララライの縛りがある黒川あかねと鏑木のお眼鏡に適っている有馬かなは呼ばれるだろうと思っている。

 

 唯一、気になるのは、この舞台で仮に『星野アクア』がお節介をしなかった場合のことだ。雷田に「この舞台をどうにかできるのはあなただけだ」と伝えない、鮫島アビ子に演劇のチケットを送らなかった場合、舞台はどうなるだろうか? アビ子の許諾がもらえず中止になる。あるいは、アビ子の書いた舞台を意識しない脚本で行われる。

 

 どれにしても人が死ぬわけではない。誰かが精神的に参るわけでもない。苺プロへの影響があるとしたら、黒川あかねと有馬かなの成長がなくなるぐらいだろうか。それがアクアにとって許容できるか、といえば、許容できなくはない。あかねの演技は成長は続けるだろう。いつかは原作と同じ力量まで成長すると思われる。それは、有馬かなも同じだ。星野アクアが受けの演技をし、背中を押すことで、ようやく輝く演技ができたのだから。あれ? 姫川大輝と共演したからだっただろうか?

 

 どちらにしても、『東京ブレイド』の舞台に関われるかどうか、が問題だ。『今日あま』ほど強引に関わる必要はないだろうとアクアは考えている。『今日あま』はアクアが介入しないと、有馬かなが折れてしまいそうなほどひどい現場だったから。

 

 まあ、考えても仕方ないし、あかねか、有馬のどちらかが相談して来たら、相談乗る様な形にしようと決めて、そろそろ休憩も終わりにするか、と席から立ち上がったところで、ひょっこりと休憩スペースの入口にかなの姿が現れた。アクアと同じく稽古していたのか、稽古着のままだ。

 

「あ、いた。あーくん、ミヤコさんが呼んでるわ。私と黒川あかねと一緒に」

「ミヤコさんが?」

 

 アクアには、何か呼び出されて説教されるような覚えはない。もっとも、あかねとかなも一緒なのだから当然だろう。何か、新しい仕事でもあるのだろうか、と考えたところで先ほどの『東京ブレイド』の舞台化の話を思い出した。

 

 まさかな、とは思いつつ、結構前から探していたのか急かすかなに従ってミヤコがいる部屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

「というわけで、あなたたち三人に仕事の依頼が来てるわ」

 

 ミヤコを正面として、三人が並ぶような形でテーブルをはさんで座る。そして、テーブルの上に差し出されたのは、『東京ブレイド(仮)』と書かれた台本だった。

 

 思わず、マジで? と内心思ってしまう。なぜなら、先程まで思考していた通り、アクアに来るような仕事ではないと思っていたからだ。

 

「黒川さんは、『鞘姫』役でオファーが来てるわ。あなたは劇団ララライ経由のオファーだから基本的には断れないけど、いいわよね」

「はい、問題ありません」

 

 そう答えると早速(仮)と書かれた台本を手に取っていた。あかねは、事務所で活動をマネージメントし、劇団のオファーには優先的に応える契約で劇団員となっている。そのため、基本的にはあかねは、このオファーを断ることはできない。仕事がかぶっていたとしてもスケジュール調整して参加する必要があった。

 

「そして、ややこしいのが、アクアと有馬さんね。アクアには『刀鬼』役でオファーが、有馬さんには『つるぎ』役でオファーが来てるわ。ただし、有馬さんはアクアのバーターね」

 

 かなの役が伝えられた時、あかねとかなの間にぴりっとした空気が走ったが、アクアは仕方ないことだと思っていた。なにしろ、同時期の年代で、今は天才と呼ばれる役者と子供の頃は天才と呼ばれた役者なのだから、対抗心がなく、頑張ろうね、などという間柄ではない。苺プロに移籍してからも何度か、口喧嘩みたいなことになっているのを見たことがある。もっとも、子供のじゃれあいのようなものだが。

 

 それよりも問題は―――

 

「私がバーターですか?」

 

 かなが気にしているのはそこだ。かなを出す代わりにアクアを出すという条件だが、聞けば鏑木と総合責任者の雷田の連名によるオファーらしい。かなの演技力を知っている鏑木ならば、わざわざバーターなどつけないはずだが………と思っていたが、そこはさすがにミヤコも確認していたようだ。

 

「どうやら、本当に参加してほしいのはアクアみたいね。だけど、それぞれのオファーじゃ、アクアは参加しないって分かっているから、鏑木さんと雷田さんの連名で、有馬さんがバーターになっているそうよ。あと、出演料も相当融通してもらってるわ。あの姫川大輝と同額までならOKだそうよ」

 

 なるほど、とアクアは思った。確かに鏑木からしてみれば、『今日あま』でかなのために働いているアクアを見ている。ならば、どうしても『東京ブレイド』の舞台に引きずりだしたいというのであれば、かなをバーターにすることは、分からなくもない。だが、一番わからないのは、やはりその理由だ。そこまでする理由が分からなかった。

 

「『今日あま』のせいみたいね」

 

 どうやら、そのあたりもすでにチェック済みでミヤコが、アクアを引きずりだしたい理由を語る。要するに『今日あま』経由でドラマ化に尽力したアクアのことを聞いた原作者が舞台という実写化に対して『星野アクア』の参加を熱望した、とのことである。キャスティングは原作者の権利の中にはないので、要望に応える必要はないのだが、そこは契約書で縛られる関係ではない部分の人情というやつであろう。少なくともキャスティングについて応えたなら、別の点で融通してもらえるかもしれない。2.5次元という原作ありきの世界では原作者はある意味で神だ。ご機嫌取りに必死になるのは仕方ないことだろう。

 

 さて、ここまでは相手方の事情だ。今度は、アクア―――苺プロ側の事情を検討しなければならない。

 

「俺は参加してもいいと思います。有馬がアイドルをやって最初に来た役者の仕事が舞台なのは気になりますが、それでも『東京ブレイド』の知名度と、この面子を考えると、有馬の今後も期待できる」

「あーくん……」

 

 かなの今後の事を考えてくれたことが嬉しいのか、感激した声で名前を呼ぶかな。もっとも、アクアとしては、かなの活躍で新生B小町に箔がつく上に、彼女のキャッチコピーである『歌って演じる天才役者』の一助になれば、という程度しか考えていない。

 

「そうね、このオファー自体は前向きに捉えていいと思うわ。『東京ブレイド』はアニメも成功してメディアミックスも、これからさらに伸びるコンテンツでしょう。この舞台が成功すれば、シリーズ化して今後の仕事にも繋がる。そして、アクアにとっては、あの姫川大輝の演技を間近で見られることが、いい経験になると思うわ」

「……姫川さんか」

 

 中学生の頃に参加した劇団ララライの演劇でも一応共演したが、その時はまだ売れる前の役者だった。だが、最近は賞も取り、月9ドラマの主演も務めている。同じドラマで主演を務めているとはいえ、月9はやはり別格なのだ。なお、フリルはその時の相手役だったのだから、演技の凄さはわかろうというものである。

 ただし、アクアの姫川大樹へのイメージは『今ガチ』で余計なことをあかねに密告されていたことへの怒りであるが。

 

「アクア、行ける? 来期はドラマも引き続き入ってるから少しスケジュール大変だけど……」

「まあ、少し大変かもしれないが、俺にとってもメリットはあるから頑張るよ」

 

 実際に練習や演劇が始まるのは今から半年以上先の話だ。今のところ、分かっている来季のドラマの撮影以外にもまだ埋まっていない仕事もあるし、これから出てくる仕事もあるだろう。だが、仕事があるのは芸能人としては嬉しいことだ。ここが頑張り時と考えて、やるしかなかった。

 

「はい、それじゃ、このオファーは受けるということで決着ね。アクアの出演料、もう少し上げられるかしら?」

 

 オファー用の書類をまとめたミヤコは早速返信すべく、動いたのだろう。急いで立ち上がるとPCが設置されている仕事用のデスクへと移動した。

 

 その後ろ姿を見ながら、内心で、はぁ、と溜息をついた。参加しないと思っていた東京ブレイドの舞台に立つことになろうとは思っていなかったからだ。だが、理由は納得できるものだったし、相手のオファーが強く、しかも、かなまで絡んでいるとなると断れない。ならば、逆にこの舞台が上手くいくように全力を尽くすのみである。

 

「有馬、吉祥寺先生に連絡取れるか?」

「え? 取れるけど、なんで?」

「早速、お仕事だ――――あかねにも手伝ってもらうからな」

「え? 私?」

 

 かなに『今日は甘口で』の原作者の吉祥寺頼子への連絡を依頼し、逆サイドに座って、早速仮組の台本を読んでいたあかねに声をかける。あかねは自分の名前が呼ばれたことが意外だったのか、予想外だ、と表情に書かれていた。

 

「うん、アクアくんのお手伝いができるなら頑張るけど……私にできること?」

「多分、俺たちの中じゃ一番あかねが詳しいよ」

 

 当たり前だ。なぜなら、これから話をしなければならないのは、あかねの主戦場だった『舞台』についてのお話なのだから。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「先生、すみません、ついてきてもらって……」

「いいわよ、私もアクアさんや有馬さんと会いたかったし」

 

 吉祥寺頼子は、横に『東京ブレイド』の原作者である鮫島アビ子を連れて都内を歩いていた。

 

 今日の目的地は、都内の喫茶店。ただし、分かりにくいところらしく、入口の写真が何枚か送られてきていた。ホームページもないというのだから、隠れ家的なところか。もっとも、これから待ち合わせる相手を考えると無理もない場所だ。

 

「よかったです……『星野アクア』と一人で会うなんて無理だったので」

「でしょうねぇ」

 

 アビ子がイケメン、美女に対して緊張することは知っている。アクア一人でも対面で会うということはアビ子には無理だろう。今回は、それに加えて『今日あま』の主演女優だった有馬かな―――新生B小町の名前でなぜかアイドルを始めてしまった美少女と『今ガチ』でアクアとポンコツ恋愛を行った黒川あかね―――こちらは綺麗系の美人がいるのだから。

 この三人に囲まれてにこやかに雑談できるアビ子などアビ子ではないと頼子は思っていた。むしろ、『東京ブレイド』の舞台化にあたって、無理難題を言われても、何も答えられない姿しか思い浮かばない。無条件に従う、という弱者の行動が思い浮かばないのは彼女の頑固さを知っているからだろうか。

 

「ここね」

 

 少し路地に入った先に在った『OPEN』と書かれた看板だけがドアに引っかかっている木の扉を開ける。最初にアクアから店の写真を送られていなければ、本当に店かどうかすら怪しいところであった。ドアを開けた先にいた受付に「星野で予約していました」と告げるとすでにアクアたちは来ているのか、部屋に案内される。個室の扱いなのか、マンションの共用スペースのような廊下を少し歩き、案内された部屋のドアを係の人がノックすると、どうぞ、と返事があり、係の人がドアを開けてくれた。軽く会釈をしながら室内に入ると、そこには予想していた三人がいたのだが、彼らを認識すると同時に頼子の足は止まってしまった。

 

「(ちょっと、顔面偏差値高すぎない? 陰の者にこれはきついんだけど………)」

 

 部屋の中にいたのは、想定通り、『星野アクア』『有馬かな』『黒川あかね』だ。だが―――

 

 英国のイメージなのか、真っ白な円卓のテーブルのそれぞれの前におかれたティーカップと中央付近におかれたクッキーなどが並べられた小皿。いくつか無くなっているのは、頼子たちが来る前に食べてしまったのだろう。そんな上品な空気にマッチするように彼らは座っていた。

 

 有馬かなは、ロリ&ガーリーなフリルが多用された服を着ており、チェックのスカートとトレンドマークの帽子が可愛く似合っている。

 黒川あかねは、雰囲気に合わせたのかフリルの付いたブラウスとロングスカートと上品な感じでまとめられている。

 そして、星野アクアは、普通にビジネスカジュアルという感じで、白いドレスシャツに紺のジャケットとパンツでさすがモデルというべきか、着こなしており、そこらのビジネスマンと同じ格好なのに気品が出ていた。

 

「どうしました? 座ってください」

 

 円卓のテーブルの空いている椅子を勧められるのだが、無意識のうちにスマホを構えると、彼らを中心としてカシャ、と一枚写真を撮っていた。さすがに急すぎる行動なのか、アクアたちも怪訝な表情をしていたが。

 

「はっ! い、いえ、ちょっと珍しい部屋だったので漫画の参考にしようかと………」

「そうですか。部屋と調度品だけなら問題ないと思いますけど、参考程度にしてくださいね」

 

 いや、あなたたちも含めてなんですが、と思ったのだが、それは口にしないことにした。

 

 さて、いつまでも呆けている場合ではない。同じように思考停止しているであろう隣のアビ子の背中を叩き、正気に戻させてたところで、空いている椅子に座る。それと同時に頼子の横から紅茶の入ったカップが差し出され、音もなくおかれていた。少し時間をおいてアビ子の隣にもおかれたようだ。最初から用意していたのだろうか。後ろからついてきたにしては、存在に違和感がなく、今まで気づかなかった。

 

「それでは、早速ですが、苺プロ所属『刀鬼』役にオファーされました星野アクアです」

「同じく、苺プロ所属、『鞘姫』役にオファーされました劇団ララライの黒川あかねです」

「同じく、苺プロ所属、『つるぎ』役にオファーされました有馬かなです」

 

 三者三様にオファーされた役と名前を教えてくれる。だが、この高級感あふれる場所と三人の容姿にまだ慣れていないアビ子と頼子は、はぁ、と頷くしかなかった。

 

「ねえ、やっぱりもうちょっとカジュアルな方がよかったんじゃない?」

「そうは言っても内容的に個室は必須だぞ」

「あ、なら、この間、一緒に行った喫茶店だったら、大丈夫だったんじゃない?」

「あそこは、予約できたか?」

「はぁ? ちょっと待ちなさい。あんたたち、二人でどっか行ったの!?」

「うん、先輩が『恋人と行くお店ランキングに載ってる喫茶店に行ってみたかった』って言ってたから、アクアくんと一緒に」

「なんで言わないのよ!?」

「いや、単に『今ガチ』の義理デートだったし」

「そうそう、義理義理」

「にっこにっこで言うな! はっ! あの時、差し入れで持ってきてたフラペチーノは―――」

「ああ、その時にテイクアウトした奴だな」

「ずるい! 私もどっか連れて行きなさいよ!」

「かなちゃん、ダメだよ。もうアイドルなんだからデートなんて」

「ぐぅ……じゃあ、新生B小町のみんなで行けばいいんでしょう! ただし、個別行動の時間をとること!」

「まあ、それならいいが……でも、個別行動はいるのか?」

「買いたいものが別々になったら必要でしょう!?」

 

 あっれぇ? 私って何しに来たんだっけ? と目の前の会話を見ながら頼子は思った。だが、よくよく話の内容だけ聞いてみれば、東京ブレイドにも応用できそうな内容でネタとしては非常に面白い。婚約という大義名分を持つ『鞘姫』と他勢力で同盟の関係上相棒となっただけの『つるぎ』と三角関係をよくわかっていない『刀鬼』と考えると非常に面白いと思った。キャスティング神か、とも思った。

 

 アビ子も興味深く―――と思って隣を見て見ると、スマホに高速でフリック入力するアビ子が見られた。内容はよくわからないが、同じように今の会話に刺激されたようだった。おそらく、思いついたネタをメモ帳に書きなぐっているのだろう。ネタは思いついたら即書き残す。枕元にもメモをおいておくのも漫画家として必須事項であると頼子は考えている。

 

 やがて、アクアとかな、あかねの間で折衝が終わったのか、静かになってこちらに向き合う。

 

「すみません、もめてしまって」

「いえいえ、いいものを見させていただきました」

 

 当たり前だが、それは創作者としての視点であり、アクアは意味が分からなかったのか首を傾げていた。

 

「えっと、気を取り直して、アビ子先生、今回は俺を指名していただいたようで、ありがとうございます」

「あの……先生から、『今日あま』の現場でアクアさんが、頑張ってくれたからって自慢していたので……」

 

 頼子もそのあたりの話は聞いていた。『今日あま』のネットドラマ化の打ち上げでアビ子も呼んださいに現場の話をしたのだが、そこでアクアの働きを自慢してしまったのが、今回、アクアがキャスティングされたことの始まりだとも聞いている。巻き込んでしまったか、と反省したものの、彼らの様子を見るに困惑しているわけではなさそうで、その点では安心した。

 

「ただ、今回は少しお力になれないかもしれません」

「え? ………」

 

 アクアの言葉に困惑するアビ子。だが、頼子でも、それは分かった。一度、実写化を経験しているからだろうか、そのあたりの力関係はなんとなく理解したつもりだ。

 

「発行部数5000万部という漫画の舞台化です。一つ成功すればこれからのドル箱になるかもしれない舞台化です。ただでさえ、予算の渋い舞台関係者にとっては万全を期して望みます。まあ、失敗すれば業界にはいられなくなるので当然ですよね」

 

 ははは、とアクアたちは笑うが、こちらとしては全く笑えない。実写化の扱いから、そこまで準備されているとは思っていなかったのだ。確かに5000万部売れていることはアビ子にとっては自慢だろうが、その影響力を正しく理解していたとは言い難い。もちろん、編集担当たちにちやほやされるが、その程度だと思っていたのだろう。

 

「演者は一流の役者たちで構成される劇団ララライを中心としています。こちらのあかねが所属する劇団なのですが―――」

 

 視線で合図を送ったのだろうか、あかねが目をつむり、再び目を開けたときは雰囲気が違っていた。どこか躊躇するような、戸惑うような、そして、どこかやりきれないことが分かる表情としていた。

 

『―――新宿の連中を……皆殺しにしてやりなさい』

 

 それは、漫画の再現だった。新宿クラスタと渋谷クラスタの激突の前の鞘姫の葛藤するシーンが、目の前で再現されていた。アニメとは違う、人が再現するとこんな感じになるのか、という最高の例がそこにはあった。

 

 これにはアビ子も感激したようで、おぉぉ、と歓声を上げながら手を叩いていた。一方、演じたあかねは、恥ずかしそうに照れながら、ペコリと頭を下げていた。

 

「役者の実力はこの程度はみんなあります。そして、舞台もステージアラウンドで最新設備です。演出も一流で、はっきり言えば、俺が手を出せる部分はありません」

「でも……『今日あま』は……」

 

 うぐぅ、と聞いてほしくない部分を聞くなぁ、と頼子は思った。だが、アビ子にとっては頼子から聞いた成功体験が、唯一の成功例なのだ。そこに自分の作品を預ける救いを求めたくなるのは悪いことだろうか。

 

「あれは……その予算や人数の関係上、小回りが利く環境だったので」

「そうよね、撮影編集即納品のひどい現場だったものね……」

 

 やはり現場からしてもひどい環境だったのか、遠い目をするアクアとかな。申し訳ない、と思いながらも実写化の企画を持ってきたのは自分ではない、と擁護して、アクアたちの視線から目をそらした。

 

「だから、俺ができることは、脚本の助言ぐらいです」

「……脚本の?」

「そうです。漫画通りには再現できない部分、時間の都合上カットしたシーンを説明するためのセリフ。まあ、いろいろと出てきて、舞台脚本になると思います。そして、まあ、最初の脚本はアビ子先生から見たら、満足のいくものではないと思います」

 

 だろうな、と頼子は思った。頼子も最初に脚本を見たときは、原作の部分以外のオリジナルキャラクターのシーンや場面が飛んだりするシーンなど、色々とひどいと思ったものだ。それでも、実写化はそんなものだ、と聞かされていたこともあり、基本的にはお任せにした。お任せにしてしまったというのは今でも後悔だろうか。ただ、それを立て直してくれたアクアには感謝しかない。

 

「舞台による映えか、原作の流れを重視するか、キャラクター性を重視するか。そこはアビ子先生の原作者としてのこだわりになるかと思いますが、基本的に脚本家は舞台が面白くなることが優先なので、アビ子先生のこだわりは理解できないでしょうね。そして、そこに絶対的な齟齬が生じます。アビ子先生が舞台を中止したいと思うほどに」

 

 特にこの子はそのこだわりが強い。そこをアクアが知ってか知らずか、的確な指摘をしていると思った。

 

「だから、その脚本の修正のお手伝いをさせてください。あかねは舞台の専門家ですから、アビ子先生の想いを舞台化できるかどうかも判断できると思います」

 

 アクアのその言葉にアビ子は戸惑ったようだった。漫画家は基本的に一人だ。アシスタントもいるが、ストーリーも原画もすべて自分で考えている以上、そこにあるのは自分の才能のみ。だから、誰かと協力して何かを作り上げるという経験がない。だから、アクアからの提案にも逃げ腰になってしまう。だが、メディアミックスはこの手のやり取りの連続だ。今まで一人でやってきたアビ子には分からないかもしれないが。だから、せめて先に失敗した自分だけはアビ子の背中を押してやろうと、目を合わせてコクリと頷いた。

 

「………よろしくお願いします」

 

 初めてアビ子が人を頼った、と感動するのは元アシスタントの面倒見ている親のような気持ちだろうか。だが、それがアビ子の成長する一歩だと思うと感慨深い。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。―――それで、話がまとまったところで、東京ブレイドについて話をしたいのですが」

 

 おそらく、そこからはアビ子にとっても至福の時だったのではないか、と用意されたクッキーを食べ、紅茶を飲みながら頼子は思った。各キャラクターへの考察と描く物語への感想。イケメンと美人二人と容姿は冴えないが才能はぴか一の漫画家が、一つの作品について語り合う時間。それは「他者と解りあいたい」と望んだ漫画家が一番希望したことなのだから。

 

 

 

 

 一体、何時間語り合っていただろうか、その終わりは、突然鳴らされたスマホのアラームがその時間の終わりを告げた。

 

「おっと、時間か……」

「あ………」

 

 よほど楽しかったのだろうか、残念そうにするアビ子をみて心が痛むが、最初に予定していた解散時刻よりも早いことに気づいた。

 

「あれ? まだ、お話に合った予定時間より早いですよね?」

「はい、ですが、今からが今日のメインですよ」

「「メイン?」」

 

 行き先がわかっていないのは頼子とアビ子だけなのか、疑問の声を上げたのは二人だけで、アクアとあかねとかなは行き先が分かっているように微笑んでいた。

 

「舞台の事、分からなくて脚本がわかりますか? だから、行きましょう。今回の作品は、GOAさんっていう『東京ブレイド』の脚本家の方が書かれた舞台らしいですよ」

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 

「疲れた……‥」

「私もです………」

 

 想像とは異なるステージアラウンドという別次元の舞台を見せられて疲労困憊な二人。そもそも漫画家とはインドアの体力は高いが、アウトドアの体力は低いのだ。

 

「でも、来てよかったです」

「そうね」

 

 少なくとも、『東京ブレイド』という自分の作品がどのような形で行われるかだけは分かった。そして、舞台化にあたって心強い味方ができたことも。

 

「それにしても、現実がフィクションを超えるってスポーツとかではよく耳にしましたけど、少女漫画でもあるんですね」

「あれはアクアさんが特別なだけよ」

 

 最初の喫茶店から、次の舞台への移動、舞台会場のチケットの購入、そして帰りまで卒なく四人の女性をエスコートするアクア。一度もお金を払った記憶もないし、移動時間に待ってイライラした記憶もない。帰りに今日の舞台のパンフレットまで渡されてしまった。そして、別れ際にアビ子に「週刊でお疲れでしょう。疲れがたまったら休んでください。大丈夫ですよ、少し休んだぐらいでファンは離れたりしませんから」と笑みで告げて、かなとあかねを連れて夕飯を食べるのだと連れ立って帰って行った。

 

「……あの二人、アクアさんとそういう関係なんですかね?」

「野暮なことは聞かないほうがいいわよ」

 

 正直、どちらが相手か頼子の経験ではわからなかった。『今日あま』の現場ではかなとそう言う関係だと確信していたのだが、今日のあかねの様子を見ていても、そのような関係でないとは断言できなかった。そして、恐ろしいことに両者ともにそういう関係ではない、ということも否定できなかった。

 

「芸能界って怖いですね」

「そうね」

 

 それはアビ子も同じで、もうあの三人の関係性については考えることを放棄したのだろう。それよりも、彼女の頭の中にあることは頼子でもわかった。

 

「……あの三人を参考にして作品描いたらまずいですかね?」

「バレないようにやりなさい。私も、アクアさんの『今ガチ』でフリルチャレンジを見て、創作意欲のまま描いたら連載会議に挙げられて困ってるんだから」

 

 なにそれ!? と驚いた表情をしたアビ子が、久しぶりに表情豊かで頼子も思わず笑うのだった。

 

 なお、東京ブレイドの展開として、今まで放置されていた鞘姫が許嫁という大義名分のもと秘めていた恋心を現し、つるぎと明確な三角関係を作ることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 





なんか、心の中の頼子さんが暴走して書きました。はい、まずはフォロー編ですね。
キャスティングが決まって、集まるまで四か月はあるとのことでしたので、原作知識のチート君は頑張りました。先に脚本フォローです。
ここから、アビ子先生とGOAさんとやり取りが始まります。あと、あかねも添えて。

今回のネタは、アクアとあかねと重曹ちゃんがやりあうところの会話シーンだけ最初に決めました。


誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。

もしよろしければ、感想、評価(感想欄より下から可能)をよろしくお願いします。励みになりますので、感想を一言でも頂ければ幸いです。


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