星の子たちにハッピーエンドを   作:天凪

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雷田澄彰の戦慄

 

 

 

「やあやあ、遅れちゃったかな?」

「いえ、俺が早く来ただけですから、問題ないですよ」

 

 雷田澄彰が、予約していた部屋に入ってみれば、そこには自分を呼び出した『星野アクア』が先に到着して座っていた。その視線は雷田に向けられていたが、それはいつもの事である。

 

「ああ、この格好? やっぱり代表は覚えてもらうのが一番だからね。スーツは都会の迷彩服ってね。この格好しているとすぐ覚えてもらえるんだよ」

 

 もちろん、自分の趣味でもあるのだが、多少傾いたところで、エンタメ系の社長なら、ああ、と納得してもらえるのが面白い。

 

「それで、何か直接話したい内容があるんだって?」

 

 これで雷田は社長であり、今は東京ブレイドの舞台化に向けて全力で動いているところだ。忙しい、という言葉を三つぐらい継ぎ足せばようやく今の忙しさと同じぐらいになるだろう。だが、それは相手も同じ。今季のドラマで不知火フリルと共演したドラマが中高生を中心に人気を集め、高視聴率を稼ぐ役者だ。注目度が高い俳優が忙しいことは分かっている。

 

「ええ、東京ブレイドの原作者である鮫島アビ子先生に会ってきたので、少し報告をと思いまして」

「ぶっ!」

 

 アクアの対面に座って、まずはお茶でも、と思って口に含んだが、まさかの報告内容に思わず吹いてしまいそうになった。

 

「はぁ!? アビ子先生と直接会話できたのかい?」

 

 当たり前だが、週刊誌の先生というのは会うだけで一苦労だ。しかも、雷田がアビ子と会うとなると編集部経由となり、当然ながら漫画を遅らせたくない編集部は極力その機会を避けようとする。合併号の休みにあたる前後ぐらいであれば可能かもしれないが、作家のリフレッシュ期間になるため、基本的には私用優先だ。だから、そう簡単には会えないはずなのだが、目の前の少年は、あっさりと会ったと口にした。

 

「俺には吉祥寺先生からの伝がありますからね」

「ああ、『今日あま』の」

 

 なるほど、と思った。そういえば、星野アクアのオファーはアビ子の『今日あま』の先生から実写化の話を聞いて興味を持ったからこそ実現したもの。ならば、吉祥寺頼子を通してアクアがアビ子に会うことも不可能ではないはずだった。

 

「そ、それで、どうだった?」

 

 雷田も一応、アビ子とは編集部の付きとはいえ会っている。だが、その時は基本的に編集が話しており、アビ子はあまり興味を持っていないような気がしていた。メディアミックスにはお任せするタイプの原作者もいることから雷田としてはアビ子もそのようなタイプかと思ったのだが、一方で業界内では『東京ブレイド』の版権をとるのは難しいと評判である。その時の態度と評判が違って雷田も少し不安には思っていたのだ。だから、こうして直接会って会話してきたであろうアクアの情報は、確かに時間を使ってでも欲しい情報であった。

 

「舞台の事は全然わかっていない様子でしたね」

 

 舞台に携わる人間としてはガクリ、と来るものがあった。とはいえ、舞台化は雷田のほうからオファーして大手出版社、権利管理会社などが賛成して、最終的に原作者が賛成したから通った企画であり、原作者が舞台について知らないとしても無理はないのだ。最初の挨拶の場での無関心さはそこから来ていたのだと思うと納得できる部分がある。わからないのだから、口を挟めなかったのだ。

 

「だから、たぶん、アビ子先生の事を知らなければ、大怪我していたと思いますよ」

「と、いうと?」

「アビ子先生は、人一倍、自分の作品に思い入れがある。だから、その作品に関連することに自分が想像した内容でないと、そんなものを表に出すぐらいならすべて燃やし尽くしてやるってタイプですね」

「は?」

 

 先に注文していたであろうコーヒーで喉を潤すアクアを見ながら雷田は、あの打ち合わせの場では、縮こまって気の弱そうな態度だったアビ子が、そのような性格だと知って困惑していた。

 

「今回の舞台を構成する人員をあかねにも確認してもらいましたけど、脚本家のGOAさんも、演出家の金田一さんも一流どころで間違いない、とのことでした」

「そ、そうさ。さすがに『東京ブレイド』が失敗したら、潰れちゃうからね……僕の会社」

 

 これは事実だ。仮に失敗したりすれば、今後、ドル箱となりかねない作品の舞台化を潰した罪人として演劇界ではもはや雷田の名前を聞くことはないだろう。さらに雇っている仲間も散り散りになったうえに、履歴書に雷田の会社の名前が載っていたら再就職さえもできなくさせるだろう。想像しただけで胃が痛くなる事態だった。だから、持っている伝をすべて使って、失敗する可能性が低いように人員や会場を確保したはずだ。

 

「でも、それはあくまで舞台での話ですよね?」

「え?」

「舞台上の演出が映えるように原作を修正して、舞台としては成功するにしても、原作者がそれを気に入らなければ、意味がない。違いますか?」

「それは……そうだね」

 

 たとえば、一期目は舞台として成功したとしよう。舞台の事が何もわからない原作者が、プロが言うのだからと進めて、実際に見て、自分の作品はこうじゃない、と思えば、舞台の続きは期待できないだろう。原作者が許可を出さないから。つまり、単発で終わってしまう可能性もある。それは、果たして成功と言えるのか? 雷田の計画では、東京ブレイドの舞台は続編も舞台化していきたい考えがある。いわゆるシリーズ化だ。評判が良ければ、予算もさらに増えるだろうし、グッズ展開も大きくなることが考えられる。夢のある話だ。だからこそ、今回の舞台は成功させないといけない。

 

「そして、アビ子先生は、許諾を取り消す権限も持っている」

「だが、その場合、違約金も……」

「お金に頓着しているような人じゃないみたいです。5000万部の作家ですよ? だから、最初の言葉に戻ります。『すべて燃やし尽くしてやる』って」

「は、ははは……冗談じゃないみたいだね」

 

 雷田は戦慄した。おそらく、今後計画している脚本作成、演出構成についてはアビ子は口を出してこない―――出せないだろう。舞台が分からないからだ。問題は、実際に稽古が始まって、脚本と役者の動きを見て、これは『東京ブレイド』ではないと判断されてしまった場合、彼女がすべてをちゃぶ台返しにする可能性があることをアクアは指摘してくれたようだった。

 

「はい、俺としても、苺プロの役者が三人出るのにそんな事態は御免ですから、雷田さんからGOAさんに脚本を書く際に気を付けてほしい点を伝えてほしいと思ってます」

「え!? なに!? アビ子先生が気に入る書き方があるの!?」

 

 雷田としては、アクアをもはや年下の役者とは見ていない。有能な助言者として藁をつかむ思いでアクアの言葉を待っていた。

 

「はい、アビ子先生と会って、うちのあかねと有馬も含めて『東京ブレイド』の話をしましたが、『キャラの改変はNG』『ストーリーの改変はOK』という感じですね。ストーリーと舞台に合わせるためにキャラ改変は絶対にダメです」

「しかし、それは……」

 

 アクアが言っていることはわかる。舞台という関係上、どうしても原作のままだと冴えないキャラクターの性格を少し変えたり、寡黙なキャラなはずなのに今のシチュエーションを説明するためにセリフが多くなったり、舞台関係者であれば、ある程度割り切ることがあるからだ。しかし、アクアの助言はそれをやめろという。しかし、そのキャラ改変はなにも舞台の演出の都合上だけではなく、役者への負担軽減にもなるはずだ。説明台詞がなくなった場合は、役者の演技ですべてを表現しないといけないのだから。

 

「とりあえず、アビ子先生が脚本のチェックをする際に一緒に指摘内容を考えることになってますので、手加減はしてもらえるでしょう」

「へ? そんなことまで了承貰えたの?」

「はい、とりあえず、舞台の事が何もわからないことは理解してもらえたので、苺プロには演劇のプロのあかねと元天才子役の有馬がいますからね。アビ子先生の理想を崩さず演技できるのかの助言させてください、と言ったら、普通に受けてもらえましたよ」

 

 脚本は原作者のOKが出なければ、最終稿にはできない。そして、大体の原作者は、一人でチェックして、指摘を上げてくる。しかし、その大半は舞台の内容を無視したものだ。それを、若き天才の黒川あかねと元天才子役のかなも監修してくれるとなると役者目線からも見てもらえる、しかも、直接アビ子にアプローチしているため、原作者の納得も得られる。仲介屋としては原作者と役者が直接やり取りをするのはNGと言いたいが、個人的な相談をするな、とまでは言えない。ぎりぎりのグレーゾーンだった。

 しかし、成功のための協力というのであれば、ありがたい。しかし、鏑木とキャストを考えたときは、新旧天才子役の共演させて競争させるなんてえぐいねぇ、とか言っていたのに、気づけば協力して舞台を作ろうとしているのだから、分からないものだ。

 

「でも、大丈夫なのかい? アクア君にはその分上乗せしてるけど、有馬ちゃんもあかねちゃんも、そこまでの仕事の範囲の出演料は払ってないよ?」

「まあ、問題ないですよ。多少、対価のご機嫌取りが必要なぐらいです」

 

 ―――あ、こいつ転がしとるわ。

 

 雷田はなんとなく直感した。自分は利益を得て、惚れさせた女を転がすように利用する役者や業界人を何人か見てきた。もっとも、その場合は、お金を持っている多少年上の場合が多かったが、アクアの場合は、子役時代からも相当稼いでいるだろうし、そのイケメンと称される容姿があれば納得できた。

 

 そして、そこまで考えて、『黒川あかね』『有馬かな』『星野アクア』をキャスティングするといった時の鏑木の気まずそうな表情を思い出した。

 

「(なるほど、鏑木ちゃん、知ってたな……)」

 

 なお、アクアとしては、演技のキャラなどについてひたすら語りたくなる二人の性格も知っているし、原作者とキャラについて話すという機会を逃すはずがない、という二人の性格をよく知っているだけである。ちなみに、アクアもその手の演技の話は大好きである。

 また、二人のご機嫌取りといっても、アクアのお願いで付き合ってもらっている分、どこかでご飯でも奢るか、程度のものである。

 

「あと、できるだけ脚本は早めにもらえると助かります。たぶん、二、三回の往復じゃダメでしょうから」

「え? そこまで?」

「たぶん、納得できるまで続けますよ。ああ、GOAさんも売れっ子って聞いてますから、アビ子先生の癖が分かれば、すぐ終わると思いますけどね」

 

 確かに、何本も原作ありの脚本をやってきたGOAであれば、原作者が許せるラインを理解して、かつ舞台が映えるように脚本を書くことができるかもしれない。それに先のアクアの助言もある。もしかしたら、最初からある程度はOKをもらえる可能性だって―――

 

「分かった。最終稿に近いものができたら出版社には出すようにしておくよ」

「よろしくお願いします」

 

 この日、たった1時間程度の会談ではあるが、雷田にとっては東京ブレイドの舞台成功へ大きく前進したと思わせるのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「なあ、恋人デートで彼女の推しアイドルライブはありなのか?」

「だ、大丈夫! 二人で行けば、それがデートだよ」

 

 さすがにつらいと思ったのか、あかねもやや苦しそうに言い訳する。

 

「だって、今日の新生B小町のライブは、かなちゃんがセンターで、新曲の発表だし」

「カバーだけどな」

 

 こいつ、だんだんと厄介オタクの顔を隠さなくなってきたな、とアクアは思う。かなの前でこそ何とか隠しきれているが、その手に持つ袋の中に仕舞われたグッズは、今日発売の新作ブロマイド(有馬かな)だし、子役時代に歌ったとされるCDも何とか手に入れようと奮闘していた。なお、新生B小町に移籍して、自己紹介動画で歌ったところ、過去のCDは高騰し、フリマアプリでは元の数倍の値段で取引されていた。なお、最終的には在庫ごと権利を苺プロが買い取っていたため、ミヤコに懇願して、ようやく入手できたようだ。

 

「それがいいんだよ!」

「いいのか……」

 

 オタクというのはよくわからないが、おそらく、この調子だとカバーで新生B小町バージョンが出てもちゃんとCDを買うのだろう。

 

「それに、今日は二人っきりってわけじゃないしな」

 

 そういうと後ろからついてくる三人に振り返って目を向けた。

 

「アクアは私たちも忘れないでほしいかな」

「もう、アクアったら、あかねちゃんとばっかり話して! お姉ちゃんを放っておくな!」

「ウチもいるで」

 

 そこにはフリル、アイ、みなみの三人がB小町Tシャツを着て悠然と立っていた。今日の合同ライブの開始時間まではまだあるため、問題ないのだが、ここまでトリのアイドルユニットのファンです、と主張するのはどうなのだろうか。

 いや、それ以前にフリルとアイが並んで立っているだけでぽっかりと空間ができている。ほかのライブに来た観客は遠巻きに見ているだけだった。

 

「だいたい、チケットを融通してくれたのはアクアなのにね?」

「ルビーが話をしてる時に、あれだけ行きたそうにしてたら誘うぞ」

 

 現在、新生B小町のライブチケットは、JIFの影響もありプレミアチケットと化していた。アクアが融通したのは事務所に割り振られた関係者用のチケットだ。通常はそのほかにも一般客に売るチケットも割り当てられるのだが、参加するだけで即座に完売するのだから、今回の合同ライブではその分の割り当てはなかった。

 

 フリルへチケットを融通したのは、今度のライブをあかねと行くという話を聞いたルビーがアクアに真偽を確かめようと寄りにもよって昼ご飯を食べている最中に確認したからだ。先ほど述べた通り、今から新生B小町のライブチケットを取ろうとした場合、プレミアム化されており、購入は難しくなっていた。だが、アクアには事務所に割り当てられる関係者チケットがあり、ルビーの話を聞いたフリルが行きたそうにしていたため、その眼力に負けて融通したのだった。なお、みなみは、ならウチもルビーちゃん見に行きたい、と便乗し、アイは仕事が空けば、基本的には参加しているためである。

 

「あ、そうだ。アクア、新生B小町のライブに来た写真撮るから構えて」

「アクア、私も私も」

「アクアくん、『今ガチ』の証拠写真だから」

 

 それぞれが写真を求めてくるが、頭を抱えて一言言った。

 

「それぞれじゃなくて、集合写真でよくね?」

「「「ダメ」」」

 

 結局、三人ともそれぞれツーショットで撮ることになった。あかねは、一応『今ガチ』タグで投稿が必要だからわかるのだが、アイとフリルがそれぞれ必要な理由がよく分からない。もっとも、フリルはいつも通り、番組宣伝も含めてタグを打つだろうし、アイは単純に二人がツーショットなのが羨ましかっただけだろう。義妹()のライブに義弟(息子)とツーショットとは家族写真以外には役に立たなさそうであるが。

 

「それで、何時に投稿する?」

「私は、今すぐ!」

「じゃ、私は30分後」

「え? じゃ、私は一時間後かな?」

「待て」

 

 フリルとアイとあかねがそれぞれ投稿しようとしている時間を決めようとしているが、時間差があった場合、それぞれ二人で来たような印象を与えてしまうではないか。せめて同じ時間に投稿してほしいと願い、何とか根負けしてくれて、同時刻に投稿となった。もしも、ライブの時間が近づいていなかったら、アクアのほうが説得されたかもしれないが。

 

「なあ、ウチもアクア兄さんと二人で撮った方がええやろか?」

「さすがに、全員で撮ろうな」

 

 

 

 

「アクア、そういえば、私、今日はオタ芸やろうと思う。もちろん、黄色のサイリウムオンリーで」

「……なんでフリルは今日、俺の頭を悩ませることばかりするんだ?」

 

 アクアの指摘によく意味が分からない、と小首をかしげるフリル。そんなあざとい態度も国民的美少女がやれば、破壊力は抜群だったが、よくする態度であったため、アクアにダメージはほぼない。

 

「あ、懐かしいな! 私も覚えてるからやろうかな。もちろん、私はルビーの赤で!」

 

 そこにさらに問題をややこしくするアイが加わる。さらにそれで意気投合したのか、アイとフリルがそれぞれ動きを確認していた。歌って踊れるマルチタレントなだけあってフリルも切れのある動きでオタ芸を見せており、アイもさすがドーム公演まで行った元アイドル。しかも、そのオタ芸を何千人とやっているのを目撃している伝説だ。自分の動きにするのも問題なさそうだった。

 

「いや、普通に観ろよ」

「前回のJIFだとさすがに邪魔かな、と思った。でも、今日は特等席だから」

「まだファンクラブが正式にできてないからね。できるのは私たちだけ?」

「いいですね」

 

 きゃっきゃっとファンのようにはしゃぐ二人を見て、アクアは頭どころか、今度は胃も痛くなってきた。アイの言動には赤子の頃からの付き合いで慣れていたつもりだったが、ルビーがアイドル活動するようになってから、本当のアイドルオタクのような言動でアクアの頭と胃にダメージを与えてくる。壱護とミヤコは幼少のころからこれに付き合っているのか、と思うと今度労わる何かをプレゼントしようと思った。

 

 さらに、問題なのは二人のオタ芸をそのまま放置した場合、目立つのが赤と黄色だけということになる。それを見たときのかなの心情と周囲が感じることを思えば、アクアに取れる選択肢は一つしかなかった。

 

「あかね、すまない。白のサイリウム貸してくれないか?」

「え? アクアくん、もしかして、オタ芸できるの?」

 

 あかねの意外、という表情が胸に痛い。だが、それぞれの色を一本ずつしかもっていないのだから、あかねに借りるしかないのだから仕方ない。代わりに使わない赤と黄色のサイリウムを渡して、はぁ、と溜息を吐きながら道化になる覚悟を決めるのだった。

 

 

 

「寿? 何か問題あるのか?」

「ん、ちょっとな」

 

 受付の時間になったので、ステージへと移動しようと地下階段を下りている最中、前を歩くみなみの様子がおかしいことに気づいた。地下ステージのため、やや薄暗くて慎重になるのは分かるが、それでも怯えすぎというぐらいにびくびくしている。歩く速度自体は下で受付をしている都合上、ゆっくりでも問題ない。ただ、一歩一歩がやたらと怯えているのが気になった。

 

 みなみはやや言いにくそうだったが、数歩進んでさらに下があることに怖気づいたのか、ちょいちょいとアクアを呼んでいた。それに応えるように顔を近づけて、内緒話をするように手の平を立てたので、少し屈んで耳を近づけると、恥ずかしそうに頬を赤くして小声でアクアに怯えている原因を伝えた。

 

「胸で足元がみえへんねん」

「―――っ!?」

 

 思わずみなみの顔とその凶悪な胸部装甲に目が行き来してしまうと同時になるほどと思ってしまった。普通の服であればもう少し締め付けられたであろうが、今日はB小町Tシャツだ。圧迫するにはやや物足りない。確かに、ライブステージへの入り口につながるためか照明は最小限で下り階段。足元が見えないのは恐怖だろう。しかも、やや作りが古いのか手すりもない。壁に手を当てているが、転んだ時に掴まれるか、というと無理だ。しかも、あと少しなら我慢もできようが、下に降りるのはまだ先の話のようだ。

 

「はぁ……掴まれよ」

 

 横幅の狭い階段ではあるが、かろうじて二人並ぶことができる。一段降りてみなみに手すり代わりに腕を差し出す。ようやく安心できる環境ができたと思ったのか、みなみの顔がぱぁと明るくなる。そして、アクアの差し出された腕に抱き着いてきた。

 

「うぐっ!?」

「アクア兄さん、どないしたん?」

「い、いや、何でもない」

 

 せいぜい、少し絡める程度だと思っていたので驚いた。しかも、腕から伝わる柔らかくて温かい感触。なんとも異性を感じる感触だった。以前、抱き着いた方がええやろか? と、戯言を言っていたが、もしも、実現していたら表情を変えないことに耐えきれる自信がなかった。今は腕だけだから何とかなっているが。

 

 そこからは一歩ずつ歩調を合わせて階段を降り、階段を降り終わるまでアクアは天国のような地獄のような時間を味わうのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「先輩、初めてのセンターだけど大丈夫?」

「あんたね、私が何年、この業界にいると思ってんのよ。楽勝よ、楽勝……今日の新曲発表に比べればね」

「ああ、やっぱりかなちゃんの傷なんだ……私は好きだけどな」

 

 出番ギリギリの舞台裏でいつものアイドル衣装に着替えた新生B小町の三人が出番前の軽い掛け合いをやっていた。緊張しすぎないように、という感じだが、いい加減、この出番直前の緊張感にも慣れてきた頃だ。撮影とは違う緊張感にドキドキはするものの緊張はしない。むしろ、この後の自分が求めていたものが手に入る感覚は、アイドルをごり押しされたとはいえ、結構好きだった。

 

「新生B小町さん出番です」

「「「はい!」」」

 

 スタッフから声を掛けられ、前のグループが掃けたステージへと上がる。ステージからは赤、黄色、白のサイリウムが歓声と一緒に振られている。目測ではやや白が多いか。今日の煽り文句として『有馬かな初センター、新曲も初披露!』と煽られていたのだからかなのファンが少なかったら悲しいところだ。

 

「みんな! 今日は来てくれてありがとう! 一曲目はこの曲! 『STAR☆T☆RAIN』!」

 

 MCはセンターだが、一曲目は手短に。そして、始まるイントロ。そこからはいつものように歌って踊って、笑顔と愛を振りまくアイドルのお仕事。ファンの反応はやはりかながセンターであるため目新しいのかいつもとは異なる。だが、それは嫌悪というより物珍しさが加えられているという程度で、違和感はない。

 

 あっという間に一曲目が終わり、いつものように少し煽った後に二曲目『サインはB』のイントロが流れ始める。序盤はいつも通りだ。かながセンターであるだけで動きは変わらない。練習通りに歌って踊れている。ルビーもいつも通り笑顔だし、メムのファンサービスによる手の振りやウインクなどもいつも通りだ。異変は、サビに入ろうかというところで起こった。

 

 関係者席の一角、不意にサイリウムの動きがほかのファンとは異なる動きをしたかと思うと、赤と黄色と白のサイリウムが曲に合わせて切れよく踊り始めた。かなも昔のB小町のライブ映像で見たことがあるオタ芸と言われるものだった。しかも、それを踊っているのが……

 

「(し、不知火フリル!? アイさん!? そして、ア、アクア!? あんたたち何やってるのよ!?)」

 

 日本芸能界の有名人たちがデビューしたばかりのアイドルライブでオタ芸を披露するという非現実的な光景だった。正直、笑わなかったのを褒めてほしいぐらいだ。ルビー、メムにも視線を向けてみるが何とも言えない表情をしていた。今は気づいているのは一部のファンだけだが、さざ波のように広がっていくだろう。だが、かなからできることはなくいつものように歌うしかない。

 

 ただ、一方で、振られているサイリウムが赤はアイ、黄色はフリル、白はアクア。特にアクアは箱推しとばかりに三色持つのが常だったため、白だけもっている状況は初めてだった。

 

 いや、かなとて、この状況でアクアが白だけを選んだというのは都合のいい解釈だと思っている。おそらく、あの男の事だから、白だけないとかなが不憫だから、とかそんな理由なのは分かっている。だが、アクアが単推しのように白だけのサイリウムを振ってオタ芸を披露している光景は、正直気分がよかった。JIFで『アンタのそのサイリウム、全部、真っ白にしてあげるんだから!』という願いが叶った様で、嬉しさが自然とこみあげてくる。

 

 さらに気分が乗ったかながそのままパフォーマンスも上げていく一方、アクアから少し離れたところで、本当の単推しであるあかねが、両手の白いサイリウムを力強く振っている内心で「かなちゃぁぁぁん!」と連呼して、あらぶっていたことには気づかなかった。今のかなには無表情で、白いサイリウムを軽快に振るアクアしか見えていないのであった。

 

 そして、『サインはB』も、終わった後、今日のメインとなる曲のイントロが流れる。

 

「今日、初披露となる曲です。過去に私が歌った曲―――『Full moon B小町 Arrange Ver.』

 

 アクアの疑似有馬かな単推しの効果もあり、いつもよりもパフォーマンスの上がったかなが歌い上げた楽曲は、過去の黒歴史を洗い流すほどの歓声で幕を閉じるのだった。

 

 

 

追記1

 このライブでの『不知火フリル』『アイ』『星野アクア』のオタ芸は当然のようにSNSに投稿され、バズった。しかも、笑顔で踊るフリルとアイに対して、無表情で踊るアクアが比較されていた。ただ、いやいやというか、笑顔で踊って本心ととられるのが嫌なのだろうという意見も多かった。

 

追記2

 かなは、バズった動画と感想を見て、『星野アクアがかなちゃん単推しになった!』というコメントにひたすらいいねを押した。

 

追記3

 当然、フリルとアイとアクアは各事務所に怒られ、反省文を出したが『推しのライブで調子に乗りました。申し訳ありません。でも、後悔してません』というコメントを残し、またバズった。なお、アクアは『押し切られました』とフリルとアイに責任をなすりつけることでSNS上からは何とか逃げ切った。

 

 

 

 





はい、JIFではなかったですがライブでのオタ芸(フリル+アイ+アクア)でした。なんか名前だけですごいな。
サイリウムはそれぞれ黄色、赤、白できれいに分かれるようにアクアが頑張りました。お互いに胃痛と頭痛を与えあう美しい親子愛ですね。


誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。
時々、同じ個所を数名の方から指摘いただいて、二人目以降を取り消しております。申し訳ありません。

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