星の子たちにハッピーエンドを   作:天凪

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星野瑠美衣の歓喜

 

 

「も~~! Nステもうはじまってるじゃん! どうして起こしてくれなかったの!?」

 

 今世、星野瑠美衣は幸せ絶頂の中にあった。

 前世、と呼んでいいのか彼女にはわからない。大好きなせんせと最期の言葉を交わして気が付けば、目の前に推しがいて、自分がその娘だと理解したら、そのあとは大好きなせんせが目の前にいたのだから。幸せの三段跳びのようなものだ。

 もっとも、その大好きなせんせとは数週間で別れてしまったのだが。いくら別れを惜しんでも赤子の身では限界がある。

 

 ただ、せんせは年に一回は東京に来ているらしく、その時は会うことを約束してくれた。本当はずっといたいのだが、それは16歳以降の時に備えて今は最推しだったアイの娘という立場だけで我慢するつもりだ。それに吾郎とはどうやら頻繁に電話でアイも斉藤夫妻もやりとりしているようで、そこに割って入ることもある。

 

 なお、他人が聞けば、どれか一つで我慢しとけよ、という突っ込みが入ることは間違いない。

 

 自由の利かなかった、またずっと一人だった前世に比べれば、今世は天国だ。ただ一つ、本当に不満があるとすれば……

 

「俺は何度か起こしたぞ」

 

「え……マジ?」

 

 この双子の妹に冷たい兄の存在であった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 星野アクアにとって吾郎医師の勤務していた宮崎から東京へ移動した後、本格的な赤子生活が始まった。

 なお、ルビーとの転生者としての認識合わせは引っ越してきてからすぐに終わっている。

 

 赤子という身分は非常に不便だ。生活のすべてを大人に頼らなければならない。普通の赤子であれば問題ないだろう。だが、アクアは大人の知見を持つ赤子という非常に矛盾した存在だ。恥という概念も持っている。ある意味、ルビーのように開き直れればいいのだが、そこは確かな性差と年齢差が生じている。

 

 介護されているとして受け入れるほかないだろう、ともはや諦観の域である。

 

 ただし、その恥を除けば、赤子の生活というのは楽だ。働く必要はなく、考える必要はなく、ただ甘えるだけ。ただし、星野アイという16歳アイドルにして二児の母という禁忌合成したような存在は、その秘密度の高さに比べて、相当天然が入っているので、赤子として甘えるだけではダメだった。

 

 また、育成環境もあまりよくない。普通の子育てであれば、実家を頼る、行政を頼る、ベビーシッターを頼るなどの手段が取れただろう。だが、前述したように双子の存在は最高機密に近い存在だ。どこからか情報が洩れようものなら周囲も巻き込んで盛大に破滅することは間違いない。ゆえに生まれた最悪のワンオペ育児という環境。それも自分の子なら耐えられるかもしれないが、残念ながらよそ様の子である。

 

 静かに用意された絵本を読みながら横目でルビーのおむつを替えている斉藤夫人(斉藤ミヤコ)の顔を見れば、育児疲れが見て取れた。さもありなん、とアクアは思う。慣れない育児、しかも、事務所の期待の星とはいえ、他人の子供だ。さらに、ミヤコ自身に子育てした経験もない。なんの罰ゲームかな?

 そう考えると同時にそろそろかな? とも思っていた。原作でも発生していたミヤコわからせ案件だ。これがなければ外出の自由も得られないので、アクアも特にルビーの行動を制限することなく見捨てていた。

 

 ルビーのおしめを替えた後にのっそりと起き上がるとミヤコ自身が現状について自問自答し始める。それを冷たい目で見つめるアクアと「はぁ? ママに尽くせるのは幸福以外のなんでもないでしょ?」などとアイ推しドルオタの鑑とも言える言動をしているルビー。どちらに正当性があるかは明らかだ。

 

 芸能事務所の社長夫人の仕事としてさすがに所属アイドルの子育ては入っていないだろう。理不尽といえば理不尽。だが、アクアとしては耐えてもらわなければならない。

 そもそも、この時のために今までのルビーの行動も制止しなかったし、アクアも特に遠慮しなかった。

 

 自問自答が終わったミヤコは自暴自棄になったようにアクアとルビーの母子手帳を引き出しから取り出すとスマホで写真を撮り始めた。売れる、このお金で……などと不穏なことを呟きながら。まあ、仕方ないよね、で放置していたアクアとしても不憫な、と思うほどである。

 

 冷静でいられるのはこれをしているアクアだけだ。もう一人の当事者であるルビーは冷静なアクアとは対照的にアクアの肩を揺らしながら慌てていた。

 

「どうすんの!? あいつ母子手帳をめっちゃ撮りはじめてるんだけど!?」

 

「俺にいい考えがある」

 

 といっても内容は原作のそのままだ。奇しくも五反田監督が言っていた年齢と態度のアンバランスさが醸し出す不気味さ―――話の内容としては神々しさなのだが―――がさらに説得力を与える内容だ。

 

「我らは天の使いである」

 

 こういうのは恥ずかしがったほうが負けである。なにより、アクアとしてもここを乗り越えないといきなり詰むのである意味必死に演技する。大丈夫、血筋としても嘘をつくことは得意なはずだ。

 なにより、演技が下手であったとしても、赤子が話す時点で常人には受け入れがたいであろう。もっとも、アクアとしても赤子の身でいくら知識があろうともある程度流暢に話せているのは疑問なのだが、現状自体がオカルト要素なので気にしないことにしている。

 

 お告げは続く。呆然と現状を受け入れられないような表情をしていたが、慌てて現実的な要素を探し出そうとしていた。ドッキリなんでしょ!? と必死さがにじみ出る声で周囲を見渡すが、当然何もない。今の事態をなかったことにしようとするように口を開かなかったルビーに手を伸ばそうとしていたが――――残念、それは悪手だ。なぜなら、本命はルビーなのだから。

 

「慎め、我はアマテラスの化身。貴様のいう神であるぞ」

 

 神を名乗るのは不遜だが、緊急事態ゆえに許してほしいものである。ルビーの声はアクアの素人じみたものとはまったく異なる。不気味さと神々しさが混在する声。これが入院していたただの少女だとすれば、もともとの天性の素質も十分だったのかもしれない。それに加えてアイの血とカミキヒカルの血である。十分すぎるスペックであった。

 

 へなへな、と倒れこむミヤコ。それを見たアクアは確信した。

 

 ―――堕ちたな。

 

 完全な大人の味方を手に入れたことを確認していた。

 

 

 

 

「これでよかったのかな……?」

 

 不安げに問いかけてくるルビー。一連の芝居が終わった後、ミヤコは上機嫌にはたきで掃除していた。イケメンと再婚って、その前に現夫の斉藤社長と離婚する必要があるんだが、とアクアは思ったが、まあ、こんな仕事を押し付けてくる夫だからな、と思い、あとは知らねと未来の自分に放り投げた。

 なお、撮っていた母子手帳の写真は削除させた。

 

「問題ない。なにより、俺達には大人の味方が必要だ。これである程度自由に外に出られるようになった」

 

「やった!」

 

 やはり室内だけでは退屈していたのだろう。いや、あの部屋だけが世界だったさりなとしても外に出られるのは嬉しいのかもしれない。原作だけの一方的な知識ではあるが、まあ、間違っていないだろう、と思っていた。

 

「それよりも、さっきの演技すごかったな。どこかでやってたのか?」

 

 暗い考えを振り払うようにあえて別の話題を振る。それは今まで考えたことなかったであろうルビーにあることを意識させるためだ。

 

「ううん、初めて」

「初めて? 学校で劇とかやらなかったのか?」

 

 わかっていて聞くのは意地が悪いと思いながら、そうか、と納得するのも違うよな、と思いながら会話を続ける。案の定、知られたくないことを聞かれた、といわんばかりにルビーの顔が曇る。

 

「私、ちょっと特殊なところで育ったから」

 

 ―――知ってる。

 

 だが、そのことを顔に出さず、アクアは言葉を続ける。彼女に意識させるための言葉だ。

 

「だったら、才能だな。将来は女優でも食っていけそうだが……将来について何か考えていることはあるのか?」

 

 原作なら、ここで「将来か……考えたことなかった」と悲しいことを呟くのだが、無理もない。彼女の前世の境遇を考えると、将来どころか明日すら危うい人生だったのだから。だからこそ、生まれ変わった―――しかも、推しのアイの娘として―――あとは人生を楽しむように生きていたのだろう。

 今のそのようにある程度誘導する必要がある。アイドル――――少なくとも芸能界に興味を持ってもらわなければならない。新生B小町はルビーが中心となるのだから。

 

 さて、どうやって誘導しようか、と考えているところにルビーの返事がある。しかも、思ってもみなかった方向から。

 

「うん! アイドルやって! せんせと結婚するの!!」

 

 まるでその将来を疑っていないような笑顔でルビーは、両手を挙げて答えていた。

 

 ――――えぇ………

 

 予想外の回答だった。しかも内容はそんな明るい表情でいうような内容ではない。

 

 アクアは原作知識に縛られているが、この世界では、すでにルビーとゴロー先生は再会している。そのため、彼女の中の願いは定まってしまっていたのだ。それは一途な願い。彼女の小さな世界の中で決して叶うことがないはずだった初恋。それを手に入れられるというのに願わない理由があるか? いや、ない。手のひらからするりと抜け落ちた未来が手に入れられるのだから。

 つまり、ルビー(さりな)の願いは、アイドルとなりせんせの推しとなって、結婚する、という人生設計だ。

 

「……せんせって、あの吾郎医師のことか?」

「うん!」

「あ~、なるほど。前世の知り合いか……」

 

 はっ、とした表情で思わずといった感じで口を抑えるが、もう遅いことはルビーも自覚していたようだ。

 

「れ、レディーに過去を尋ねるなんて無粋よ!」

「まぁ……前世の事は今さらだからいいんだが……それよりも、アイドルやって結婚って、そのころ、吾郎医師はもうアラフィフってレベルじゃないんだが……」

 

 最低でも20歳を超えてアイドル引退して結婚。25歳ぐらいで卒業して即結婚したとしても吾郎医師の年齢は56歳である。いや、世間様では皆無ではないのだろうが……

 

「え? 12歳からアイドルやって、16歳で結婚するよ?」

 

 コテンと何言ってるの? と言わんばかりにかわいい顔を傾げて地獄のようなことを口にするルビー。その純粋さにアクアは戦慄する。

 

 ――――こいつ、純粋さで吾郎医師を社会的に殺しにいってやがる。

 

「だって、アイだって、12歳でアイドルデビューして、16歳で私たちを産んだんだよ!」

 

 だからできるよね!? と一点の曇りもなく、逆に希望に満ち溢れた爛々(らんらん)と輝く星の瞳で見つめられて、アクアは、あ、こいつ本気だ、と思い知らされた。

 可能か、不可能か、でいえば、不可能とはいえない。ただ、一つ元医師として忠告するのであれば―――

 

「16歳で子供を産むのはやめたほうがいい。体ができていない可能性があるし、母親に危険がありすぎる。俺たちだって、帝王切開で生まれる可能性があったんだから」

「ふ~ん、そうなんだ。だったら、何歳ならいいの?」

「個人によるとしか言えないが……20歳ぐらいなら大丈夫なんじゃないか?」

「じゃあ、子供を産むのは20歳だね」

 

 にぱっ! とあっさりと計画を付け加えるルビー。16歳で結婚するという計画には変更がないらしい。危険性だけ説いたが、結婚という一線は変えられないらしい。そもそも、吾郎医師は「本気で返事する」とは言っていたが、「結婚する」とは言っていなかった気がする。それは、さりなが12歳であるがゆえの慰めなのか、16歳になれば、間違いなく結婚してくれるという信頼なのか。

 

 ―――これ以上は悪手か。

 

 と計画の変更はいったん棚上げにした。16歳というのはルビーの計画上結婚となるが、原作では新生B小町のデビュー時期だ。そもそも、このままアイが死ななかった場合、新生B小町もどうなるかよくわからないのだが……そのあたりは注視する必要があるだろう。

 

「わかった、わかった。反対はしないが、吾郎医師の意見も尊重してやれよ」

「大丈夫だよ! せんせだもん!」

 

 絶対的な信頼で吾郎医師の地獄への道を舗装しようとしているルビー。地獄への道は善意でできている、だっただろうか。なぜ、今世はルビーとして生きている彼女が吾郎医師のことを信頼できるのか? と一抹の不安を抱くのだが、その答えは少し考えればわかった。彼女がルビーと吾郎で考えるからだ。さりなと吾郎として考えれば、十分にありうる事態だった。

 ならば、一つだけ年上の男として釘を刺しておこう。なにより、ルビーの考え通りに強制的に進められると原作崩壊もいいところである。

 

「はぁ、それはともかく前世がどういう関係か知らないが、結婚まで考えているなら容易に明かさないことだな」

「はぁ!? なんで!?」

 

 不安は的中していた。

 

 ―――こいつ、喋れるようになったら速攻で吾郎医師に伝えるつもりだったな?

 

「いいか、認識というのは大事だ。仮にこの赤子の状態で前世を伝えて、納得してもらったとしよう……なら、お前の想定している未来はほぼない」

「そんなことない! せんせはロリコンだもん!」

 

 ひどい風評被害だ。

 

「……いや、そうじゃなくて、赤子のころから前世の人物と認識していたら、その瞬間からお前はルビーであり、前世の誰かになる」

 

 さりなという名前を出さないようにして言葉を続ける。その忠告が正しいと思っているかどうかは別にして、聞く価値はあると思っているのか、ルビーは否定することもなく聞いていた。

 

「確かに吾郎医師は真摯になってくれるだろう。もしかしたら、何かのイベントごとに来てくれるようになるかもしれない。だが、幼少期のころからその認識を一緒にした場合、お前の立ち位置は彼女でも奥さんでもなく、ただの娘だよ」

 

 なお、吾郎は父親的ポジションになる。母親はアイかな?

 

 え!? まさか、という顔しているが、当たり前だ。幼少期のころに生まれ変わりとしてさりなを認識した場合、吾郎はさりなとしてルビーを扱うだろう。名前はともかく、内心の認識はそうなるに違いない。原作のアクアでさえも、そうであればよいであの世話を焼いていたのだから。

 

「要するにルビーから、ルビー兼前世と認識させるタイミングが重要だ。遅ければ遅いほど、その年齢からの認識にすり替わる。それまでは、アイの娘として子供らしくしているのが多分、一番好感度が稼げるはずだ」

 

 ふんふん、とわかっているのか、わかっていないのか聞いているルビー。おそらく病室はこんな話はしないはずなので、新事実に本当かどうかわからないのだろう。

 

「お前が約束していた16歳と同時に伝えるのはどうだ? そこまでこだわるには何か大切なことを約束したんだろう? その年齢と同じタイミングで前世の誰かと認識を一緒にすれば、そのドラマチックな内容と相まって、相当な衝撃を与えられるはずだ」

 

 つまり、吊り橋効果である。実現するはずがない死者の再会と前世からの約束という感情をぐちゃぐちゃにする爆弾を連続で投下する。

 アクアにとってそれはあくまで原作を守るための言動だったが、どう考えても舗装された道をさらにローマンコンクリートでさらに舗装するような言葉だった。

 

 一方のルビーは、アクアの言葉に目を輝かせていた。

 彼女にとっては病室の小さな世界とその中に設置された小さなテレビだけが世界だった。アイドルの番組も見ていたと思うが、それ以外にドラマも見ていたはずだ。ならば、ドラマチックという言葉には弱いと考えていたが、どうやら間違いないようだった。

 

「うん! そうする! せんせもこれでイチコロだね!」

「ああ……そうだな」

 

 成功した時の社会的な立場を考えるとそこに引き込んだアクアとしても胃痛がするのだが、仕方ない犠牲だ。吾郎医師としても二回り以上歳下の奥さんがもらえるんだ。文句はないだろう。しかも、アイドルとして活躍していれば推しが奥さんになるのだ。ドルオタ冥利に尽きるだろうよ。

 なお、義理の母は一回り下の患者であり、奥さんは生まれた時を見ているという地獄のような家族構成になってしまうのだが。

 

 ――――すまない、吾郎医師。ご祝儀は弾むから……

 

 嬉しそうにするルビーをしり目に心の中でアクアは手を合わせた。十年以上先の話だが、なぜかこの計画はうまくいく気がしてならない。それが世界の選択なのか?

 

 はぁ、と小さくため息をついているとルビーが今までの嬉しそうな顔とは別に何か言いづらそうな表情をしながら、もじもじとした後に、えいやといわんばかりに口を開いた。

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

「………ああ」

 

 少なくとも自分は正真正銘の赤の他人だが、これから兄妹やっていくんだ。せいぜい、楽しくやろう。

 

 

 





今回はルビーの話でした。目の前に吾郎がいた場合、さりなバレをさせないための策略です。
再会した際にさりなの話はしない、というのは話の流れ的にありなのですが、理由付けが必要かな、と思って差し込みました。

あと、この話の方針としては原作通りのところはわりとスキップしたいと思います。
もしよろしければ、感想、評価よろしくお願いします。一言でも頂ければ幸いです。


星野瑠美衣(ほしのるびー)
・天童寺さりなの生まれ変わり。
・生まれた瞬間、せんせと再会して一気にアイドル熱と結婚熱が高まった。
・なお、現時点で子供が生まれるような行為は知らない無垢である。
・アクアの入れ知恵により、せんせと結婚する計画を立てた。
・なお、吾郎へは地獄への道がローマコンクリート並みに硬い道で舗装され、なんなら外堀まで埋まっている
・おそらく、今、一番いい空気を吸ってる
・今回のことで兄への評価がやや改善した。
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