「金ちゃん、どうよ? 東ブレの舞台は? 僕が見たところ、下手な子はいなさそうだったけど」
「まあ、鏑木は、他所へ人を送るときは手堅い人選するからな。舞台としてはほぼ間違いないだろうよ」
雷田と金田一は本読みが終わった後、近くの居酒屋で飲みに行っていた。そこで、今日の顔合わせと読み合わせの認識合わせをしていた。
「それに、姫川と星野がいる……というか、この予算でよく星野も釣れたな。しかも、原作者と脚本家の橋渡しまでして。まあ、そのせいで尖ったもんになっちまったが、演出家としては面白い舞台になりそうだと期待できるがよ」
「まあ、有馬ちゃんとあかねちゃんがいるからねぇ……」
雷田は内情を思い出し、思わず遠い目をしてしまった。もともとはアクアへのオファーは原作者のアビ子からの要望だった。最大限の出演料は配慮したが、それだけで釣れるような役者ではない。姫川はララライの所属なので、そのあたりは金田一の胸三寸だ。
「あ? どういう言う意味だ?」
「どうも、あの二人、アクア君のこれらしいんよねぇ」
「ぶっ!? げほげほげほ」
少し古臭い仕草かもしれないが、雷田は小指を立ててアクアとあかね、かなの関係性を示す。その仕草を雷田よりも年上の金田一は正しく理解できる。できてしまう。思わず、飲んでいた酒でむせるほどには。
「は、はぁ? ふ、二人って、有馬もあかねもか!?」
「少し気になって、鏑木ちゃんに聞いたら、有馬ちゃんは『今日あま』の時からで、あかねちゃんは『今ガチ』の時かららしいよ」
実は、他にも候補がいることも言いたそうだったが、これ以上、藪蛇にならないように雷田は鏑木からの情報に耳をふさいだ。だから、もしかしたら、ほかの女性もいるかもしれないが、雷田は知らない。知らないことにした。
「はぁ~、マジか……今日の読み合わせの時、最後に有馬と星野が痴話喧嘩しているのは聞いたが、あかねはそれを笑って見てたから気づかなかったぞ……」
「う~ん、よほど転がし方がうまいんだろうねぇ」
雷田としては、もはやヤケだった。そして、それを聞いた金田一は複雑そうな表情をしていた。彼からしてみれば、一番年下のあかねは娘のようなものである。それが―――という感情ももちろんある。だが、それ以上に、星野アクアを見ていると、さらに、二人の状況を聞くと嫌でも思い出してしまう。過去の醜聞を。
「あれ? 金ちゃん、やっぱり心配? アクア君なら大丈夫! そう信じないと僕の胃がもたないからねぇ……」
「いや、そうじゃない……いや、心配は心配だが、今日見た限りでは問題なさそうだ」
「何か別に心配事があるのかい?」
「いや、ただ、星野を見ていると思い出すのさ」
その苦い思い出を飲み干す様に一気に酒の入ったコップを傾ける。
「ちょうど、星野が生まれた頃に死んだ若き天才を、な」
※ ※ ※
「それで、二人はどこまでいったのかな?」
「いきなりなんですか?」
早くもお酒が入っているのか、『渋谷クラスタ』のご飯会はメインであったはずの『東京ブレイド』の演劇の話から脱線し、『今ガチ』のほうへとシフトしてしまった。もっとも、それも無理はない。仮に鴨志田がいれば、『今ガチ』の話に広がることはなかっただろうが、ここにいるのは、アクア、あかね、めい、こゆきなのだから。あの時、今ガチに出演した役者と協力者が集まれば、こちらに話に向いても無理はない。
「いや、私たちとしても過去の遺物を提供したわけで、続きが気になるんだよ~!」
「SNSに載せているのが全部です」
めいとこゆきの問いにそっけなく答えるアクア。もっとも、恋愛事情など誰も探られたくはないだろう。さらに、アクアとあかねは正式に付き合っている彼氏、彼女でもない。友達の延長線上なのだから。
「嘘だ~、あんな喫茶店やらに行ってツーショット撮ってるだけなんて、まったく成長してないじゃん。恋愛教室どこいった?」
「いえ、あの……それが本当なんです」
恐縮する形であかねが答える。あかねとしても、不甲斐ないと思うべきなのか、それ以上の関係は難しいと思うべきなのか分からない。ただ、協力してもらった二人に対して指摘されると恐縮するしかなかった。
「はぁ~、どっかの喫茶店でツーショットだけなんて、そこら辺の小学生のほうがマシな恋愛していると思うよ?」
「そうだ、そうだ! ディズニーの制服デートも、カラオケデートもないなんて、高校生をバカにしてるのか~!?」
はっ! という感じであかねが反応し、いつも持っているメモ帳に二人の意見を書き加える。さすがのあかねもSNSに上げるネタに苦しかったのかもしれない。義務感レベルだったからなぁ、と思うアクア。しかし、新しいアイディアをもらったという様子のアクアとあかねの様子に心底驚いたのはむしろ、めいとこゆきである。
「え? 本当に恋人つなぎしたり、ハグしたり、キスしたりしてないの?」
その言葉にコクリ、と頷くしかないアクアとあかね。はぁ~、と呆れたように吐かれる溜息がアクアとあかねにダメージを与える。
「あなたたちの関係は、本当に『今ガチ』ありきだったのね。分かったわ。だったら、私たちが見てるからハグしなさい」
「「へ?」」
「へ? じゃないわ。『今ガチ』がきっかけで事態が進展していたなら、今の停滞はきっかけがないからよ。だから、私たちがそのきっかけとなるわ!」
堂々とした宣言だった。片手に酒の入ったコップを持っていなければ、だが。しかし、こゆきの言いたいことも分かる。毎回、同じことでは飽きられることは明白だ。だから、無理やりにでも別の事で進展させる必要があった。そのきっかけは彼女たちから提供された悲しい過去を持った遺物であったが。
「いや、だが、人前では―――あかね?」
「え? どうしたの? アクアくん」
人前でそんなことはできない、と拒否しようとしたアクアだったが、あかねはというと腕を広げてアクアが抱き着いてくるのを待っている様子だった。
「まったく、役者が人前でラブシーン拒否してどうするのさ!」
いつの間にかアクアの背後に回っていたのだろう。ドン、とアクアをあかねのほうに突き出すと、アクアも突然のことでバランスを崩し、あかねのほうに倒れこんでしまう。ちょっとあかねが近づき、受け入れるようにアクアを抱きしめると、それはハグというよりも、あかねの胸にアクアが抱き着く様な格好になってしまった。服の上からでも分かる暖かくて、柔らかい感触。ドクン、ドクンと心臓の音がしており、昔、幼いころに
「アクアくん、どうかな?」
「………なんというか、落ち着く?」
「そ、そうなんだ」
あかねとしてはアクアが女性として意識してくれることを望んだのだろうが、アクアの声色を聞けば、その言葉が照れ隠しではないことが分かる。確かに、抱き着くことによって落ち着く効果もあるというが、そこまでの母性はないとあかねは思っている。これはまだアクアの感覚が幼いからだろうか、とあかねが思考していると、カシャカシャカシャとスマホのシャッターが切られた音がした。
「うんうん、今日の恋愛教室の写真はこれで確定だね!」
「いや~、これは盛り上がるね! ほかの二人にも共有しないと」
アクアとあかねのハグシーンをおそらく『今ガチ』で同じように遺物を提供したメンバーと共有しようとしているめいとこゆき。それに慌てるのはアクアだ。せっかく、今までの画像は差し障りない程度に押さえてきたのに、一足飛びにハグの画像なんかを投稿した場合、どんな反応があるか分からない。もっとも、マンネリ化しているというのはコメントにもあったので、一気に炎上する可能性もある。
「大丈夫。これがやらせってことぐらい分かるし、そんな冗談が通じない奴は無視で大丈夫だよ」
そう言って見せてきたスマホには、あかねに抱きつく、というよりもあかねに抱っこされて安らかな顔になっているアクアの写真があった。恋人同士というよりも、親子という感じだ。なるほど、まったく恋人関係に見えないハグというのも珍しいが、これならば炎上しないだろうとアクアは思った。
「ただ、まぁ、老婆心ながら言わせてもらえば、君たちはもう少し真面目にキスなんかについて考えたほうがいいと思うけどね」
「どういう意味ですか?」
突然、真面目になったこゆきからの忠告にあかねが不可解そうな顔をする。それはアクアも一緒だ。今悩んでいる恋人関係のある意味、到達点についていきなり考えろと言われても、という感じだった。
「あかねもアクア君も女優で俳優だ。しかも、とびっきりの。だったら、演技の中でキスシーンが求められる時も近いんじゃない?」
「それは……」
こゆきの指摘にアクアもあかねも言葉がでなかった。そもそも、建前とはいえ、恋愛経験をするという名目で関係を続けているが、そもそもの目的はその恋愛経験をどのように演技に生かすか、だ。だが、それを学ぶ前に求められるシーンが出てくるかもしれない、とこゆきはいう。
「えっと、こゆきさんとめいさんは、あるんですか? キスシーンを演じたこと」
あかねが意を決する感じでこゆきとめいに聞くが、彼女たちは顔を見合わせて笑った。
「あのね、演劇でもドラマでもそんなシーンがあるのは主演級だけなの。助演級の役にはないの。だから、あなたたちには言ってる。あかねもこのまま映像系にも出れば、主演級が貰えるし、アクア君はもうすでに主演級を演じてる。ほら、今期のドラマ―――続きがあれば、不知火フリルとのキスシーンだってあるでしょ?」
「……は?」
思わず、といった感じで声を出すアクアに対して、ばっ、とアクアの顔をうかがうあかね。だが、アクアが浮かべていたのは、まさか、という驚きの表情とやがて原作とドラマの進み具合を計算したのか、あ、やべっ、という表情だった。なお、ドラマの尺と原作を計算した場合、おそらくキスシーンは最終回になる模様。ならなかったとしても盛り上がるシーンを最後にするためにストーリーの入れ替えぐらいはする。
「だから、割り切れていないなら、ちゃんと考えなよ。若者たち!」
乾杯っ! 全然関係ないのにグラスを合わせるこゆきとめい。それは、悩める二人への激励でもあり、そんな役を貰える二人への羨ましさだったりを内包した複雑なものだった。
「キスシーン、か」
アクアは帰りのタクシーの中で真面目に悩んでいた。今までは恋愛の演技をどうするか? と半ばネタのように考えていた。もしも、あったとしてもずっと先だと。だが、今日のこゆきの言葉で気づいた。意外とそれを演じる時は近いのかもしれない、と。だが、今のままで演じられるだろうか? と聞かれれば、たぶん、おそらく? としか言えない。少なくとも素人演技にはなってしまうだろう。もっとも、センシティブであるため、ある程度で許されるかもしれないが、アクアにも役者としてのプライドがあった。
さて、どうしたものか、と考える。このままあかねと『今ガチ』の延長線上で続けても分かるかどうかは分からない。では、そのまま、分かるのを待つというのもあり得ない。ならば、その手の情報集めるために誰かに聞くというのが一番だと思うが、問題は誰に聞くか、である。
「あの、アクアくん。悩んでるところ申し訳ないんだけど、さっきのキスシーンの件、かなちゃんには聞かないでね」
「え? なんで?」
心底分からない、という感じで聞く。アクアにとってかなは最も身近で信頼できる役者の相談相手だ。もちろん、それはあかねも含まれるが、すでにあかねは恋愛演技での勉強という意味ではパートナーだから、改めて聞く必要はないと思っていた。
「はぁ、かなちゃんはアイドルなんだよ。もしも、かなちゃんがこのままドラマなんかに復帰したとしても、それは『アイドル』有馬かなとしてだよ。だったら、キスシーンがあるキャスティングなんてありえない。だから、かなちゃんはしばらくキスシーンがあるキャラについて考えなくていいんだよ」
「なるほど……」
アイドルである有馬かなに価値があってキャスティングされた場合、キスシーンがあるキャスティングは確かに致命的だ。何を求めて有馬かなをキャスティングした、と言われるし、作品は炎上するだろう。ルビー曰く、かなはこってりとしたオタクに人気らしいから。
「なら、フリルか?」
「アクアくん、私が言うのもなんだけど、頭大丈夫?」
おそらく、もっとも可能性が高い人物に「俺とのキスシーンがあったらどう思う?」と聞くアクアが容易に想像できて頭が痛くなるあかねだった。
※ ※ ※
「あかん! あかんて! ルビー!」
「え~、今日はせっかくみんなでご飯食べに行くんだから、これは、サプライズだよ!」
事前に聞いていた東京ブレイドの練習場所であるスタジオに突撃しようとしているルビーを引き留めるみなみ。彼女としては『キャノンファイア』の事務所がほかの現場に無断で行くことに厳しく、もしもバレた時の叱責が怖いものがあった。なお、男女交際については、反社会的(不倫、幼児など)な恋愛を除けば問題ない。そもそも、グラビアの表情で、「好きな男の子に向けるような笑顔」と指示がある現場で恋愛禁止とは、これ如何に? みなみも少し前まではその手の指示は苦手だったが、最近は美味しい店で奢ってくれる太っ腹な同級生が見つけられて大いに助かっている。その時、思い浮かべるのは美味しかった料理か、あるいは、食べるみなみを微笑ましい表情で見る彼か。
「あ! 『今日あま』のドラマに出ていた人だ」
押しとどめようとしたルビーに、練習スタジオへと向かおうとしている男性が目に留まったようだ。出てきた単語は、アクアと仲が良ければ、よく聞く『今日は甘口で』という異例のドラマの存在だ。確かにみなみにもルビーが指さした男性に見覚えがあった。『今日あま』で主演の主人公を演じていた役者だ。
「えっと、俺の事、知ってんの? ―――って! 新生B小町の星野ルビーじゃん!?」
「あ、私の事も知ってくれてるんですか?」
「いやいや、アクアさんのこと知ってて、妹のルビーさんの事知らないってあり得ないから」
どうやらお互いに別の意味で顔見知りだったらしい。確かにルビーの事も芸能界にいれば、知らない人のほうが珍しいのかもしれない。もっとも、彼の場合は、アクアが起点となっているようだが。
「って、寿さんも、この間ぶりです」
「あはは、久しぶりやな」
久しいといっていいほどの期間が空いたのかは謎だが、食事会―――フリル曰く合コン以来であることは間違いない。もっとも、先輩の上野クレハからは惚気のようなことを何度か聞かされているのが、みなみとしては少々恥ずかしい。なお、みなみはあの日、合コンに二人を誘ったことをかなりに恩に着られている。
「それで、二人は―――ああ、アクアさんに会いに来たんですか?」
「そうそう! 今日、この後ご飯食べに行く約束なんだ。だから、それまで稽古でも見学しようかな? って」
「なら、案内するよ。今は居残り稽古してるから」
どうやら、アクアも今日の食事会の事は忘れておらず、かといって、時間まで予定がないため稽古に時間を使っていたようだ。わぁ~い、と喜ぶルビーだったが、みなみとしては憂鬱だ。少なくとも容易に稽古場に入るわけにはいかない。事務所に発覚した時に何らかのペナルティーもあり得るからだ。
「ルビー、ウチはここで待っとるから」
「え~、うん……わかった。お兄ちゃんに会ったらすぐ戻ってくるから!」
少し不満そうだったが、事務所が厳しいことをさんざん言っていたことを思い出したのか、名残惜しそうにみなみを見るも、元々の目的を思い出して、一目見て戻ってくるという選択をしたルビー。こっちです、とメルトに案内されてルビーはスタジオの施設内へと消えていった。
「はぁ~」
そう言って、壁に寄りかかって空を見上げる。綿あめに似た雲が晴れた空を漂っていた。それから、どのくらいの時間、ルビーを待っただろうか。流れていく雲は今日の食事会の料理を彷彿させて飽きることがない。
「君……誰かの出待ち?」
「え? あ、いや……」
ぼぅ、と今日の料理について考えていたみなみは突然、壁の向こう側から声をかけられて、驚いてしまう。反応して、振り返ってみれば、そこにいたのは一人の見覚えのない男性が立っていた。アクアとはことなり髪を半分ぐらい金髪に染めたチャラそうな、みなみが苦手とする雰囲気の男性だった。
「え~、じゃあ、役者の子? 可愛いもんね」
「可愛いなんて、そんな……」
定型的な美麗賛辞。みなみとて何度も聞いたことがある。彼の言葉もそれだ。ただ、色がない。ただ当たり前に誰にでも言うように口にしただけ、という感じだ。このような男性はよく口にするのがみなみとしては、この手の言葉が苦手だった。なまじ、褒めているだけに邪険にするわけにはいかず、苦笑いだけで留める。
「どこの事務所?」
「『キャノンファイア』です」
苦手だったが、事務所まで聞かれれば思わず答えてしまう。キャノンファイアは特定の分野で大手だ。だから、これで引いてくれれば、と思ったのだが―――
「え? キャノファとか、笑う。俺、あそこに結構友達多いんだよね。ノノンとか上野クレハとか」
「あ~、先輩です」
とても最近縁のある先輩だった。もっとも、疑問に思うのは先輩たちと本当に目の前の彼と繋がりがあるかどうかだ。現に、先輩たちの名前を出すときに忌々しそうな声を若干していたような気がする。この間の合コン以降、みなみとアクア以外はお付き合いをしているような言動をしていたような気がする。なのに、目の前の男と関りがあるとは思えない。
「じゃあ、折角だし、今度、皆で遊ぼうよ。これ、俺のライン」
壁を乗り越えてきた男はそう言ってスマホを取り出した。みなみとしては、この手の男に連絡先をあまり交換したくはなかった。だからと言って、先輩たちと繋がりがある先輩を一方的に拒否するのも―――と、そう考えていた時、突然、肩がつかまれた。えっ!? と驚いて振り返ってみれば、そこにはいつも微笑ましそうにみなみの食べる姿を見ているアクアの姿があった。
「鴨志田さん、みなみは、俺が今、口説いてるところなんですよ。横取りは勘弁してもらえますか?」
「アクア兄さん!」
「……星野アクア―――」
みなみの聞き覚えのある声に振り返ってみれば、そこに立っていたのは演劇の稽古の最中だったのだろう、動きやすい服装をしたアクアが微笑みながら立っていて、そのアクアに反応して、喜びの声を上げたのはみなみ、逆に忌々しそうな低い声を上げたのは鴨志田と呼ばれた男だった。
「悪い、みなみ。会いに来てくれたんだろう?」
「え? はい……」
実はよくわかっていないが、なんとなく流れに乗った方がよさそうなぐらいにはみなみは空気が読める。だが、この構図が鴨志田から見た場合、アクアに見惚れるみなみに見えることには気づいていなかった。ちっ、と舌打ちしそうな鴨志田だったが、ターゲットにした女の子前では何とか控えたようだ。
「お~い、鴨志田さん! 金田一さんが呼んでる。緊急招集!」
「……分かったよ」
天の助けのようにメルトから声を掛けられ、それを捨て台詞のようにして、去っていく鴨志田。みなみは完全に自分がターゲットから外れたことを確認して、ふぅ、と溜息を吐いた。
「すまん、寿。あの人が休憩中だったことに気づかなかった」
「ええですよ。アクア兄さん助けに来てくれたし」
あのままだったら、容易に連絡先を交換してしまう可能性だってあった。いや、交換するだけならいいのだが、交換した以上、先輩とも交流のある人を無視するわけにはいかず、面倒くさいことになるのは間違いないことであった。
「あと、ウチのことは『みなみ』でええですよ。フリルもルビーもアクア兄さん名前呼びやし」
「分かった。今度からは『みなみ』って呼ぶ」
「はい」
一人だけ苗字呼びだったことに違和感を覚えていたのは事実だ。だから、きっかけがあるのは良かったのだろう。でなければ、今後は名前で呼んでもらう機会など一生訪れなかったかもしれないのだから。
「今度、お詫びに、今日とは別に奢るよ」
「う~ん、だったら、お守り、ええですか?」
「……お守り? 俺ができることであればいいが……」
前に一度だけ、フリルに聞いたことがある。アクアと仲良くするメリットについて。その中の一つにあった『虫よけとしてちょうどいい』と。ならば、この経験をした自分にも虫よけが必要ではないだろうか。
「ほな、写真を一枚」
「は?」
少し恥ずかしいが、アクアの腕に抱き着いて、スマホを自撮りするように掲げて、撮影。唖然とした表情と腕を組むみなみのツーショットが綺麗に撮れていた。
「この写真でええですよ」
「……みなみがいいならいいが、この写真、何か役に立つのか?」
「う~ん、せやな。虫よけや」
まったく、自分の価値が分かってない人や、とみなみは思う。あの星野アクアとツーショットが撮れる関係というだけで大体の厄介ごとは遠ざけられるというのに。腑に落ちない表情をしているアクアにそう思う。もっとも、その虫よけの本体となるアクアに対する感情については、みなみはまだまだ気づいていないのだった。
※ ※ ※
メルトは、やや不機嫌そうに横切る鴨志田に告げる。
「あれ、嘘だから」
「……ちっ、分かってるよ。稽古はもう終わってるもんな」
忌々しそうな顔を向けられる意味がメルトには分からなかった。メルトが声をかけたのは、アクアから頼まれた鴨志田の救済策だ。あそこでアクアが出てくれば、鴨志田は無様にみなみから引くしかなかった。実績でも容姿でも鴨志田がアクアに勝る点はないからだ。だが、ただ引けば、それは負け犬になってしまう。だから、メルトが助け舟を出した。より上位者による呼び出しでその場を去るのだと。
「はははっ! いいよな、星野アクアの腰巾着は。ただ顔がいいだけで、星野アクアの目に留まって、片手間でドラマやって、モデルで優先してもらって、今度は舞台でお仕事やって。女まで斡旋されてさ」
「はぁ?」
「『キャノンファイア』の上野クレハっていえば分かるか?」
その名前が分からないはずがなかった。アクアの合コンで知り合った女性。ついでに、何度か喰われてしまった相手。意識せざるを得ない相手だ。
「そうだよ。この間、『星野アクアさんと合コンして可愛い男の子捕まえたから連絡してこないでね』ってラインをブロックされたわ」
「えっと……まあ、ご愁傷様」
それは、果たして俺に責任があるのだろうか? とメルトは思う。要するに好みの問題だったのでは? と。なお、ブロックされる直前のメッセージにメルトとのラブホテルの写真が添付されていたことは鴨志田としても惨めすぎて話さなかった。
「しかし、星野アクアも見る目ねぇな。アクアさん、アクアさんって引っ付いてくる犬が一番、足引っ張ってるんだから」
「あぁ!?」
怒鳴り声に近いメルトの声に鴨志田は余裕だった。なぜなら、その声を出せることが自覚している証拠だったから。
「なあ、気づいてんだろう? お前の腰巾着先の星野アクアの舞台の質を一番落としてるのがお前だって。俺は曲がりなりにも実績が評されている。……で、お前は、星野アクアの腰巾着以外の存在理由あるの? ああ、そういえば、有馬かなもだったか? どちらにしてもお前に目をかけるんじゃ役者を見る目は節穴だな。そもそも、実力ねぇ奴がでてくるんじゃねぇよ」
それは、もしかしたら鴨志田の役者としてのプライドだったのかもしれない。だからこそ、メルトの心に響いた。
腰巾着といわれるのは問題ない。その通りだからだ。アクアがいなければ、ここにいるのは調子に乗った役者気取りのモデル崩れだろう。だが、これでも、アクアと出会って役者としても真面目に稽古してきたつもりだ。この中で実力が一番下のは分かっている。それでも、アクアやかなが出演する以上、この舞台で役柄をもらっている以上、舞台を成り立たせる程度の実力はあるつもりだった。もっとも、今、全否定されたが。
自分の実力がどうこう言われるのはいい。それは事実だからだ。それまでは、ちゃらんぽらんでやってきた自分の実力が、有数の実力者と同等と自惚れるほど愚かではない。だが、アクアとかなについては別だ。素人の自分に根気強く演技を指導してくれた二人。この舞台の前にはなんとか成り立つ程度には鍛えた、と断言してくれた二人の目が節穴など、受け入れられる事実ではない。
だが、それを言わせたのはメルト自身だ。メルトの実力が不足しているから、鴨志田にそう言わせてしまった。だから、そんな自分が情けなくて、悔しくて――――ああ、なるほど、と思った。自分の実力が足りず、アクアやかなが馬鹿にされることが悔しい。これが悔しいという感覚か、と。
早く稽古がしたいと思った。この感覚を覚えているうちに。だから、足早に居残り稽古をしているスタジオへと向かった。そこには定例の稽古以外で居残り稽古をしているかなやあかねがいた。入ってきたメルトを見てかなが笑みを浮かべる。
「あら? なんだか雰囲気が違うわね。何か掴んだのかしら?」
「……かなさん、稽古いいですか?」
役者が成長するのはかなも嬉しいらしい。メルトの問いににやりと笑うことでかなは応えた。この日を境にメルトの『キザミ』はもう一段階上のレベルへと成長するのだった。
アクア「なら、姫川さんに聞いてみるか」
遅くなりましたが、次話です。今回はメルト君覚醒回でした。ほかの人が馬鹿にされる方が悔しいって主人公ですかね?
鴨志田さんは結構悪役に・・・あと、キスシーンについてかなちゃんに聞かないように、というのはもちろん牽制です。
もう少し、稽古編をやってから本番編へと行きたいと思います。
誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。
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