星の子たちにハッピーエンドを   作:天凪

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東京ブレイドの終幕

 

 

 

 舞台はすでにクライマックス直前になっていた。場面は、すでに鞘姫(あかね)刀鬼(アクア)を庇ってブレイド(姫川)によって斬られた場面になっていた。ここから先が刀鬼の見せ場だ。鞘姫を斬られた刀鬼が、自分の不甲斐なさと、鞘姫が斬られた悲しみと様々な感情を抱いてブレイドに立ち向かう場面。そこには、もはや己の身すら顧みない気迫を見せる必要がある場面だった。

 

 アクアは本来、ここでアイを失ったことへの激情を利用して、感情演技をしていた。しかも、その感情を使うことは自らが苦しみながらであるが。一方の今のアクアにその激情はない。すでにアイの死は回避されており、今もアクアの母親として存在しているからだ。しかし、その種の激情が今のアクアの中にないか、と言われるとそんなことはない。いつだって、理不尽なことはどこにだってあるのだから。

 

 その手の感情で一番の理不尽は、やはりあの疫病神によって生み出された存在である自分である。自分のアイデンティティとなる記憶がない中、大人としての知見があるだけ。そんな状態で思い悩まないわけがない。普通の子供だったら、おそらく、普通に育っていたことは間違いないのだから。だからといって、この理不尽なオカルトな状況への怒りはどこにも向けられない。向けるとしてはあの超常な存在だけだろう。だから、この理不尽な状況への激情を使う。

 

 唯一の救いとしては、この感情を使うことにまったく忌避感やパニック障害のようなものを起こすことはなく、ただの役者として感情演技ができることだろう。事実、アクアの演技を受けて相方のブレイド(姫川)は楽しそうに笑っていた。その表情に応えるようにアクアも演技を強くする。演技が楽しいと思えるのはこうして、演じた自分に対して、同じように応えてくれる相手がいるからだ、とアクアは思っている。だから、この時間はアクアにとっても楽しいものだった。

 

 ただし、その時間にも終わりは来るのだが。

 

 脚本では、ブレイドに刀を弾かれた刀鬼は負けを認めて、ブレイドは戦闘の終了を告げることになる。ただ、その場で刀鬼の出番はない。結局、鞘姫を守れなかった刀鬼にこれ以上、動くつもりはないからだ。

 

 死者は蘇らない―――その絶望が刀鬼を地面に座ったまま、項垂れたままにしていたのだが、奇跡はあるもので、偶然、鞘姫の持っていた盟刀の効果によって鞘姫の致命傷はぎりぎりで回避され、手遅れだった状態から復活する。血まみれになった着物のまま、ゆっくりと目を開ける鞘姫。

 

 盛り上がる最後のクライマックスのシーン。原作のアクアはここでアイが死ななかった奇跡を重ねて感情演技をしていた。だが、今のアクアも似たようなものだ。本来、アイが死ぬべきだった時間軸を知っている。もしも、オカルト要素がなければ、子供というハンデを持ったまま対峙しなければならなかったかもしれない未来を知っている。だから、幼少の頃は母親と見なしていたアイが死ぬかもしれないと思い、悪夢に襲われて、隣で寝ているアイを見て泣いたこともある。知識と情緒は異なるのだな、と思ったことだ。だからこそ、疑似的にこの時の感情が理解できていた。泣きの演技では重宝している感情だった。

 

 脚本では、このままアクアがあかねをその存在を確かめるように泣きながら抱きしめて終わり―――そのはずだったのだが、なぜか最後に鞘姫に扮したあかねが刀鬼の頬に手をやる。そのまま顔を近づけてくるので、はっ? と内心疑問に思いながら、あかねの顔をよけ、両者の顔が交差するようになり、不自然な格好となるため、強く抱きしめるような格好に変えて何とか誤魔化した。

 

「(今、キスされるところだった?)」

 

 舞台の上なのに、今まで感じたことない胸の高鳴りをアクアは感じるのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 黒川あかねは、舞台の上で寝ころびながら暇をしていた。当たり前だ。すでに鞘姫はブレイドによって斬られ、倒れているのだから。もちろん、周囲の声は聞こえているが、身動きできず、目を開くこともできないため、それしかできないというほうが正しいのかもしれない。

 

 しかし、あかねの集中力というか、役への没入感は今までよりも群を抜いていた。理由としては、アクアと共演できていること、かなの憧れていた演技を目の前で見られたこと、その演技で競演したことなどが挙げられるだろうか。テンションが上がり、集中力は今までないほどに高められていたことが原因だ。

 

 だから、ようやく待っていた鞘姫が盟刀の力によって復活し、目を開いたときに最初に眼前に広がった刀鬼(アクア)の顔を見て思った。

 

 ―――ああ、泣かないで。

 

 それは、幼子が泣き叫ぶのをあやす様に、幼馴染が泣いているのを慰めるように延ばされた手。そして、同時に滅多に感情を表に出さない刀鬼が自分が死んだと勘違いしたことで、泣いてくれることが嬉しくて、愛おしくて、その唇に向けて顔を動かしてしまう。キャラクターに頭を引っ張られ過ぎて、まずいとも考えていなかった。ただ、顔を避けられて、今まで支えていただけの恰好から、抱きしめるように強く抱かれて、ようやく正気に戻った。半ば役得だと思いながらアクアのぬくもりを感じていた。

 

 もちろん、あかねがやったのは脚本にまったくない演出であるため、舞台の後で金田一の雷が落ちるのだが。

 

 

 それはともかくとして、東京ブレイドの舞台は万雷の拍手の中、幕を閉じるのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「ねぇねぇ、あかね。最後のシーンでアクアくんにキスしようとしてなかった!?」

「そうそう! 知りたい知りたい!」

「うぇ、あ、あの……」

 

 舞台後の控室。着替えを行うこともあってか、女性陣しかいない。今回の女性陣の役どころはかなを除けばほぼ劇団ララライの人間だ。つまり、あかねと距離が近い女性陣と言える。ならば、最後のシーンの真相が知りたいと思うのは心理だ。比較的距離が近いこゆきとめいが先陣を切った。もちろん、その場にいたほかの団員も興味津々だ。

 

 あかねとアクアの関係については『今ガチ』が縁であることは、劇団ララライのメンバーには知られていた。彼らの関係性が淡いということも含めてだ。だからこそ、今日の脚本にない演出は驚いた。いつもの黒川あかねは正しく役柄を演じるからだ。とはいえ、彼女たちはまだ知らないが、舞台終了後にあの演出については原作者からの変更依頼が出たのだから、むしろ、役どころとしては間違っていなかったのだろう。

 

「わ、分かりません。なんか、アクアくんの顔を見てたら自然としか……」

 

 照れた表情で俯いて言うあかねの回答になぜか周りから、きゃぁぁぁ、と歓声が上がるが、あかねには意味が分からなかった。

 

「いいじゃん! あかね。この調子で頑張ろうね! かなちゃんには負けないでね!」

「ただ、板の上ではNGだけど」

「え? え?」

 

 それでいいのか? と思うが、そもそも、かなとの関係もばれているあたり情報量が多い。しかも、あかねがあの態度ができたのはあくまでも役に没頭していたことが原因だ。だから、日常で普通にできるとは思っていなかった。

 

「まあ、舞台終わるまでは無理だろうけどさ。この調子で舞台の後のデートでもやっちゃいなよ!」

「そうそう、前に言ったディズニーとかどう? パレードの時とか、みんなそっちに目が行くから狙い目だよ!」

 

 わらわらとあかねの周りに集まって、実体験なのか、聞きかじった情報なのか、アクアへの初キスのシーンを提案してくる女性陣。その情報量にいつものようにメモを取る余裕もない。ただ、言えることは一つだけだった。

 

「無理ですよぉ」

 

 まだまだ、キスなど想像もできないあかねは、ただただ涙目になりながら、彼女たちの提案に狼狽えることしかできなかった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 

「聞いたよ、金ちゃん。直前に演出プラン組み直したんだって?」

 

 舞台施設の裏側で、最近肩身の狭くなった喫煙者のための喫煙場所で、鏑木が演出家の金田一にタバコを吸いながら世間話のように話しかけていた。

 

「仕方ないだろう。姫川は映画の撮影と並行、鴨志田も別の舞台に参加しながら、みたもドラマ2本掛け持ち、星野も撮影やらドラマやらにてんてこ舞だった。全体を調整する時間がなかったんだよ」

 

 そう言いながら、吸っていたタバコの火をもみ消す。その顔には仕方ないという表情と面白いという表情が複雑に絡み合っていた。

 

「それに……今回の舞台は十代が多かった。稽古中に異様に伸びる奴、そして、本番中に化ける奴もいるぐらいに」

「有馬くんのことかな? いや、最後の黒川くんも、今までにはあり得ないことをやっていたね」

 

 感慨深く笑いながら鏑木はタバコの火をもみ消して、二本目に火をつけ、煙を吸うと大きく吐き出した。

 

「まあ、有馬くんはいずれとは思っていたけど、まさかこんなに早いとはね」

「なんだ? 予想していたのか」

「まあ、ね」

 

 今まではぱっとせず、さりとて演技は上手く、周りとの協調性も取れており、しかも、フリーなので安価に使えるという都合のいい役者として利用していたが、潮目が変わったのは、やはり『今日は甘口で』のネットドラマに出演した時から―――いや、正確には苺プロに所属し、星野アクアとかかわりを持ってからだろう。

 

「数いる芸能人の中でも『特別に可愛い』と呼ばれる子が生まれるのはなぜだと思う?」

「なぜなんだ?」

「ずばり、『可愛さの説得力』があるかどうか。何かで『私は特別に可愛い』と信じさせる説得力がある子がいる。まあ、有馬くんの場合は、男だろうねぇ~」

「……まさか、星野か?」

「そう、世間から騒がれて、注目の的の男と付き合ってるんだ。よく言うだろう。モテる子がモテる。それと同じ。その自信だけで自分は可愛いと思わせる『スター性』がある」

「あいつは、黒川と関係があるんじゃなかったのか?」

 

 アクアとかなの関係を聞いて、驚いた表情をする金田一。さすがに団員の事は調べているのか『今ガチ』のことを言っているのだろう。その程度しか知らない。それが、可笑しくて、くつくつくつ、と鏑木は笑った。

 

「正しくは、黒川くんとも―――が正しいのかな?」

「はっ? マジか……」

 

 信じていたものに裏切られたようなものを見るような目でアクアの顔を思い出す金田一。驚かないのは、芸能界に長く沈んでいるからだろうか。誰かと誰かが二股かけている程度の話でおたおたするほどの清廉潔白さでは芸能界は生きていけない。だからこそ、演技に真摯に向き合っていたように見えたアクアへの失望という形で金田一の顔に表れたのだが、ふと、以前、雷田と話していた時のことを思い出してしまう。

 

「……どうしたんだい? 金ちゃん」

「いや、何でもない」

 

 何でもないような顔をせず、鏑木から目をそらした金田一は、タバコを吸った煙を鏑木とは別方向に吐きながら、ぽつりと呟いた。

 

「……少し調べてみるか」

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「「「舞台東京ブレイド、お疲れ様~!」」」

 

 カラン、と鳴るグラス。そして、そのままグラスに入ったソフトドリンクに口をつける。もっとも、乾杯のように一気に飲み干すようなことはしない。というか、炭酸飲料水を飲み干すことなど不可能だ。

 

「ぷはぁぁ! あぁぁ、疲れた体に効くわ~、まったく、この舞台カロリー使い過ぎなのよね!」

「いや、アイドル像を壊すようなことはしないでくれよ……」

「いいじゃない、ここにはあーくんと私と――――」

 

 そう言いながら、かなの隣で最初に用意されていたサラダを小皿に分けているあかねに目を移した。

 

「で、なんで、あんたまでいるのよ? 黒川あかね」

「え? なんでって……来ちゃダメだった?」

「今日は、アクアが私のためにお店を選んでくれたのよ。遠慮するのが普通じゃない?」

 

 今日は、舞台東京ブレイドの苺プロだけの打ち上げというのは変わりない。それならば、あかねを誘わないのは変な話なのだ。だが、今日は以前の新宿、渋谷クラスタで別れたときの発言で有馬のために店を、というアクアの発言が実現したものなのだ。だから、あかねは遠慮すべきだ、というかなの主張なのだが、あかねは、その発言について溜息で答えた。

 

「はぁ、むしろ、かなちゃん、二人で来られると思ってたの?」

「うぐっ!」

 

 あかねの呆れたような表情に図星をさされたように胸を押さえるかな。そう、内心は分かっているのだ。アクアとどこかにデート感覚で出かけるなど、今のかなには夢物語だということに。

 

「もしも、かなちゃんの舞台がなかったら、新生B小町は、全国ツアーだってできるんだよ?」

「今も、都内の箱には出てるけどね!」

 

 この消費カロリーの高い舞台、とかなが言うほどに疲れる舞台なのだが、今のかなはアイドル兼役者だ。つまり、舞台が終わった後に、移動中の車と控室で寝て、ライブを行う、というような無茶な仕事も行っている。もっとも、ライブの頻度がまだ舞台に比べれば低いこと。ライブの時間が、遅い時間であるため、余裕があることが救いだった。

 

「それぐらいのアイドルだって自覚持ちなよ。アクアくんと二人でお店に入ったりしたら、あっという間に炎上だよ?」

「それはどっちが?」

 

 かなの問いにアクアもあかねも答えられなかった。知名度で言えば、アクアのほうが上だろう。そして、かなはまだあくまでも新人アイドルの注目的でしかない。つまり、この場合、アクアとかなが食事処のお店に入る証拠写真を取られて、記事になったなら、どちらに分があるのかということだ。

 

「どっちだとしても、ダメージが大きいのは有馬のほうだろう」

「そうだね」

「……ちっ、分かったわよ」

 

 男のアクアと違って、アイドルであるかなにはある種の清純さが求められるのは間違いない。それはアイドルが偶像だからだ。偶像に求められるのは恋する対象としての相手だ。一部、メムのような例外も存在するが。

 

「それに、だいたい、私がアイドルだからって咎められてるけど、あんたも、あの終幕の演技を変えたのは何よ!?」

「えっと……な、何のことかな!?」

 

 突然の指摘にあかねは明らかに誤魔化す様に小首を傾げた。

 

「二日目以降は、アビ子先生の許可があったからその演出に変わったけど、初日、あーくんにキスしようとしてたでしょ!?」

「ああ、アビ子先生、泣きながら訴えてたな」

 

 あかねの演出の変更はもちろん、議論になって、厳重注意になるかと思いきや、まさかの原作者の擁護により不問になるという奇跡的な着地点を得て、さらに原作者が言うのであれば、演出家としても断るわけにはいかない、となり脚本のト書きが変更される始末になってしまった。

 

「そ、そんなわけないじゃない」

「白々しい!」

 

 とぼけるあかねに対して、追及するかな。だが、当事者のアクアは小皿に取り分けられたサラダをつまんでいた。なぜなら、ここで口出ししても余計なことになることが分かっていたからだ。そもそも、キスしようとしたかどうかはアクアには分からない。いや、正確には分からない振りをした。もしも、ここで、いや、あかねは本気だった、と伝えても悪化しかしない事実が分かっているからだ。

 

 結局二人は、料理が運ばれてきて、アクアが仲裁するまで、言い争うのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「あ、アクア兄さん。久しぶりやな」

「みなみか」

 

 久しぶりというほど離れていた記憶もないが、毎日顔を合わせていないという意味では久しぶりになるのかもしれない。

 

「最近はみんな揃わんで寂しいな」

「まあ、フリルもルビーも忙しいからな」

 

 それと自分も、という言葉は伏せて、みなみの言葉に答える。フリルが忙しいのはいつもの事だが、ルビーも新生B小町として活動を始めてから欠席も多くなった。それは、かなの東京ブレイドの舞台が終わったら全国ツアーというアイドルとしては急成長すぎる躍進を遂げていることも関係しているだろう。もちろん、地下アイドルを含めて嫉妬も多いだろうが、実力でねじ伏せられるほどの実力が今の新生B小町にはあるため心配はしていない。

 

「東京ブレイドの舞台、ちゃんと見たで。面白かったし、かっこよかったな」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

 それはアクアの本心だった。やはり見てもらっている観客に面白い、カッコいいと言ってもらえるのは励みになる。

 

「でも、よかったん? 刀鬼のアクア兄さんとの写真撮ってもろて?」

「関係者席で特別だから誰にも言うなよ?」

 

 関係者席については特別に演者のツーショットを撮ることは珍しい話ではない。だから、初日にかなやあかね、アクアとそれぞれの役どころに扮したキャラクターとのツーショットを撮るのは特権といえど、許されるレベルだ。

 

「う~ん、ええけど、なら、ウチもコスプレすればよかったかな?」

「みなみが東ブレのコスプレ?」

 

 なるほど、グラビアアイドルとしては役者のように演じることはない。だが、コスプレ写真は許容範囲内だろう。だが―――

 

「ん? どうしたん? アクア兄さん」

「いや、別に……」

 

 東京ブレイドのキャラクターのなかにみなみの特徴をとらえたキャラクターがいるか? と問われれば難しい。着物がメインとなっており、そのみなみの特徴ともいえる胸部を強調したキャラクターはいないからだ。

 

「そ、その……みなみがコスプレするとしたらどのキャラクターなんだ?」

「う~ん、せやな。ウチができるとしたら……鞘姫かな?」

「鞘姫?」

 

 みなみの回答に疑問符を浮かべるアクア。その回答は予想外だったからだ。あかねが扮した鞘姫だが、その衣装はクラスタのボスらしく分厚く豪華な着物で隠されていたからだ。確かに露出が少ないとなれば、胸部が目立つみなみもコスプレができなくはない。

 

「ほら、少し探したけど、ウチでも出来そうや」

「ぶっ!」

 

 自信満々に映された画像はいわゆる抱き枕カバーで着物を派手に着崩したもので、本編に関係なく胸が強調されており、その大きさだけなら、確かにみなみがコスプレでも問題なさそうだが―――

 

「みなみ、頼むからコスプレするとしても、この画像はダメだからな」

「へ? なして?」

 

 アクアの心配が分かっていないみなみはクエスチョンマークを浮かべたように小首を傾げるのだった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 

「で、連れてきた場所がここですか?」

「いや、待て。ここは少し酔う場所だ」

 

 いつもの公演終了後、姫川と金田一に連れられてきた場所は会員制のキャバクラという感じの場所。とても未成年のアクアが入っていい場所とは思えない。もっとも、つい最近まで未成年だったはずの姫川は、慣れたように近づいてきた女の頭を撫でていたが。なお、もう一人の金田一は、複数の女の子に囲まれてショットでウイスキーを飲んでいた。

 

 そもそも、ここに連れてこられたのも、今日の公演でやや精彩を欠く姫川を心配したアクアが声をかけたからだ。それを契機にして金田一と姫川で飲むことになった。ほかに付いて来ようとしたかなとあかねも断固拒否して。

 

 しかして、連れてこられた場所は、こうしたキャバクラよりもディープな場所。会員制の飲み屋に行きました、など後でどうやって言い訳すればいいのだ? とジンジャエールを飲みながらアクアは考えていた。

 

「おい、おっさん、そろそろいいだろう?」

「ん? ああ、そうだな」

 

 アクアには分からない言葉で、それだけ言うとやや酔った金田一と酒には強いのか全く酔っていないような雰囲気を見せる姫川とで店を後にする。次の行先は聞いていない。ただ、付いて来いとばかりに先導する姫川に従うのみである。そして、たどり着いたのは、アクアが住んでいるマンションと似たようにセキュリティのしっかりしたものだった。エレベーターにも鍵を使い、特定の階にしか移動できない仕組みを使って、移動する。やがて、たどり着いた部屋の表札には『UEHARA』の文字が書かれていた。

 

「ほら、入れよ」

 

 それだけ言うと、姫川を先頭として金田一が続く。果たして、このまま続いていいものだろうか? とアクアも思うが、付いていく以外の選択肢はなかった。

 

 部屋の中はシンプルだった。月9の主演男優とは思えないほどに。テーブルとベッド。必要最低限の生活用品。もっとも、ここが単純に寝泊まりするだけの場所であれば納得できる部屋であるが。そして、その中でなぜか姫川と金田一が並んで座り、その対面にアクアが座っていた。お互いの正面におかれたのは水のペットボトルのみ。果たして今から何が始まるのか、アクアとしても戦々恐々としていた。

 

「まずは……そうだな。これを見てもらうほうが早いか」

 

 そういって、姫川が一枚の紙をアクアに差し出した。アクアとしても思わず、その紙の内容を読んでしまう。そして、後悔する。そこに書かれていたのは、『私的DNA鑑定書』だった。しかも内容としては『同一生物学的父親を持つ異母兄弟である可能性が高いです』と記載されていた。

 

 この内容に、ひぅ、と思わず息が鳴る。当たり前だ。この文言はアクアの記憶の中でも覚えがあるものだからだ。だが、姫川はそうは捉えなかったようだ。思ってもみなかった内容に驚いたとみなしたようだった。

 

「だ、そうだ。義兄弟」

「俺に父親はいませんよ」

 

 アクアとしてはそう答えるしかない。実際の父親も知っているし、姫川と異母兄弟ということは知っているが、それはあくまでも【推しの子】の知識であり、現実の知識ではないからだ。

 

「――――カミキヒカル」

 

 そして、ついに金田一がその禁断の名前を口にした。その名前に思わずアクアは今まで目を凝らす様に見ていた遺伝子鑑定書から目を離して金田一の顔を見てしまった。そして、その態度に大きくため息を吐く金田一。

 

「なんだ。知っていたのか」

 

 はぁ、と息を吐きながら水を飲む。それは、今まで酔っていなければ、言葉を口にすることはできないという態度だった。

 

「まあ、こいつの父親もカミキヒカルなんだが―――」

「そこから先は俺が言いますよ」

 

 まるで言いづらそうに口にしそうになった金田一を庇うように姫川が前に出てきた。そして、真っすぐ酔った様子もなくアクアを前にすると口を開く。

 

「俺が四歳ぐらいの時か……カミキヒカルの死亡がニュースで流れてな。そこから、母親は発狂した。あの時の喧嘩は今でも夢に見る。いや、悪夢かな。よく覚えている。『あの子が死ぬわけがない』『あの子の才能を大輝は継いだのよ』という言葉は、な」

 

 あの子と誤魔化しているが、そこには『カミキヒカル』をさす言葉が入ったのだろう。でなければ、ここまで悲痛な表情をして言うことはできない。

 

「あとは、親父が母親を刺して、無理心中だよ。俺は、怖くて隠れていることしかできなかったがな」

「今も真相を知るのは俺だけだ」

 

 姫川の言葉を金田一が引き継いだ。

 

 なるほど、とアクアは思った。おそらく、姫川愛梨は劇団ララライに何かしらの縁があったのだろう。でなければ、そもそもカミキヒカルとの縁もない。だから、その縁で姫川―――上原大輝を面倒見ることもできた、と考えれば矛盾はない。そして、そこからカミキヒカルの名前を聞くことも。

 

「なぜ、俺をカミキヒカルの子供だと?」

「……おまえがあまりにもカミキに似ていた。その金髪、演技力、そして、女を落とす能力」

「いや、最後だけ余計じゃないですか?」

「姫川とお前が生まれているのにか?」

 

 それを言われるとぐぅの音も出ない。

 

「最初は冗談のつもりだったんだ。カミキヒカルの息子と分かっている姫川とDNA鑑定して嘘だと分かれば、それでよしだったんだが……」

「まさかの大当たりだった、と」

「そういうわけだ。申し訳ない」

 

 そう言いながら、正座をして深く頭を下げる金田一。年長者にそこまでされれば、アクアとしても咎めることはできない。なにより、この事実を外に持って行ったとしても、もはや死者の話だ。誰にもうまみはないはずだ。

 

 ――――本当に?

 

「……金田一さん」

「なんだ?」

「もしかして、俺の母親に目星がついてますか?」

 

 それが一番アクアについての生命線。これが悟られているのと、悟られていないのでは警戒度は段違いだ。気づいていないでくれ、という祈りとは裏腹にやや戸惑った金田一は、声を絞るようにして、苦々しくその名前を口にした。

 

「――――アイ。あのワークショップだろう」

 

 絶句する姫川、顔に手を当てて天を仰ぐアクア。それぞれ反応は別々だとしても、驚愕という感情に嘘はない。

 

「この事実を誰かに言ったりは?」

「できるわけがない! これが表に出れば、劇団ララライは終わりだ」

 

 それはそうだ、とアクアは思う。今、女優の世界でも大御所に数えられるアイに実は隠し子がいました、などという事実は、劇団ララライを軽く吹き飛ばす爆弾だ。その詳細が分かれば分かるほどにダメージは大きい。もしかして、という発想が、あっという間にすべてを吹き飛ばす爆弾になったと言っても過言ではないのだから。

 

「つまり、俺たちは一蓮托生というわけのようですね」

「なるほど、ここはお互いの秘密を守る桃園の誓いってやつか」

「それにしては酒じゃなくて、ただの水だがな」

 

 そう言いながら、姫川、金田一、アクアで持っていたグラスを手に持ち、タイミングを合わせて、チンと重ねる。

 

「しかし、お前を見ていると女好きはつくづく遺伝だと思うわ。有馬と黒川たぶらかしているお前を見ると絶望しかねぇよ」

「そんなことしてませんよ」

「「自覚ないのか!?」」

 

 アクアの自覚のなさそうな表情を受けて、驚愕の表情を浮かべる姫川と金田一。いかに彼に自覚させようか、と頭を悩ませながら、そのうち酔いに身を任せるのだった。

 

 

 

 

 





体調を崩して遅くなりました。皆様、夏風邪には気を付けてください。

金田一さんと姫川さんにアクアの正体がばれました! まあ、完結への道筋ですね。
少なくとも、今の映画編はないので、おそらく、プライベート編、スキャンダル編で終わると思います。
あとは、ハッピーエンド編でしょうか?

誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。

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