星の子たちにハッピーエンドを   作:天凪

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斉藤ミヤコの焦燥

 

 

 

「頼む、俺にオタ芸を教えてくれ」

 

 いつも通りアイ――――B小町のライブ映像を前にして小さなサイリウムを振るルビーに頭を下げるアクア。

 赤子が小さいといえサイリウムをふるっている姿は異様だ。ゆえに、こんな行動はミヤコと留守番している時しかできないが。

 

 原作のアクアとルビーはそもそもアイ推しのドルオタだった。それも曲を聞けばつい本能に従ってオタ芸をしてしまうほどに。なお、それがきっかけでアイが飛躍するような嘘を覚えてしまったのだから何が幸運になるかわからないものである。

 だが、今世のアクアはドルオタではない。よってオタ芸などは知らない。テレビのワイドショーで見たことはあるかもしれないが、踊れるわけなどない。だが、この出来事も親であるアイが飛躍するための要因の一つとして捉えており、マスターする必要があると考えていたのだ。そして、その師事する相手は残念ながらオタクの妹であるルビーしかいない。

 

「え!? お兄ちゃんもアイ推しになったの!?」

「違う――――とも言えないが……」

 

 ルビーからの質問を聞いたアクアはなんとなくお茶を濁したように返事をする。仮にも親だ。しかも、アイドルだ。当然、彼女がテレビに出ている場面はミヤコも含めて見ている。

 前世では、アイドルは詳しくなかった。なんなら興味もなかったほどだ。だが、原作で語られるように確かにアイには目を惹くものがある。確かに彼女にならオタクと呼ばれる人種が生まれることも、究極のアイドルと謡われるになる要素も理解できる。

 だから、否定はできない。だからと言って、ルビーほどの熱量があるか? といわれると首を傾げざるを得ない。ゆえにお茶を濁すような返事となってしまった。

 

「そうなんだ……」

 

 しょんぼりと肩を落とすルビーだが、こればかりは嘘をついても仕方ないので正直に答えた。もしかしたら、同志ができるかもしれないと期待したのかもしれない。

 

「でも、だったらどうして……?」

「それは―――アイのことを応援しようと思って」

 

 その言葉にルビーは、はっ、としたような表情をした。ルビーも最近アイの表情が曇っているのに気づいていたのだ。

 アクアとしては、それよりも前に給与面について苦情を言っている場面でそろそろアイの覚醒イベントがあることに気づき、同時に自分がオタ芸ができないことに気づいた。

 

 嘘はとびきりの愛、嘘を本当にしたい、と叫ぶ少女。もっとも、アクアとしては、給与が少ないことに心配し、アクアやルビーに好きなことをさせてあげられない、と心配しているその様子がすでにアイが求めているであろう親から子への愛だと思うのだが、彼女には確信を持てない何かがあるのだろうか。

 もっとも外から見ればわかることであり、その気持ちが愛なのか、嘘なのかを決めるのは本人だ。原作のようにもしかしたら本当だと確信できるタイミングは死の間際かもしれない。あるいは、別のタイミングかもしれない。それは誰にもわからない。

 

 だが、このまま何もせずにアイにつぶれてもらっては困る。彼女の飛躍によって仕事が増え、次の有馬かなへの出会いへと続くのだから。

 同時に親を心配する子供心も存在している。大人の記憶を持っていたとしても今のアクアは子供として甘やかされている。また、原作でもアクアは自覚していたが、「僕と星野アクアの境目がなくなる」と苦悩していた。それは、吾郎ほどはっきりとアイデンティティを持っていたとしてもだ。

 ならば、【推しの子】としての原作知識とそのほかのストーリーの記憶のない自分はなおのこと、星野アクアとの境目は薄いものだろう。いや、もしかしたら、もうすでにないのかもしれない。

 アイを心配する心も本物だし、アイが活躍してくれなければ困る、という気持ちも本物だと思うからだ。子供としての心と転生者としての心、どちらが優先しているのか、今のアクアにはわからない。

 だが、どちらにしてもやることは決まっている。目の前の「なるほど……」と呟いている小さな妹に教えを乞うのみである。

 

 

 

 その日、ミヤコは目にした。テレビの前で、そうじゃない! と兄をしかりながらサイリウムを振るう小さな双子を。

 彼女は、リビングにつながる扉をそっと閉じて、目頭を押さえた後に呟く。

 

 ―――私、疲れているのよね。

 

 なお、残念ながら現実である。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

「いいですか、赤子らしくしていてくださいね。推さない、駆けない、喋らない」

 

 あの分からせ以降、双子に向かって敬語を使ってくるミヤコを無視してアクアとルビーは初めて入るB小町の販促イベント会場へ双子用ベビーカーで突撃していた。

 むろん、その中にはサイリウムも一緒に隠れるように入っている。万が一見つかれば面倒なことになることは目に見えているからだ。

 もっとも、今からやることを考えれば、面倒以外の何物でもないのだが……そこはアイの飛躍を代わりに許してもらおうと思う。

 

「いいか? ここには俺たちはスタッフの子供としてきている。アイと何かしら関係があると匂わせないようにな」

「わかってる。私だって、ママが落ち込んでるところ見て心配してきてるんだから。余計なこと言わないで!」

 

 アクアの忠告に怒るルビーであるが、アクアは知っている。そのベビーカーの端にはサイリウムが隠されており、ここに来た当初も「販促の会場だ!」とテンションマックスだったことを。

 だが、ルビーはそれでいい、とアクアは考えていた。このアイとの関連性を匂わせないためにお互いに忠告していたにも関わらずに魂レベルまで刻み込まれたオタクとしての本能がこの先、アイが飛躍するきっかけになるのだから。

 

「あ! ママだ!」

 

 ルビーが指さすので、ステージを見てみれば、アナウンスの案内に従ってB小町の三人が出てくる。今日の販促イベントは出演者があらかじめ通知されている。販促イベントなので自分の推しがいなければ意味がないので当然ではあるが。どうやら出演してきた三名を見るに特に変更はないようだった。

 

 そのままイントロが流れ始める。おそらく既定の流れなのだろう。歌い、踊り始めるアイドル達。その姿に淀みはなく、練習を積み重ねてきたことが見て取れる。だが、やはり目を惹くのはアイだった。アクアとしてもテレビなどで繰り返し見てきたとしても生で見るのは初めてだ。その初めて見る生のライブにどうしても目を持っていかれる。ルビーのように極度のドルオタではないはずなのに。

 

 ―――ああ、これが脳を焼かれるということか。

 

 母親への属性がないにも関わらず一挙手一投足に目が離せない。叫ばずにはいられないドルオタという存在に理解できるほどに彼女は輝いていた。何を一体、悩んでいるのかと、原作の悩みは確かプロの笑い方というコメントで悩んでいたと思う。だが、もう、そんなものは気にする必要はない、と断言したいほどに母親―――アイは輝いていた。

 

 やがて、曲が進むにつれて同じように憧憬のまなざしでみていたルビーもやがて生で歌声を聞いてからであろうか、興奮からベビーカーの両サイドに隠していたBメロからサビに入るタイミングでサイリウムを取り出していた。それを見てアクアも同じようにサイリウムをとりだす。

 

 ――――練習の成果を見せる時だ!

 

 原作のアクアらしからぬ熱血さで、アクアもルビーに合わせてサイリウムを振るう。もちろん、掛け声は「ばぶ、ばぶ、ばぶ」だ。最初はあまり注目されていなかった赤子によるオタ芸も、少しすれば当然、あっという間に伝搬する。むしろ、歌っているB小町より注目されるほどに。

 

 ――――それでいい。

 

 ここでは注目されることが目的だ。アイの子供である双子が目立つことでアイの自然な感情を引き出せることが重要だ。なお、この事態を見たミヤコ夫人の心情は考えないものとする。

 案の上、この双子の赤子のパフォーマンスで客席はおろか、ステージのアイドルも動揺で思考停止し、時が止まってしまう。唯一、動いているのはステージ上のアイ。「うちの子、きゃわ~~」と語尾にハートマークを浮かべていそうな笑みを浮かべていることだろうか。

 ルビーの指導は厳しかったが、その指導に耐えただけの成果は見込めるようである。

 

「何が心配してきたですか!? この場の誰よりもエンジョイしてるじゃないですか!? 離脱しますよ!!」

 

 周囲の騒がしさに合わせて赤子らしさを出さないようにミヤコによる緊急離脱。だが、それは若干遅かったようだ。夜にはアクアとルビーがオタ芸を披露する動画がSNS上に広まり、最大再生回数としては200万回を超える盛大なバズを起こすこととなった。

 

 さて、現状までは原作通りだが、実は原作とは異なる箇所があった。それは、アクアが持つサイリウムの持つ色である。原作ではアイの赤のアイリウムが四本並んでいたのだが、今世ではルビーの持つ色は赤、残りのアクアが持つ色は一緒に参加したB小町の黄色とピンクのサイリウムの色だった。

 これについてはネット上でさんざん議論されていた。双子で箱推しだとか、男の子の赤子がメンバー推しだとか、さんざん議論になったが、今までB小町の絶対的センターであるアイとは異なる視点で議論がネット上の議論が進んだことは間違いないのだった。

 

 なお、ネット上のコンテンツを見て、アイの「これがイイのね、覚えちゃったぞ~〜」のムーブは当然のように避ける道はなく、アイのパワーアップイベントは無事に通過できたのであった。

 

 

 

 ※  ※  ※

 

 

 

 それから一年余りが経過した。

 

 販促用のライブからの一年でのイベントを記すのであれば、あのパワーアップイベントを経たアイは究極のアイドルとしての実力を発揮し始めた。雑誌モデルからラジオアシスタントと確実に仕事と給与を増やしていっていた。

 

 なお、その間に、赤子のオタ芸事件からアイ以外のメンバーについても強みを生かすようにマネージメントを行うようになった。いや、気づいていたのだ。だが、アイの実力が圧倒的だった。だが、そこのオブザーバーであるアクアを迎えることによってようやくネットコンテンツをメインにしたアイでは手が出ないような分野に特化したメンバーの特徴を布教することによって対等には及ばないまでも、アイのお荷物、その他、という看板は返上するに至った。

 

 また、その他のイベントといえば、吾郎医師だろうか。通常は定期健診の後にアイが結果を受け取って、だがしかし、彼女では結果について説明を受けてもそれが正常なのか、あるいは異常な数値なのかわからない。検診へと付き添ったミヤコにしても所詮、所属事務所のアイドルの子供である。検診時の医師が問題ない、といえば特になにも言わずに引き下がるであろう。

 そこで役に立つのが吾郎医師である。数値が乗った検査結果と画面越しとはいえ、赤子の様子を見れば産婦人科とはいえ子供を専門としている彼には大体の状況が理解できた。また、初産で子供のことが心配なアイの相談にも乗っているようであった。

 

 ただ、この吾郎医師の大変だったというべきイベントは、吾郎が東京へ訪れた際に苺プロの事務所へ訪れた時であろうか。

 ルビーは久しぶりに対面で再会した吾郎医師にべったりだし、アイはアイで身内である斉藤夫妻以外に双子の可愛さを自慢できる他人である。その場のテンションはマックスと言える。なお、吾郎医師が東京へ来る理由は、昔、難病で救えなかったアイ推しの子供の命日の墓参りである、と告げるとさらにルビーの引っ付き具合が悪化したのだが、それは、アクアにとっては些細なことである。(すでに地獄への道は舗装済みなので……)

 

 そんなこんな一年間を思い出しながらアイ、アクア、ルビー、ミヤコを乗せた車はロケ地へ向けて走る。

 今日は、アイのドラマの初出演する現場への道中だ。その様子を見てみたいという双子の懇願に負けたミヤコがハンドルを握り、ロケ地へと輸送していた。

 

 ハンドルを握りながら今までの経験を生かして注意を促すミヤコ。だが、その場のほぼ全員が聞き流していることは間違いない。

 

 ―――不憫だな。

 

 アクアはそう思うが、この場の力関係上、アクア一人が口に出したところで何も状況は変わらない。むしろ、そんなことよりも気にしなければならないことがあるのだ。

 

「(……有馬かなの初対面へ繋がる道がこの現場だったはずだ。注意しなければ今後の展開に影響を与えるな……)」

 

 星野家以外の原作キャラクターとの邂逅。アクアにとって重要な時間が近づこうとしていた。

 

 

 





今回はB小町のイベントまででした。もちろん、主人公はドルオタではないので練習は必須ですね。
あとは、B小町の問題に少しだけくさびを打ちました。これがどうなるかは今後の活躍次第。

今回はつなぎの意味合いが強いですね。吾郎ではなくなったアクアと有馬の関係性に興味を持っていただければと思います。

もしよろしければ、感想、評価よろしくお願いします。感想を一言でも頂ければ幸いです。


斉藤ミヤコ
・芸能事務所の社長と結婚したと思ったら事務所の子供を任せられた。
・神の子としてお告げを与えられた。
・双子のいいように扱われているような気がしている。
・赤子動画以降、B小町のアイ以外のメンバのマネージメントも気にしようとしている。
・それでもアイ以上のアイドルは存在しないと思っている。
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