「あぁぁぁ、ふぅ~」
女性の部屋で阿鼻叫喚の事態になっていることを全く知らないアクアは一人で男湯に浸かって、声を出して、ため息を吐いていた。
正直に言えば、疲れたというのが本音だった。慰安旅行とはいったい? とは思ったが、そもそも、あかね、フリル、みなみ、アイという女性陣に囲まれて旅行できるというだけで交代してくれ、という男性陣はたくさんいるだろう。この感情を理解できるのはアイにいいように使われていた吾郎ぐらいだ、とアクアは思っていた。
あかねとフリル、みなみは観光地を楽しんでいるようだった。アクアとしても主催者としては嬉しい限りだ。だが、あかねは恋愛教室を盾にツーショットをねだり、フリルは油断すれば、腕を組んで自撮りでツーショットをせがんでくる。やや控えめに願ってくるみなみが癒しなぐらいだ。いや、この田舎の神社特有の急勾配でみなみにはエスコートが必要な点を鑑みれば、プラスマイナスゼロと言ったところだろうか。
アイと吾郎が合流した後は、アイは吾郎と絡んでおり、あまり労力は必要なかった。ただ、召使のように付き添う吾郎が哀れだったというところだろうか。おそらく、ルビーについて話をしたと、アクアは思っているが、その結論は共有されていないためよく分かっていなかった。今頃、ミヤコと部屋で飲んでいるだろうから、おそらくそこで事情を共有しているのだろう、と予想は立てられるが。
そして、一番大変だったのはMVとPVを撮影している撮影所だった。新生B小町のニューシングルとなるMVの新衣装を見て新生B小町のオタクであるあかねとフリルが反応しないはずはなく、あかねはかなの衣装にダメ出しをしながらにやけており、フリルはメムの新衣装と一緒に写真を撮っていた。流出しないか心配である。そして、ルビーは、もちろん、アイと吾郎から絶賛されて、頬を緩ませて、アイと吾郎は微笑ましいものを見るような目で見守っていた。
―――いや、吾郎医師が父親になることはないよな?
半ば本気で心配になったのは言うまでもないだろう。傍から見れば授業参観にきた夫婦と見てもおかしくない光景だったからだ。だが、そんな様子に気づいていないルビーは母親のアイと恋人(?)の吾郎に甘えるように抱き着いて、撮影に挑んでいた。
もっとも、今のルビーはまさしく究極で無敵のアイドルの血を継いだ一番星としてのポテンシャルを十二分に発揮するアイドルだ。傍から見ていたアクアとしても、すごいと素直に言えるパフォーマンスを魅せていた。
なお、隣で、黄色のサイリウムを振るフリルと白のサイリウムを振るあかねと赤のサイリウムを振る吾郎、アイは見なかったことにした。というか、どこに持っていたんだろう、と素直に感心さえできる。後で聞いたところ、手荷物に忍ばせていたようだ。日が暮れた後に撮影所に行くことをスケジュール上は伝えていたため、念のため持ってきたようだった。念のためとは一体……? と宇宙を知った猫のような表情をしたくなってしまった。
新曲のMVの撮影所だというのに一部の人間によりアイドルコンサート会場になってしまったような気がする。かろうじて、撮影現場からは見えない位置だったのが幸いだっただろう。そうでなければ、撮影スケジュールに支障をきたしたはずだ。主に、ルビー、かな、メムの笑いが止まらないことによって。
この中で、みんな好きなんやな~、とのほほんとしているみなみだけがアクアの癒しだった。
「あぁぁぁ」
温泉の気持ちよさに思わず声を上げてしまう。田舎で、時期が外れていたのか、男湯にアクア以外がいないことが奇跡的だった。人の目を気にせずゆっくりと温泉に入れる解放感にそれだけで疲労感が回復するような気がした。
観光地だけあって風光明媚な風景は、あのコンクリートジャングルといわれる都会と比べれば目新しさもあり楽しめた。もっとも、この地に住む人にしてみれば東京が観光地なのかもしれないが。そして、異性に囲まれながら、という状況が、またアクアの心労を重ねており、解放された今が心休める時だった。そのはずだった。
「いい加減、無視はやめてほしいな」
少し離れた隣から聞こえる子供の様に高い声。その声を聞くのは何年ぶりだろうか、と思う。場所がここでなければ、十分に対応できただろう。だが、この場所はあまりにも不意打ち過ぎた。
「なぜ、お前が
「君が一人になるときがなかったから。モテモテだね」
意図的に謎の幼女がいる場所を見ないようにできるだけ正面を見ながら尋ねていたが、彼女が意地の悪い笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
「そういう意味じゃない……ここは男湯だぞ。
「いや、ちゃんと肉体を持った身体だから見えるさ。触ってみる?」
「俺を殺す気か?」
もちろん、殺されるのは物理的ではなく、社会的にだが。ただでさえ、状況的にはアウトなのに、彼女の肌に触れたとなれば、情状酌量の余地などないだろう。もっとも、彼女の場合、物理的にもオカルトパワーで殺されそうではある。
「大丈夫だよ。温泉でも子供は混浴が許されるんだ。年の離れた妹の面倒でも見ているということにすればいい。サービスでお兄ちゃんと呼んであげようか?」
「そんなサービスは求めてない」
どうしてこうなった、と今すぐ顔を覆って嘆きたくなってきた。現状、隣に裸と思われる幼女がいる時点でアクアは容易に目を開けられないのだが。なにより、先ほどの彼女の発言を真に受けるのであれば、この場面を見られただけでやばいはずなのだが。
「さっさと用件を言って消えてくれ」
「冷たいな。温泉は温かいけど」
「いや、本気で、人生の正念場なんだが!?」
見られたら詰み、という状況でのほほんと幼女と話している場合ではない。この状況でのんびりと用件を聞くだけの余裕があるのはよっぽど器が大きな人物だろう。
「まあ、別に用件があったわけじゃないよ。今日の私はメッセンジャーだ」
「メッセンジャー?」
「そう、あの庇護対象の雨宮吾郎と子を成す女を宛がったことに対する礼だそうだ」
「言い方っ!?」
思わず、幼女のほうを向いて、指摘したくなるほどに明け透けな言い方にアクアは抗議したくなった。それに、宛がった訳ではなく、前世のさりなの恋を叶えるべく助言しただけだ。もっとも、そうしなければ吾郎が誰とも結婚せず、娘のように思っているルビーを見守って生涯を終えたとしても不思議ではないのだが。
「一度、雨宮吾郎の管理する社に参拝するといい。何か礼がもらえるだろう」
「俺は、別に信者というわけではないのだが……」
「七五三をやって、結婚式は教会で、ハロウィンとクリスマスを祝って、正月に神社を複数参るような日本でそんなことは気にしないよ。ただ、その神を認識して信仰しているかだ。だから、ただ社に参るだけでも十分なはずだよ」
「それでいいのか? 日本の神……」
「八百万の神々だからね。唯一神のように狭量じゃないのさ」
海外で主張すれば十字軍でも起こされそうなことを平気でのたまう幼女に絶句するアクア。だが、超常的な存在とはそんなものかもしれない、とアクアはいい加減諦めた。男湯に一人で突撃する幼女が接触してくるのだ。もはや、悩むだけ無駄というものである。
「それじゃ、伝えたから、私はもう出ることにするよ。あ、目は閉じておいてくれよ。死にたくなければ」
「当然だ。もう俺は何も見ていない」
それだけ言うと、くすっ、と苦笑するような笑みを浮かべるような音を聞いて、それから、ざぶん、と湯が動くような波を感じて、ぺたぺたと足音を聞いてようやく少しだけ安堵出来た。
「じゃあね、お兄ちゃん」
「早く出ていけ!」
この数分で、一日以上にどっと疲れたような気がしたアクアだった。なお、翌日にさらに疲れる事態が起きていることを把握することになるとは夢にも思っていなかった。
※ ※ ※
癒されるために入った温泉にまさか、余裕もないほどに疲れる事態に遭遇したアクアだったが、一人部屋ということもあり、快眠は取れたアクア。翌朝、旅館の食堂で朝食をとり、待ち合わせの時間に外に出てみると、すでに女性陣は集まっていた。ただし、ルビーは少し落ち込んだ表情をしており、ミヤコとアイはどこか悩んでいるような表情をしていた。そのほかの女性陣はどこかそわそわしており、落ち着きがない様子だった。
なにかあったのか? とアクアが聞こうとしたタイミングで、一台の車が待ち合わせ場所の駐車場に入ってくる。予定の時間よりも若干早いが、それでも許容範囲内の時間だ。その車から降りてくる一人の男性。先日もドライバーの一人として活躍した雨宮吾郎、その人だったが、なぜか女性陣の視線が一気に向けられた。それは『ギンッ』という空間を軋ませるほどに集中した視線だった。
「え、えっと……おはようございます?」
なぜ、急にそんな視線を向けられるか分からない吾郎としては困惑するしかない。そして、それは理由を知らないアクアも一緒だった。前日までは普通だったのに、なぜ? という気持ちが強い。だが、それを強制的に打ち切るようにミヤコが手を叩き、その緊張感を打ち切った。当初から予定された人員に分かれて車に乗る。
今日の予定はPVの映像追加だ。それは撮影所の追加ではなく、映像Dのアネモネが欲しい映像を撮るため、撮影場所が指定されていた。撮影については現地集合だった。吾郎の車には新生B小町の面子が乗っており、アクアが乗るミヤコの車にはそれ以外のあかね、フリル、みなみが乗った状態だった。彼女たちは一同揃ってアクアに何か聞きたそうな雰囲気を醸し出していた。
「えっと……何かあったのか?」
その緊張感に耐え切れず、切り出したのはアクアだった。その問いを待っていたのだろう。助手席に乗っているアクアが、バックミラー越しでも待ってました! と言わんばかりに表情を変える彼女たちの様子が簡単に見えるほどだった。
「アクア兄さん、あの雨宮先生がルビーちゃんの婚約者って本当なん?」
意外にもみなみからの直球勝負だった。だが、あかねもフリルもうんうん、と頷いていることから役割は決まっていたのだろう。そして、その問いにアクアは絶句していた。なぜなら、それは苺プロの中でも機密に近い事項だったからだ。誰が漏らしたのか? と思ったが、彼女たちは全員女子部屋だったのだ。ならば、漏れた先は、張本人のほかいないだろう。
その事態を把握できるのはミヤコだけで、運転しているミヤコには悪いが、視線を向けてみると顔を真っ青にして、コクリと頷いていた。つまり、誤魔化しが効かないほどに事実が知られているということである。幸いなのは、親しい間柄だけということだろうか。
これはもう、疑っていない以上、誤魔化せないとアクアは判断した。
「はぁ、そうだよ。少なくともルビーが諦めない以上、吾郎医師はルビーの婚約者だ」
きゃーっ! とある種の悲鳴が上がるのは女子高生としては正常なのだろう。16歳の女性高校生にアラフィフの男が婚約者なのだ。そこにどんなドラマ性があるのか、それが気にならない女の子がいるなど思えない。
とはいえ、簡単に語るわけにはいかない部分も非常に多く、四苦八苦しながらアクアは撮影場所までの時間、あかねとフリル、みなみの質問攻めに耐えたのだった。
疫病神が本編でも出てきたので少し出演です。
この後は宮崎編のMV撮影が入ります。短くてすみません。
誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。
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