あくまでフィクションで楽しんでいただければ、と思います。
星野アイのスキャンダル
「ははは、そんなわけないだろう」
今まで部外者から一度も疑われたことがないことを聞かれて、思わず動揺してしまったが、無言が肯定と取られることを恐れて、慌てて返事した。不意打ちだっただけに声が裏返らないかしんぱいだったが、いつも通り返事したはずだ。この時には、すでにアクアから眠気などというものはすっかりと消し飛んでいた。
「フリルは、そんな戯言どこで聞いたんだ?」
少なくとも情報源は聞いておきたいと思ったアクアは、フリルから聞き出そうとしたが、スマホの向こう側のフリルは、アクアの言葉を聞くとふぅ、とやや疲れたようにため息を吐くとゆっくりとした口調で答えた。
「やっぱり知らないんだね。アクア、この情報は明日の週刊誌に載る情報だよ」
「は?」
思わず呆けた声が出てしまった。どこかからの噂話かと思えば、まさか雑誌に載るレベルとは思っていなかったからだ。だが、そうだとしても、前提がおかしいことにすぐに気づいた。
アクアが呆けるのも無理はない。そもそも、芸能関係の週刊誌で記事になる場合、その対象の事務所に発売日前に見本誌が届くからだ。その理由は、こういう記事を出すからよろしく、というものと、もしも、可能であればより面白い記事で差し替えるぞ、という内容だ。だから、フリルのいうことが事実であれば、それは芸能界の『鉄の掟』という暗黙の了解を無視したものだった。
もしも、その情報が載る週刊誌が見本誌として送られてきたなら、今頃こんなに呑気に寝てはいられないだろう。
「ちなみに、どの週刊誌なんだ?」
アクアの問いに返ってきた週刊誌の名前はアクアも聞き覚えのないもので、大手ではないようだった。ただ、小骨が喉に引っかかったような微かな違和感も感じる雑誌名だ。
「まあ、発行部数もあまりなくて、ゴシップ記事がメインだからね。アクアが聞き覚えがないのも仕方ないよ」
「あぁ、あれか」
ゴシップがメインと言われて、ようやく思い出した。過去にアイが同級生と道端で話しているところを撮影されて、熱愛か? と言われた雑誌だ。もちろん、そんなものは発刊された直後にFAX一つで対応しただけで終わってしまったが。
「そんな週刊誌だけど、今回は本気みたいだね。アイさんとルビーの遺伝子証明書も記事に載ってるぐらいだから」
「なっ!? なんでそんなものが? ……いや、できないわけではないか」
アクアが驚くのも無理はない。さすがに本人の意思を無視した遺伝子検査の結果を載せるのは道理というレベルではなく、法律的にも違反しているといえる。だが、遺伝子証明書を作成する方法は、体の一部を手に入れることであり、組織的に動けばアイとルビーの髪の毛などを集めることは無理でない。原作でアクアがひたすらに男性芸能人の遺伝子情報を集めて検査していたように。
「だけど、その遺伝子証明書が真実という証拠はないだろ? なら、否定のプレスリリースを出して終わりだ」
アクアも姫川との遺伝子検査の結果を見たが、そこにアクアの名前ではなく、検体Aと検体Bという風に記載されており、個人名は出てこないはずだ。だから、仮に載っていたとしても、偽物だと否定すれば良いだけの話の様に思える。
「確かに、普通ならそれで終わりなんだろうけど、今回の記事は週刊誌特有の推測とぼかしがなくて、断定的なんだよ。それに追随するようにいくつかのスポーツ紙が動くって話も聞いてるよ」
アクアの言葉を肯定するフリルだが、その後に続くフリルの言葉にアクアは驚いた。
ゴシップを掲載する低迷する週刊誌の情報の後にスポーツ紙もこの記事を後追いするという。つまり、この記事に対して苺プロの反応を見てから記事を作成するということなのだろう。アクアの常識が正しければ、この手の記事にスポーツ紙などが動くのはよほど確証が取れたときだと思っていたからだ。
「つまり、何の証拠もなく否定するプレスリリースだけじゃダメってことか……」
「そうだね。最低でも法的措置を行う、と断言するか……もっと早めに消化するなら、アイさんとルビーかアクアを遺伝子検査して、その結果を第三者の弁護士が開封するとかを疑いの余地がないぐらいに動画にするぐらいはやらないとダメだろうね」
それができる? とフリルは尋ねているようだった。それは、最初の口調で半ばアイとルビー、アクアの関係性を確信しているような口調から考えれば、フリルは不可能と考えているようだった。そして、その考えは正しい。未だにアクアの口から正しい答えは出ていないものの、フリルが提示した反論は無理だ。
法的措置の場合、苺プロ側が記事の遺伝子証明書を否定しなければならない。明確に嘘であることを突きつけるためには、やはりフリルが言うようにアイとルビー、アクアがそれぞれ遺伝子検査するのが早いが、それは記事の内容が事実であるがゆえにできない。
「それで、改めて聞くけど、アイさんとルビー、アクアは親子なんだね?」
その問いに答えるのは少しの時間を要した。ほぼ確信を持っている問いに対して、これ以上逃げ道が塞がれてしまっていることをアクアは自覚した。
「―――ああ、そうだ」
気分としては観念した、という感じだった。生まれてから今まで、墓場まで持っていくだろうな、という秘密をあっさりと暴かれた気分は、気が抜けるものだった。バレる時はこうも一瞬なんだな、とどこか関心した気分でもある。
「そうなんだね」
「なんだ? ずいぶん驚かないんだな」
アクアとしては人生最大の秘密を知られてしまったというのに、そうか、と落ち着いた口調で言われてしまっては、自分が今まで秘密にしていた事がすごく程度の低いようなものに思えてしまって、苦笑してしまう。
「驚いてはいるよ。でも、それよりも、納得のほうが大きいかな」
「納得? どこか疑わせるようなことがあったか?」
おそらくフリルは、アイとルビー、アクアの関係にどこか不審を抱いていたのだろう。だからこそ、納得という言葉になる。だが、少なくとも遺伝子検査などを裏でこっそりと行われない限りはしっぽを出した覚えはない。
「ルビーだよ。あの子のライブは、どう見てもどこかアイさんを彷彿させる。もしかしたら、義理とはいえ血のつながりはあるだろうと思っていたけど、親子と言われれば、それはそれで納得できるよ。たぶん、発表されても往年のアイさんのファンはそう思うんじゃないかな? だから、もしも、徹底的に隠すのであれば、ルビーはアイドルをやるべきじゃなかったと思うよ」
「でも、それは――――」
ルビーの夢を諦めろということだ。前世から知っているアクアからしてみれば、それは酷なことで、もしも社長の壱護がそれを提案したとしても、あの親バカな一面があるアイが逆に芸能界を引退してもルビーをデビューさせると言ってもおかしい話ではなかった。
「ごめん、そうだね。ルビーがデビューしないなんて言うべきじゃなかった」
「いや、フリルの言うことは正しい」
本当に、全力をもってアイとアクア、ルビーの存在を隠すというのであれば、アクアとルビーは芸能界に近づくべきではなかった。だが、なんの因果か、アクアもルビーも芸能界にどっぷりと浸かってしまった。気が付けば、ルビーはアイドルの中でも上澄みに近い位置にいるし、アクアも直近はすでにフリルと似たような影響力を持つ俳優になった。
「でも、この展開が容易に想像できたからこそ、君たちの社長は何か考えてるはずだよ。あれでも、界隈では敏腕で有名なんだから」
「壱護さんが?」
「ああ、これだけの秘密を抱えた苺プロの社長なんだ。そのくらいは考えているさ」
あのチンピラに近い容貌をした社長を思い浮かべる。確かに地下アイドルだったアイをドームツアーを行うほどのアイドルにまで育て上げ、さらに苺プロを拡張した社長。確かに、この展開を想像していないとは思えない。姫川と金田一にバレたときは、隠す方に注力していたが、もしかしたら、バレた後の事も考えているのかもしれない。
「それに、私はアクアの味方さ。これでも、国民的美少女といわれるぐらいの人間なんだ。援護射撃が必要ならいつでも言ってくれよ」
「フリル……」
フリルの言葉に感動するアクア。こういう時に一人ではなく、援護してくれる人がいるというのは心情的にもありがたい。また、この秘密に対して好意的なことに関してもアクアは感謝を述べたかった。だが、それはすべてが終わってからだ。この騒動は現実的にはまだ始まってすらいないのだから。
「苺プロの奮闘を期待するよ」
「ああ、ありがとう」
それだけ言うとフリルからの通話は途切れた。
もはや、眠いなどと言ってられない状況だった。急いでスマホの電話帳から壱護の電話番号を見つけてタップすると、すぐに着信する。
「ああ!? アクアか? 今、忙しい―――」
「母さんの秘密がバレた件だよな?」
スマホ越しとはいえ、向こう側の壱護が笑っているような雰囲気が感じられた。
「いい耳もってるじゃねぇか、アクア。そうだ。どうやら無茶をした週刊誌に載せられたみたいだ。今、情報収集をしている。何とか状況を整理するからお前は寝てろ」
「でも―――」
「もしかしたら、お前には矢面に立ってもらうかもしれねぇんだ。今夜は俺に任せて寝てろ。大丈夫だ、何とかしてやるよ」
そこには長年芸能界に関わってきた社長としての意地があった。少なくとも自信はあるのだろう。もしかしたら、フリルが言うように、壱護にも何かバレた場合の対策があったのかもしれない。だから、壱護は寝ろと言う。
「分かった。今日のところは任せる」
「はははっ! もう日付超えてるけどな! とりあえず、明日は学校は休みだ。アイとルビーと一緒に家にいろ」
おそらく、苺プロの中でも一番のスキャンダル。だが、それにも笑って乗り越えようとする壱護。まったく、社長としては頼りになる、と安堵の息を吐きながら、アクアは軽く了解、と答えて通話を終了した。
果たして今夜は眠れるだろうか? と疑問に思いながら、少なくとも身体を休める必要があると目と瞑り、ベッドの中に入る。不安はある。もしかしたら、アイとの関係がバレて、すべて終わってしまうのではないか? という恐怖もある。だが、同時に味方もいる。だから、アクアはこうして横になれるのだ。少なくとも、明日から始まるスキャンダルへの戦いが一方的な負けにならないことを信じているから。
眠れないかもしれない、と思っていたアクアが夢の世界に旅立つにはそう時間は必要ないのだった。
※ ※ ※
「おぉ、バチバチに燃えてるな」
アラーム音に起こされて、スマホを覗いてみれば、SNSで大炎上していた。今日のトレンドにも『アイ』『親子疑惑』『遺伝子の暴力』などアイとアクア、ルビーの関係性を示唆したものが多い。SNSだけではなく、匿名の掲示板も盛況だった。
「アイと星野アクア、星野ルビーが親子らしい」
「おい、あの日付も間違った週刊誌の話だぞ」
「遺伝子証明書はあるんだよな?」
「アイとルビーちゃんの物って証拠もないだろ?」
「逆算すると16歳の頃の子供って話なんだが……さすがに嘘だよな」
「残念ながら、その時期にアイが体調不良で活動休止してんだよなぁ~」
「確定じゃん!?」
「さすがにサバ読んでじゃね?」
「20歳ぐらいだったのかな?」
「だったら、今は40歳近い年齢だぞ!? 公称の年齢でも信じられないぐらい若いのに、それよりも年上ってどういうことだよ!?」
「テレビで全然やらねぇな」
「まだ、確証取れたわけじゃないからじゃね? まあ、これだけ燃えたらいずれニュースになるだろうけど」
好き勝手言ってんな、とは思うが、騒動を外から見ている人間、しかも、匿名となればこんなものだ。しかも、アイは、過去ではアイドルとして有名だったが、今は女優だ。その認識があるからこそ、炎上の具合は、情報の確からしさに寄っているように見える。もっとも、平穏な箇所を見ているだけで、アイドル時代から応援していた濃い場所に行けば、嘆きと怨念と罵詈雑言が蠢く地獄になっているのかもしれないが。
軽く掲示板やSNSの反応を確認した後、いくつも届いていたメッセージアプリにそれぞれ返信して、ベッドから降りて、平服に着替え、身だしなみを整えた後にリビングに足を踏み入れた。
「うぅぅぅぅぅ、なんで俺が……」
「いつまで泣いてるの!? 午後から会見なんだからしっかりしなさい!」
「へぇ~、こんな風に書かれたんだ~」
「ぶぅ、せんせも変なこと言うんだから……」
なぜか、リビングのテーブルにうっつぷして泣いている壱護、それを叱責するミヤコ、おそらく親子の情報が載った週刊誌を読んでいるアイ、なぜかスマホを見ながらぶつぶつ呟いているルビーという、状況が状況だけに理解できるが、それでも混沌としたリビングになっていた。
「あ、アクア、朝ごはんどうする? ちょっと立て込んでるからパンになっちゃうけど」
「いいよ、俺が用意する」
アクアの姿を見たアイが用意しようとするが、さすがに現状で用意させるのは気が引けたアクアは自分がやると宣言する。だが、それを押しとどめたのはアイだ。
「いいの、どうせ今日は外に出れないし、やることないから」
一番当事者のように思えるが、確かに一番動いてもらって困るのはアイだ。だからこそ、姿を隠す様に自宅から出られないというのは正しい。そう言われてはアクアも手を出すわけにはいかず、不機嫌そうにスマホをいじっているルビーの隣に座る。
「どうしたんだ? そんなに不機嫌になって」
アクアとしては、アイとの関係がバレて、右往左往しているルビーを想像していたのだが、今はひたすらにメッセージアプリを通して誰か―――いや、グループだったら複数人だろうか、と話しているような気がする。おそらく、アクアのほうに連絡がないのはルビーが対応しているからだろう。
「……ママの事がバレたから、せんせがもしも避難先が必要なら僕の家に来るといいって、ママに言ってた」
「ああ、それは―――」
ありかなしか、でいえば、ありだ。少なくとも東京から脱出できれば、陸路を使って宮崎まで向かうことは不可能ではない。変装用のウィッグも使えば問題ないだろう。今のところ、マンションも報道陣に囲まれるようなことにもなっていない。だが、ネット上の炎上が今日一日続けば、明日には囲まれてしまうだろう。だから、脱出できるとすれば今日だけだ。
「せんせも優しすぎるんだよ」
「まあ、それは―――」
雨宮吾郎の美点であり欠点であるだろう。婚約者候補のルビーとしては彼の女性への甘さが―――しかも、対象は自分の母親だ―――やるせないというのはアクアとしても理解できる。
「まあ、そうなったとしても今が正念場だ。許してやれよ」
「……分かってるもん」
頭では理解できても、心は理解したくないというのはアクアにも分かる。仮にも結婚を考えている男が自分の母親とはいえ、女性と一緒にいることになるのだ。嫉妬しない方がおかしいだろう。だから、アクアとしてもこれ以上は言えなかった。
ぽちぽちとスマホをいじるルビーから意識を外すと、今度はアイが見ていた週刊誌が目に入った。表紙には、『一世を風靡し、今なお女優界の頂点に立つアイに隠し子発覚!? アイ、星野アクア、星野ルビーの関係を追及する!!』と大きな文字で書かれており、中身をペラペラと捲ると、いくつものいかにも切り抜きました、というゴシップ記事に挟まって、アイの記事が現れる。
そこには、テレビ関係者から手に入れた遺伝子証明書があり、アイとルビーの関係が『親子の関係性が高いと考えられます』と添えられた証明書が写真と一緒に載せられていた。さらに、アイドル時代のアイと今のルビーを比較できるように―――ご丁寧に同じ楽曲のポーズが同じ―――並べられた写真があり、親子関係の裏付け、と書かれた点については、確かにこうして並べられるとそっくりだな、と感心したものである。
そして、最後にはお決まりのように『苺プロに問い合わせており、回答があり次第、続報をお知らせする』と記載されていた。
唯一の幸いとしては悪意だけの記事ではないというところだろうか。もちろん、当然の疑問として『父親は誰か?』ということには言及しているが、そこに対して候補は上げていない。つまり、純粋な疑問形式にしている。ここで過去に噂された関係性を蒸し返していないところは、高評価と言えるだろう。
「はい、アクア」
へぇ~、とある種の感心を持って週刊誌を見ているとアイが作った朝食が載った皿を差し出してきた。皿の上に載っているのはトースト焼いて目玉焼きを載せた定番料理だった。それをありがたく頂こうとしたところで、ようやく壱護が復活した。
「あ~、アクアは食いながらでいい。状況が大体整理できたから聞いてくれ。そもそもの始まりは―――」
そこからアイとアクア、ルビーの関係性が載るまでの経緯が説明された。
最初はアイの―――旧B小町の熱狂的なファンが週刊誌のライターに含まれていたことが発端だった。もちろん、最推しはアイだった。そんな彼は普通にB小町が解散した時は悲しみ、新生B小町が復活した時は喜んだ。あの時の熱狂が再び味わえるのではないか、と期待したからだ。そして、その期待以上に新生B小町―――特にルビーは応えてくれた。
あのアイに負けないルックスとパフォーマンス。過去のアイと同じように深みにはまった。いや、深みにはまりすぎた。アイのファンの時は大人ではなかった彼は今は大人だった。しかも、芸能界のゴシップを記載するライターだ。芸能界に伝もある。そんな彼が、後継者といわれるルビーと過去の究極で無敵のアイが、そっくりだということに気づかないはずがない。いや、幻影を追っているといっても過言ではない状況だった。
最初は笑い話だった。義理の姉妹って関係だけど、本当に異母姉妹だったりして、などという妄想から始まった。
そこからは、真実を知りたいと、テレビ局内のADの伝をたどって楽屋の片づけと言い訳をしてアイとルビーの髪の毛を集めて、遺伝子検査に出した。血縁関係だったら面白いよな、と冗談を言いながら。
だが、結果は想像もしていなかった最悪―――いや、ゴシップ誌からしてみれば、最高なのだろうか。まさかの親子関係という事態だった。それを記事にするつもりがなかったライターくんはその事実を隠した。だが、酒の席で「俺はアイの最高のスキャンダルを持っている」と口を滑らせてしまった。それが、この事態に繋がるとは夢にも思っていなかっただろう。
「もう、この時点で最高にお腹いっぱいなんだけど」
「それってありなの?」
アイもルビーも壱護の口から語られる事実に辟易としていた。まさかの自分の髪の毛が知らないうちに収集され、しかも、遺伝子検査に出されているなどと信じたくない事実だった。いや、実際にテレビ局などの信用問題になるため大事件なのだが。
「まあ、これで半分だ。ここからがその事実が表に出るまでの経緯だ」
彼としても表に出すつもりではなかったのだろう。だが、出さざるを得ない事態になってしまった。
彼が酒の席で嘯いた言葉は大手の事務所に届くことになる。その事務所は苺プロの存在を危惧していた。アイだけなら問題なかった。所詮一人である。こなせる仕事にも限界がある。アイがオファーの一番手としても、二番手以降であればそれなり以上の仕事がある。それにアイ以外に主演となり得る人材もいなかった。だから、一過性のものと無視していた。
だが、ここに来て、星野アクアが役者として爆発的な人気を得た。さらに、双子の妹である星野ルビーはアイドルとして確実に階段を上がっていく。この先、アイドルを卒業した後に俳優業になるのは、一般的なルートだ。さらに、新生B小町のメンバーである有馬かな、アクアと恋愛ごっこの関係のある黒川あかねと次世代も育ってしまった。
ならば、無視するわけにもいかなくなってしまった。もしかしたら、10年後には苺プロの俳優だけで主演が埋まってしまうかもしれない、という恐怖感に襲われた。だからこそ、何かスキャンダルをと探していた。今の絶頂であるアイ、できれば、星野アクア、星野ルビーも含んだものを。
そんなアンテナに引っかかったのが件の彼というわけである。
もちろん、違法行為満載の記事である。訴えられれば負けることは間違いない。だが、その責任を負うのは出版した会社だ。なんの後ろ盾もなく記事を公開すれば、破産の後に次の就職先もなく路頭に迷うことになるだろう。だが、逆に後ろ盾があれば? 出版社が破産した後に就職などを面倒見てくれる後ろ盾があれば話は別だ。
そういう経緯で生まれたのが、アイの記事というわけであった。
なるほど、とアクアは思った。考えた以上に悪意のない記事だと思ったが、アイのファンだったというのであれば納得だ。このまま足掻いても潰れるゴシップ週刊誌が最後の花火と打ち上げた記事。しかも、後ろ盾ありだ。悪意があるように書けば、いくらでも書けただろう。だが、この記事のライターのファン心がそれを許さなかっただけの話である。
「それで、もう、ここまでバラされたら下手に無視せずに会見したほうがいいと俺は判断した。だから、今日の夕方から会見の案内を出した」
「急だな」
「こういうのは時間を置かないほうが余計な情報が錯綜しない―――いや、できないというほうがいいか」
危機管理としては、正しい情報を早めに出す方がいいということだろう。夕方というのは悠長なように聞こえるが、では、お昼に会見をします、と言われても準備ができない報道局が多いだろう。こちらとしても、対応する報道局としてしばし時間を置いた方が対応しやすいのは事実だ。特に今回は奇襲のようなものなのだから。
「ところで、壱護さんが泣いていたのは何だったんだ?」
「ああ、それなんだけど……あの人が、事務局の広報担当の人にアイの記事について説明した時にアクアとルビーの父親と勘違いされたみたいで……」
「ようやく表に出せるのね! と激励された俺の気持ちが分かるか!?」
あ~、とルビーとアクアの声が重なった。広報関係の社員は苺プロが拡張し始めた頃からの古株が多い。つまり、アイが休止したころや、休止した後に補充した要員も残っているのだ。その中にはアイとアクア、ルビーの関係を疑っていた人もいたのだろう。その場合、父親といえば、B小町の中でもアイを贔屓していた壱護の名前があがるのも無理はない。
まさか社員からそんな目で見られているとは思っていなかった壱護は涙していたというわけである。
「ま、まぁ、誤解は解いてきた! 後は、今日の会見だけだな」
そう宣言して、改めて壱護はアイに視線を向けた。
「いいんだな、あのプランで」
「うん、もう私はアイドルもやったし、アクアも役者として独り立ちした。ルビーもアイドルとして活躍している。私は、楽隠居でいいよ。私が食べていけるお仕事だけでいい。アクアとルビーの影響を最小限にしてよ」
アイと壱護だけで伝わる情報でやり取りする二人。おそらく、事前に話し合っていたのだろう。これからの展開を話し合っていた。ここで、アクアとルビーの影響を最小限にしてほしいとは、母親らしいところと褒めるところだろうか?
「……壱護さん、勝算はあるのか?」
話の流れはよくわからないが、アクアは壱護に想定していた流れの通りになるのか? と確認した。ここまでくれば、星野家―――アイ、アクア、ルビーは苺プロと一蓮托生だ。だから、勝算を聞きたかった。
「おう! 任せとけ。アクア、お前もあのカントクの下で修業したなら分かるだろう。16歳で妊娠したアイドルを男に恋した女とするか、悲劇のヒロインとするかは演出次第ってな」
星野アイというとびっきり扱いにくいアイドルを芸能界の頂点にまで連れて行った男は、余裕のある笑みで笑った。
「俺は役者じゃねぇが、一世一代の悲劇のヒロインに寄り添う社長を演じてくるぜ!」
その自信満々の態度はどこからくるのか分からないが、素人をドームツアーまで成長させた手腕を信頼させるような笑みを浮かべる壱護をアクアはとりあえず信じることにするのだった。
スキャンダル編の最初です。
掲示板の書き方のスキルがあればよかったですね・・・。
もう、違法行為バリバリの記事です。
アクアのスマホには、かな、あかね、みなみなどの関係者からメッセージはありますが、ほとんどルビーの淑女同盟のグループラインで会話しています(笑
以前からバレた場合のパターンを考えており、今回もその一パターンとなります。
次回は壱護さんのスキャンダル記者会見編です。
誤字脱字報告毎回ありがとうございます。大助かりです。
もしよろしければ、感想、評価(感想欄より下から可能)をよろしくお願いします。励みになりますので、感想を一言でも頂ければ幸いです。