『宮崎県高千穂町の山中で見つかった白骨死体は所持品、および歯の治療跡より、俳優のカミキヒカルさん、高校生の〇×リョウスケさんと判明しており―――』
『このカミキヒカルさんと〇×リョウスケさんの件について警察は事件、事故両方の面から捜査しており―――』
『劇団ララライの若き天才俳優、報われぬ愛に心中か? カミキヒカルの死を追う――――』
「は?」
目の前の図書館の検索用PCの画面に表示されたニュースサジェスチョンを前に星野アクアは思わず、なんだこれ、というような声を出すしかなかった。
現実が受け入れられず、いやいやいや、ともう一度目をこすり、PCの画面を見ているが、ニュースの文字の変化はない。
「は?」
この世界に何が起きているのか、星野アクアが理解するにはまだ幾ばくかの時間が必要だった。
※ ※ ※
五反田泰志監督の映画出演から一年が経過していた。
星野アクアとしてはあの映画は精一杯演技をしたといえるが、結局は原作通り、ほぼすべてアイが持って行った。主役を喰うほどの演技を見せて小さいながら業界に波紋を起こした。そこにはアイのバーターとなったアクアも当然無関係ではない。
芸能の世界というのは広いようで狭い。世界では五人知り合いをたどれば特定の人物にたどり着く、などという統計学的な考えもあるが、芸能界はさらに小さい。三つもたどれば大御所にたどり着く。その中で、星野アクアの名刺と写真はウイルスに感染するかのように業界内に広まった。
そもそも、天使のような容姿と劇中の不気味な子供を演じる演技力だが、実際に対話したスタッフは物腰柔らかい態度に絶賛の言葉を述べる。そんな都合のいい子供いるわけない、と二人以上に確認してみれば、誰もが同じことを言う。そうなれば、疑っていたまた聞きの中堅どころのスタッフ、監督も興味を持つのは無理もない。
子供とは御しがたいものである。その日の気分や感情的な面で撮影がままならないこともよくあることだ。それを加味したスケジュールが引かれている。だが、そういった面を気にしなくてよい安定した子役。しかも、容姿、演技力ともにお墨付き。そんな話に飛びつかない業界人はいない。
最初は端役からお試しで使ってみたいという映像方もいれば、この容姿でいつでも撮影OKなら子供モデルとしても十分だという静画方面の思惑もあり、簡潔に言えば星野アクアは子供男優として業界内でバズった。
これに一番驚愕したのは、その当事者である苺プロダクションである。あくまでアクアの苺プロダクションの登録はアイが映画に出演するためのバーター(主)としての役割のためである。映画が終われば、彼の子役としての役割は名ばかりの、になるはずだったのだが、日に日に増えるアクアへの問い合わせに社長の壱護、および夫人のミヤコはただただ戦慄するのだった。
そもそも、苺プロダクションには子役部門はない。あくまでも今回用に臨時に作っただけの仮部門だ。その部門が一気に忙しくなる。誰も予想ができなかった事態だった。そんな中で辣腕を振るったのは、社長夫人であるミヤコである。
事務員を増強しつつ、自身はアクアの母親(マネージャー)として現場につきそう。さらには、スケジュールは子供の体力を考えて一日稼働で翌日休みという間隔を死守。おそらく、苺プロダクションの出世頭は星野アクアとなるだろう。
もっとも、これには理由があり、子役が子役として利用できる期間が短いからだ。大人の一年と子役(幼児)の一年は十倍ぐらいの差があるといってもよい。今使えるなら、今使う。それが残酷な子役の運命だ。
もっとも、その十倍の時間の中で生きているのは大人の知見を持った子供であり、二十四時間いつでも緊急対応できます、という医師の志を持つ魂だったので別段負担にはならなかったが。
子役部門はだんだんと体制が整ってきていたが、ならば、旦那の壱護がマネージメントするアイドル部門はというと、映画の出演以来、またはその映画が監督賞にノミネートされてからアイ、およびB小町に仕事が増えた。こちらも同様に人員を増加しつつ、スケジュール管理、バーターなどを利用しつつ、活躍の場を広げながら、徐々に業界内での地位を上げつつあった。
アイを含むB小町は無事にタレントアイドルとしての道を順調に進み始めているのだった。
そんな中、たまの休みに斉藤ミヤコ、星野アクア、星野ルビーは国立の図書館へと足を延ばしていた。
アクアにとってたまの休暇における外出ではあるが、実は彼にとってはようやく待ち望んだ場所でもあった。
「(……ルビーはB小町の情報をスマホで調べているが、さすがにカミキヒカル情報はな………)」
どこに検索履歴として残るか分かったものではない、という恐怖心がある。しかも、それをアイに見られたのであれば、なぜ、その名前を知っているか、と思われ、面倒というレベルではなくなる。ならば、安全―――ある程度、誤魔化せる場所は? というと公共の場所である。だから、アクアとしては自分で図書館に来られるタイミングがあれば、と願っていた。
今までは、小さすぎてミヤコが図書館から絵本を借りていたが、二歳になってようやく二人で自由に選んだほうがいいだろう、という判断のもと図書館へと来ることができたのだ。
「いいですか? 推さない、騒がない、目立たないですよ」
「「はい!」」
元気よく返事するアクアとルビーであるが、今までの所業を知っていれば、本当か? という表情をするミヤコであるが、広いとはいえ、図書館という敷地内なので、信頼することにした。少なくとも普通の赤子のように目を離したすきに図書館の外に出て道路で事故にあうことはない、というレベルでは信頼しているのだ。
三者三様に分かれたアクアとルビーとミヤコだったが、アクアは二人が離れるのを確認し、手にしたのは共通PC端末だった。誰でも使える検索用PC。ここでは誰でもPCを使って情報検索できる端末だった。モニタに張られた『一人30分以内でお願いします』と書かれたテプラが悲しい。もっとも今日は平日で国立図書館も空いており、特に順番待ちもしておらず、等間隔で並んでいるPCには誰もいなかった。
慎重に、ルビーもミヤコも周りにいないことを確認して、アクアはPCの検索窓に単語を入力する。入力する単語は『かみきひかる』だ。最近の検索エンジンは優秀で、ひらがなで検索すれば、その音に引っかかる文言を検索してくれる。文明の利器万歳である。
検索から数秒後、画面に表示されたのは――――
『宮崎県高千穂町の山中で見つかった白骨死体は所持品、および歯の治療跡より、俳優のカミキヒカルさん、高校生の〇×リョウスケさんと判明しており―――』
『このカミキヒカルさんと〇×リョウスケさんの件について警察は事件、事故両方の面から捜査しており―――』
『劇団ララライの若き天才俳優、報われぬ愛に心中か? カミキヒカルの死を追う――――』
「はぁ?」
【推しの子】の黒幕とみられていた「カミキヒカル」が死亡したというニュースである。
何度も目をこすり、疲れ目ではないことを確認し、何度も画面を凝視するのだが、結果は変わらない。そこに表示されるニュースはすべてカミキヒカルが死亡した、という内容のみである。しかも、死亡場所は宮崎県高千穂町。ニュースによれば、発見者は一般人で名前は出ていなかった。白骨死体として発見された時期は今から一年前。つまり、アクアとルビーが生まれた一年後である。
「(……これはいったい???)」
原作からアイを守るために情報を得ようとしたのだが、そもそも元凶である本人が死んでいるというまさかの事態に困惑するアクア。
このまま画面を見ていると余計に困惑すると考えたアクアはPCから履歴とキャッシュをクリアし、PCの再起動を行い、情報検索ブースから離席する。
共用PCのブースから離脱したアクアは先ほど検索した結果を考察するために図書館に設置されている読書スペースの椅子に座った。
「(……どうなってる? カミキヒカルが死んでる? しかも、あのアイの病院の近くで……いったい、どうなってるか誰か説明してくれ)」
「説明してあげようか?」
「うおっ!?」
まさか、心の中の疑問に答えてくれる声があるわけがないと思っていたアクアは、まさかの存在した返答に驚き、声のした方向へ体を向ける。そこにいたのはおかっぱ頭の少女。これで烏を纏っていれば、その姿はまさしく疫病神と呼ばれた彼女そのものである。
「お、お、お、お前は!?」
「そうだね、君の記憶の中だと疫病神と呼ばれている存在だよ」
「いったい、何をしに来た!?」
「だから、説明さ。君は今の状況を理解できていないだろう?」
信用していいのか? という疑問が彼の中で生まれた。だが、そもそも、この状況を説明できるのは逸脱した存在だけだ、と腹をくくり、隣に座る彼女(幼女)に説明を求めることにした。
「ふむ、準備はいいようだね。そもそものすれ違いは、カミキヒカルが雨宮吾郎を殺害の対象として選んだことから始まった。
この世界の雨宮吾郎はある社の信者兼神主ともいうべき唯一の存在だ。ならば、その社の神にとっては絶対に庇護すべき存在。知っているかい?
無(0)と有(1)の間には途轍もない隔たりがあることを。そして、神にとって信者とは自らの力の源であるということを。
つまり、その有を無にしようとした存在を神は許さない。だからこその天罰。彼は禁忌に触れてしまったのさ」
だから、死んだ、と当たり前の摂理のように彼女はカミキヒカルとリョースケの死を語った。
「え? じゃあ、アイの死は………?」
「ふむ、人の言葉でいえば、その因果はすでに切り離されている。カミキヒカルとリョースケへの天罰としてな。その因果はその時点で切り離されている」
なお、カミキヒカルの死は、リョースケが山に吾郎をおびき出そうとしたが、逆に烏から追われて、夜中の山中を走り回り、方向感覚を失った上に両者とも暗闇の中、崖の上から足を滑らせて、落下したというのだから驚きだ。なお、そのときリョースケが吾郎を殺すために持っていたサバイバルナイフがそのはずみでカミキヒカルの腹に深々と刺さったそうな。
そして、カミキヒカルの最後の言葉は「これも命の重さを感じさせる」だった。最後まで自分の命を天秤にかけるとは……
つまり、この疫病神さんの言うことを信じるのであれば、アイの東京ドーム直前の殺害はなくなるということである。
「なんだ、神を疑うのか? 神を信じよ」
「いや、それだと別の意味に聞こえるんだが………」
一応、オカルト要素増し増しの存在に対して、アクアはやや引き気味ながらこの少女に対して返事する。
「ふむ、この命運に導かれた君までそういうとは………」
「え? 俺が?」
「そうだ。雨宮吾郎が死ななかったことにより、本来、魂がなかった子供のうち一人が魂無しとして生まれるところだった」
「ちょっと待った。その魂無しっていのは………?」
原作では魂がない子供と表現されたアイの子供のことであるはずだった。
「文字通りだ。肉体のみで、魂がない肉人形の存在。それが本来あるべき星野アイの双子の運命」
「じゃあ………魂がないっていうのは?」
「文字通り、生れ落ちた瞬間に意識のない人形として存在するのみ」
……つまり、本編の吾郎とさりなが魂で導かれなかった場合は、双子が死産になったということだろうか?
「ああ、そうなるな。へその緒を切って、母体との繋がりがなくなれば独力で生きることはできず、ただ残るのは赤子の肉体のみ」
いや、そんなに嬉しそうに言わなくてもいいだろうに。仮にそれが実現した場合、家族が欲しいと希望した少女が、アイドルという道を踏み外してでも欲しいと願った家族(子供)が生まれた瞬間に心肺停止という地獄絵図になるのだが。やっぱり日本の神は疫病神だな、と再認できた。
「だが、かの地で芸術に属するものの子供を魂無しだからといって放置はできない。条件はあるが、女児はこの地で死んだ少女の魂を。そして、男児のほうは、そもそもの予定だった雨宮吾郎を条件とするとかの地では難しい。だから探した。本来の魂となる雨宮吾郎と縁を持つ魂を」
「吾郎医師と縁?」
「そう、この地(宮崎県高千穂)で死に、真の意味で母の愛を知らず、志すは医師としての使命、さらに未婚でアイと縁がある存在――――その確率の中、転生したのがそなただ」
「え? そんな共通点が多いからって理由で転生したの?」
「そうだ。ただ、残念なことに多次元世界の魂だったのだろうな、こちらに縁がある記憶しか持ってこれなかった」
「つまり、それが【推しの子】という漫画の知識だったと………?」
「そうだ。大部分の記憶がないのは多次元世界を超えたからだ。つまり、今のお前は、ただこの世界の未来になりうる知識を持つ星野
ああ、なるほど、現地点で俺は、ただ、未来の知識を得ている星野愛久愛海であり、前世の記憶などというものはせいぜいカレーのスパイスだと理解した。記憶の大半が持っていかれたのだ。ならば、幼少期からの知見が性格に影響することは否定しがたく、ただ、この場にいるのは知識持った星野愛久愛海だ。
「うん、それでいい。我々はただ、この世界での庇護すべき雨宮吾郎を守っただけ。それ以外には人間界には興味ない」
「なら、これ以上の干渉は………」
ないよね、と告げようとしたが、隣に座った疫病神と呼ばれた少女は困ったような表情をして口を開いた。
「う~ん、例の雨宮吾郎にしか影響しないはずなのだが、現状、彼は非常に危うい地位にある」
「え!? 吾郎医師が?」
「うむ、社の唯一の信者。ともすれば、かの神が願うのは、子孫繁栄よ」
「は?」
思わず疫病神と呼ばれる少女がから口にした言葉に思わず宇宙猫が乱舞する空間を思い浮かべた。
「いやいや、冗談ではないぞ。そもそも、神とは信仰の上に成り立つもの。であれば、先も述べたように信者が有(1)か、無し(0)かで力量も雲泥の差がある。ゆえに信者獲得が神の間では優先事項だが、かの社は雨宮吾郎のみで、近隣の神主も認識していないような場所だ。ならば、信者を得続けるにはどうしたらよいか? 簡単だ、子供が複数人居れば信者は1名からその子供分だけ増えることなる。
だから、社の神は雨宮吾郎に若返りと子孫繁栄の祝福を年に一度与えているぞ」
なんというか、疫病神のコメントにアクアはコメントできなかった。まさか、現世の意識だけではなく、理解の次元を超えた神までもルビー(さりな)に味方していようとは。
ルビーが結婚するのに反対する理由に年齢をあげていたが、ここにおいて、その心配がほぼなくなったといっていいだろう。吾郎が管理する社をないがしろにしない以上、彼には子孫を残す神命が与えられたといっても過言ではないのだから。
「えっと、そのうえで俺がすべきは?」
「ない、現世の人間ができることは天命に身を任せるのみ。あとは己が意志でなんとかせよ」
「いや、神の一言」
「いつだって、神は見守っていながらも、我儘だからな。今回の事も彼女が芸者で、かの医師が社の関係者で、かの地でなければ、ここまで神秘が味方することはなかった。ただただ天命よ」
なるほど、と納得するとは出来ない。ただ、黒幕と思しきカミキヒカルは死んでいて、実行犯のリョースケも死んで、この世には良い内容だ。
かの疫病神が語るにはアイが死ぬ因果も切り離されていると語る。
ならば、これはハッピーエンドへの道筋ではないだろうか。少なくともアイが死ぬという最初の運命は乗り越えたのではないだろうか。
「最初から、そうだと言ってるだろうに」
ぴょん、と座っていたソファーから立ち上がると、今まで会話していた少女は出口へと歩みを進める。
「あとは任せる。この世界は実に幸福ね」
それだけを言い残して、かの少女は烏と共に図書館を後にしていた。残ったのは、自由時間に何も借りるべき本を探していない二歳児――――星野アクアだった。
カミキヒカルにすべてを押し付けた世界が、この世界というわけですね。原作は完結していないので許してください。
今後、もしも黒幕が出てきても、本作はカミキヒカルだったということですべてスルーです。
なので、これ以降、本編の殺害は起こらない前提でお願いします。(唐突な片寄ゆら生存フラグ)
もしよろしければ、感想、評価よろしくお願いします。感想を一言でも頂ければ幸いです。
カミキヒカル
・アクア、ルビーの父親。
・出産日にゴロー先生を殺そうとリョースケと共に病院付近へ。
・ただ、ゴロー先生は実家付近の社の管理者(神主)であるため、殺害に失敗
・それどころか唯一の信者殺そうとして神の怒りにふれ、代わりに崖の上からダイブ
・約一年後、社の付近で白骨遺体を社を掃除に来ていたゴローが発見。警察に知らせニュースとなる。
・なお、付近に同世代の男の死体も同じく白骨化しており、一部界隈が盛り上がった
・携帯電話は発見までは契約されており、葬儀のあとは破棄された。
・神の怒りにふれた二人はのちの因果さえも消滅させた