記録1:トリニティ総合学園
トリニティ総合学園、ティーパーティーの執務室。積み上がった引き継ぎのファイル、承認待ちの書類の山。四人の少女たちが大きな机を囲んでは面白くもない書類と格闘し、事務仕事に励んでいた。
「この化粧水の領収書は?あるなら雑費で落とすけど」
そしてその中心で書類の山を捌いていた彼女、ダークブラウンをサイドテールで纏めた少女が何かをルーズリーフタイプの手帳に記しながら口を開いた。手に握られた万年筆はトリニティでも有名な職人の作品でかなり使い込まれていたが、それを感じさせないほどに手入れが行き届いている。
「えっと……これじゃなくて……」
問いかけられた綺麗なピンク髪の少女はポケットをガサガサと漁る。回答を待つ間にも、万年筆はスラスラと文字を綴り、そして左手はカタカタと関数電卓の上で指を躍らせ、彼女の記す情報の正しさを証明している。素人目で見ても、その手際の良さは一目瞭然であった。
「……あ!あった!これで大丈夫だよね?」
やっと見つけたと言わんばかりにため息を吐き、いくつかの領収書を取り出す彼女。一瞬その手を止めて素早く、けれど確実に目を通してから彼女は笑った。
「うん、宛先も合ってる。成長したんだね。……それで、こっちは?」
「あ、ちょっと待ってね……」
「そんなにかっちりやらなくても良いのでは……?」
椅子に掛けられたカーディガンからスマートフォンを取り出し、受け取った領収書をパシャパシャと撮る彼女に対して、ティータイムの準備をしていたプラチナブロンドの少女が声を掛けた。用意されたティーセットにはマカロン、カップケーキ、クッキーなどが色鮮やかに並び、甘い香りを漂わせ、そしてティーカップに注がれた淹れたての紅茶は湯気を昇らせる。
「それに、そろそろお茶にしませんか?かなり作業が続いていますし……」
そう言って少女達の前に並べられていくティーカップ。だが、彼女は手帳から目を離さずに毅然として答えた。
「ううん、ここで妥協したら下にも示しが付かない。それに──」
「それに?」
「……これが、『オブザーバー』の仕事だから」
「本当、リエはこういうところだけは妙に律儀だね」
一足先にティーカップを手に取った狐耳の少女が言う。リエと呼ばれた少女は「問題無し」という文字の下、ガッガッと手癖で二重線を引いた後にパタンとノートを閉じた。
「……じゃ、お茶にしよっか」
トリニティ総合学園。
ゲヘナ学園、ミレニアムサイエンススクールと並んで生徒数数万を抱える、学園都市キヴォトスにおける三大校の一角にして、そのゲヘナと双璧を為すマンモス校。そして、かなり貴族制の雰囲気が残ったお嬢様学校でもあり、トリニティどころかキヴォトス経済、政界などに影響を持つ名家出身の生徒も少なくない。また、カリキュラムに礼拝や聖歌が含まれていたり、敷地内にも大聖堂を備えるなどミッション系の雰囲気も強い校風でもある。
また、派閥間、グループ間の対立が多いのもこの学園の特徴の一つである。
大聖堂を中心として活動し、未だ公にされていない秘密が多いと噂される『シスターフッド』。
キヴォトスに数多ある学園の治安維持組織の中でもゲヘナ学園の『風紀委員会』と並んで恐れられる絶対的な規律と正義の守護者、『正義実現委員会』。
その他にも、あらゆる全てよりも心身の万全を是とし『救護絶対主義』と謳われる『救護騎士団』など、多くのグループがありながらも、お世辞にもそれらの仲が良いとは言えないのがトリニティ総合学園であった。
そしてこの学園の頂点に君臨するのが『ティーパーティー』。
三人のホストと一人のオブザーバーを中心とするこの組織の歴史はトリニティ総合学園成立以前に遡る。数百年ほど前にこのトリニティ総合学園は数多の学校に分かれて勢力争いを行っていたが、『第一回公会議』でその紛争解決の為の合併という形で成立した。中でも中心となったのは『フィリウス』『パテル』『サンクトゥス』という3つの学園。それら三校が中心となり、各学園の話し合いの場として設けられていたのが『ティーパーティー』だった。元々各学園の有力者が集まっていた組織ということもあり、トリニティ全体で見ても、上流階級の生徒の多くがティーパーティー所属である。
現在もその流れは汲まれていて、現在のティーパーティーのホスト、すなわちトリニティ総合学園の運営を担っているのはそれぞれフィリウス分派首長、パテル分派首長、サンクトゥス分派首長。その三人がティーパーティーホストとしての実権、すなわちトリニティ総合学園の生徒会長の座を回す三頭政治の形が取られているのが大きな特徴だ。殆どの場合、彼女らはティーパーティーの中でも最上とも言える程の名家の生まれから選出され、トリニティ総合学園の実権を握ると同時にトリニティ社交界の華でもあった。
そしてティーパーティーに一席設けられた『オブザーバー』。
ティーパーティー内の政争を未然に防ぐために設けられた、文字通りの『
「……どうしましょうか」
紅茶を注ぎながら、彼女は問いかけた。
「……どうする?」
マドレーヌを頬張りながら、彼女は頭を捻った。
「……私に聞かないでくれたまえよ」
机に乗ったシマエナガくんにエサをやりながら、彼女はため息を吐いた。
間もなく新年度を迎えるティーパーティー。そのホストとして新たに選出された三大派閥の首長達が執務室に集っていた。
フィリウスの桐藤ナギサ*1、パテルの聖園ミカ*2、サンクトゥスの百合園セイア*3。この三人がこれからのトリニティ総合学園の運営を担うティーパーティーホストである。
しかし、その部屋に漂う空気は少し気まずかった。やることも見つからぬまま、時間がダラダラと過ぎていく。けれども、ティーパーティーたるものこのように手持ち無沙汰というのは余り望ましい状態ではない、何かをしなければ。そう考えたナギサは二人のティーカップを用意した。
「……ひとまず紅茶でもいかがですか?」
「さっきからずっと飲んでるじゃん?『ティーパーティー』を文字通りのお茶会って思ってるのなんてナギちゃんくらいだよ?」
しかし、そんな彼女の行動も空回り。幼馴染であるミカが彼女を皮肉って「あはは☆」と楽しげに笑った。はあ、と小さくため息を吐き、セイアはお供のシマエナガくんと戯れながら口を開く。
「やれやれ、いざ『
三人が囲む少し大きい丸テーブルには彼女達がちびちびと手を付けているだけの茶菓子と紅茶、それと幾つかの書類が乗っている。まあ、これで十分だろうとセイアはその内の適当な一枚を手に取ると、ひらひらと揺らして見せた。
「まず目の前の書類から処理していくのなんてどうだい?」
「そう……ですね。明確なタスクがある方が捗るかもしれません」
「受け身なセイアちゃんにしてはいい考えじゃない?」
そう言って、ナギサも自らの側に置いてある書類をパラパラと捲り始めた。同様に、ミカも書類の山をガサガサと漁り始める。「どれが良いかな」なんて鼻歌を歌いながら物色する彼女は、その内の1枚を手に取るとナギサに声を掛けた。
「じゃあこれなんて……ってナギちゃん、これもう少しで締め切りじゃない?」
「もう少し……具体的にはいつほどですか?」
「ん〜、明日」
「なるほど、でしたら……待って下さい明日?!?!」
そう言ってナギサはその書類を彼女から奪い取る。「わお」と小さく呟くミカを尻目に、彼女はすぐさまそれに目を通した。
「……『オブザーバー任命に関して』……?」
マズい、非常にマズい。そうだ、これを忘れてた。ナギサは二重の意味で頭を抱えた。
なにせこのオブザーバー決め、毎年ティーパーティーで最も難航する議題の一つである。そもそもティーパーティーホストを務めるような生徒は必然的に派閥内で過ごす時間が長いため、無派閥の知り合いが少ないこと。オブザーバーを引き受けられるほどの政治的才能を持つ生徒は最初からティーパーティーに入り、何らかの派閥に所属してしまっていること。そして無派閥でありながら他の派閥を納得させられるほどのカリスマ性があること。
毎年壁となる無理難題に、生徒の間でも「なんでこんな条件で数百年続いてるんだ」と語り草になり、トリニティ七不思議の一つに数えられているとかいないとか。その例に漏れず、ナギサの知り合いも多くが派閥内のティーパーティー関係者、ミカの交友関係は殆どが自分の取り巻き、そしてセイアはそもそも友人が多くない。
「……どうする?ミネちゃんにでも頼む?」
「いえ、彼女も一応ヨハネ分派のリーダーですし……それにストッパーにはなり得ないような……。ハナコさんが私達と同学年なら彼女で決まりなのですが……」
「うぅ……じゃあサクラコちゃん!はシスターフッド一筋だし……かといって他に心当たりも……」
何人か候補を挙げていくが、尽くが噛み合わない彼女達。じゃあもう無理じゃんね、と頭の何処かでは思いながらもミカはひたすら考えながら人差し指で机を叩く。しかし、次第に頭を埋め尽くしたその言葉がつい口から飛び出す。
「……ねえティーパーティー権限でこれ消しちゃわない?」
「そういうティーパーティーホストの横暴からトリニティ総合学園を守ってきた由緒正しい役職がオブザーバーだよ」
ヤケクソじみたことを言い始めたミカを諭し、セイアは考えた。いくら予知夢という便利能力を持っていても、まさか自分たちの交友関係が首を絞めることになるとは思っていなかったようだ。こればっかりは予知でもどうにもならないな、と諦めようとした時、三人の中では最も成績の良い彼女はあることに気が付いた。
「そういえば、君達にはもう一人幼馴染がいるだろう?今は正義実現委員会だったか。彼女はどうなんだい?」
「リエさん……ですか?」
ナギサが首を傾げると、セイアは「ああ」と頷いた。ミカもポンと手を叩いた。
「あ!そうじゃん!ねえナギちゃんよくない?!リエちゃんなら大丈夫でしょ!」
「しかしリエさんを引き抜いてしまうと正義実現委員会の戦力は目に見えて落ちるかと……。それに彼女は政治はあまり……」
「まあまあ、それは後から説得出来るんじゃない?とりあえずダメ元でも頼んでみようよ!」
ナギサは少し迷ったが、「リエさんなら嫌だったり不都合があれば断るだろう」と思ってその書類の空欄に「朝日奈リエ」と書き込んだ。
トリニティ総合学園は新たな春、新たな年度を迎えた。それぞれの派閥、部活のトップなども代替わりし、ティーパーティーホストも新たなメンバーに代わった。
フィリウス分派首長、桐藤ナギサ。
パテル分派首長、聖園ミカ。
サンクトゥス分派首長、百合園セイア。
この内ナギサとミカは幼馴染であり、二人とセイアの仲も良好。そしてその他の正義実現委員会委員長、シスターフッドリーダー、救護騎士団団長などの仲も歴代では比較的良好。トリニティ総合学園は最も平和な時代を迎えるのではないかと生徒達は噂した。
そして新たに三人の手によって選出されたオブザーバーも着任の時を迎えていた。
「オブザーバー、朝日奈リエ様が到着致しました」
「どうぞ」
少し重厚な扉がギギギと音を立てて開くと、一人の少女が姿を現した。ダークブラウンの長いサイドテール、真っ白な肌、ロードクロサイトのような鮮やかな桃色の瞳、一対の長い翼。
彼女達の知る幼馴染、『朝日奈リエ』で間違いなかった。
「……失礼致します」
彼女は三人の座るテーブルの前までゆったりと歩くと、膝に掛かる程度のスカートの端を摘んで膝を突き、うやうやしくお辞儀をした。
「この度着任致しました、朝日奈リエと申します。私では少々力不足かもしれませんが、これからしばらくの間よろしくお願い致します」
「……えっと……?」
「……リエさん……?」
やけに丁寧な挨拶に、場が少し凍る。
ナギちゃん、リエちゃんってあんな感じだっけ?
いえ、むしろあのような丁寧さを嫌うタイプだったはずが……。
だよね、あれ本物?
多分、本物だとは思いますが……。
二人は少し焦ったようにその場でアイコンタクトを取る。ナギサもミカも、目の前の彼女は本当に自分の幼馴染なのかと、めちゃくちゃ似てるだけの別人じゃないかと疑った。だが、そのアイコンタクトに気がついたらしい彼女の言葉によって、疑惑は間もなく晴れることになる。
「……なーんて。少しからかっただけ。戯言だから聞き流して」
一転して彼女の口から飛び出す、一切の丁寧さが消え失せた軽い言葉。そうそう、いつものリエちゃんだ、やっぱり私の幼馴染だと安堵したミカとナギサを尻目に、彼女はググッと背伸びする。
「というわけで、改めて」
軽く膝のホコリを払った後に、彼女は胸に手を当てる。
「ティーパーティーオブザーバー、朝日奈リエ。ミカとナギサの幼馴染」
高評価とか感想とかよろしくお願いします!
ファンアートとかも待ってます!!死ぬほど!!