ミカとナギサの幼馴染   作:あるふぁせんとーり

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リエちゃん私服はラフそう


記録11:雨降る日、星降る夜

「……もう、朝か」

 

 時刻は5時半。リエは、雨だれの音で目を覚ました。いや、雨だれと言うには少し強かっただろうか。ゴムでまとめていた髪を解き、リエはシャワールームへ向かった。

 今日は補習授業部行けなさそうかな、なんて考えながらざっと身体を流し、乾燥機からふわふわのタオルを取り出す。ぽふぽふとタオルで髪を叩くようにしながらドライヤーをかけ、今日は外には出ない気もしながら彼女は制服に着替え、ドレッサーの前で髪を結んだ。

 

「ふんふふ〜ん♪今日の♪紅茶は♪ダージリン♪」

 

 鼻歌を歌いながらキッチンで紅茶を淹れる。甘党な彼女の今日の朝食は摘みたてのダージリンのセカンドフラッシュとマドレーヌ。キッチン中にその芳醇な香りが満たされた。

 

「……よし、いただきま──」

 

 ふと、雷の音が響いた。ピシャァン、ゴロゴロ、と何度か鳴る内に、部屋の電気が消える。リエは「停電?」と小さく呟いた後に、淹れたての紅茶を飲みながら部屋の角の方のスイッチを入れた。一分ほどして、再び部屋のライトが灯った。

 

「……ふぅ。今日は何から始めようかな」

 

 手帳の予定を一瞥し、リエは背もたれに寄り掛かる。膨大な書類、パソコン、電子ホワイトボードに囲まれた机に向かい、彼女はゆっくりと背伸びした。

 


 

「ハナコに共有するのは……こんなところかな。」

 

 ひとまず業務を終え、ハナコに頼まれた情報を纏めて時刻は11時ほど。まだお昼には早いかな、と彼女は近くのファイルを手に取ってパラパラと捲り始めた。

 

「……やるか」

 

 思考のスイッチが、カチッと音を立てた。全くの迷いなしに、直感的に彼女の手は必要な資料を棚から選び取り、机の上に広げる。リエは理論派であると同時に、自らのインスピレーションというものに多大な信頼をおいていた。取り出したパテルの財務報告書、白洲アズサの転入届、トリニティ自治区内の古跡の管理書類……。あちこちに散らばる『引っかかった』情報を組紐のように編み上げていく。

 

「……おかしいな、もう少しパテルは弾薬の在庫抱えてると思ったんだけど。……というか全体的に予算に対して在庫が明らかに足りてない?……ティーパーティー全体で、か」

 

 ここ数ヶ月でティーパーティー全体で軍備費は20%前後増加しているにも関わらず、弾薬などの在庫の増加は10%にも届いていなかった。相場に関しても、トリニティで最も普及しているSMG用のものは1発20円前後で停滞していて値上げなどはなく、かといって正義実現委員会などに提供しているということもない。中でもパテル分派はその傾向が顕著で、軍備費は30%上がっているにも関わらず、むしろ在庫は減ったままだった。

 

「……なんで……?横領……じゃないのは分かる。しっかりと領収書が切られてるし、あっちから購入履歴もいただいてる。……なら……外部……」

 

 古跡の管理書類、中でも立ち入り制限のかけられた日付を調べ、パテル宛の弾薬の納品書の日付と照らし合わせると大まかに一致した。それを確認したリエは、さらに深く思考を巡らせる。

雨だれの雑音がそれを加速させた。

 

「……私なら、誰と取引する?こんなカタコンベしかないような廃墟で誰と……。ゲヘナ……はパテルの雰囲気的にありえない……とすると……。……いや……」

 

 違う。カタコンベがあるからこそ古跡で行われたのだ。彼女はふと考えた。「「苛烈に弾圧され表舞台から姿を消したとされている」……そんなアリウス(彼女達)の逃げ場に、カタコンベは最適だったのでは?」と。膨大なミルクパズルのピースの四つ角を見つけたような感覚を覚えた。

 

「……弾薬を求めながら「仲直りしたい」なんて冗談みたいなことあるはずない……なら、ミカは騙されてる……?」

 

 それもまたなんとなく違う気がして、彼女はますます思考を深めていく。窓の外はまだ雨。やっぱり苦しいな、と彼女はシャツのボタンを外して背もたれを倒した。天井のライトが眩しかった。

 

「……そもそもなんでエデン条約を控えてこんなこと……」

 

 いや、だからか。リエはようやく四つ角に嵌るピースを探し当てた。「ああ、そっか」と思わずため息が出た。エデン条約はトリニティとゲヘナの和平条約。つまり、アリウスにとっては『嫌いな奴らが手を組む話』。そんなの、誰だって妨害したいし台無しにしたいに決まっている。

 

「じゃあ裏切り者は……。……いや、ありえない」

 

 「アズサちゃんは裏切り者ではない」と直感が強く否定する。

だが、手がかりが掴めるかもしれない、とリエは彼女について考え始める。彼女はアズサの言葉、仕草から『アリウス』の全体像を掴もうとしていた。

 

「……ブービートラップ……侵入者……防衛……違うな……」

 

 ここ数日の彼女との会話を思い出し、それっぽい言葉を並べてみるが、しっくりこない。けれど、彼女からならどうにか辿れるはず、と彼女は思考を一気に深めようとした。その時、リエの脳裏を一つの言葉が過ぎった。

 

「……『vanitas vanitatum.』……『vanitas vanitatum. et omnia vanitas.』……『空の空、空の空、一切は空である』……」

 

 太古の経典の一節であった。「この世は全て虚しいものである」みたいな意味だったとリエは覚えている。けれど、彼女はこれに一言付け足していた。

 

「「でも、それが今日最善を尽くさない理由にはならない」……」

 

 追放されて、そんな考えに至る?なんで付け足すんだろう?あれだけ口にするってことは、アリウスでも相当刷り込まれてるに決まってる。なのに何で……?

 

 疑問を解く度に新たな疑問が増え続ける。瞬きも忘れて思考に耽る中で、リエはふとミカとの会話を思い出した。

 

「私達のこと、相当恨んでるみたいだけどね。アズサちゃんはそうじゃなかったけど」

 

 アズサは違う……ミカは確かにそう伝えていた。あれは本人に会った今の自分でもそう断言できる。自分が感じないのなら、悪意は無いと考えて間違いないだろう。もし、あれが叛意を抱いているのであればもはや称賛に値する。なら、アズサはナギサの疑う通りの『トリニティの裏切り者』というよりも、むしろ『アリウスの裏切り者』であり、トリニティ側の人間なのではないか。

 リエはその思考と考察を着実に積み上げながら、徐々に正解へと至ろうとしていた。もはや選び取った記録、ファイル、データを見返すことさえ無く諳んじて、彼女は自身の答えにちょっとした確信を得る。

 

「……とすればアリウスが……」

 

 リエは追加で一冊のファイルを取り出した。セイア襲撃に関するものだった。犯行にはトリニティのものと同様の弾薬や武装が使用されていたことは既に確認されていた。これがミスリードだったのだ。

 リエ達はこれによって『トリニティの裏切り者』が襲撃犯であると思い込まされていた。しかしリエの現在の仮説が正しければ、実際の『トリニティの裏切り者』の役割はあくまで武器などの提供やセイア襲撃の手引きのみで、実行犯はアリウスだったということになる。となるとその裏切り者は……。

 

「……ああ、洒落になんないなぁ……」

 

 あくまで推論。あくまで仮説。けれど、ここまで積み重なってしまえば、もうリエの中では確かな確信があった。どうしても信じたくないと願い、無意識に否定材料を探す度にその確信は強くなっていく。

 ああ、最悪だ。どうしろって言うんだろうか。尽く、現実というのは都合が悪く出来ている。それでも、これだけは口にせざるを得なかった。

 

「……ミカかぁ……」

 

 外は、晴れていた。憎らしい夕日だった。

 


 

「……もう、こんな時間?」

 

 倒れ込むように、机に突っ伏してリエは眠っていた。開いた窓から一瞬、強い風が吹いて彼女は目を覚ました。酷く綺麗な、星空であった。

 

「……お腹減ったな……」

 

 時計を見ると、23時を過ぎている。こんな時間に料理もしたくないし、リエは外にでも行こうと思った。『夜のカフェテラス』みたいに、星空の下でアイスティーでも飲みながら一夜を明かすのも悪くないかな、なんて事を考えていた。

 


 

 寮を抜け出して、トリニティの学生街をぶらぶらと。途中、通り過ぎたスイーツ屋の中に見慣れた人影を見つけたり、夏休みだからとこんな時間まで遊び耽る生徒達を眺めながら明かりの灯る街並みをゆっくりと歩く。意外と真夜中も活気があるなぁ、とリエはぼんやりと呟いた。

 

「あんな量食べてたらダイエットなんて無理だよなぁ……。……あ」

 

 10分ほど歩いたところで、良さげな店が彼女の目に入った。賑わっているわけではないが、耳に入ってくる楽しそうな人の話し声。あまり人通りの多くない道の方へ開放された明るいテラスに並べられたテーブルはシンプル。なるほど、これは良い、リエは小さく笑った。

 テラスの一席にハンドバッグを掛けて、小さく手を挙げる。気づいた店員が、すぐに彼女の下へ駆け寄った。

 

「ご注文お決まりでしょうか?」

「すいません、アイスティーとサーモンのカナッペお願いします」

「かしこまりました、少々お待ち下さい」

 

 注文は数分で並び、リエが思っているほど時間は掛からなかった。皿に並ぶカナッペはとりどりに彩られていて、少し大き目のグラスに淹れられたアイスティーには幾つかの氷と薄切りのレモンが浮かんでいて夏の夜によく似合っている。

 

「……いただきます」

 

 徐に、ぺたっと掌を合わせてリエは一つを手に取った。

 


 

「お会計、1350円となります」

「学生証で」

「ではこちら失礼致します」

 

 あまり急ぐこともなく、彼女があまりに遅い夕食を取り終えたのは日付が変わってからだった。美味しかったな、また来よう。今度レシピの再現でもして、ナギサ達にもご馳走しよう。そうだね、全部片付いてから。

 彼女は細い腹を擦る。さて、ここからどうしよう、いっそのこと一晩中散歩でもしようか、そうリエが考えていると、どこかで爆発音が鳴った。バカもいるもんだなぁ、と考えはすれど、それをほっとけるような性分でもない。

 

「……少し遊ぶかぁ……」

 

 彼女はグレネードランチャーのリロードさえせず、軽い足取りで歩き出した。爽やかなレモンの風味がまだ口に残っていた。

 


 

「こ、ここまで来たら……流石に……」

 

 カフェテリア街に逃げ込んだ少女は、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。ツインテールにした赤い髪が夜風に揺れている。彼女の名前は赤司ジュンコ。キヴォトスでも一二を争う程のテロ集団、ゲヘナ学園『美食研究会』所属の1年生である。今はトリニティの水族館にて飼育されていた幻の魚『ゴールドマグロ』を奪取し、正義実現委員会から逃走している最中であった。

 

「……あ、ごめんね」

「ごめん今急いでるから!」

「あ、ちょっと待って……行っちゃった……」

 

 逃げる最中、ジュンコは黒いカーディガンを着たトリニティ生にぶつかった。彼女はジュンコを呼び止めたが、逃走中の彼女にそんな時間はない。残念そうな声を置き去りにして、ジュンコは再び走り出した。

 仄かな灯があちこちに灯る夜の街並みを駆け抜ける。

後ろで彼女の足音がほんの少しだけ石畳に響いていたが、もう聞こえない。彼女を振り切り、市街地を抜け、もう逃げられる、彼女がそう、安堵した瞬間だった。

 

「……待ってって、言ったんだけどなぁ」

 

 黒いカーディガンの彼女が、そこで待っていた。

 

「……何、で……?」

 

 足の竦むジュンコにゆっくりと彼女は近寄る。彼女の先輩、鰐渕アカリが怒った時によく似た、桃色の瞳が冷たくジュンコを貫いている。怯えて、足が竦んで、ただただ顔も反らせずに彼女の冷たい目を見続けることしか出来ない。そして怯える彼女の顔に手を触れた。

 

「捕まえた」

 

 甘く蕩けるようで、冷たく心臓を止めるかのような一言。ジュンコは力無くその場に崩れ落ちた。

 


 

 時刻は3時過ぎ。空の端は僅かに白み始めていた。ちょっとしたアクシデントを切り抜けた先生の下に彼女は姿を現した。

 

「先生、こんばんは。……いや、おはようなのかな?」

 

 気絶している赤司ジュンコを背負い、小さくあくびをしながらリエは先生達に声を掛けた。それを見て大体の状況を察したハスミが少し頭を抱える。口元には少しホイップクリームが付いたままだった。

 

「この子さ、多分美食研究会だよね?捕まえちゃった」

「……リエ、確実に制圧してくれるのはありがたいのですが犯人で遊ぶのは止めてほしいと……」

「そんなこと言ってたっけ?」

 

 そう言って、リエはいたずらっぽく笑う。その傍らにはゲヘナが誇るキヴォトス最悪のテロリスト集団、美食研究会との戦闘を終えてかなりお疲れの補習授業部と先生、そして正義実現委員会が後処理に奮闘していた。

 

「ところでイチカから聞いたんだけどさ、なんで私用で真夜中に外に出てたの?補習授業部は先生っていう保護者が居るからオブザーバー()としても見逃しやすいんだけど」

「……いえ、別にダイエット中にパフェを食べていた訳では……」

「ふふっ、そうですよね。真面目で厳格なハスミさんが限定パフェを一人で3つも食べるわけありませんよね♡」

「……ダイエット、頑張りなね」

 

 不甲斐ない元同僚に対して苦笑を浮かべつつも、お疲れ様と皆を労うリエ。今日も補習頑張ってね、と伝えてリエは一足先に学校へ戻った。あまりに大きい問題を一人抱えながら。




なんか賢いですよね、こいつ
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