「……あの子達の合宿もあと2日かぁ……」
髪を結びながら、リエは呟いた。補習授業部の合宿も現在6日目。彼女の言葉通り、第二次特別試験まであと2日しか残っていない。まあ頑張ってるし、どうにかなるでしょと楽観的に考えながら、スマートフォンから学内掲示板を彼女は開こうとした。
「『現在閲覧権限を保有していません。アカウントを変更してお試し下さい』」
「……おかしいな……」
何度か試してみても、同じ文面が表示されるばかり。リエはとりあえずナギサに電話を掛けた。
「『……はい、どうかしましたか?リエさん』」
「いや、学内掲示板にログイン出来なくて」
「『そういえば、リエさんにはお伝えしていませんでした。近頃一部の生徒が不適切な書き込みをしているとの情報が入りまして、現在一部のアカウントを調査のために制限させていただいているのです』」
最後のシステム点検からもそれなりに時間が経っていた。それならしょうがないかとリエはシャツのボタンを留めながら答える。
「了解。それで、いつくらいに終わる?」
「『まあ、3日もあれば何事もなくお返しできると思います。今の時期は掲示板も大して更新されませんし』」
「それもそうかも。じゃ、また」
「『はい、それでは』」
そう言って電話が切れて数分。準備を終えたリエは部屋を出発した。
「せ、先生……どうですか……?」
「……よしっ!」
ヒフミの答案に点数を書き込んで、先生は勢いよく席から立ち上がった。ヒフミ達は固唾を呑んで見守っている。
「結果発表です!」
「……」
「まずハナコ!69点!合格!」
「ふふっ、良い感じの点数ですね♡」
先生から解答用紙を手渡された彼女はニッコリと微笑んだ。それが明らかに計算された
「次アズサ!73点!合格!」
「……!」
返された答案を見ては机の上に乗ったモモフレンズグッズの山を見る。目を輝かせながら彼女はそんな動作を繰り返していた。
「次コハル!61点!合格!」
「本当?!」
彼女は答案を受け取るなり、その場で飛び上がった。「やった!!」という嬉しそうな声が教室に響いた。
「最後ヒフミ!75点!合格!」
「……ということは……!」
そう言って、彼女はキラキラとした目で先生の顔を見つめる。彼女はさっきよりも長い溜めの後、思いっ切り叫んだ。
「……補習授業部!全員合格!」
先生のその一言で、みんな一斉に飛び上がった。
「これなら2日後の試験も心配ありませんね♡」
「……受かっちゃった……ううん!そうよ!これが私の実力なんだから!」
「はい!それにしてもすごいです!アズサちゃん、60点どころか70点も超えちゃいました!」
「ああ、これで……!」
「そうでした!では……!」
目を輝かせるアズサに、ヒフミはカバンの中からも追加でモモフレンズグッズを取り出して、もう一度並べてみせた。
「それではモモフレンズグッズ進呈式を始めます!」
「まあ……」
「……」
少し先程の熱狂が冷める中、アズサは今か今かと待ち構える。
「……やっぱり独特だね……」
「本当に……本当に、好きなのをもらっていいのか……?」
「はい!皆さん何でも一つ持って行っちゃってください!」
苦笑する先生とハナコ、眉をひそめるコハル、嬉しそうにそれを見つめるアズサ、なんだか楽しそうなヒフミ。あれも良い、これも良いとじっくり眺めている。
「……私は遠慮しておきますね」
「わ、私も……」
「あうぅ……まあ無理に押し付けるのも……」
少し苦い顔をしたヒフミに決めあぐねたアズサが声を掛ける。
「……駄目だ、私には……私には選べない……そうだ!ヒフミ、私の代わりに選んでくれないか……?」
「私が……ですか?……じゃあ、これで!」
アズサに頼まれて、一つ選ぶことになってしまったヒフミ。彼女は5分ほどじっくり悩んだ後、メガネを掛けた鳥?のぬいぐるみを手に取った。
「……!……これは……」
「これはペロロ博士です!とっても物知りでお勉強が得意なペロロ様なんですよ!今お勉強を頑張っているアズサちゃんにピッタリだと思います!」
「……ああ!ありがとう!大切にする……!可愛いなぁ……えへへ……一生の宝物だ……」
そう言ってそのペロロ博士のぬいぐるみに頬を擦り付けるアズサ。そこには生徒の間で『氷の魔女』と噂されるような姿は無かった。
「良かったね、アズサ!」
「そんなに喜んでもらえるとは……ですが、そんな反応されたら私も嬉しくなっちゃいます!」
「ああ、これからはこのぬいぐるみをヒフミだと思って大事にする!」
「……おまたせ、ちょっと遅れた」
ペロロ博士のぬいぐるみを抱きしめて、満面の笑顔を浮かべるアズサの後ろで派手に教室のドアが開く。幾つかのお菓子の紙袋を抱えたリエだった。
「お、いらっしゃい!」
「あ!リエ様!……どうしたんですか、そんなに急いで?」
「えっと……みんな合格したって先生から聞いたから、とりあえずお祝いでもと思って」
そう言って、彼女は机の上にドンと紙袋の中身を広げた。
マドレーヌ、ホールケーキ、マカロン、羊羹、カステラ、クッキーetc……。近くの店を回ってきたであろうその宝の山に補習授業部は再び目を輝かせた。
「……あ!これ今話題のやつ!!」
「そう、人気らしいから買ってきた。みんなおめでと」
「あ、ありがとうございます!では皆さんお茶にしましょう!」
開いた窓から爽やかな風が吹き抜けて、白いカーテンが揺れた。
「……お待ちしていました、先生」
そして迎えた最終日。先生は、朝からナギサに呼び出されていた。相変わらず、そのテーブルには変わったチェス盤が置いてある。
「合宿の方で特に困ったことはありませんでしたか?ヒフミさんたちの調子はいかかですか?」
「うん、みんな元気だよ。成績もぐんぐん伸びてる」
「そうですか、それは何よりです。……元々この合宿は「生徒達をよく観察できるように」という先生への配慮だったのですが……『トリニティの裏切り者』はどなたか分かりましたか?」
単刀直入に切り出すナギサ。ミカが「ナギちゃん余計なおしゃべり付き合ってくれなくてさ」と言っていたのを思い出した。けれど、先生は凛として答える。
「私の答えは変わらないよ。私のやり方でやらせてもらうから」
「そうですか。……いえ、目の前に第二次特別試験が迫っているこのタイミングでもう一度確認したかったのです」
少し目が鋭くなる先生とすました顔で紅茶を啜るナギサ。あまり二人の間の空気が良くない中で、彼女は話を続ける。
「……ミカさんが、接触してきましたよね」
「……!」
「よろしければ、私にも聞かせていただけませんか?……何をお話しになったのか」
口調は淡々と。けれど、その目は鋭く輝いている。
「……ごめんね、あんまり私には時間が残ってないんだ。あの子達も頑張ってるし、私も頑張らないとだから」
「……では、もう一度前提から説明いたしますね」
しかし負けじと真剣な眼差しを向ける先生。ティーカップをコトンとその場に置いてから、ナギサは徐に話しだした。
「まず、コハルさんは徹底的な反ゲヘナのハスミさんを牽制するための人質です。ハナコさんは本来トリニティのトップにさえ立てる才能をお持ちにも関わらず、その爪を、牙を不自然に隠しています。リエさんという安全装置があっても尚、疑わざるを得ません。アズサさんは、あまりにも未知な部分が多い。そもそも、転校してから暴力沙汰の多い危険な存在ですし。……そして……」
「ヒフミは、特別なんだ?」
言葉の詰まったナギサに、先生は問いかける。彼女は目を瞑り、しばし考えた。答えが出たのは、十秒ほど間が空いてからだった。
「……はい、そう言わざるを得ません。……彼女は、私にとってとても大切な……私は彼女に、特別としか言いようのない感情を抱いているのは間違いありません。ですが……彼女が犯罪集団のリーダーである、という噂を耳にしてしまいました」
「……それは……」
「……あくまで噂に過ぎないのかもしれません。ですが、火のない所に煙は立たぬ、ともいうでしょう?……信じていた大切な人に裏切られて破滅する……そんな失敗談は古今東西枚挙に暇がありません。……私は、そうではないと、そう断言できるほど彼女を理解できているのか……それが私には分かりません。……他人を理解するのは、あまりに難しいことですから」
結局、人間とは信じ切れないものである。そんな諦観を抱いてため息を吐くナギサ。それでも、と先生が言おうとしたところだった。
「それでも……」
「そう、否定したくなるのは分かります。ですが、心の内など証明しようのない領域、本人にしか、本人にさえ理解できない領域なのですから。ヒフミさんの心のどれだけの美しさを知ろうとも、そこまでは踏み込めないのです。……それが『他人』というものなのですから」
「あー……そう、なんとなく分かったかも」
先生は、ようやくね、と少し笑った。「何を?」と尋ねるように彼女を見つめるナギサと、答え合わせするようにおもむろに口を開く彼女。
「ナギサさ、色々と信用できてないでしょ?『疑心暗鬼の闇の中』ってやつ」
「疑心暗鬼の……」
「そう、だから、自分の見たい事実だけ見て、自分の信じたい事実だけ信じてる。或る意味では現実から目を反らしてるんだね」
「……」
そう言って、真っ黒な明るい瞳がナギサを覗き込む。彼女は正解とも不正解とも認められず、ただ黙ることしか出来なかった。
「だから、ナギサも助け出すよ。私はみんなの『先生』だからね!」
「……そうですか。……まあ、つまりは話が簡単になったのですね。……承知しました。健闘を祈ります、先生。私も全力を尽くしますので」
「じゃあね」と手を振る先生の背中を見送り、ナギサは白い駒を一つ動かした。
「皆さん、ひとまず合宿お疲れさまでした!……しかし、本番はこれからです!」
補習授業部合宿最終日。日も暮れる中で、ヒフミは合宿棟の教室の黒板の前に立って話していた。教室の机には教材が山盛りになっている。
「ですが安心してください!私達はこの数日で十分試験に合格できるだけの実力を身に着けたはずです!」
「ああ」
「はい♡」
「もちろん!」
次々と気を吐く補習授業部。そしてその後ろで腕を組み、先生はうんうんと頷いている。
「その通り!みんなよく頑張った!」
「はい!ですのでみんなで合格して、それで笑ってお別れして、それで補習授業部はおしまいです!悔いを残さないよう、全力を尽くしましょう!」
ヒフミがそう言って、〆ようとすると、アズサは少し悲しいような、寂しいような表情を浮かべた。
「……そうか、これで終わりなんだ……」
「ふふっ、そこまで考える必要はありませんよ、私達は補習授業部の仲間であると同時に、トリニティ総合学園の仲間なんです。またいつでも会えますから」
「ほら!私は正義実現委員会にいつもいるから……そうだ!アズサも来る?!」
そう言って、コハルは思わずアズサの手を握る。「あ」と我に返って離そうとしたその手を彼女は握り返した。
「……そうだな、考えておく」
「あはは……さっきも言ったのですが本番は明日なので……」
「ヒフミの言う通り!だからみんな早く寝ちゃいなね!夜ふかしはお肌にも悪いよ!」
「経験者は語るよ!」と彼女達を寝かせようとする先生。そんな中で、コハルは一つの疑問を浮かべた。
「そういえば、明日の試験会場ってどこ?この前と同じ?」
「あ、今確認しますね……」
コハルに尋ねられて、トリニティの学内掲示板を確認するヒフミ。そこに掲載されていたお知らせを見て、ヒフミは目を丸くした。
「……え。ええっ?!う、嘘ですよね?!」
「どうしました?ヒフミちゃん」
「何かあったの?」
突如狼狽えるヒフミ。寝る準備を始めていた先生達が彼女の下に集まってくる。
「えっ?!だってこんなのありえな……えっ?!」
「失礼しますね、ヒフミちゃん」
混乱しているヒフミのスマホを拝借し、ハナコが改めてその知らせを確認する。
「「補習授業部第二次特別試験の変更点に関して」……?」
「変更点……ハナコ、何が変わってる?!」
「「試験範囲を三年生後期カリキュラムまで拡大」……「また合格ラインを60点から90点へと引き上げるものとする」……?」
突如として齎された試験の内容変更。それは桁違いで済まないほど、まさしく異次元に難易度を上げるものだった。
「三年生、っていうことは三倍じゃない!!」
「きゅ、90点ですか?!私でもまだそんな点数は……」
「投稿は……先程ですか。……失礼、少し席を外します」
5人しかいない教室が騒然とする中、ハナコはスマホだけ持って教室を出て行った。先生は、朝のナギサの言葉を思い出した。
「「私も、全力を尽くしますので」……なるほど。よっぽど退学させたいみたいだね、ナギサ」
「やっぱり、ナギサ様の仕業なんですか……?」
「……退学?」
「待って、退学?!どういうこと!?」
先生が溢した『退学』という言葉に真っ先に反応したのはコハルだった。「正義実現委員会である」ということをとても誇りに思っている彼女にとって、それは全てを失うことと同義であった。いや、このキヴォトスにおいてそもそも『退学』とは全てを失うことと等しいことだ。
「すいません、戻りました。それで、その話をしたいのは山々なのですが……」
「……!まだ変更点があります!「試験会場はゲヘナ自治区第15エリア77番街の廃墟の1階」……?」
「ちょっと待って?!それより退学ってどういうこと?!」
必死な顔をして答えを求めるコハルに、先生は端的に答えた。「三回落ちたら、トリニティ総合学園を退学になる」と。
「退学なんてなったら正義実現委員会に復帰できないじゃない!そしたら私……」
「……それは……」
「ごめん、二人共。今はそんな時間は無い。早く出発しないと」
「本当です、試験開始時間が「午前3時」って……!」
「ああ、今はどれだけの問題が山積みであろうと行くしかない。最後まで足掻き続けないと」
アズサはそう言って荷物を纏め始める。それに釣られてヒフミ達も泣く泣く荷造りを始めた。
「あうぅ……」
「……うう……」
「……はい、今はそれしかありません。……ですが、ゲヘナで試験を受けるなんて少し楽しそうです♡」
「……とにかくみんな準備して!あと30分で出るよ!銃火器も忘れないで!」
時刻は9時を少し回った辺り。試験会場へたどり着くには順調に行けば3~4時間で十分だろうが、そんなことは有り得ないと先生は踏んでいた。彼女の指示通りに補習授業部はドタバタと準備を始めた。
「あうぅ……どうしてこんなことに……」
「……ねえ、ナギサ。これ、どういうこと?」
「……どう、と言われましても」
ハナコから送られてきたスクリーンショットを見せて、リエはナギサに尋ねた。その目はナギサの良く知る『朝日奈リエ』ではなく、トリニティ総合学園内外に名を轟かせる『魔女狩り』のものだった。
「彼女達が大変良く励んでいると伺いましたので、それに応えようと思いまして」
「御託は聞きたくないから本音で言って。そんなにあの子達を退学にしたい?」
「……当然です。例えどれだけ目を掛けていようと、どれだけ純粋であろうと、『裏切り者』であるのなら、その疑いがあるのならば切り捨てる。それが政治というものです。……リエさんには理解できないと思いますが」
執務室にはリエとナギサの二人きり。空気は限界まで張り詰めている。『先輩』以前に『ティーパーティーホスト』であろうとする彼女の選択と、『オブザーバー』以前に『先輩』であろうとする彼女の思いが正面からぶつかった。
「なら教えてあげる。あの子達の中に裏切り者はいないよ」
「随分と絆されましたね、リエさん。それはあなたに証明できることなのですか?ヒフミさん達が何を考えているか、何を思っているか……何が好きで、嫌いで、何を望んで……それを、あなたは、あなたなら……あなたは……リエさんは完全に理解していると?!人の心という領域にあなたは踏み込めると?!あなたにはそれが許されると?!!あなたのような天才にはその権利すら与えられていると?!!」
「なら一つ断言しようか。あの子達は……補習授業部はみんなナギサが課した試練を越えようと、「試験に受かりたい」って思ってる。理不尽にもがいて、懸命に立ち向かって……全てを懸けてもその未来を掴もうと足掻いてる!!絶対に、絶対にそれは、それだけは揺らがないから!」
次第に二人は声を荒らげていく。彼女達の根底は何一つ変わらないにも関わらず。結局、二人共トリニティが好きなだけだった。だからナギサは『トリニティ総合学園』そのものを守ろうと、リエは『トリニティ総合学園の生徒』を守ろうとしていた。そして、幼馴染が好きなだけだった。ナギサはミカの居場所を守るため、リエは二人のあるトリニティを守るため。ただ、それだけの違いだった。
「……結局リエさんには……一人で何でも出来てしまうあなたには分からないんです!私にはたどり着けなかったから……だから、だからこうするしかないんです!こうでもしないとトリニティを守れない!私は……あなたのような天才じゃないんです!!」
「そこまでして所詮守れるのは箱なのに?!中身の入らない箱には何の価値があるって言うつもりなのさ!!」
「その箱を代々受け継いできたのがティーパーティーなんです!それを守るのが私の責務なんです!!自由なあなたには分かるはずない!!」
デッドヒートする二人の口論。テラスに出されていた長テーブルがそのまま二人の距離を現しているようだった。そしてどうしようもない水掛け論に陥りかけた時、ティーカップが落ちて、甲高い音と共に割れた。
「……あ」
「……ごめん、なさい……」
二人は我に返った。
「……いえ、これ以上はやめましょう」
「……これ以上はただの意地の張り合い、かな」
時計は10時を過ぎていた。リエは溢した涙の跡を拭って、フラフラと出口の方へ歩いていく。同じく涙を拭いたナギサが、彼女の背に声を掛ける。
「……おやすみなさい、良い夜を」
「うん、おやすみ。……後悔だけは、しないようにね」
「……はい」
『ホスト』と『オブザーバー』から、『桐藤ナギサ』と『朝日奈リエ』へ。二人は笑って、手を振った。
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