「何で何でっ?!何でこんなことになるんですかぁぁぁぁっ?!」
真夜中の街並みに彼女の叫び声が木霊する。ゲヘナ内の高速道路をその辺で拾ったスクーターでぶっ飛ばしていたヒフミの嘆きだった。その華奢な手で手汗に少し濡れたハンドルをなんとか離すまいと握りしめ、風紀委員会、温泉開発部の追撃を避け続ける。背後からの爆風で髪が揺れ、被ったヘルメットの下に涙を浮かべ、同じようにヘルメットを被ったコハルと二人乗りで、迫るゲヘナの軍団から逃げながら美食研究会と共にハイウェイを爆走中。そして美食研究会がいつものように給食部から強奪していた配送車から彼女達へ声援が飛んでくる。
「トリニティの子、すっごく運転上手だね!」
「ガンバガンバー!」
「ヒフミもコハルも頑張れー!」
「な、何か飛んできてませんかコハルちゃん?!」
「ちょっ、揺らさないでよ!当たんなくなるじゃない!」
その声の主は、美食研究会の鰐渕アカリが運転する配送車の後部座席に乗り込んだ獅子堂イズミ、赤司ジュンコ、そして先生。まるでスポーツ観戦でもするかのように声を出す三人だったが、目の前の事態の対処に必死な二人には届いていないようだった。
「『こちらチームブラボー。チームアルファ、応答せよ』」
「あ、アズサちゃん?!そっちは無事なんですね?!ってまたぁ?!」
「風紀委員会また増えてる!ヒフミもっと飛ばしてよ!」
逃走劇の最中、唐突にアズサから渡されていたトランシーバーに無線が入った。もちろん、彼女からの連絡である。しかし、チームブラボー、アルファなんて無意味な隠語に付き合っている余裕は残念ながらなく、ヒフミはアズサに必死に問いかける。
「『名前を言われてしまうと意味がないんだが……それはそれとして、ごめん。陽動は失敗した。こっちは今包囲網のど真ん中だ』」
「ええっ?!それは大丈夫なんですか?!大丈夫じゃないですよね?!」
「『前方には温泉開発部の火炎放射、後方にはやたらタフで強いツインテールの風紀委員……まあ、何とかする。だから後で会おう。健闘を祈る』」
「あ、アズサちゃん?!……わ、私達は試験を受けに来ただけなのに!ほんとに何が起きてるんですかぁっ?!」
爆発音と共に、彼女の叫び声がゲヘナの市街に再び木霊する。彼女達補習授業部が壮絶なカーチェイスに臨むことになったのには、ほんの少し複雑な事情があった。
話は少し前に遡る。速やかに準備を終えて、9時半頃にトリニティを出た彼女達。トリニティ自治区を抜け、銃声の響くゲヘナへ差し掛かった補習授業部一行だったが、そこで彼女達は検問を張っていた風紀委員会に見つかってしまった。なんでも美食研究会やら温泉開発部やらのゲヘナが誇る最凶テロリスト集団が揃いも揃って大暴れ、街には規制が敷かれているらしい。
「止まれ!此処から先は立入禁止となっている!というかトリニティがゲヘナに何の用だ!」
「そうだそうだ!それに今日は街全体に外出禁止令が出ているんだ!さっさと帰れ!」
「いえ、ただ私達は試験を受けに来ただけで……」
「そんな訳あるか!つくにしてももう少しマシな嘘をつけ!」
「そうだそうだ!トリニティの生徒がゲヘナで試験を受けるなんて馬鹿な話があるか!」
ハナコが事情を説明するも、まあ傍から見たら「そんなこと有り得ない」としかならない話で一蹴されてしまう。確かに相手が正論であるのは否めないが、こちらも退学という最悪のバッドエンドルートが待ち構えている以上引き下がる訳にはいかない。これはどうしようかと補習授業部が頭を捻っていたその時、突如後方から榴弾が飛んできて風紀委員会の検問が吹き飛んだ。そして彼女達の後ろには唸るエンジン音が迫っていた。
「うああっ?!」
「こ、こいつらやはりゲヘナを襲いに……!」
「命中ですね、完璧です☆」
「……あら。お久しぶりです、先生」
給食部と書かれた車が補習授業部の側に止まって、美食研究会が姿を現した。ついこの前の水族館襲撃事件の後、先生が立ち会って正義実現委員会から風紀委員会に引き渡されたはずだったが、彼女達はもう脱獄してきたらしい。
華麗に助手席を降りて先生に挨拶したのは美食研究会会長、黒舘ハルナ。美味しい食べ物、手の込んだ食べ物、思いがこもった食べ物を是とし、それにそぐわぬ物は片っ端から爆破する、まさしく『美食』を求めるキヴォトス有数のテロリストである。そして会話の最中もトランクから謎のうめき声が聞こえたが、なんだか聞いてはいけないものを聞いている気がしてみんなスルーしていた。
「あ!この前の……!」
「はい、水族館を襲撃していた……」
「その節はお世話になりました☆」
「……今日は、あの怖い人はいないんだ……」
思わぬ再会に困惑する一同だったが、今は何よりも時間がない。現在時刻は12時手前。このままだと恐らく会場には間に合わない。先生が一か八かで彼女達に事情を伝えると、ハルナは「自分達が会場まで送っていく」と提案した。かくして、ゲヘナを駆け巡る地獄のカーチェイスは幕を開けたのだ。
「はぁ……はぁ……こ、ここが試験会場……?」
「た、多分そうですね……。……あ、先生……」
「ぜぇ……ぜぇ……良かった、二人共無事だね……!」
あれから何とかカーチェイスを突破し、ボロボロの状態で試験会場に辿り着いたヒフミとコハル。カーチェイスの後も必死で逃げている内にはぐれてしまい、一人でここまで向かってきた先生もようやく合流した。三人とも同じようにボロボロで、もはや無傷なのはヒフミのペロロ様リュックサックくらいのものだった。
ぜぇぜぇと肩で息をしながらヒフミは言う。
「本当に良かったです……給食部の車が川に沈んだ時はどうなるかと……」
「ハルナ、見事なサムズアップだったね……」
「あはは……」と苦笑いして相槌を打つ彼女。そしてそこに聞き慣れた声が響いた。
「皆さん、お待たせ致しました♡」
「……2時45分。間に合いはしたが、流石に疲れるな」
何故か水着のハナコとガスマスクを着けたアズサも包囲網を突破してなんとか合流。時刻は2時50分。これで一応、時間前に補習授業部は試験会場に到着することが出来た。みんなとても試験を受けられるようなコンディションではなかったが、受けない限り始まらないということで四人は廃墟の中に入った。
「うわぁ……本当にここで受けるの……?」
「「ゲヘナ自治区第15エリア77番街の廃墟の1階」……はい、ここで間違いありません。……しかし解答用紙などはどこに……?」
「……いや、これだ」
何に使われていたかも分からない程に朽ちた廃墟はゴミと落書きだらけで、とても試験会場と思えるような場所ではなかったが、ハナコが現在地と指定されていた座標を照らし合わせると、そこは間違いなくナギサが指定した場所だった。彼女達が辺りを見回して試験用紙を探す中、いち早くそれに気がついたアズサが足元に転がっていた不発弾を拾い上げる。
「……これ、L118の弾頭だ。雷管とか爆薬は抜かれてるから爆発はしないようになってる」
「L118……!ナギサ様のやつです!間違いありません!」
「なるほど、ということは中に……」
L118、即ちナギサお抱えのティーパーティーの砲兵部隊のメインの弾薬である。その事を聞かされたアズサが「ならそうだろう」とおもむろに弾頭を開くと、中から何枚かの紙と通信装置が出てきた。カチャッと地面に転がったそれは、数秒の間の後に空中にホログラムを映し出す。
「『……これを見ているということは皆さん無事に到着されたのですね。お疲れさまです』」
「な、ナギサ様?!」
「……」
「『ふふっ、恨み節は後回しにするのをお勧め致します。こちらは録画映像ですので』」
そう言って皮肉るように微笑む映像内のナギサに、先生は少し怒ったような顔をする。しかし、彼女の言う通りに画面の中のナギサにはそれは届かない。もう間もなく試験の開始時刻になろうとしている中で、彼女はもう少しだけ話を続けた。
「『……それでは間もなく試験です。皆さんの健闘をお祈り致します。それと、どうかお気をつけて。ゲヘナには
「……あうぅ……切れちゃいました」
「もう時間がない、始めよう」
「はい。……しかし最後の一言……」
ハナコが一人訝しむ中、第二次特別試験は幕を開けた。……開けたのだが。
試験開始から十分ほど経って、廃墟の周りに何人かの温泉開発部が集まり始めた。匿名で、「そこに温泉が出る」というタレコミが入っていたのだ。
「……おお!ここだここだ!ここら一帯全部!」
「オッケー!にしてもありがたいね!誰だか知らないけど温泉が湧く場所を教えてくれるなんて!」
楽しげに、ハイテンションに話しながら彼女達は手際よく建物を囲むように爆薬を設置し始める。温泉開発には爆破が欠かせないという思想を彼女達の誰もが共有していた。
「……発破準備よぅし!」
「よっしゃぁ!……開発の時間だあああああ!!」
一際ハイテンションな部員が思いっ切りスイッチのハンドルを押し込む。連鎖的に巻き起こる爆発の後、抜きん出て大きな爆発とともに会場がまるまる吹き飛んだ。それに巻き込まれた試験途中の彼女達の解答用紙が爆風に乗り、燃え尽きて暁の宙を舞う。
「ゲホッゲホッ……な、何が起きたの……?!」
「……誰かが、ここを爆破したみたいだ」
「……そういうことですか」
「せ、先生……ご無事ですか……」
「何とか……みんなは大丈夫……?」
第二次特別試験、結果。
全員、解答用紙紛失により不合格。
残された機会は、あとたった一回。
だ、誰の仕業なんだ