「間違いなく、裏切り者はミカだよ」
小さく微笑むリエと対称的に、ハナコは目を丸くする。唾を飲み込んで思考を整えてから、ハナコは彼女に問いかけた。
「……どうして、いつ、その結論に?」
「ほら、これ」
そう言うと、彼女はハンドバッグからファイルを一つ取り出した。それを渡されたハナコは綴じられていた資料からあの時のリエと同じ思考を辿り、数分で同じ結論へ辿り着く。
「……そういうこと……ですか」
「そういうこと」
「それで、リエさんはどうするつもりなのですか?」
ハンドバッグを持ち直した彼女は軽く答える。
「ミカが裏切り者なら、そろそろ行動を起こす頃だと思う。私がトリニティにいないなんて事があれば
「……トリニティの外で何を?」
「ちょっとセイアを助けてくる」
「待って下さい!……セイアちゃん生きてるんですか?!」
軽く言い放ったリエに対し思わず聞き返す。セイアちゃんはヘイローを破壊されたんじゃ、そう口にしかけたハナコだったが、彼女の表情からそれが冗談なんかではないのはすぐに理解できた。そしてそれが事実だとするのなら、幾つか残っていた疑問も納得がいく。
「……まさか、ミネさんは……」
「十中八九ね。……ここまで来たら、もう一つ頼み事があるんだけど」
「頼み事……ですか?」
「そう。私が戻ってくるまで、時間稼ぎしてほしい。手段は選ばなくていいから。……任せたよ」
そう言って、彼女は夜の中に消えていった。ハナコは知略に長け、策謀を巡らす才能はあれど、戦闘に関しては平凡である。トリニティでも最強格と噂されるミカを止められるような戦闘力は持ち合わせていない。けれど、彼女がそう言うということは、間に合わなければ取り返しのつかない事態になりかねないということ。脳のリソースを限界までつぎ込んで必死に解決策を探る中、ただ一つだけ彼女に残された方法に辿り着く。
「……彼女達なら……!」
ハナコはスマートフォンを取り出すと、トリニティの上層部の殆どが網羅された連絡先の中から一つへ指を滑らせ発信する。十秒もしない内に、彼女は応答した。
「……夜分遅くにすみません、サクラコさん」
「『いえ、あなたがこんな時間に連絡なさるということは余程の事態なのですね?』」
「はい。それであなたに、シスターフッドに頼みがあるんです」
歌住サクラコ。パテルやフィリウスといった各派閥だけではなくシスターフッドからも熱心な勧誘を受けていて、多少の付き合いがあったハナコにとって、そのリーダーである彼女は信頼できる知り合いの一人であった。
「私に払えるのなら対価は惜しみません。ですから……ですから、どうかシスターフッドの全てを動かしていただけませんか?」
「『随分大きく出ましたね。……まず理由だけ伺っても?』」
「ティーパーティーが必死に探している『トリニティの裏切り者』はミカさんでした。そして彼女は今夜、『アリウス分校』と共謀してトリニティを襲撃するつもりです」
「『……どなたがそう結論付けたのですか?』」
サクラコは静かに聞いた。それが『疑い』ではなく、彼女の根っからの『慎重さ』であるのは何となく理解出来た。
「リエさんです。彼女は今、セイアちゃんを連れ戻しに向かっています」
「『やはり生きておられましたか。……それで、私達は何をすれば?』」
「まず、補習授業部の方でアリウスと交戦、その後ミカさんを合宿棟の一階の体育館まで誘い込むので、そこに突入して下さい。そしてリエさんが戻ってくるまで補習授業部、シスターフッド、シャーレの『先生』で時間を稼ぎます」
「『……リエさんはいつ頃戻ってくると?』」
「知らされていません。ただ、「私が戻ってくるまで時間を稼いでほしい」と」
ハナコの返答を聞いて、彼女はしばらく黙って考える。そして十何秒の間が空いてサクラコは答えた。
「『リエさんにも、ハナコさんにも決して少なくない借りがあります。……分かりました。シスターフッド、全力を尽くしてその役目を果たしましょう』」
「……!ありがとうございます……!」
「『いえ、健闘を祈ります』」
サクラコとの通話が切れてから数秒。ハナコは仄かに明かりの灯る大聖堂へ向けて深く頭を下げた。
姿を現したリエとミネ。ミカにとっては本来『いないはず』の二人。ハナコ以外は知りようがなかった救援に、先生も含めた補習授業部は九死に一生を得た。
「り、リエ様?!なんで?!」
「危ないから来ないで……って言いたいけど……助かった!」
ボロボロになったヒフミやコハルがその場にへなへなとその場に膝をつく。それと対照的に、ミカはただ立ち竦んで目の前に現れた幼馴染を呆然と眺めるだけだった。
「……なんでさ……」
「ミネ、周り退けるよ」
「了解です」
「あ……あ……」と彼女の声にならない声、かすれるような吐息。ミカが茫然自失となる中、慣れた戦友のように言葉を交わして彼女達は一気に仕掛けた。盾を構えたミネが彼女達の中へ飛び込むと同時に、リエが放った榴弾がアリウス生を塵のように弾き飛ばす。これ以上の増援はどうしようもないと、アリウス生が逃げようとするも、距離を詰めたミネのシールドバッシュが炸裂し、一人、また一人と倒れていく。そして最後の一人が戦闘不能となる中、リエは漠然と立ち竦んだままのミカの腕を掴んだ。カチャン、とその手に握られていたサブマシンガンが落ちた。
「……もう終わりだよ、ミカ」
「……意味分かんないよ……リエちゃん……」
道を踏み外した幼馴染の目を覗くと、その綺麗な瞳からポロポロと涙が溢れ始める。その傍らでは、ミネが補習授業部の応急手当を済ませていた。
「……シスターフッドも片付けた時はようやく、ようやく終わりだって思ったのに……なんで来ちゃうのさ……」
「……
「……そっかぁ……リエちゃん、らしいな……」
そう呟いて、彼女はようやく膝から崩れ落ちた。もうどうしようもないこの状況に、ミカは諦観したような笑顔を作る。
「……何でだろうなぁ」
そして涙をこらえ、振り返るように、淡々と言葉を吐く。
「……ハナコちゃんを見くびったから?……ううん、どうにかできる程度だったはず。現にシスターフッドまでは倒せたしね」
「……」
ハナコの目を見て、彼女は首を振った。
「……アズサちゃんが裏切ったから?……ううん、アズサちゃんがどうこうしたって結果には関係無かったはず」
「……」
アズサの顔を見て、彼女は目を瞑った。
「……リエちゃんが想像以上だった?……これはちょっとあるかな……ううん、リエちゃんが天才なんてこと、ずっと昔から分かってた。でも、リエちゃん一人だけならあとでどうにでもなるはずだった」
「……」
リエの目を見て、彼女は俯いた。
それでもなんで自分が負けたのか分からないミカは苦笑いを浮かべる。けれど、途中でようやくそれに気がついた彼女は「ああ、そっか」と声を漏らし、そっと目を閉じた。
「……先生がいたね。シャーレの先生。多分、私はあなたを連れてきたから、負けたんだ。ナギちゃんを黙らせるにはちょうどいいかなって思ったんだけど……そっかぁ、あそこで決まっちゃったんだね」
「……ミカ……」
「あはは、結構頑張ったと思うんだけど……そっかぁ、最初から間違ってたかぁ……」
「……ミカさん、セイアちゃんは……」
少し悔しそうに、けれどどこかスッキリとしたような顔の彼女に、ハナコは話しかけた。
「……本当に、殺すつもりなんてなかったんだ。セイアちゃんうるさいから、少し痛い目にあって休んでもらおうって思っただけなの。なのに……私が言うのもなんだけど……事故、だったのかなぁ……」
「セイアちゃんは
「……本当?」
「嘘じゃないよね?」と子供のような目でハナコを見るミカ。彼女は首を縦に振った。
「……ずっと、偽装されていたんです。襲撃の犯人が分かるまで、ミネさんも付きっきりでトリニティの外で身を隠して。……既に正義実現委員会によって保護されています」
「……じゃあ、セイアちゃんは無事……?」
「はい。まだ意識は戻っていませんが、命に別状はないそうです。……彼女が、助けてくれたおかげで。……これは、ご本人の口からにしましょう」
彼女はおもむろに立ち上がると、ハナコの目を見た。一点の曇りもないその瞳に、その言葉が本当だと確信して呟く。
「……ああ、良かったぁ」
ミカは両手を上げた。
「……降参。浦和ハナコも、リエちゃんも、先生も、おめでとう。『トリニティの裏切り者』はあなた達の手によって倒された。……これでハッピーエンドってわけ。……アズサちゃん以外はね」
「……ミカ、どういうこと?」
「この先どうなるか、理解してるんだよね?アリウスはずっとあなたを追い続けるし、トリニティはあなたを守ることはない。……あなたが安心して眠れる日は来るのかな?だって、あれでしょ?『vanitas vanitatum. et omnia vanitas.』だっけ」
「……ミカ」
アズサが何か言おうとしたのを遮って、リエは口を開いた。
「そんな日はすぐ来るよ」
「へえ、何でそう思うの?自分で真実に辿り着いたなら、アリウスの憎悪が並大抵じゃないことも気づいてるでしょ?リエちゃん」
「そうかもしれないけど、アズサちゃんを転校させたのは、トリニティ生にしたのは紛れもない私。……私が後輩を見捨てるわけなくない?」
力強く言い放つリエに、ミカは「あはっ」と小さな声で笑う。
「……そっか、そうだったね。……うん。リエちゃんならそう言うよね。リエちゃんが本気出せば、一人でアリウスも相手に出来るかもよ?」
「まあ、頑張る」
ミカの差し出した両手に、カチャンと手錠が掛けられた。そのままリエに手を引かれ、二人は補習授業部をおいて外に出る。東の空には綺麗な朝日が昇っていた。
「……ミカ!」
「……先生?」
「……ごめんね、先生。今は先生と話したい気分じゃないんだ。私の敗因だしね。……でも……」
しばらく歩いていた二人は聞き慣れた声に噴水の前で足を止め、追ってきた先生の方へ振り返る。少し寂しそうな、けれど澄んだ瞳が先生の顔を見つめる。ミカは少し考えた後に、口を開いた。
「……先生が「私の味方」って言ってくれた時、すごく嬉しかったなぁ」
「……」
「……バイバイ、先生」
それを聞いた先生は、噴水の手前で足を止めた。ミカに促されるようにして、リエは再び彼女の手を引いて歩き出す。
「いいの?ミカ」
「……うん。……にしても、リエちゃんも甘いよね。もっと強く引っ張ってくれてもいいのに。こんな手錠じゃ、私いつでも外せちゃうよ?」
「ミカが逃げないのは、よく分かってるから」
二人は少し無理をして笑い、いつもの調子で話しながら、軽い足取りで監獄まで向かった。
「……あうぅ……も、もう動けません……」
補習授業部部長、阿慈谷ヒフミは朝日が差し込む中で広場のベンチに座り込んだ。例え連日ブラックマーケットに通い、時には銀行強盗をこなす彼女であっても、戦闘に特化した教育を受けているアリウスとの徹夜の戦闘はかなり堪えるようだった。それに、ここ数日は第三次特別試験の勉強であまり睡眠も取れてないから尚更だ。
「ええ、ですがようやく……」
「……うん……」
同じように疲れ切った様子のハナコとコハルも彼女の隣に腰掛ける。コハルに至ってはウトウトとしていて今にも眠ってしまいそうだ。
「えっと……コハルちゃん、お水飲みます?」
「……あ、うん。ありがと……」
「一晩中動き回ってましたからね……」
「はい、ひとまずこれで一段落……」
「二人共何言ってるんだ?まだ何も始まってない」
噴水の水で軽く顔を洗ったアズサは言い放った。キョトンとしていたヒフミ達だったが、次第に彼女の言葉の意味に気づき始める。
「……そうでした、まだ試験が……」
「……そうじゃん!忘れてた……!」
「ふふっ、コハルちゃんもすっかりお目覚めですね。会場までは……一時間といったところでしょうか」
ちらりとスマートフォンの時計にズレがないことを確認したハナコ。「あわわ……」と口が少しづつ開き始めるヒフミ。
「うん、それくらいだと思う」
「い、一時間ですか?!今7時55分ですよ?!もう8時になっちゃいます!」
「だから走らないと」
慌てるヒフミを置き去りにして一足先に銃を背負い直したアズサが広場を飛び出す。それに続くようにハナコとコハルも走り出した。
「え!?え?!み、みんな待って下さい!」
お気に入りのペロロ様リュックを背負い直して、ヒフミも大慌てで彼女達の背中を追う。
「どうして最後までこうなるんですかぁっ?!」
「はぁ……はぁ……こ、ここで合ってるんですよね……?」
「……8時53分、ギリギリ間に合った」
「ぜぇ……ぜぇ……み、みんなお疲れ様……」
「……先生が一番お疲れのように見えるのですが……」
「アラサー舐めんなぁ……」
ヒフミ達は息を切らしながらも、何とか試験会場の第19分館に辿り着いた。そこにあの後シスターフッド達と話していた先生も合流し、補習授業部が再び集合と相成った。
「……お待ちしておりました、補習授業部の皆様。中へどうぞ」
入り口の警備をしていた正義実現委員会の部員が彼女達に声をかける。
「……入って良いんですか?」
「はい、リエ様が先程「第19分館の封鎖を解除する」という命令を出されました。皆様は試験を受けていただいて大丈夫です」
「良かったぁ……」
「……それと、ハスミ副委員長からの伝言です。……「頑張ってください」と」
「は、ハスミ先輩……!」
コハルが少し嬉しそうに顔を明るくした。そしてそれを微笑ましく見守る先生に、彼女は続けて言う。
「あと、「力になれなくてごめんなさい、この借りはいつか必ずお返しします」とも」
「……分かった。「頼りにしてる」って伝えておいてほしいな」
「分かりました。……それでは皆様、そろそろお時間です」
「……みんな、頑張って!」
「……はい!先生!」
先生が後ろで大きく手を振る中、四人は第19分館に足を踏み入れた。
「……みんな、お疲れ様」
リエが補習授業部に姿を現したのは、昼過ぎだった。ティーパーティーの印が刻まれた封筒を見て、補習授業部は息を呑んだ。
「ごめんね、手続きでいろいろ遅れちゃった。……じゃあ、よろしく。先生」
「……うん、任せて」
今までのテスト返却の中で一番明るい顔色。それだけで今回の結果を察して、嬉しそうに封筒を受け取る先生。封を閉じている紐を素早く解いて、中から四枚の答案用紙を取り出した。それでも敢えて結果を見ることはせずに、一番上に重ねられた答案から読み上げていく。
「……浦和ハナコ!……100点!合格!!」
「……ふふっ」
彼女は席に着いたまま静かに、けれども心の底から嬉しそうに笑った。
「……次、白洲アズサ!……97点!合格!!」
「……!やった……!!」
彼女はらしくなく、席から立ち上がって嬉しそうにガッツポーズした。
「……次、下江コハル!……91点!合格!!」
「……うそ?!ホントに?!ホントに?!」
第一次特別試験前には「絶対受かる」とか「正義実現委員会のエリート」と豪語していた自信家な当初の面影は何処にもなく、彼女はその場で口を押さえながら、足と羽をバタバタと慌ただしく動かした。
「……次、阿慈谷ヒフミ!」
そう言って答案を捲った先生だったが、改めてそれをその目で見て、思わずバンッと強く教卓を叩く。その理由を理解してパアッと顔を明るくするヒフミと、先生の横で「その反応が見たかった」と言わんばかりに微笑むリエ。
「……94点!合格!!」
「……ということは……!」
「補習授業部!!全員合格!!!」
それを聞いた彼女は、思わず隣にいたアズサに思いっきり抱きついた。嬉しそうな補習授業部の様子を見て、リエは「先生も混ざってきなよ」とその背中を軽く叩く。それと同時にヒフミ達は先生の方に近づいて、思いっきり抱きしめた。
「本当に、本当にありがとうございます!先生!」
「みんな頑張った!!本当によく頑張った!!お疲れ様!!」
「あはは、良かったじゃん、先生」
リエがそう呟いた瞬間、ヒフミは彼女にも思いっきり抱きついた。困惑の表情を浮かべる中、ハナコもアズサもコハルも彼女の方へ寄ってくる。「そんな義理無いのになぁ」と少しためらいながらも、ティーパーティーとして、彼女達にこれを課した一人として、そして彼女達の先輩として。リエは「ふふっ」と小さく笑い、少しの間の後に彼女達をその大きな翼で抱き返して大きく言った。
「……みんな、合格おめでとう!」
Seraph's punishment
リエが使用するトリニティの新型榴弾砲。
試作品の段階から使い込まれて多くの独自改造が施され、人も建物もお構いなしに吹き飛ばしてきたそれが『魔女狩り』の名を広く知らしめた一因であるのは間違いないだろう。
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