進級も控えた3月頃。
「……あー、了解。すぐ行く」
シスターフッドに対して不信を募らせた生徒達による大聖堂襲撃。そんな緊急連絡が舞い込んできたのは昼過ぎだった。生憎にも殆どの部員は定期のパトロールに向かっていて、駐在していたのは彼女と後輩数人。
相変わらず派手にやるなぁ、と呟きながら彼女は真っ黒なセーラー服の上から更に黒いカーディガンを羽織る。そして髪を軽く結び直し、正義実現委員会の最前線担当であった彼女は後輩に後を任せて一人制圧に赴いた。
「あー……なるほど、こういうこと?」
得物の『Seraph's punishment*1』を担いで大聖堂を訪れたリエは苦笑いした。吹き抜けた爆風でサイドテールが揺れる。
「秘密主義のシスターフッドを打倒しろ!!」
「手を緩めるな!引き金を引き続けろ!!」
火炎瓶やら手榴弾やらが飛び交う中、恐らく即席で組み上げたであろう大聖堂前のバリケードを挟んで撃ち合うシスターと生徒達。襲撃側は100人はいない程度の人数だが、流石に準備していた事もあってかシスターフッドがそれなりに押されている。彼女は少し考えるようにトントンとキレイなネイルが施された左の人差し指で太もも辺りを叩いた。
「……派手にやるのも良いけど……」
こういうのはなるべく速攻、彼女はそう決めて近くのベンチに身を隠し、弾を込めた。そんな彼女の存在に全く気が付かない襲撃犯達は相変わらずバリケードを壊そうと苦心している。
スーッと一回深呼吸すると同時にリエはベンチから身を乗り出し、軽く狙いを合わせた後に素早く三回引き金を引いた。
「っ?!」
「何だ?!」
足元で炸裂した榴弾に戸惑う彼女達。「狙いやすくなった」、そう小さく呟いて、彼女は的確に彼女達の背中に榴弾を一発ずつ叩き込んでいく。引かれた引き金がカチカチとテンポよくリズムを刻んだ。
「誰、増援?!」
そう言って辺りを見回す主導者の少女*2。正義実現委員会が来たのかとも思ったが、周りにそのような集団は全く見えていない。なのに、周りの仲間だけがバタバタと倒れていく。
「おーわり」
「一体なん──」
戸惑いながら呟いた彼女の背中を最後の一撃が捉えていた。そしてリエは彼女の気絶を確認すると、張られていたバリケードを蹴り壊して中にいるシスター達に告げる。
「正義実現委員会、ただいま到着しました」
「こんなもん……かな?」
「はい、この程度なら修復もすぐに出来そうです。わざわざありがとうございました」
苦もなく彼女らを鎮圧して、リエは同学年でシスターフッド所属の歌住サクラコ*3に話しかける。同じクラスで毎日顔を合わせているということも相まって、正義実現委員会からシスターフッド、或いはシスターフッドから正義実現委員会へ連絡がある時などは彼女達がお互いの窓口のようになっていた。
「っていうか最近はシスターフッドの方はどんな感じ?引き継ぎとか」
「そう……ですね。私がリーダーを務めることになるというのはお伝えしましたし……そういえば、この前の新入生向けの部活動体験が……」
しばらくすると、シスターフッドの誰かが呼んだであろう救護騎士団が、のされて倒れた生徒達に応急処置を施し、担架に乗せて運んでいく。リエはその指揮を執っていた蒼森ミネ*4の下へ駆け寄り、その肩を叩いた。
「お疲れ様、ミネ。そうそう、あの子達壊さないでよ?」
「……私は救護が必要な場所に救護を行うだけです」
からかうような口調の彼女に凛として返すミネ。続けて「というか今回壊しているのはあなたの方では?」と真面目な顔で言う彼女。リエはパンっと手を叩いて笑った。
「あっはは、本当に真面目だね?……じゃあ、後は任せるから」
そう言って彼女がその場を去ろうとした時、流行り曲のメロディが鳴り響く。リエのスマートフォンに電話が掛かってきていた。
「……はい、朝日奈リエ」
「『リエ、いまどちらですか?』」
パッと応答すると、電話の向こうは彼女の同僚、羽川ハスミ*5であった。口調を見るに、そこそこ急いでいるようだ。
「いま大聖堂の方。どこ行けば良い?」
「『はい、ティーパーティーから「今すぐ執務室に来るように」とのことです』」
「うぇ……」
リエの所属する正義実現委員会は一応ティーパーティーの下部組織にあたる。その為、来いと言われたらかなり断りにくい。個人的に嫌いなのでガン無視してやろうかともリエは思ったが、そもそもの話、心当たりが全くない。
「……私がやらかす筈なくない?」
「『内容は私も知らされてないので……』」
「……しょうがない。すぐ行くよ」
流石に無視したらハスミ達が怒られるよなぁ、とリエはやれやれと言わんばかりにググッと背伸びする。そして丁度リエが通話を切ったとき、パトロールから戻って来た正義実現委員会の中から増援が送られてきた。増援と言ってもほとんど一年生、後始末なら十分かな、とリエは後輩の仲正イチカ*6に後を任せた。
「……お疲れ様、イチカ。用事出来ちゃったから後頼める?」
「もちろんっす。……それにしても、単騎制圧とは相変わらずっすね先輩。『魔女狩り』は伊達じゃないってことすか」
「止めてよ、そのあだ名あんまり好きじゃないから」
「そうですか?私はカッコいいと思うんすけどねぇ……。んじゃ、任されたっす!」
リエは大聖堂を離れ、ティーパーティーへ向かった。
朝日奈リエは正義実現委員会である。
幼馴染の二人、聖園ミカと桐藤ナギサがティーパーティーで派閥争いや政争に勤しむ中で、あんまりそういうのが好みではない彼女は同期の剣先ツルギと肩を並べて戦場で暴れ、羽川ハスミと共に規則違反者の処罰に精を出す。トリニティ総合学園に入学してから約二年、そんな日々が続いていた。
二年に上がってからはツルギとハスミが次期委員長、副委員長と目される中、彼女は現場最前線で指揮を執っていた。ティーパーティーからも離れられるし性に合っていると本人もその立場に満足していた。
お気に入りのグレネードランチャーを片手に規則違反者を無慈悲に、そして効率的に焼き尽くすその様子から、いつしか冠した異名は『魔女狩り』。最も、本人は全く気に入っていないし、言われる度にムッとなったりはする。それだけの仕事が出来てることは、少し誇らしかったが。
そして最前線で暴れ、渉外までこなした結果、彼女は結構な交友関係を手に入れた。シスターフッドに軽く出入りしてはサクラコ達シスターとおしゃべりし、救護騎士団に遊びに行ってはミネに無理矢理救護される。時に古書館で面白そうな本を探し、幼馴染とカフェでお茶をしたりも。正義実現委員会として適度に真面目にやり、生徒として適度に不真面目にやる、彼女は悪くない学生生活を送っていた。
そして年も明け、間もなく三年生にもなろうかという今、彼女はティーパーティーに呼び出された。正義実現委員会はその直下の組織であるとは言え、リエはティーパーティーがそこそこ嫌いであった。「何が楽しくて権力争いなんかしてるんだろう」と入学当初から思っていた。とは言え表立ってティーパーティーに反抗すると怒られてしまうため、彼女は渋々従っている。
……まあ、ティーパーティーにいる幼馴染二人が心配じゃないといえば嘘にはなるのかもしれない、リエがティーパーティーに抱いているのはその程度の感情だった。
というわけでしばらく歩いてトリニティ本館、ティーパーティーに到着したリエ。しかし、仮にもトリニティ自治区の運営を一手に担う組織、本部だけでもかなり広い。広い本館の丸々一フロアを探すのも面倒になって、リエはそこらへんのまだ下っ端の生徒*7を捕まえた。
「……ごめん、少し良い?」
「……!魔女狩りの……!先輩なら第三会議室の方に……」
欲しかった情報は手に入ったけれども、彼女は「そんなに怖がられてるかぁ」と歩きながらため息を付いた。そして目当ての部屋の前に着くと、リエは気怠げに扉を叩いた。
「どうぞ」
「……何の用ですか?首席行政官」
会議室の一角で彼女を待っていたのは首席行政官*8……すなわちティーパーティーの四人に次ぐトリニティ内トップクラスの権力者であった。それと同時にトリニティの最大派閥の一角であるフィリウス派のNo.2でもある。ってことはナギサの先輩か、とリエはふと考えた。
「……それで、私は派閥とか権力争いとかには興味ないとお答えしたはずですが?」
「ええ、あなたがフィリウスに加わってくれないことも分かってる。けれどこれだけ伝えておこうと思ったから」
そう言うと、彼女は四枚の書類を取り出した。それぞれの派閥における次期首長の任命に関するものと、一枚の契約書のような書類。すぐにその意味を察したリエは、もう一度彼女の眼を見る。
「……本気ですか?」
「ええ。それが私達……いえ、彼女達の決定。あとはもう分かるでしょう?」
ティーパーティーホストは各派閥の首長が担うため、次期首長は必然的に次のホストとなる。そしてそこに記されていたのは彼女の幼馴染、新しく話すようになった友人の三人のサインであった。リエは何度か見直した後、はあ、と小さくため息を吐いた。
「……無派閥は保たれる、権力争いにも関わらない……これなら私は断らないと見たんですか?」
「いえ、それを決めたのは彼女達。私達は一切関わってないわ。……私は好きよ?あなたの妙に律儀なところ」
「……分かりました。幼馴染の頼みなら喜んで」
彼女は少し笑って愛用の万年筆を取り出し、契約書に己の名を書き込んだ。
「……トリニティをよろしくね。『オブザーバー』」
「請け負ったからには役目は果たしますから。それでは失礼致します」
「忘れていた」と言わんばかりに彼女が差し出したティーパーティーのバッジだけ受け取って、彼女は会議室を後にした。
「あーあ、リエちゃんとハナコちゃんが獲れたらしばらくはフィリウスの天下だったのだけど……ふふっ、少し残念」
彼女はそう呟いて、ティーカップに口を付けた。
「……リエさん?」
部室に荷物を取りに戻るため、本館を歩いていたリエだったが、その途中で誰かから声を掛けられた。振り返ると、そこにいたのは浦和ハナコ*9。あらゆる派閥から勧誘を受けていると噂の才色兼備を絵に描いたような彼女だったが、リエは彼女がいつもつまらなそうに見えていて、無派閥仲間として少し気にかけたりしていた。
「ハナコ。どうかした?」
「いえ、ティーパーティーの側で見かけるのは久々だな、と思いまして」
「久々の呼び出しでね。頼み事されたんだ」
それを聞いたハナコは少し目を瞑った後、徐に口を開いた。
「……『オブザーバー』……ですか?」
「……流石だね」
「何故ですか?「政治も権力も好きじゃない」とよく仰っていたのに……」
「まあそうだけど……。でも、幼馴染の頼みだから」
「……そう……でしたね。ナギサさんとミカさんは……」
そう呟いて納得したようにまた目を瞑ったハナコ。そして軽く会釈をして去っていく彼女に対して、リエは一言伝えた。
「私も『オブザーバー』として好きにやるから、ハナコも好きにやりなね。何やったって、好きなことやるのが一番楽しいから」
「……いいんですか?」
「良いんじゃない?ウソつくの、疲れるしね」
「……リエさんは……気づいて……?」
「じゃあね、ハナコ」
呆然と立ち竦むハナコに手を振って、リエは廊下を歩いていった。
ティーパーティー首席行政官って誰だよ
あとウリエルわりかし万能なのでリエもわりかし万能です。