「……ぞ、増援です……1、2、3……ま、まだまだ来ます……」
アリウススクワッドの狙撃手、槌永ヒヨリがとまどいながら呟く。先生の指揮の下、崩れ落ちた古聖堂に再び集った補習授業部。アズサの手を掴んでいる彼女を、サオリは鋭く睨み付けた。
「……誰だ、お前は?」
「普通の、トリニティ総合学園の生徒です」
「だ、ダメだヒフミ……こんなところに来たら……」
凛として答えるヒフミの手を掴み返し、アズサは彼女を止めようとした。
「ここはヒフミみたいな普通の人間が来る場所じゃ……」
「……確かに、私は普通で平凡です。あのガスマスクを付けたアズサちゃんが本当のアズサちゃんだって、理解もしてます。だから、私と生きてる世界が違うって言いたいのも分かってます。……でも!!」
降りしきる雨の中で、ヒフミは淡々と言う。けれど、その瞳にはその場の誰よりも強固な意志が宿っていた。
「アズサちゃんは一つ勘違いをしてます!!」
「……ヒフミ?」
「ええ、見せてあげます!私の本当の姿を!!」
そう言って、カバンからほのかにたい焼きの匂いがする紙袋を頭から被ったヒフミ。よく見ると、目のところだけくり抜かれていて、「5」という数字が額に油性ペンで書かれている。
「何を隠そう、私は『ファウスト』!!『覆面水着団』リーダー、『ファウスト』です!!」
「……え?何を、言って……?」
「見て下さいこの恐ろしさ!見た人すべてが怖がるこのオーラ!アズサちゃんと並んでも見劣りしません!きっとあのアリウスの人達も心の中ではとても怖がっているに違いありません!」
「……何をしてるんだ……?」
「……」
「……?!」
その場に微妙な空気が流れる中、一人、ヒヨリだけは酷く動揺した。
「ヒフミ、一体何を──」
「だからっ!!」
何か言おうとしたアズサを遮って、ヒフミは強く答えた。
「だから、私達はいる世界が違うなんてことはないんです!こうして隣に並べます!一緒にいられます!だから……同じ世界にいられないなんて言わないで下さい!ダメって言っても、私はアズサちゃんのそばにいます!ずっと、ずっとアズサちゃんと一緒です!」
「……ヒフミ……でも私のためにそんな嘘……」
「嘘じゃないわよ!」
瓦礫の向こうから声が響いた。そしてヒフミを囲むように、カラフルな目出し帽を着けた彼女達は駆け寄ってくる。
「いや〜、修羅場だねぇ。おじさん怖いな〜」
「大丈夫。勝てない相手じゃない」
「あの覆面……まさか?!」
「は、あんた知ってるの?!」
その数字の書かれた覆面を見て、ハナコは何か思い出したように呟く。そして彼女達は特撮ヒーローのように口上を述べ始めた。
「『目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く……』」
「ん、それが私達のモットー」
「表の顔はアイドルですが、夜には悪人を打ち倒す正義のヒーローに大変身♧」
「妙な設定増やさないでよ!そんなモットーも無いでしょ!」
「『リーダーであるファウストさんの命令とあらばどこでも集合です!』」
「え、ええっ?!」
「……?どういうこと……?」
「まさか実在したなんて……」
突然の展開に戸惑いっぱなしのコハルとアズサに、小耳には挟んでいたらしいハナコ。それはアリウススクワッドも同じらしく、サオリとミサキが言葉を交わす。
「……あいつらは?」
「……詳細なデータ無し。まあ、そこそこ強そうだけど」
「う、噂話に過ぎないと思ってたんですが……ほ、本当にいたんですねぇ……少し感動したような……」
「ところで君達、ウチのリーダーに何しようってのさ〜?覆面水着団は情け容赦はしないよ〜?」
「ん、その通り。しかもリーダーは最強。ブラックマーケットの銀行もちょちょいのちょい」
「カイザーにさえ大打撃を与えた方ですからね♧」
「そうよ!自らの手で幹部さえぶっ飛ばしちゃったんだから!」
「そうだよ、裏社会に蠢く悪夢そのものなんだよ?『災の具現』、『人の形をした厄災』、『悪を悪とさえ思わない本物の悪』、『吐き気を催す邪悪』ってその辺のチンピラさえ名前を聞いたら失神しちゃうし」
「それこそが『ファウスト』。私達のボス」
「「「「ファウスト!!ファウスト!!ファウスト!!」」」」
本当かどうか分からない彼女の武勇伝を語った後にプロ野球やサッカーのサポーターのように「ファウスト!!」と声を揃える覆面水着団。ヒフミは紙袋越しでも分かるほどに顔を赤らめた後に、バッとそれを取ってしまった。
「ああっ?!もう取っちゃうんですか?!」
「うへ〜リーダーが取るって言うならここらで十分かな〜」
「な、何よ!せっかく乗ってあげたのに!」
「私はこれでいい。顔が隠れてた方が色々やりやすい」
「シロコ先輩も早く取ってよ!何で少し誇らしげなの?!」
「ん、仕方ない……」
「『……まあ、そういうことで!アビドス廃校対策委員会、ヒフミさんに恩返しをしに参りました!』」
かつてヒフミがペロロ様グッズ収集のために訪れた、アビドス自治区近くのブラックマーケット。そこで彼女達と縁が出来たヒフミは、アビドス存亡を巡ったカイザーコーポレーションと対策委員会の戦いの際、ナギサから預けられたティーパーティーの砲兵を率いて参戦した。その恩を返すため、彼女達は今トリニティ存亡の危機に駆け付けたのだ。
「つ、ツルギ委員長?!お怪我は……」
「治った」
「さ、流石です……」
ナギサとサクラコとリエを救い出すため、そして補習授業部の、先生の力になるため、アリウスとの決戦に向けてトリニティの主力が続々と古聖堂周辺に集い始める。
「は、ハスミ副委員長も……ということは……」
「……正義実現委員会、何とか立て直しましたのでシスターフッドに加勢いたします」
「ありがとうございます!こちらも何とかハナコさんのおかげで……あとは、サクラコ様達と先生達、補習授業部を救い出すだけです!」
「はい。万全ではありませんが……それでも、力になるという約束ですから」
そしてそれは、彼女達も同じだった。
「この前はよくもやってくれたな、アリウス……!たたじゃ返さないからな……!!」
「……委員長はどちらに?」
「『……ヒナ、委員長は……』」
部屋のドアが叩かれる。傷の手当を終えたヒナは、気怠そうにその扉を開けた。
「……っ、先生?なんで……いや、無事だったんだ……良かった……」
「ヒナもとりあえず大丈夫そうで安心したよ!……今、大丈夫?」
「うん……ううん、ごめん。やっぱり駄目。……私には、もう無理……だから……その、悪いのだけど……私は引退だし……」
「こっちこそ、悪いけど帰るつもりはないよ?……まだ、お礼も言ってないからね!」
「なんで……お礼なんて……だって……」
明るく答える先生に、ヒナは少し戸惑ったような顔を浮かべた。「私のせいで、あんなことになったのに」、そんな言葉が喉まで上がってきていたけど、彼女の言葉はそれをふわっと掻き消した。
「違うよ!普段のお礼!すっごく、頑張ってたもんね!……だから、少しは休んでも良いんだよ、って私が言うべきだったかな。……それはごめんね」
「……どういうこと……?」
「だってそうでしょ?ずっと一人が頑張り続けるのは大変だもん。……だから、ヒナはゆっくり休んでて。私に後はどーんと任せちゃってさ!」
「ま、待って、何とかって言ったって……私は……彼女みたいには……小鳥遊ホシノみたいには……なれない……から……」
「ホシノ?ホシノがどうかした?」
「彼女は強い人だから……アビドスの生徒会長、その遺体を見つけたのは彼女自身だったって……すごく、すごく辛かったはずなのに……それでも……まだ彼女は……私はもう……あの瞬間……あの銃声が響いた瞬間……」
「……そうだね。ホシノは強いよ。……ヒナと同じくらい」
先生のその言葉で感極まったヒナは、声を上げて泣き始めた。
「私だって頑張った!!いつも頑張って、いつも一人でどうにかしようとして……キリがなくても、それでも……でも私は……強くないから、大事なところで、ああなって……なのになんで先生は……」
「……」
「私だって小鳥遊ホシノみたいに……補習授業部のあの子達みたいに……私だって、構ってほしかった!!先生に褒めてほしかった!!もっと甘えたかった!!」
「……そうだったんだ」
「あっ、いや、今のはその……ごめん……」
「本当にごめん!ヒナ!!ヒナも一緒に補習受けよう!成績良かったらめっちゃめちゃ褒めてあげるから!!」
「……その……私成績は……大体満点……」
「じゃあ水着でパーティしよう!水着代わりに下着でもいいから!」
「そんなことしてたんだ……。……ううん、大丈夫。……それで、私に頼みたいこととかあったりするんじゃないの、先生?」
少し落ち着いたヒナのその言葉に先生は少し考える。
「あるにはあるんだけど……ヒナもう引退らしいし……」
「……言ってみただけだから。少し、みんなに甘えたかっただけ。だから……」
「なら……!」
「……うん。行こう、先生」
「……お待たせ、みんな」
「委員長……!」
「委員長?!大丈夫なのか?!」
「うん、みんなも無事で良かった。……それで、現状は?」
「『現在トリニティの方でもシスターフッド、正義実現委員会が古聖堂に向かっているそうです。アリウスとも十分戦えるかと』」
「了解。……先生の指示と共に仕掛ける。待機して」
先生の呼びかけに応じて、ゲヘナの風紀委員会も古聖堂に再び集結する。手を取り合ったトリニティとゲヘナによる、アリウスとの総力戦が幕を開けようとしていた。
「……朝、か」
二人の眠るベッドに伏せていたリエはゆっくりと身体を持ち上げた。流石に無理をしたからか、身体の節々が痛む。ナギサもサクラコもまだ眠っているままだが、その寝息は穏やかだった。
「……二人も、無事そうだね」
時刻は5時手前、かれこれリエは4時間ほど倒れ込むように寝ていたことになる。最後の記憶は手当てをしようと服を脱いだこと。鏡を見ると、そこには一糸纏わぬ彼女の姿があった。そこら辺に放り出されたシャツを羽織り、彼女は窓の外を見る。空を覆う黒く分厚い雲、それでも尚リエは反射的に呟いた。
「……空、晴れそう……」
3章終わったらリエの設定集作ります!気長にお待ち下さい!