許して
「……囲まれた……みたいですねぇ……」
「流石に厳しいんじゃない、リーダー?」
「無駄だ。『ユスティナ聖徒会』がある限り戦力差は覆らない。全ては無駄な抵抗ということを……この虚しい世界で全ては無意味な足掻きに過ぎないということを教えてやれ!!」
「……」
「……いいよ、ヒフミ」
声を荒げるサオリに対し、ヒフミはちらっと先生の方を見た。「かましてやれ!」と言うように、先生は小さく拳を作った。
「ヒフミ……?」
「アズサちゃん、私、今すっごく怒ってるんです。もちろん、突然消えたアズサちゃんにも少し怒ってましたが、それはもう大丈夫です。……だけど、あの人達にはまだ怒ってます」
そう言って、彼女は瓦礫の山を少し登りだす。少しでも、自分の声が響くようにと、決意を込めて一歩一歩。
「殺意とか、憎しみとか……それが世界の真実だとか……それを無理強いして全ては虚しいと言い続けてますが……それでも私は──!!」
まだ空は暗く、雨の止まぬ中、彼女はその瓦礫の山の天辺に立った。
「……アズサちゃんが人殺しになるのは嫌です……」
「……そんな暗くて憂鬱なお話……私は嫌なんです……」
「……それが真実だって……世界の本質だって言われても、私は好きじゃないんです……!」
「私には、好きなものがあります!」
「平凡で、大した個性もない私ですが……自分が好きなものについては、絶対に譲れません!」
「友情で苦難を乗り越え……努力がきちんと報われて……辛いことは慰めて……お友達と慰め合って……!」
「苦しいことがあっても……誰もが最後は、笑顔になれるような!」
「そんなハッピーエンドが、私は好きなんです!!」
「誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます!」
「私達の描くお話は、私達が決めるんです!」
「終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!」
「私達の物語……」
「私達の
そう言って、ヒフミは一切の雲が晴れた青天にその固く握った拳を突き上げる。彼女の背には、燦々と輝く朝日が昇っていた。
「……あ、雨雲が……」
「戒律が……?いや、まさか……奇跡が……起こった……?」
「き、奇跡ですか……?」
「っ、いや違う!そんなもの無い!なのに……なにこれ……?!」
戸惑い狼狽えるアリウススクワッドにも聞こえるように、先生は粛々とその言葉を告げた。
「『ここに宣言する。私達が、新しい
『ユスティナ聖徒会』とは戒律の守護者……つまり、エデン条約の守り人であった。調印式を襲撃したアリウススクワッドが「『ETO』はアリウススクワッドである」と定義したことによって、彼女達の制御下に置かれていたのだ。しかし、ティーパーティーから権限を譲渡され、トリニティの代表たるには十分な格を持つシスターフッド、同じくゲヘナの代表たる風紀委員会が古聖堂の跡地に揃ったことにより、調印式の……『第一回公会議』の再現と相成り、先生が『エデン条約』を再定義したことによって、その所有権は酷く曖昧に落ちる。エデン条約という契約を歪め、自らの望む結果を作り上げる……アリウスへの意表返しとも言えるそれを、彼女は見事にやってのけた。
「なっ……?!」
「まずい、リーダー。ユスティナが壊れてる。……もう、使い物にはならないかな」
「……ふざけるな!何がハッピーエンドだ!そんな言葉で世界が変わるとでも?!それで積り切った憎しみも恨みも消えるとでも?!そんな夢物語が──」
「それが夢だというのなら、子供の夢を叶えてみせるのが大人の……
激昂するサオリに対し、先生はスパッと言い切った。アサルトライフルを握る手がワナワナと震えている。
「……貴様らだけは無事では帰さない!!その酷く甘い幻想と共に消え失せろ!!」
「それでも、私達は掴み取ってみせます!」
トリニティ、ゲヘナ連合軍……即ち『ETO』と、『ETO』を名乗るアリウススクワッド。エデン条約の行く末を……『楽園』を懸けた最終決戦が幕を開けた。
「ここは私達がやる!先生達は先へ行け!」
「彼女らは私達が受け持ちます!あなた達はアリウススクワッドを!」
「ど、どうか恩寵があらんことを……!!」
「……任せたよ、ヒフミちゃん、先生」
「キシャアアアァァァッッッ!!」
「行って、先生!!」
同士討ちを繰り返す『ユスティナ聖徒会』と、次々に集まってくるアリウスの生徒達。けれど、アビドス、正義実現委員会、シスターフッド、風紀委員会が懸命に食い止め、先生と補習授業部の背中を押す。戦力は明らかにアリウスが上回っているはずだったが、それでも一方的に押し返されるその状況にサオリはますます機嫌を悪くする。
「……」
「リーダー……」
「は、はい……これ以上は、『ユスティナ』ももう……」
先鋒としていち早くアリウスの壁を貫いたアズサを睨み付け、サオリは叫んだ。
「ふざけるなっ!!どうして、どうしてお前だけ……!共に苦しみ、絶望したこの灰色の、無意味な世界でお前だけは意味を持つというのか!!お前だけはその青空の下で照らされるというのか!!」
「……」
「全て否定してやる!その学び、喜び、友情も努力も!全て、その全てを虚しさの下に!!」
「いえ、そうはさせません」
「そうよ!どんだけ私達が頑張ったかあんたに分かるわけ無いでしょ!絶対に、なかったことになんてさせないんだから!」
追いついたハナコとコハルがサオリに強く言い返す。そして口元の傷を拭い、アズサも続けて言った。
「……例え虚しくとも、私はまだ足掻き続けてみせる。私は……私達は、虚しさなどに負けはしない」
「はい!一緒なら、きっと大丈夫です!」
「補習授業部、行こう!」
最後に現れたヒフミと先生が合流し、補習授業部とアリウススクワッドの最初で最後の真っ向勝負、その火蓋が切られた。
例え力で負けていようと、経験で劣っていようとも、それでも彼女達は譲れない物のために必死に食らいつく。撃たれても撃たれてもなお立ち上がり、先生の指揮の下で決死の抵抗を仕掛ける補習授業部。ユスティナよりよっぽど不死身じゃん、とミサキは愚痴を吐く。そして最後までただ一人として倒れることなく、補習授業部はアリウススクワッドを下したのだった。
「……辛いですね、苦しいですね……でも……でも、すごいキラキラしてて……」
「これ以上は無理だって、リーダー。……悔しいけど、認めるしか無い」
「まだだ……まだ古聖堂の地下に行けば……」
「っ?!サオリ……!?」
「まだ手段がある……?!止めないと!」
瓦礫の隙間を縫って古聖堂の地下へ向かったサオリの後を追おうとした補習授業部だったが、ユスティナの残党が彼女達を囲む。それでも尚走り出そうとしたヒフミを止めて、アズサは答えた。
「私が行く。ヒフミはここで待ってて」
「でも……!」
「大丈夫、サオリを止めてすぐ戻って来る」
「なら、私も行くよ。生徒を一人にはさせられないからね!」
「……分かりました!絶対、絶対に帰ってきて下さい!」
「健闘を祈ります!」
「し、信じてるから!気をつけてね!」
息を整えて再び駆け出したアズサと先生に、三人は精一杯のエールを送った。
「アズサ……」
「もう終わりにしよう、サオリ」
「良いだろう。……もう出し惜しみは無しだ。ここで引導を渡してやる」
古聖堂の地下に広がる廃墟のような、洞窟のような空間、そこで二人は相対した。
「……まだ、私に
「いや、私は一人じゃない」
「そういうこと!」
「っ、先生……!……いいだろう、今一度全ては虚しいことを教えてやる!お前も、その先生も全て否定して、片付けてな!」
「間違った子供を止めるのも、大人の仕事だよ。……行こう、アズサ!」
「うん!」
幕が切って落とされた正面衝突。けれど、アズサの「一人じゃない」という言葉を証明するかのように、風紀委員会、アビドス、正義実現委員会、そして補習授業部からの援護が次々に届く。天雨アコからのオペレート、奥空アヤネからの救援物資、静山マシロの対物ライフル、ハナコからの回復援護、多くの仲間に背中を押されてアズサはサオリを圧倒する。「例え全てが虚しいとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない」、そんな強い信念を抱いて足掻き続けたアズサにとって、ただ現実に絶望しただけのサオリなど敵ではなかった。
「……何故、だ……」
「はあ……はあ……」
地面に伏せたサオリと、先生に肩を支えられ、辛うじて立っているアズサ。アズサとサオリの荒い呼吸だけが地下に響く中、カツンカツンと一つの足音が鳴った。
「……」
「アツコ……」
「ゲホッ……なんで逃げなかった……姫……?!」
「……私達の負けだね、アズサ」
「……?!」
「ダメだ姫!喋ったら彼女が……!」
しばらく耳にしていなかった彼女の声に、アズサは思わず戸惑った。止めようとするサオリに対し、「大丈夫、もう全部終わりだから」と小さく答える彼女。マスクを、カランとその場に落として彼女は話し続ける。
「彼女は最初から私を生かすつもりなんて無かっただろうし。だから、これで大丈夫」
「どういうこと……?」
「だからさ、もう止めにしよう、サオリ」
「止める?でもアリウスに帰ったところで私達は……」
「うん、だから逃げよう。みんなで一緒に」
そう言って、彼女はボロボロになったアズサの顔を見た。
「アズサが教えてくれたんだよ。「これは、私達の憎しみじゃない」って。ただ、それを「私達のものだ」って思い込まされてただけなんだって。……アズサは、それに気づいたんだよね」
「……」
「アズサは外で色んなことを学んで、色んな経験を手に入れた。……いい
「……姫……」
「だから、私達も逃げよう。ここから、アリウスから、誰のものかも分からない、この憎しみから」
アツコは、その小さな手をサオリに差し出した。
「ああ、なんと美しく素晴らしい物語……培った経験と知恵によって信念を輝かしく研ぎ澄ます……」
地下の瓦礫の一角に立ち、その木偶人形は呟いた。双頭を揺らし、古くなった関節を軋ませ、タキシードをたなびかせ。彼こそがアリウスと協力関係にあった、神秘の探求を生業とする『ゲマトリア』、その一員である『マエストロ』。神秘を形として現し世に顕す『芸術家』である。
「やはりそなたなら……私の『崇高』を理解出来る……!!」
その虚ろな視線は、アズサを支える先生に向けられていた。
地下が、大きく軋んだ。崩れ落ちる瓦礫を避けて、アツコは呟く。
「……まさか、あの『教義』が……?」
「どういうことだ……?」
「せ、先生……これ……」
「……圧倒的に……レベルが違くない……?」
姿を顕した、まさしく聖書に語られるような『人工の天使』。何もない、まさに虚空と称するべき顔に、祈りを捧げ、杖を携える二対の腕、頭部に、そして背後に浮かぶ大きな金色のヘイロー。存在するだけで、絶大なプレッシャーが伸し掛かる。
「……やるしかないか……」
そう呟いて、先生がポケットに手を突っ込んだ、その瞬間だった。
「……っ、何……?!」
地下の天井……即ち地上を貫いて、砲撃の雨が人工天使『ヒエロニムス』に降り注ぐ。間髪入れずに乱射される榴弾、そして銃弾の雨霰。それと同時に、聞き慣れた声が響く。
「どうする、ナギサ?反射的に来ちゃったけど、あれ私達じゃどうしようもなさそうじゃない?」
「……しかし、やるしかありません。ここまで来て、先生やトリニティの生徒一人さえ救えないとなればティーパーティーの名折れです」
「はい、おそらくアレを退けなければ大団円とは行かないのでしょう。……ならば、私達も戦うべきです」
「……了解!」
天井に開いた大きな穴から、2つの人影が飛び降りる。
「リエ……?!」
「サクラコも……!なんで来ちゃったのさ?!」
「先生達のこと、助けるために決まってるでしょ?……ちょっと無力かもしれないけど!」
「はい、ですが見て見ぬふりも出来ませんので……!」
ヒエロニムスから先生やアズサ、そしてアリウスをかばうように前に立つリエとサクラコ。それと同時に「ティーパーティー砲撃部隊、全員配置完了しました」とナギサから通信も入る。
「了解!なら……」
そう言って、先生は改めてポケットに手を突っ込んだ。
「私もカッコいいところ、見せちゃおうかな!!」
指に挟まれた『大人のカード』が、その場のあらゆる神秘を掻き消す程の眩い光を放った。