ミカとナギサの幼馴染   作:あるふぁせんとーり

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本編スタートです


エデン条約・補習授業部編
記録4:エデン条約とトリニティの異変


「……転校生を迎えたい?」

 

 リエの露出騒ぎからしばらく、5月にも差し掛かろうという日だった。セイアは自室で休んでいて、ナギサはある用事で外に出ていて、今執務室には二人きり。そんな時に、ミカはリエに切り出した。

 机の上でキーボードを叩いていたその指が一瞬止まる。あまりに突然、何より時期が遅過ぎる。そんなことが、リエの思考回路から出力された。「まあ、怪しければ弾けば良い」、最終的に辿り着いたのはその結論。僅か数秒だった。

 

「了解、少し聞かせて」

「うん。白洲アズサっていう子なんだけどね、今年二年生の」

「……ひとまず書類見せてもらえる?手続きとかのさ」

「もちろん。……これで大丈夫かな?」

 

 ミカが手渡したのは一般的な形式のトリニティの生徒名簿と転入届。白洲アズサ、学年は2年生、種族は天使。証明写真に映っていたのは、白い髪の少女だった。その他の情報にもパラパラと目を通した後、リエは小さく笑った。

 

「……うん、完璧。ミカらしくないね?」

「もう!最近はちゃんと領収書とかももらってきてるじゃん!」

「あっはは!そうだったそうだった。これからもその調子でね」

 

 リエは愛用の手帳にサラサラと転校生の詳細を書き込んだが、あるタイミングで万年筆が止まった。「なるほど、書類は上手く誤魔化したな」と少しため息を吐いてから、彼女はミカに尋ねた。

 

「……そういえば、どこからの子?」

「あー……それ、聞いちゃう?」

「まず隠してる理由から聞こうかな」

「実は、セイアちゃんにもナギちゃんにも反対されちゃって。いっつもいっつも頭ごなしに否定してくるばっかでほんとやんなっちゃうよ……」

 

 そう言って、ミカはわざとらしく肩を落とす。(まあ、セイアはそういう変化を好むタイプではないし、ナギサもかなり思考はそっちより……当然の結論かな)とリエは手帳を書き込みながら考える。

 

「セイアはそういうとこあるから。それで書類上だけでも隠したかった……そういうこと?」

「そういうこと」

 

 あまりミカとセイアは仲が良くなかった。気分屋でおしゃべりなミカと理屈っぽくて寡黙なセイアでは馬が合わないのも仕方ないだろう。リエは苦笑いしながら紅茶を啜った。

 

「それで……どこの子なの?アズサちゃんって」

「……アリウス分校」

 

 意外な答えに、リエは少し目を丸くする。ただ知識として、記録として知っているだけの存在だったから。クイッと紅茶を飲み干して、彼女は答えた。

 

「そう。まだ残ってたんだ」

「……うん。私達のこと、相当恨んでるみたいだけどね。アズサちゃんはそうじゃなかったけど」

 

 数百年前に行われた『第一回公会議』にて各学園が合併に合意する中、ただ一校のみは反対を貫いた。その学園は公会議によって成立したトリニティ総合学園、中でもシスターフッドの前身たるユスティナ聖徒会によって苛烈に弾圧され、表舞台から姿を消したとされている。その学園こそがアリウス分校だった。

 

「……それで、リエちゃんは反対しないの?」

「うん、いいんじゃない?ミカが「その子はトリニティに相応しい」って思ったんでしょ?なら私はその判断を尊重する。それに……」

 

 「この子は悪い子じゃなさそうだし」、そう言おうとしたリエだったが、流石に一度も会っていない相手の善悪を推し量るのもどうかと思って口を閉じる。けれど、代わりに何を言うかも思いつかなくてリエは少し目を瞑った。

 

「それに……?」

「……ううん、何かあったら、私がオブザーバーとしてどうにかするから」

 

 トリニティ総合学園が設立される前の第一回ティーパーティー。啀み合っていたパテル、フィリウス、サンクトゥスの三校が初めて合意したのが『オブザーバー』の設置である。万が一、ティーパーティーが暴走したのなら、そのブレーキを誰かが担えるようにと設けられた一席であった。

 その椅子を引き受けた者として、その役目を全うする義務がある。それが彼女にとって、「ミカとナギサのため」の次くらいに大きなオブザーバーへのモチベーションだった。

 

「……そっか。ホント、リエちゃんは真面目だね!……うん、あの子はきっとトリニティとアリウスの……私達の『和解の象徴』になれる」

「憎悪を乗り越えるのは難しいけど……案外それを乗り越えるくらいの何かが起きたりするんじゃない?これがきっかけで」

「……そうだといいなぁ……」

 

 ミカはそう言って何か物思いに耽るように目を瞑った。丁度カーテンが揺れ、そこに陽の光が差し込むのを見て、まるで絵画みたいだな、とリエはもう一度書類に目を通しながら考えた。

 


 

 日も暮れる頃にナギサは帰ってきて、改めて四人は集まることとなった。時間も時間ということなので、少し遅めのアフタヌーンティーを頂きながらだった。

 

「……ようやく手筈が整いましたので、そろそろ本格的に『エデン条約』に着手していくことになります。……しばらくは忙しくなるかもしれませんが、ご協力のほどお願いします」

「あの「ゲヘナと仲良くして」ってやつ?」

「エデン条約……ああ、あの。『楽園(エデン)』とはあの人洒落てるね、相変わらず」

「同意見だ。全く、連邦生徒会長は悪趣味が過ぎる。……しかし驚いたな、向こうも乗り気になるとは」

 

 ナギサの言葉に、三人は思い思いの反応を示す。

 エデン条約。連邦生徒会長の遺した置き土産の一つ。

 キヴォトスでも大きな問題の一つとして挙げられている、トリニティ総合学園とゲヘナ学園との憎悪にも近い確執を取り除くべく彼女が創り上げた、太古の経典に記された楽園の名を冠した和平条約である。彼女の失踪とともに空中分解したはずだったが、ナギサは自らの代でゲヘナ学園との不仲という憂いを何とかするべくその調印を目指していた。

 

「……オブザーバーとして異論なし。残りのホストは?」

 

 また回ってきた財務報告書に目を通しながら最初に口を開いたのはリエ。賛成の立場を示すと同時に、二人に問いかける。

 

「……私からも特にないかな。ゲヘナ嫌いのパテルは何とか説得してみるから」

「私からも特に言うことはない。……すまないが、部屋に戻らせてもらうよ」

 

 二人は言わば、消極的支持。そして昔から身体の弱いセイアは今も体調があまり優れないようで、お付きの後輩に支えられて自室へ戻ってしまった。

 

「気を付けて」

 

 リエは書類から顔を上げ、彼女に手を振った。それがしばしの別れになるとはつゆ知らず。

 


 

 朝早くだった。リエはスマートフォンのけたたましい着信音で目を覚ます。緊急か、と彼女は着替えながらスピーカーをオンにした。

 

「はい、こちら朝日奈リエ」

「『……リエ、さん、は……大丈夫……です……か……?』」

「ナギサ、何があった?」

 

 泣き声混じりに明らかに動揺している電話越しの弱々しいナギサの声。リエは思考を叩き起こして状況を尋ねる。

 

「『……セイア……さん……が、ヘイローを、破壊……された状態……で……』」

「ヘイロー……を……?……どれだけの火力を注ぎ込めばそんなこと……?」

 

 決して起こり得ないはずのその状況にリエは思わず動きを止めた。自分でも分かるくらい、焦点が合わず、視界がぼやける。それでも思考回路だけは、酷く冷静に周り続けていた。

 この世界の生徒達は常軌を逸して頑丈である。基本的に外的な要因で死ぬことは有り得ない。だが、抵抗すら出来ない状況に追い込み、何千何万と弾丸を撃ち込み続ければヘイローを破壊する(殺す)のも不可能な話ではない。

 

(不可能ではない……けど……あくまでそんなの机上の空論……!それがセイアに起きた……?!)

「『……ひと、まず、集まって……いただけます……か……?』」

「……分かった。すぐ行く」

 

 カーディガンのポケットにスマートフォンを放り込み、部屋を出ようとしたその時、もう一度着信音が鳴った。

 

(……まさかミカにも……?)

 

 ゴクリと唾を飲んで、彼女は歩きながら電話を取った。

 

「……はい、こちら朝日奈リエ」

「『あ!リエ先輩ですか?!団長が突然姿を消してしまって……!』」

 

 救護騎士団、鷲見セリナ*1からであった。毎朝行う備品の整理に団長であるミネが姿を表さないのだという。モモトークも既読が付かず、電話も応答なしだと彼女は続ける。

 

「……ごめん、私も分からない。」

「『そう……ですか……。団長と仲良くしていらしたのでもしかしたらと思ったのですが……』」

「……分かった。こっちの方でも探してみる」

「『ぜひよろしくおねがいします!』」

 

 リエは電話を切って思考を最高速で巡らせる。

 

(セイアが倒れてミネが失踪……。この場合どう考える?ミネが失踪したからセイアが間に合わなくなった……?その場合はミネが消えた理由を考えないとだけど私には彼女がトリニティを離れざるを得ない理由が思い付かない……。……もし私がトリニティの敵ならどっちを狙う?……いや、言うまでもない。明らかに消したいのは預言者(セイア)に決まってる。じゃあセイアが倒れたのが先。とすると何故ミネはセイアの救護に……いや、()()()()()?行ったから姿を消した?……いや、死んだ人間をどうやって救護する?いくらミネでも死人の蘇生なんて……。……いや、まさか……?)

「……リエ様?中でナギサ様がお待ちです」

 

 ティーパーティーの後輩*2の声で、リエは我に返った。彼女の声色を見るに、まだセイアが倒れたことは広く伝わってはないらしい。

 

「ああ、ごめん。少し考え事。あとしばらく執務室の方には人近付けないでもらえる?」

「畏まりました。また何かあればお呼び下さい」

 

 模範的なお辞儀をして去っていった彼女が廊下の奥に消えるのを見届けてから、リエは執務室の扉を開いた。

 

「……リエさん?ああ、良かった。あなたがご無事で……」

 

 彼女は執務室で一人。平静を装ってはいるが、外から見て分かるくらいに今にも泣き出しそうなのを必死に堪えながら紅茶を啜っていた。

 

「ナギサもひとまずは無事で良かった。……それで、ミカは?」

「「しばらく、一人にして欲しい」とのことです。……あんなに落ち込んだミカさんの声を聞くのはいつぶりだったか……」

 

 先程の電話の時よりはだいぶ落ち着いていたが、それでもティーカップを持つその手は僅かに震えている。テーブルに置かれた容器に入った角砂糖もポットに入ったミルクも随分と減っていて、相変わらず不安になると糖分摂りすぎるんだな、とリエは少し考えた。

 

「……分かった。……こんな話から入るのもあれだけど、それぞれの派閥の対応は?」

「フィリウス、パテルはひとまず変化はないと決定しました。サンクトゥスは一時的に権限や業務を両派閥に委任するとのことです」

「……了解。オブザーバー()からも特に対応の変化はないから。……少し席外していい?色々整理したくて」

「はい。突然お呼びしてしまって申し訳ありませんでした……」

 

 リエはおもむろに執務室の扉を閉めると、急いで自室に戻った。

 朝食代わりのドリンクゼリーを一気に飲み干して、部屋の奥から電子ホワイトボードを引っ張り出す。捜査の情報を整理するために正義実現委員会時代に買ったもの。最近は使われていなかったが、それでもホコリ一つ被っていない。彼女は傍らにおいてあった電子ペンを一本手に取ると、今分かっているありったけの情報を書き散らした。

 倒れたセイア、失踪したミネ、セキュリティ上隠されているティーパーティーの自室、犯行時刻、転校生、今日の天気、ティーパーティーに出入りしたティーパーティーに所属していないトリニティ生……。関係のありそうなものもなさそうなものも文字通りにありったけ書き出す。そしてデジタルホワイトボードが一面埋まった時、ある単語がリエの目についた。直感でしかなく、明確な論理も組み立てた訳ではない。それでも、彼女はその整合性を確かめるためにそれを口に出す。

 

「……『エデン条約』」

 

 かくしてトリニティ総合学園中を巻き込むことになる大騒動、『エデン条約事件』が幕を開けるのだった。

*1
救護騎士団所属の2年生。トリニティ屈指の善人。救護騎士団では数少ない救護キメてないタイプ……というわけではない。

*2
捧ユイ。立場的にはオブザーバー直属の部下だが、派閥はフィリウス。オブザーバーの部下は各派閥が均等に混ざっている。ご実家は紡績業を営むお嬢様。趣味はトランプ。




急にシリアスになり始めた
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