ミカを書くのが下手なのも勘弁してください
「あ、上がってきて下さい!」
暗い通路の上から、ヒヨリの声がした。目の前の壁に手を触れると、確かにはしごのような物がある。先生は少し錆びついたそれを握ると、うんしょうんしょと上り始めた。上がったそこは、遺跡のような建物だった。トリニティで見たような古跡、例えば通功の古聖堂なんかにもよく似ていた。
「ここは警備が薄いはず。取り敢えず見つからないと思う」
「……ここがアリウス自治区?」
「ううん、ここはただの跡地。自治区はもう少し先だけど……私達が向かってるのはバレてるし、一筋縄じゃ行かないかな」
「……ここは、昔私達が訓練していた場所です」
「訓練場?」
先生がそう聞き返すと、休んでいたサオリは黙って首を縦に振った。目を凝らすと、遺跡の壁のところどころに不自然に密集して開いた穴が見える。多分銃痕なんだろうな、と先生は考えた。
「見ての通り元は遺跡だったんだけど、内戦が起きてからは専ら訓練場として使われてたの」
「内戦……?」
「十年くらい前、アリウスは真っ二つに割れて戦争を起こした。同世代ならみんな知ってる」
「……もう少し、聞いても良いかな?」
「あんまり話したいことじゃないかな。今回のこととは無関係だし、面白い話でもないし」
そう言って少し躊躇うミサキだったが、彼女の代わりにヒヨリが少しずつ話し始めた。
「私、覚えてます。ここであの子と……アズサちゃんと初めて会ったんです」
「……」
「なんだったっけ……射撃……いや、爆弾制作かな……とにかく、大人の言うことを聞かなかった子が『制裁』を受けていて……」
「それが……」
「周りもみんな、それを見てるだけで……でもその子は何度も立ち上がっては大人を睨み返して……その子、そのままではヘイローまで壊れてしまいそうだったのに、私も見ていることしか出来なくて……そんな時、サオリ姉さ……いえ、リーダーが……」
「……懐かしい話は一旦止めよう。次どうするか考えないと。大人を連れてきたはいいけど、私達だけで『アリウス』全てを相手にするのは無茶が過ぎるよ。……それで、どうやって姫を助けるのさ、リーダー?」
ミサキは立ち上がったリーダーに問いかけた。けれど彼女は何も答えず、その場に崩れ落ちかけたその身体を先生は受け止めた。
「わっ?!凄い熱!!」
「……ほんとだ。いや、四日間ぶっ続けで戦って逃げ続けて、負傷して、睡眠不足も疲労もある……よくよく考えたら、立ってるのさえおかしな話だった」
「あ、えっと、その……ど、どうしましょう……?」
「えっと……?どれだ……?……あ、あった!これの出番……だよね!」
そう言って、彼女はポケットから解熱剤を取り出した。それを探す過程で出てきたキャンディやレシート、冷えピタなんかもその手に握られている。
「……用意周到だね」
「私のポケットは色々入ってるよ!……ほら、アイスの当り棒とかも!」
「そ、そうなんですね……大人ってそういうものなんでしょうか……」
「……いや、今は本当に助かった。ありがとう。……ほら、リーダー、これ飲んで。あとこれも貼りな。多分少しは楽になると思う」
ミサキは先生から受け取った薬をサオリの舌に載せ、ペットボトルの水と一緒に飲み込ませた。一回二錠を纏めて飲み込ませ、冷えピタも貼ると、彼女は少しだけ楽そうな顔になった。
「……ここで少し休もっか」
「そうだね、まだほんの少しなら猶予はある」
「で、でしたら見張りは私が……」
「いいよ、みんなでやろう。ヒヨリも休まないと」
「先生の言う通りだね。なら、最初は私がやる」
「うん、任せたよ」
先生は適当な瓦礫に上着を被せて枕代わりにして、目を瞑った。
「先生、聞こえるかい?」
未だ現実で意識の戻らぬ中、セイアは必死で先生に語りかけた。謝罪、弁明……いや、告白と言うのが一番正しいに違いなかった。
「私は、彼らの……『ゲマトリア』の会議を、覗いてしまった……そこで知ったんだ、アリウスを支配しているのは『ベアトリーチェ』……彼女は、バシリカで儀式を行おうとしている……」
セイアは絞り出すような声を先生に届けようと、限界の近づく中で藻掻いていた。
「その儀式が……キヴォトスの終焉を、キヴォトスに存在しない何かを……呼び寄せようと……私は、ベアトリーチェに見つかり、それに接触してしまった……それは私を速やかに蝕み……そして、大きな間違いへ至らせた……」
夢の中でさえ、その言葉は強い後悔を纏っていた。
「私は、ミカを……一時の感情で傷つけた……いつも、いつも私はこうだ……ミカを傷つけてばかりで……彼女を、取り返しの付かない過ちへ走らせて……」
それが己の命を削る行為だと分かっていても、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
「私は……私の問題は、私でけりをつける……だから、先生は……どうか……どうかアリウスから……離れて……遠くへ逃げて……く……れ……」
そう言い終えて、彼女の意識は夢の中でありながら、プツンと切れた。
「セイ、ア……?」
「……ごめん、起こした?」
「そ、そうですよね。こんな状況、夢の一つくらい先生も静かにみたいですよね……」
「ううん、大丈夫。二人とも、お疲れ様。サオリはもう大丈夫?」
身体を起こした先生は小さく伸びをしながら問いかけた。ミサキは穏やかな顔のサオリを指差した。
「しばらく様子を見てたけど、もう大丈夫そうだね。解熱剤もしっかり効いたみたい」
「はい、あと数十分したらリーダーを起こして出発しましょう。まだ、幸いにも追っては来てないみたいですし……」
「数十分か……」
そう呟いた先生にミサキは問いかける。
「うん、何か必要なものとかある?」
「……あ。じゃあ、出発まで
「ケホッケホ……こんなんだったらアリウスに掃除用品も支援しとくんだったな……」
アリウスの路地裏に出たミカは、小さく咳をした。辺りを見回しても、スクワッドへの追撃に駆り出されているのか、警備一人さえいない。
「……ここに、先生もいるんだよね……」
彼女はそう言ってため息を吐いた。
「先生は、今の私を見たらなんて思うのかな……軽蔑するのかな、ガッカリするのかな、嫌いになるのかな……ううん」
先生が、そんなことをしない、そんなことを思わないのは自分でも分かっている。それでも、ミカは立ち止まってぼんやりと呟いていた。
「ああ、嫌いになってほしいなあ……「ミカのせいで」って、言ってほしいな……だって、私は、もう私を止められないんだから……せめて最後くらい、そうやって、あの子達みたいな言葉を吐いて、盛大に嫌ってよ……「理想の王子様じゃなかった」って、諦めさせてよ……だって……だって……」
ミカはその場に崩れ落ちた。
「今のままじゃ、今の私じゃ……先生に……『魔女』……って……言われたくない、って……思っちゃうから……」
泣いて、だけど彼女は泣きながらでもまた立ち上がった。
「……ううん、それでも私は行かないと、あなたに復讐しないと私は私でいられなくなる……だからさ」
ミカは涙を流しながらも精一杯の笑顔を作る。どうしようもなく壊れそうな自分の本心を隠すための笑顔を。
「待っててね、錠前サオリ!」
アリウスで一番アツコが好きです