「……ここまでは、ひとまず大丈夫」
「は、はい!問題無い……と思います!」
静寂に包まれた暗い街の道を彼女達は進んでいく。
「……アリウスって、こんな感じなんだ……」
「いや、違う。確かに人が多い場所ではないが、ここまで静かな場所ではないはず……」
「そ、それに知らないものもいっぱい増えてますし……」
「……確かに、私達の知ってるアリウスとは何かが違う。……なんか、知らない街に変わってる……」
そうして戸惑いながらも、彼女達は少しずつ、誰にも気付かれないように歩みを進める。
「そ、そういえば……前から少しずつ……知らないもの、よく分からないものが増えていたような……よくよく考えたら、ですが……」
「……言われてみればそうかも。あちこちに配備された巡航ミサイル、補給された詳細不明の武装……」
「そ、そうですよね……?それにアレも……『ユスティナ聖徒会』の
「……」
「いつから、アリウスはおかしくなった?」サオリは、あの時のアズサの言葉を思い出していた。あの時はただ、彼女を否定することに全てを懸けていて、それについて考えることはしなかった。だけれども、今考えたらその疑問は至極当然なものに思えてくる。いや、そんなことについて考えている暇は今もないのだが。そんなことを考えていると、先頭を行っていたミサキが立ち止まった。
「……誰かいる。隠れて」
彼女の指示によって、彼女達は路地裏に素早く逃げ込んだ。粛々とした足跡を鳴らし、それは彼女達の横を通り過ぎていった。
「……!『聖徒会』……?!」
「で、ですよね!?何で?!」
「だが、エデン条約が書き換えられた以上……不可能なはずじゃ……」
「……考えてみればの話。私達が通功の古聖堂を襲撃したのはアレを確保するためだった」
「はい、ですから姫ちゃんは地下であの『
「……うん。それでアレを使って、トリニティとゲヘナを制圧する……そういう命令だった。まあ、先生に止められたんだけど」
「ああ、任務を何も果たせなかったから、複製は得られず、トリニティもゲヘナも滅ぼせなかったから、私達は逃げざるを得なかった。だが……何故複製がここにある……?まさか『彼女』は……?」
サオリの思考を遮ったのは、アリウスに高らかに響いた雄叫びだった。アリウスが調印式襲撃の際に『戦術兵器』として用いた『アンブロジウス』のもの。あの時はリエやヒナ、ツルギの奮戦によって無力化され、戦果を上げることはなかったが……彼女達にとって脅威であることには変わりない。
「……間違い無い。『彼女』は複製を確保してる。……多分、一度でも確保すれば良かったのかな」
「な、なら私達の任務は……」
「本来は、『姫を古聖堂へ連れて行って複製を発動する』、それだけだった……?……ならトリニティもゲヘナも……」
「……『彼女』には……それすら、どうでもいいものだと……?」
「なら、私達の任務には……」
「『一体、何の意味があったのか?』」
先生には、聞き覚えのない声が響いた。スクワッドにとっては、心の根底に刻まれた、トラウマのような声が響いた。そしてその声とともに、無数の『ユスティナ聖徒会』が彼女達を包囲する。
「……罠か」
「最初から、分かってたんだね」
「『ええ、もちろんです』」
『聖徒会』の中に一つ、霊体のような赤い肌の女性が映し出されていた。白いドレスを纏い、無数の目を頭に備えた、キヴォトスに存在しない異形。『ゲマトリア』の『ベアトリーチェ』が姿を現した。
「『ここは私の庭。位置、目的地、経路、その全ては私の手のひらの上ですので。無論、あなた達が旧校舎の回廊へ向かうことなどハナから承知の上。……子供が、
「さ、最初から……」
「……はあ、最悪」
「……」
「『それと、先程の疑問にはお答えしましょう。その答えは『YES』です。パスは一度繋げば十分ですので。マエストロはあまり良い顔はしていませんでしたが。まあ、トリニティもゲヘナも、私にとっては些事に過ぎません。ここに蔓延っていた憎悪を駆り立てる為の方便なのですから。私自身には何の思い入れもない』」
「……っ、『マダム』……」
「『そうです、なので実際にはあなた達は任務を達成したとも言えるでしょう。複製を確保し、『ロイヤルブラッド』も捧げてくれた。……よく出来た子ですね、錠前サオリ』」
「やはり最初から……約束を守るつもりなど……!」
「『……ふむ。不毛な話はここまでに致しましょう。私の目的は……そう』」
その彼女の頭部の有り余る瞳が先生を一斉に覗き込む。
「『あなたです、『先生』』」
「……!うっわ、きっもちわる……」
「『改めまして、私の名は『ベアトリーチェ』、ご存知かもしれませんが『ゲマトリア』のメンバーを務めております。通信越しでの挨拶となりますが、どうかご容赦下さい。同僚から、あなたのご活躍については数多伺っております』」
「あなたが、アリウスを支配している『大人』なんだね?」
「『はい。……もしかして、興味を抱いておられますか?よろしければ、私がアリウスを掌握した手段、情報交換でならお教えいたしますが?』」
「ううん、大丈夫!そんな無価値な情報と交換できる小銭は持ち合わせてないから!おつりくれるなら考えてもいいよ!」
「『……なるほど。念のため言っておきますが、私は妙な手口は使っておりません。洗脳や超能力……そのようなものは『大人』のやり方ではありませんから。……ええ、憎悪や怒り……負の感情を煽ることで──』」
「はーい、ちょっとストップ!!」
「『……何ですか?』」
「ごめんね!見てるだけでも目が腐りそうな見た目なのにそんなこと聞かされたらこっちの目も腐っちゃうから!止めてくれると嬉しいな!」
「『っ……』」
彼女自身も、怖くないはずがないのに。それでも、ベアトリーチェに一歩も引かず、先生はトリニティ仕込みとさえ思える皮肉で切り返し続ける。それはまるで、スクワッドに「『大人』を「大人だから」と恐れ、敬い、畏まる必要なんてない」と力強く示すかのようだった。
「『……分かりました。では最後に一つだけ提案です。『ロイヤルブラ──』」
「ばーか!!お断り!!」
「『ほぉ?』」
「子供との約束すら守れない『大人』を信用する馬鹿がどこにいるっていうのさ!冗談のセンスだけは悪くないし、芸人でもやれば売れると思うよ!近頃は女ピン芸人でもそこそこ需要あるしさ!」
「『……見込み以下……いえ、ある意味見込み通りです。やはりあなたは……私の『敵対者』に相応しいようです。子供の浅はかな理想を疑いもしない哀れな『大人』……。『大人』なら、教えてあげるべきなのです。彼女達が求めた『
「……言っても分かんないかな、ベアトリーチェ」
先程までとは大きく違う、酷く落ち着いた声が響く。
そこに込められた怒りは、矛先ではないスクワッドの、感情の存在しない『ユスティナ聖徒会』の、通信越しの『ベアトリーチェ』の動きさえも止めた。
「あなたは侮辱したんだよ。『子供』を、『学び』を、『教え』を、『信頼』を、そして、私の『生徒』を。そうだね、あなたに合わせてあげる。……私は、絶対にあなたを許しはしない。受けて立つよ、私はあなたの『敵対者』だ」
先生イケメンかもしれない