「少し良い?」
「一つ私からよろしいでしょうか?」
「言いたいことあるんだけどさ?」
三人は、同時に口を開いた。一人は愛用の万年筆を胸元のポケットに仕舞いながら。一人は淹れたての紅茶のカップを口に運びながら。一人は陽光の差し込むバルコニーのテーブルで頬杖をつきながら。
「「「『トリニティの裏切り者』」」」
セイア襲撃事件以来しばらく期間が空いてしまったが、彼女達は同じように一つの結論にたどり着いた。それは、苦痛に満ちた答えであり、地獄の門を開く鍵であった。
「ねえ、いるでしょ?誰?」
彼女は無邪気に、けれど荒ぶる感情を隠さずに尋ねた。
「……少なくとも現時点では特定できるほど情報が多くない。絞り込めて10人行かないくらいかな」
彼女は淡々と、その答えに辿り着くために答えた。
「ええ、ですが必ず。ティーパーティーの総力を上げて突き止めてみせます」
彼女は凛として、自らの責務を果たすために誓った。
風が強い、初夏の日だった。
「はじめまして……かな?三人とも」
「そうですね、こうしてお会いするのは初めてだと思います」
連邦生徒会長が失踪寸前に立ち上げた超法的機関である連邦捜査部『S.C.H.A.L.E』、通称シャーレの『先生*1』がティーパーティーを訪れたのは六月も下旬に入った頃。最近キヴォトス中で評判の『先生』はカフェラテのような色の髪をボブに整えた、少し細身で小柄な女性だった。
「では改めまして自己紹介を。私はティーパーティーホスト、桐藤ナギサと申します」
ナギサはカタンとティーカップを置いて、その場で小さく会釈した。そして両隣の二人を一人ずつ手で指し示す。
「そしてこちらが同じくティーパーティーホストの聖園ミカさんです」
「よろしくね、先生!」
ミカは菓子を口に運ぶ手を止め、ぱあっと手を振った。
「そしてこちらが……」
「ティーパーティーオブザーバー、朝日奈リエと申します」
一人ナギサの隣に立っていたリエはその場で一礼した。一通りの紹介を終え、改めてナギサは目の前の先生に向き直る。
「この三人が現在トリニティ総合学園の運営を担うティーパーティーとなっています」
「そっか!三人とも、これからよろしくね!」
ひとまずの挨拶を終えて、リエは彼女の目を見た。黒曜石のような、綺麗な黒色だった。
立ち話もアレということで、彼女のためにテーブルに椅子を一つ追加して、ナギサはティーカップを差し出した。四人がテーブルを囲む中、先生は一口でそれをぐいっと呷ると「おいしい!」と顔をパッと明るくする。その様子を見て、ミカが口を開いた。
「へー、噂になってたからどんなもんかと思ったけど、ほぼ私達と変わらないね?翼とヘイローくらい?……私的には結構アリかな!二人はどう?」
「ミカ、初対面で品定めする癖は直した方が良いかも。……まあ、少なくとも信頼に値する方ではあるのかな」
「申し訳ありません、ミカさんは好奇心旺盛なもので……」
「私はぜーんぜん!むしろ好印象みたいで助かったよ!」
初対面の彼女にも全く臆すことなくいつもの調子のミカと、それを嗜めるナギサ。そしてその横で会話に混ざりながら網に火を入れて団子を焼いているリエ。来客たる先生は珍しそうにバルコニーからの景色を眺めていた。
「……トリニティの外の方がここにいらっしゃるのは少なくとも私がティーパーティーに所属してから一度も聞いたことがありません。先生が初めてです」
「そうそう!トリニティ生だってめったに来れる場所じゃないんだよ!」
「はい、その通りです。……それとミカさん、少しお静かにお願いします」
「うう……ちょっとくらいよくない?せっかくだもん、おしゃべりは楽しくなきゃ!」
「ほら、ミカ。こっちでお団子焼こ」
ナギサに茶々を入れないでほしいと嗜められ、少しムッとなったミカにリエは席を寄せる。二人がパチパチと弾ける火の粉を眺めている間に、ナギサは話を続けた。先生はテーブルの上に乗ったマカロンに舌鼓を打ちながら話を聞いていた。
「……本題に入りますが、今日先生を……」
「ええっ?!ちょっといきなり過ぎない?!もう少しステップを踏んでというかウィットに富んだ雑談とか……そういうのはどうかな?一応ティーパーティーはトリニティの代表兼生徒達の憧れなんだし?」
「……」
「……ミカ」
それでも相変わらず茶々を入れ続けるミカに対して、ナギサは冷ややかな目線を向ける。これはそこそこキレてるな、なんてことを考えて彼女が口を開く前にリエがミカを咎めた。
「楽しくやろうとするその姿勢は私は好きだけどナギサが困ってる。今は少しくらいお固くてもいいんじゃない?一応対外の場なんだしさ」
「はい、今のホストは私です。ですので今は私のやり方ということで。……ですが少々つまらない話だったかもしれませんね」
「逆に先生からは何かある?」
リエから唐突に雑なパスが飛んできた先生。お代わりの紅茶をゴクッと飲み干して彼女は聞いた。
「えっと……あなた達がこのトリニティ総合学園の生徒会長……で、合ってるかな?」
「ほら見たナギちゃん?このスマートな返し!これこそ大人の……」
「ミカ、少し落ち着いて」
「……」
また少し苛立つ心を抑えるように少し目を閉じた後、ナギサは彼女に答えた。
「……はい。おっしゃる通り、私達がこのトリニティ総合学園の生徒会長「ら」です」
「生徒会長……ら?」
「それは当然の反応だと思います。説明いたしますと、まずトリニティ総合学園は2つの独裁を防ぐ安全装置のようなものがあります」
ナギサはリエの方へ目をやった。リエは口に含んだ団子を飲み込んで、手に持った串をゆらゆらと揺らした。
「一つは彼女の存在……すなわち『オブザーバー』。こちらは他の学園の会計、書記、副会長などを合わせたようなものとお考え下さい。そしてもう一つ、トリニティ総合学園は生徒会長を代々複数人で担うことでその権力を分散させることで独裁が起こることを防いでいるのです」
「おお!分かりやすい解説だね!ナギちゃんらしくない!」
ミカの適当な合いの手に、ナギサのティーカップを持つ手が震え始め、カタカタと音をたてる。「ありゃ怒ってるなぁ」とリエは大まかに推測しながら先生にお茶のお代わりとお茶請け代わりのみたらし団子を出した。
「……そもそもの話となりますが、ティーパーティーの歴史とは……」
「無視ー?無視は辛いよナギちゃーん?」
「ティーパーティーの歴史とは……」
「うわ無視だ無視だ!ねえリエちゃんナギちゃん酷くない?私達もう十年じゃ済まないくらいの付き合いだよね?お互いに一番のお友達みたいなものだよね?というかほぼほぼ家族みたいなもんじゃない?」
「ああもう静かにしてください!!」
どれだけ咎め、嗜めても続くミカの横槍に、ナギサの我慢ゲージが上限を突破した。ああなると彼女は人の目なんてお構いなしに素の自分が出てしまう。勢いよく置かれたティーカップから僅かに紅茶がこぼれた。
「ナ、ナギちゃん……?」
「今は私が話してるんです!ミカさんではなくわ・た・し・が!!リエさんもお団子なんて焼いてる暇があるなら止めてくれませんか?!」
「……私?」
焼き上がった団子にみたらしのたれを塗っていたリエはキョトンとした顔でナギサを見た。生徒会長の威厳など何処かにおいてきたと言わんばかりに彼女の綺麗な顔は真っ赤に染まっている。
「私はともかくなんでリエちゃんに飛び火してるの?!」
「静かにしてくださいと言ってるんです!!どうしても黙れないんでしたらその小さく開いた口、ロールケーキで塞いでやりましょうかっ?!」
「……」
ナギサは勢い良く席を立つと、テーブルの上に置かれたロールケーキ丸々一本に手を伸ばしかけた。そう言われたミカはその場で固まってしまい、先生は少し微笑ましげにその光景を眺めている。しばらくの沈黙のあと、口を開いたのはリエだった。
「……ごめん、先生。ナギサあんまり言葉選び上手じゃないんだ。最近疲れてるみたいだし、そもそもあんまり国語の成績もよろしくない。昔から宿題手伝ってあげちゃってたからかなぁ。私の責任だね」
「成績はリエさんと比べたらの話でしょう?!そもそも宿題だって……。……いえ、少し興奮してしまったみたいです。お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
正気に戻ったナギサは、別の意味で頬を赤らめながら謝罪した。
「いやあ、怖かった……」
「あっはっは!三人とも仲良いんだね!……それで、本題っていうのは?」
一連のやり取りを終えて、先生は切り出した。そうでしたと言わんばかりにナギサはガサゴソとカバンを漁ると、その中の一つのファイルを先生に差し出した。
「これは……?」
「今回は先生に先生らしい仕事を頼もうと思いまして」
「先生らしい仕事って?」
首を傾げながら、彼女はファイルを受け取り、中の生徒名簿をパラパラとめくる。
「……補習授業部の顧問を引き受けていただけませんか?」
「補習……授業部?」
少し遡って、トリニティ総合学園、期末テスト当日。
「「「「ペーローロ!!ペーローロ!!」」」」
リズミカルな音楽に合わせてステージの上で踊るペロロ*2と、その動きに合わせて彼のイメージカラーである黄色のペンライトを振る観客。
その中で一段と激しく、必死にペンライトを振る少女がいた。
「ペロロ様ー!!」
彼女の名は阿慈谷ヒフミ。自称普通の女の子。自他共に認めるモモフレンズマニアであり、最推しはペロロ。その情熱は凄まじく、彼のことは様付けで『ペロロ様』と呼び、彼のグッズ収集の為ならば東奔西走なんのその。「ブラックマーケットで見た」という証言すら上がるほどだった。
「がんばれペロロ様ー!!」
今日も突然ゲリラライブの開催が発表されるなり、期末テストを踏み倒して朝一番に寮を飛び出してアリーナ席を確保する徹底ぶりである。しかし、そんな彼女の至福の時間もまもなく終わろうとしていた。とうとうプログラムの最後まで辿り着いた中、彼女は精一杯叫ぶ。
「アンコール!!アンコール!!」
「ああ……今回も最高のライブでした……」
物販で限定グッズも買い終えて、帰り路に着くヒフミ。両手に握られた紙袋が彼女の充実感を現していた。
そしてテクテクと荷物を抱えて歩き、ガタンゴトンと電車に揺られる内に、彼女のテンションは少しずつ日常に戻っていく。そんな中で、彼女は小さくため息を吐いて呟いた。
「……期末テスト……どうしよう?」
彼女が面識のあるティーパーティー、桐藤ナギサに呼び出されたのはその数日後だった。
先生は明るい方が良いですよね