暗い、暗い夜に、彼女の荒ぶる声が響くのを、スクワッドも、先生も黙って聞いていた。
「あなた達が……あなた達だけ何の代償も払わないで、何も失わないで……なんにも奪われないでいるなんて……そんなの、私は……わたし、は……そんなの認めたら、私には、本当に……本当に……なん、にも、残らない……」
彼女は精一杯の力を振り絞って、小さく呟いた。
「ねえ、どうして……?わたし、は……どう……したら……いい、の……?」
そして全てを吐き出してなお恨めしく、彼女は目の前の錠前サオリに目を遣る。
「あなたを……あなた達だけは、そのままじゃ駄目なの……あなた達だけ……その女だけ、先生にただ救われるなんて……そんなのは……だから、お願いだから……私を止めないで……先、生……」
「ミカ!!」
ミカはそう言い残し、フラフラと立ち上がると覚束ない足取りで街並みに消えた。
「い、行ってしまいました……」
「……本当、何なのあの女……」
「そうか。……それほど、私が憎いんだな、ミカ。……いや、これも当然、仕方ない、か……」
少し思うところがあるようなサオリに小さくため息を吐き、ミサキは問いかけた。
「それで、どうするのリーダー?いつ襲いかかってくるかも分からない相手を放置してバシリカへ向かうのは……少し、リスクが高過ぎるような気もするけど。アリウス、ユスティナ、ストーカー……邪魔者が些か多いよ」
「……いや、このまま、地下回廊へ向かい、バシリカへ突入する。あれに構っている時間などない。行くぞ」
スクワッドと先生は息を整え直し、地下回廊へ向けて走り出す。
「……仕方ない、か……」
そう呟いて、ミサキも少し遅れて彼女達の背中を追った。
「ここが……アリウスの……」
「ああ、旧校舎だ」
アリウスの旧校舎はさっきの『訓練場』と同じように、ところどころでトリニティの聖堂などとよく似ていて、アリウスがトリニティの分派であったことを雄弁に物語っていた。
「はい……私も、中に入るのは初めてなのですが……」
「そうだね、ここはもはや遺跡。関わることも来ることもなかったから」
「きっと昔はここで沢山のアリウス生が勉強していたんですよね……どんなことを学んでたんでしょうか……」
「別に、私達と大差……いや、あるか。もしかしたら、その頃はまだトリニティと同じようなことを学んでたのかな」
「お喋りはそこまでにしておけ。時間がない、今すぐ回廊まで向かうぞ」
彼女の言葉にスクワッドも先生も同意して、彼女達は旧校舎へ足を踏み入れた。
「……あ、あ!た、多分これだと思います!」
そんなヒヨリの声がして、手分けして道を探していた先生達は彼女の下へ急いで向かう。一足先に進んでいた彼女の後を追いかけて先生達が急いで階段を降りると、そこには確かに大きな一本道が続いていた。
「……!これが……!」
「ああ、地下回廊だろうな」
「……少しいい?」
少し遅れて降りてきたミサキが言う。
「後はバシリカまで一直線なんでしょ?……だとすれば、この地形はかなりまずいよ」
「待ち伏せなら問題無い、それに関しては……」
「違う、
「……!」
「もし私が彼女なら……そう考えるとここは絶好のチャンス。先生は傷つけたくない、でも排除はしたい、或る意味一番面倒な相手。そしてこの一本道。だとすれば……」
ミサキがそう言い終えようとした瞬間、彼女達はあの時の、リエと相対した時と似た感覚に襲われた。あの爆薬が爆ぜる音のみが響く、異様な空間が掛けるプレッシャーと同じものに。
「……っ?!」
「な、何か来ます先生!」
「柱だ!避けろ!」
連鎖した爆薬は地下回廊の大きな柱を倒し、辺りには爆煙と粉塵が舞っていた。
「……大丈夫、先生?」
「何とかね!私柔道の受け身得意だったから!」
「それは良かったです……ま、まさか柱が倒れてくるとは……ですが……あれは……」
「……朝日奈リエと同じ……?……いや、少し違うけど……」
あの日、アリウスを単騎で壊滅寸前まで追い込んだ彼女の姿が二人の脳裏をよぎる。そしてそれは即座に新たな事実と結びついて結論へ至った。
「……待って、サオリは……」
「り、リーダーが……分断……」
「……まずい。ということは間違いなく……」
「ま、また来ました?!」
時間をおいて、再び大量の爆薬が起爆した。サオリと先生達を引き離すが如く、それは最初の瓦礫から広がるように炸裂する。そして数十秒の疾走が終わった後に、それは一旦収まった。
「リーダーは……駄目だね、もう声も聞こえない。かなり引き剥がされた」
「も、もう終わり……なんでしょうか……」
「二人共、一旦塞がれてない道を探そう。三人で、アツコを取り戻すんだもんね!」
「……うん、そうしよう」
「……なるほど。まあ、こうなった以上はそう来るだろうな」
「あ、無事だったんだね!この前のリエちゃんの戦法真似してみたんだけどさ……いやあ、めちゃくちゃ大変だね!こんなの計算してたとか本当に信じらんない!でもあなただけ上手く巻き込めてよかったよ!」
打って変わって、振り切ったような高らかな笑い声とともに、彼女は姿を現した。復讐に駆られたその星のような双眸が暗闇の中で煌々と輝いている。
「──やろうか、錠前サオリ」
彼女は、夜に跳ねていた。ビルの屋上から屋上へ、或いは電線から電線へ。宙を舞っているかと錯覚してしまうほど縦横無尽に街を駆け、彼女は進んでいた。空は東の端の端のみ、ほんの僅かに白み始め、西の空には満月が輝いている。彼女は熱を放つ心臓と己の感情に従って、友人達の希望と、遥か過去の願いを背負い込んでそこへ行く。全てにけりをつけ、全てを救うのだと。
「待っててよ、ミカ……!!」