「これで、私とあなたの二人きり」
「……」
「時間もないんでしょ?急いで、私を倒さないとじゃない?」
「後……一時間か」
「どれくらいで先生がこっちに来るか分からないけど……先生が来ちゃったら、私の負け。これ以上、お喋りしてる暇もなさそうだね?お互いに」
そう言って銃を構えるミカの目を、サオリは落ち着いた様子で覗き込む。
「……なにそれ。もう少し、感情を荒らげても良いんじゃない?それとも、もうそんな元気も無いのかな?」
「いや、少し古い記憶を思い出しただけだ」
彼女は手榴弾のピンを引き抜いて、そう答える。そして高く積み上がった瓦礫の向こうへ思いっ切りそれを投げた。遠くで、それが爆ぜる音が響いた。
「お前は、私が止める」
「それ、合図?「お前達は先へ行け」ってこと?……うん、それならあなた達の『お姫様』は助けられるだろうね。でも……今のあなたで、私に勝てるのかな?」
「そんなことを気にしてる暇はない。姫が助かるなら、私はそれでいい。それこそ、私がここにいる意味だ。……だが、お前は本当にこんなことのためにここにいるのか?」
「あー……私がここにいる意味かぁ……そうだなぁ……。……まあ、目的達成、的な?……でもね、あなたを狙ったわけじゃないんだ。正直、誰でも良かった」
「……誰でも、か」
「むしろ、先生が残ってくれたらな、なんて考えたりもしたよ?まあ、流石に高望みだったけど」
「……」
「だから、そんな目で見ないでよ。……私、セイアちゃんにもよく言われるんだ。「衝動的で感情的、考える頭を持ってない。もう少しだけでも良いからナギサやリエを見習いたまえ」って。もう少し言い方あると思わない?かたや私やセイアちゃんが放っておいてるトリニティの政治を一人でどうにかしてるがんばり屋さんで、かたやトリニティどころか連邦模試で頂点を争ってるレベルの天才。もちろん、私だってそれなりに改善しようと頑張ってるよ?でも、どうにもならなくて……でも、二人は「私達に合わせる必要はない、今のミカが好き」って優しく微笑んでくれるの。ナギちゃんもリエちゃんも、そう言ってくれるのは分かってるんだけど……それでも、そう言われるたびに、ぱあっと心が明るくなる。……ねえ、錠前サオリ。あなたは、そんな大切な幼馴染さえ、私から奪ったんだよ。だから……そうだね。だから私はこれを一番望んでた。……最も憎いあなたと、二人きりになれること」
「……」
「それに、やっぱり先生は……囚われのお姫様を助けに行くのが似合ってる。あらゆる苦難、障壁を乗り越えて、みんなが幸せになる……そんな物語が相応しいんだよ。そして、私達もここで今までの悪行を清算しないといけないの。例え、全てを支払うことになってもね」
「……」
「だからさ、始めようか。サオリ。ずっと黙ってばっかじゃ何にも分からない。『魔女』が『猟犬』を始末するの。最高のバッドエンドだよ。ほら、間もなく幕も下りるし何か言ってよ。「納得出来ない」「そんなのはお前の自業自得」「私を恨むのは筋違い」とか、丁度いいセリフなんていっぱいあるでしょ?」
「……いや、そんなことを言うつもりはない。私はそれでいい」
しばらく黙っていたサオリは、その首を横に振ると、無数に散らばった瓦礫の一つへ向けて引き金を引いた。一瞬の間をおいて、辺り一面が爆炎に包まれた。
「っ!?手榴弾……じゃない?!煙幕でも……テルミットでもない……なに、これ……?……っ?!いたた……」
「キヴォトスでは生産禁止されている爆弾だ。『サーモバリック』とでも言ったか。……まあ、アリウスには山のように転がってるがな」
「ふーん……まあ、いいよ。どうせリエちゃんのあれと比べたら全然マシだし。……待って、
「……あれは、最も効率化されたゲリラ戦とも言って良い。一人が多数を圧倒し、物量差も、力量差も、全てひっくり返せる可能性まである。あれほど完璧にはならないだろうが……幸い、ここには崩れやすい建造物も爆薬も無尽蔵だ。なら、例えお前相手でも十分に試す価値はある」
「……」
「私は、お前の憎悪を否定するつもりはない。幸せな未来も、大切な友人も、居場所も……全て、お前から奪ったのは私だ。なら、私はその憎悪に応えるのが筋だろう」
「……ああ、これ、思い出した。ねえ、サオリ。リエちゃんと同じことやるなら、それ相応の数はあるんだよね。……なら、私も真面目にやるからさ。そっちも全力出してよ?例え、全てが虚しくとも……ね?」
「ああ、気づかせてもらったからな。全てが虚しくとも、私は足掻き続けよう」
「へえ、退屈させないでよ?」
全てを奪われた『魔女』と何も与えられなかった『猟犬』。その死闘が、幕を開けた。
ずっと、ずっと昔の話。まあ、昔と言っても、今のアリウスとは殆ど変わらない、十何年前のアリウスの話。
「こっちだ、ヒヨリ、ミサキ。ここに隠れよう」
「さ、サオリ姉さん……」
「静かに、バレちゃうよ。もっと体を低くして」
その日は、パレードが開催されていて、スラムで暮らしていた三人も街へ繰り出していた。
「は、はい……あ、ところであの真ん中の子は……と、とっても綺麗なお洋服を……着てますけど……」
「……さあ。私もよく知らない。きっと、えらい人なんじゃないかな」
「お姫様らしいよ。なんか、とってもえらい人の血を引いてるんだって」
「お、お姫様?!お姫様なんですか?!こ、こんな世界にも……私達みたいな底辺とは違って、可愛いお姫様もいるんですね……お腹も減らないし、怪我で痛いこともないだろうし……ご、ゴミの中で寝ることもないんでしょうね……」
「……うん。多分そうなんじゃない?」
「こ、この世なんて、良いことは一つもないと思ってましたが……あんなにきれいで、幸せそうなお姫様がいるなんて……うわぁぁぁん!なんだか感動します!」
「な、泣かないでよ!バレちゃう!」
「ご、ごめんなさい、サオリ姉さ……うわぁぁぁん!でもやっぱり……うわぁぁぁん!」
「……でも、もしかしたら……私達と同じか、私達より酷い目にあってるかもしれない」
「……?どういうこと?」
少し神妙な面持ちで言う幼いミサキに、サオリは驚いたような顔をして尋ねた。
「パレードに見せかけてるけど……これは、人質を相手に送る行列……なんだと思う。内戦中だから……なのかな。……あのお姫様も、監獄でお腹を空かせるよ。滅多に食べるものがない中で」
「そ、そうなんですか……あうぅ……」
「そういうのはやめよう、ミサキ。ヒヨリも怖がってる」
「……それで、どうするの?サオリ姉さん。まさか、何もせずに帰るわけじゃないよね?」
「うん、当たり前でしょ。人だかりから、役に立ちそうなものだけ頂いていこう」
サオリの言葉に二人は頷いて、彼女達は人混みの中へ入っていった。
「やめろ!!」
「どけ、第8分隊長」
『大人』から制裁を受けていた少女を庇って、誰もが傍観する中でサオリは一人前に出た。彼女は両腕を広げ、その少女を守り、大人を止めようとする。
「ヘイローを、ヘイローを壊すつもりなんだろう?!そんなのやめろ!」
「お、お願いですから、どうか……どうか、こんなのは……」
「反抗した者は罰する、当然のことだ。同じ目に開いたくなければ去れ」
「……誰が……屈するもんか……!……ゲホッ……笑わせないで……!ゲホッ、ゲホ……」
「っ、貴様!」
翼を持った、痣だらけの白い髪の少女の言葉に、幹部はもう一度彼女を殴ろうとしたが、サオリはそんな中で提案を持ち掛けた。
「……分かった!なら私が指導するのはどうだ?!」
「何のつもりだ?」
「……はぁ。何やってるのさ、リーダー」
「ヒヨリも、ミサキも、姫も……みんな、優秀な成績を収めてる。私が指導した生徒だ。だから……だから、私に任せてほしい。責任を持って、こいつを指導してみせる」
その日から、彼女達の仲間は一人増えた。ずっと一緒だったヒヨリ、ミサキ、サオリが連れてきた『姫』、そして、徹底して反抗を繰り返していた白洲アズサ。彼女達は、力を合わせてこのアリウスという地獄を生き延びることになった。
「……痛いな。本当に、痛いや」
「二度と、二度と……二度とこんなことをするな!絶対に、絶対にだ!分かってるのかミサキ!!」
「……何で?……どうしてこんな苦痛の中で、寒くて、飢えて、辛い世界で生きていかないといけないの?姉さんは、なんで私達に無意味な苦痛を強いるの?……私達の生きる意味って、何なの?」
「……それは……それ、は……」
「……ほら、姉さんだって知らないじゃん。私達には、何の意味もないんだよ、ただの一つも、何も」
「待て、ミサキ!私は──!」
誰かが死を望むこともあって、それをひたすらに拒むこともある。
「申し訳、ありません……どうか許して下さい……二度と、こんなことは……二度と、大人の言葉を破りません……反抗しません……希望なんてものも、抱きません……二度と幸福を望みません、祈りません……だからどうか……どうか……慈悲……慈悲、を……」
どうしようもない相手に屈し、ただひたすらに頭を冷たい監獄の床に擦り付けて何時間も謝り続けることもある。
「どうして、お前は抗い続けるんだ?お前は『和解の象徴』なんかじゃない。お前は任務の為の駒に過ぎないんだ。だから諦めろ。……全ては虚しいのだから」
「……例え全てが虚しいとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない」
「……今、なんて……?……待て……待て!どこへ行くんだアズサ!私達はまだ『ここ』にいるのに……?……アズサ……!……お前は、お前は……知ったのか?気づいたのか?お前には……その答えが分かってるのか……?教えてくれ、私は……私は……」
誰もが諦め、その教えを受け入れる中で『答え』を知り、去った仲間の背中をひたすらに追いかけ続けることもある。
「私は……どうすれば……」
それが、錠前サオリに与えられた、意味のないはずの人生だった。
「アズサ……」
「……アズサ?」
サオリは彼女の名を呟いて、ハッと目を覚ました。ボロボロの身体で、瓦礫に寄りかかっていた。
「……っ?!……ぐっ……」
身体を動かそうとして迸った痛みで、彼女は自身の敗北にようやく気がついた。
「もう諦めなよ、サオリ。……その傷じゃ、もう無理だよ」
「……そう、か……ああ、そうだ。……私は、負けたんだな。なら、もういい」
「もう、いい?」
「……ああ。私には、これ以上、何が正しいか分からない。今まで正しいと思っていて、正しいと信じ込まされていた全ては正しくなくて、振り返った道は全て間違った道を選んでいた」
倒れたサオリを見下ろすミカは、一つだけ、小さく口にした。
「……白洲アズサ」
「アズサ……?」
「あなたは、アズサちゃんに何を聞きたかったの?」
「……聞こえていたのか」
「補習授業部のアズサちゃん。私のクーデターを手伝うためのスパイだったはずだけど……先生がいなければ、ただの駒に過ぎなかったのに……」
「……違う。……アズサは、スパイなんかじゃない」
予想から大きく外れたサオリの答えに、ミカは少し驚いて聞き返す。
「えっ……?」
そして残った力を振り絞り、サオリは帽子を被り直して立ち上がった。
「……アズサは、『和解の象徴』のはずだった」
「……せ、セイア様の意識が戻られました!」
「っ?!間違いありませんか?!」
「は、はい!何せ──」
「……ただいま。本当に心配を掛けた……と、謝罪会見と洒落込みたいところではあるが、時間がない」
ナギサに肩を支えられ、執務室にセイアは姿を現した。少なくとも、精神面はかなり回復しているようだった。
「タイムリミットは夜明けだ。あと数時間もしないうちに、先生も、ミカも、取り返しのつかないことになる」
「でしたら……!」
「リエは向かわせたが、彼女の能力を持ってしても五分五分……。……だから、そこから先は私達の仕事だ」
その口から出てくるのは、いつものように回りくどく、難解な言葉などではなかった。小難しい問題の解決なんてものではなく、ただ、大切な友人を救うための言葉。
「……あと二時間で、トリニティの全戦力を持ってアリウスを制圧する。出来るかい?ハスミ、ミネ」
「この状況でNOとは言えません。……全力を尽くします」
「出来るか出来ないかの話ではありません。アリウスには、救護が必要であると考えます」
「ティーパーティーの砲兵隊もいつでも出撃可能です。……ミカさんを救うためであれば、惜しむことはありません」
「どうか頼むよ、みんな。それと、シスターフッドは……」
「はい、皆様が帰ってきた後の準備を」
「ああ、そうしてくれ」
そして全員の顔を見渡した後に、彼女は病明けの身体に鞭打ち、精一杯の声で宣言した。
「ティーパーティーホスト、百合園セイアの名の下……全軍、出撃しろ!!」
本当この辺書いててエデン条約感を感じる