「え……?えっ……?」
「トリニティと、アリウスの……ああ、一番最初にそう言ったのはお前だったな、ミカ」
「ううん、そんなの……そうだよ、先生を騙すための適当な……」
「違う。まだ、何も始まっていない頃……お前が、初めてアリウスに来た時に言った言葉だ」
「……」
「……覚えてるか?お前はアリウスに来るなり、開口一番にこう言ったんだ。「アリウスと和解したい」とな」
「ごきげんよう☆はじめまして……だね!あなたが、その……アリウスの生徒……で、良いんだよね?」
彼女は、唐突に姿を現した。纏った上質な服から、トリニティでもかなり上の立場の人間であることは、想像に難くなかった。
「用件だけ言え、トリニティ」
「えっと……アイスブレイクとか、嫌いな感じかな?じゃあ、しょうがないから本題から入るよ」
極限に近い警戒心を抱いて相対したサオリに対し、ミカは少し歩み寄って切り出した。
「……私は、
「和解……?」
「うん。少し突然過ぎるかもしれないし、それに……あなた達は、まだ私達が憎いよね?だから、誰の助けも借りずにこんなところでずっと孤立したまま。まだ、憎悪を残したままだから」
「……」
「……でも、これを解決するには、積み上がった誤解も、憎悪も大き過ぎる。セイアちゃんもナギちゃんも、反対するのは当たり前だよ。……でもさ、もっと、簡単な話じゃないかな?お互いに「ごめんね」って言って、それで少しずつ、ほんの少しずつでも歩み寄れば……いつかは叶いそうな話じゃない?……だから、私も歩み寄らないとなって思って、ここへ来たんだ」
無垢に語る彼女に、サオリは冷たく切り返す。
「……その言葉が本心だと、心の底からのものだと、どうやって信じろと言うつもりだ?」
「あはは……まあ、そうなるよね。だから、少し考えたんだ。……あなた達……アリウスからまずは一人、トリニティに転校させてみない?」
「転校……」
「うん。もちろん内緒でね。ティーパーティーの私が後見人になればどうにかなるし、書類もリエちゃんに頼めば問題無いと思うし……あっ、リエちゃんっていうのは私のすっごい何でもできちゃう幼馴染で……」
「……」
「……あ、それでさ、もしアリウス生がトリニティで友達と仲良く、幸せに過ごせるのなら……私達は、きっと仲直りできるよ。……そうだね、その子に『和解の象徴』になってもらうってこと。どうかな?」
天衣無縫な笑顔を浮かべて夢物語を語る彼女に、サオリは少し目を見開いたが、その思いをかき消すようにその首を横に振った。
「荒唐無稽、だな」
「ま、待ってよ!もしそんな存在がいたら、きっとみんな納得してくれる!アリウスも、きっと幸せになれるって証明してくれるから!きっと、私達は何も変わらないんだって……!」
「……分かった。だが、この場で決められる問題でもない。持ち帰らせてくれ」
「……え、えっ?!ほ、本当にいいの?!そんな子、いるの?!」
「……」
「え、えっと……良いお返事待ってるからね!」
去っていくサオリの背中に、ミカはそう言った。
「アズサ」
「……なに、任務?」
「……何故か、思ったんだ……アズサなら……アズサなら、『和解の象徴』になれる……私は、確かに、そう……」
「……」
「結局、それを……アズサが『和解の象徴』に、幸せになるのを見届けることは、私には……どうしても出来なかった……『マダム』はそれを決して見逃してはくれなかった」
それを聞いて、ミカの脳裏をあの日のことがよぎった。「セイアを襲撃して」、そうアリウスに頼んだあの日のことが。
「……邪魔な百合園セイアを、『マダム』は上手く排除した。お前は、私達を便利な私兵程度に考えていたんだろう。そうでないのを分かっていれば、セイアの位置を教えることは絶対になかったはずだ……だが、私達はそんな存在じゃなかった。……私達は、それを学び、鍛え、備えた……『人殺し』だったんだ」
「……」
「『ヘイローを壊す爆弾』で彼女を殺害する任務が下され、アズサは、その中心として選ばれた。……『和解の象徴』となるべく、トリニティに関する知識を多く学んでいたから……」
「……」
「……私は、お前が理解できなかった。百合園セイアも、桐藤ナギサも私達に差し出して、一体何がしたいのか、見当もつかなかった。本当に、ただの馬鹿なんじゃないかとさえ思った。……だけど、そんなお前から……」
ミカは何も言わず、ただただ黙って彼女の目を見て、その話に耳を傾けている。何度も瞬きをし、息を整えて、サオリは言った。
「……『和解』という言葉が聞こえた時は、嬉しかった。本当に、私は嬉しかったんだ。もちろん、それが詭弁であるとも、懐柔するための嘘かもしれないということも理解していて、それでも……それでも、私はそれを頭から消すことは出来なかった。「こんな私達でも、救われるのなら」……そう、思ってしまったんだ」
「……」
「……だが、今ならなんとなく理解できる。お前は、心の底から『アリウス』に歩み寄ろうとしていた。……本当に『和解』したかったんだな」
「……」
「気まぐれかもしれなかったが、そのお前がアリウスへ抱いた善意、慈悲、優しさを踏み躙り、騙し、偽り、地獄まで引き摺り込んだのは……紛れもない、私だ。そして今、お前はこの地獄を認められなかった。……だから、お前はそれを否定した。記憶に蓋をして、「そんなことはなかった」と、無理矢理に忘れようとした」
「……」
「……お前だけじゃない。姫が声も顔も隠して細々と生きなければならなかったことも、ヒヨリとミサキをこんな地獄まで巻き込んだのも、アズサをスパイにして、多くの人を欺かせ……そして、『人殺し』となる悲痛な決意をさせてしまったのも……全て私だ」
話している内に彼女の息は少しずつ荒くなり、その目頭にほんの少しずつ、涙を湛えていく。
「……『猟犬』なんかじゃない。私は、そんな大層なものじゃなかったんだ。私は、私は……みんなを不幸にし、苦痛を撒き散らす……『疫病神』……だ……」
「サオリ……?」
「……ああ、アズサに、聞きたいこと……か……。……一つだけあったな……。……彼女は、その全てを押し付けられ、悲惨な運命に巻き込まれて、それでもなお……アズサは、笑っていたんだ。無表情で、私達を受け入れることなく、最後まで、孤独で、心を閉ざし続けていたアズサが……酷く、幸せそうに見えたんだ」
「……」
「……『全ては虚しい』というアリウスの教えに抗い続け、友達と、先輩と、大人と……沢山の仲間と力を合わせ……苦難を乗り越えて……アズサは、あの色鮮やかで、幸福で満たされた美しい晴天の青空へ……突き進んだ……」
彼女は帽子を深く被り、目を瞑り、彼女とのやり取りを少しずつ思い返す。
「……私が、どれだけ否定しようと、叩き潰そうと、躍起になっても……結局、最後には認めざるを得なかった……気付かざるを得なかった……。私達の憎しみも、恨みも、虚しさも……全て、アリウスの全てが虚しい嘘だったと……愚かで、低劣で、どうしようもない私が……破滅を呼び込んだのだと……」
「……」
「……ああ、そうだな。全て、私なんだ。アズサは、私から離れたから幸せになれたんだ。……私は、それを知りたくなくて、理解したくなくて、最後まで……拒み続けたんだな……」
そう言って、サオリは再び、その場に崩れ落ちる。
「……お前は……答えに、気がついたのか?それを、分かっているのか?……なら……アズサ、私……私は……」
「サオ……リ……?」
「……アズサ、私は、お前のように……」
「……」
「……幸せに、なれるだろうか?」
カタン、とミカの握っていたサブマシンガンが地面に落ちた。
「私も、願って良いのだろうか?……いい大人にもう少しだけ早く出会えて、もっと多くのことを学べて、幸福に満ちた……そんな別の人生を……こんな結末ではない、ハッピーエンドを……そんな機会を……。……アズサ……お前は、あの時……なんて、言っていたんだ……?」
今までに我慢していたものを吐き出すかのように、サオリは大きく咽た。白いコートの裏地が、朱くなり、彼女の身体を朱が伝った。
「……ミカ。もう、好きにしてくれ。お前が奪われた分だけ、私から奪ってくれ。お前の優しさを踏み躙った……お前を『魔女』にした、償いを……これで、公平に……」
「……」
「その引き金を引くのは、アズサだと思っていたが……お前だったんだな、ミカ」
「……むり、だよ……」
ミカは、嗚咽混じりの声で、絞り出すように答えた。
「私には、できない……できないよ……だって、だって……」
「ミカ……?」
「……私も……あなたと、おんなじだから……。……救われたかった、やり直したかった、そんな機会を与えられて……幸せに、なりたかった……」
その綺麗な瞳から涙を流し、汚れまみれの制服を彼女は濡らす。
「もし、先生ともっと早く会えてたら……そうしたら、私も間違いをやり直して、過ちを取り返せたのかな……って……そう思ってた……。これは当たり前のことだから、償わないといけない罪だからって受け入れて……それでも、どうしても救われたい、慈悲が欲しいって……何度も、何度も……数え切れないくらい願って、祈って……。……それでも、やっぱり駄目だった。……償い方が分からない……どうすれば許されるのか……全然分かんない……先生が、セイアちゃんが、ナギちゃんが、リエちゃんが……みんなが私のために集まって、やり直せるチャンスが来るって、ずっと信じてたけど……そんなのなかったの……」
彼女は膝から崩れ落ちて、それでもなおありったけの本心の告白を止めなかった。
「こんな虚しい世界で、救いを願って、慈悲を祈って、ただ苦しみ続けるだけだった……。だから……あなたは私とおんなじ……おんなじなの……。……あなたは、私だよ……サオリ……」
「……?」
「……あなたが幸せになれないのと一緒で、私も、幸せになれないんだよ。罪を犯しすぎた私達には、もう。チャンスなんて与えられない。……そう信じてたから、せめて痛みだけは同じように、『公平に』って……そう、願ってたんだと思う……でも、だから……だから私には……そんなのできない……」
サオリの青い目と、ミカの黄色い目が合った。
「……だって、そうしたら……あなたの結末を決めたら……私も決まっちゃう……。救いがないって、自分で証明してしまう……」
「ミカ……お前は……」
互いに、ゆっくりと立ち上がった。コートを羽織り直したサオリに、ミカは尋ねる。
「……ねえ、サオリ。……なんで、爆弾を……『ヘイローを壊す爆弾』を使わなかったの?」
「……っ、それは……」
「あなたが持ってるんでしょ?使うタイミングなんて、いくらでもあった。……でも、どうして使わなかったの?それを使われてたら、私は……」
「それは──」
「私が、没収したからね!!」
明るい、声が響いた。涙で滲む二人の視界に、見覚えのある人影が映った。
「せ、先生……?!何故……」
「そ、そうだよ、どうして……」
かなり急いできたのか、彼女のシャツは汗で滲んでいる。それでも二人へ向けて、先生は肩で息をしながらでも笑顔を絶やさなかった。
「先生……?姫を助けに行ったんじゃ……?」
「もちろん忘れてないよ!……でも、サオリも一緒にね!」
「……!」
「……ごめん、リーダー。説得は無理だった」
「ぶ、無事じゃなさそうですが……無事で何よりです!」
「ミサキ……ヒヨリ……」
嬉しそうに再び集まるスクワッドを尻目に、ミカはその場に立ち竦んでいた。
「……サオリと戦った……んだよね?ミカ」
「え、えっと……その……」
「……本当にごめん!」
先生はそう言って謝るなり、ミカをギュッと抱きしめた。
「せ、先生?!」
「もっとミカと話すべきだった!もっと、もっとミカと向き合ってればよかった!本当にごめん!」
「ど……どうして先生が、私に謝るのさ……?だって、だって、悪いのは私じゃ……」
「
「どうして……?そんなことしたって、どうせ結末は……セイアちゃんは私のせいで……リエちゃんは……私を退学に……させなきゃいけなくて……」
「私が手伝うから!ミカのこと、いーっぱい知ってるから!」
「あはは……何言ってるの……?先生は、何を知ってるの?……私の、何を?私は……私はトリニティの敵。『魔女』なんだよ。……ちゃんと、私の罪を──」
「分かってるよ。ミカが『悪い子』なことも、私は分かってる。さんざん、味わったからね!」
先生は明るく、けれど至って真剣に言葉を紡ぐ。
「人を騙して、傷つけて、自分に嘘をついて、追い込んで……その結果なんて分かってるのに、それでもその結果を受け入れられなくて、泣いちゃうような子で……誰かを救うために手を差し伸べる優しさもあれば、嫌われるのが嫌で、全部背負い込んだりもする不安定な子で……だけど、それでも、ミカは『魔女』じゃないよ!ただの『悪い子』、不良生徒!」
「……」
「……うん。だから、もっと私に話してほしいな。生徒の話を聞くのも。
「なんで……なんでさ……どうして、戻ってきちゃうのさ……?私を……置いてってくれないの……?まだ……チャンスがあるなんて……信じさせて……」
「大丈夫。無くても、私が用意するよ」
「そ、そんなの無茶だよ。だって──」
「ううん、ミカが子供で、私の生徒である限り、私はずっとチャンスを作るよ。例え駄目でも、間違えてもその度やり直して、少しずつでも進めば良い。……ミカもサオリも、チャンスを重く見すぎなんだよ!一度や二度の失敗で悲惨な結末を迎えるなんて、そんなに人生は難しくてつまらないものじゃないよ。エンディングなんて、数え切れないくらいある。それこそ、これから先のあなた達には、その未来には……」
先生は満面の笑みを向けて言った。
「無限の可能性が待ってるんだから!」
「……先生……」
「チャンスがないなら、幾つでも作る。……子供が未来に絶望することなんて、あっちゃいけないんだよ。……だから、そういうのは大人に任せてほしいな!」
「『戯言もそこまでに──』」
「うるっさいな!!!」
突如入ったベアトリーチェからの通信に、彼女は反射的に怒号を上げる。
「アンタが口を出さないで!!子供に、たった一つの明るい未来でさえ!!ただ一つの夢でさえ見せられない大人が『大人』を名乗んないでよ!!」
「『っ……その言葉の意味が分かっているのですか?!』」
「こっちのセリフだよ!!何度だって言ってあげる!!何回だって叫んであげる!!アンタは子供を恐怖で支配することしか出来なかった!!子供の目を見て喋れない奴が『大人』を名乗れるわけないでしょ!!」
「『っ……分かりました。ではその言葉に応えましょう。……私の全力を以てお相手致します。儀式を始めましょう』」
「う、嘘?!」
「た、太陽はまだ昇ってない……はずです……!」
「『何を勘違いしていらっしゃるのです?その気になれば私はいつだってそれが出来たのです。……『ロイヤルブラッド』はじきに果てることでしょう。そしてその贄を以て、私は高みへ上るのです』」
「待て!姫!!アツコ!!!」
「『さあ行きなさい聖女バルバラ!先生に引導を!』」
ベアトリーチェの通信が切れたと同時に、辺りを無数の複製が囲む。それだけじゃない、アンブロシウスに、自我を失ったアリウス生。そして、ベアトリーチェが丹念に蘇らせた切り札、ユスティナ史上最高の聖女、『聖女バルバラ』。多勢に無勢だった。
「っ……?!なんなのあれ……?!」
「せ、戦術兵器すら比較になりません……あれは一体……?!」
「ぐっ、ここまで来て……」
スクワッドも先生の指揮の下で必死に抵抗するも、それの動きは止まらない。正面のユスティナ聖徒会を排除して突破口を開こうと彼女達が必死に足掻く中で、一つの影が、バルバラの前に立ち塞がった。
「……っ、ミカ?!大丈夫?!」
「アレは私に任せてよ。……サオリ、今ならあなたがアツコを助けたい理由も分かる。だから……それまで、私が時間を稼ぐ。……先生、ごめんね。最期までこんな感じでさ。……でも、ありがとう。すごく嬉しかった。「まだチャンスがある」って、言ってくれて」
「お前は……」
「アツコを助けるんじゃないの、サオリ?……早く行きなよ!」
「……ああ!」
「どうか、どうか無事でいてね、ミカ!」
「大丈夫だよ、先生。……私、それなりに強いんだから」
スクワッドと先生の背中を押し、ハッピーエンドを懸けた一時間が幕を開けた。
「っ?!……お前は……」
「朝日奈リエ……?!」
アリウスの地に踏み込んだ彼女へ、警備の生徒が一斉に銃口を向ける。けど、彼女はそんなことは気にせずに話しだした。
「私は……あなた達を、助けに来た」
「っ?!」
「……どういうことだ?」
「どうもこうも無いよ。もう一度言うけど、私の目的はただ一つ、あなた達を救いに来た。……だから、力を貸してほしい」
長かったですね!