ミカとナギサの幼馴染   作:あるふぁせんとーり

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リエは切り替え上手なだけです
二重人格とかじゃないです


記録53:ミカとナギサの幼馴染

「証人、前へ」

 

 粛々とした、彼女の声が響く。その凍えるような視線に息を飲んだ後に、ナギサはおもむろに立ち上がって前に出た。

 

「宣誓を」

「……ティーパーティーホスト、桐藤ナギサ。主の名の下、真実を語ることを誓います」

「それでは、証言を」

 

 傍聴席の視線が、一斉にナギサに注がれた。もちろん、緊張しないと言えば嘘になる。今だって、少しでも気を抜けば足はガクガクと震えてしまうだろう。けれど、それ以上にどうしてもミカを救いたいという思いが彼女をそこに立たせていた。見下ろす、リエの視線と目が合った。

 

「……始まりは、ミカさんが「アリウスと和解したい」、そう言ってきた日のことでした」

 

 彼女はただゆっくりと、絞り出すように話し始めた。

 


 

「では、彼女は明確な悪意を持って犯行に及んだわけではないと?」

「はい。これはきっと……きっと、多くの行き違い、すれ違い、懐疑、欺瞞の果てに起こってしまった……悲劇、なんだと思います」

「嘘をつくな!!」

「幼馴染を庇っているだけだ!!」

「傍聴席に発言を認めた記憶はありません」

 

 飛んでくる野次を一喝し、「発言を続けるように」とリエはナギサへ目線を戻す。その凛とした様子に傍聴席のパテル分派は苛立ち、公正な立場を保ち続ける彼女へ向かって吐き捨てた。

 

「結局は魔女を庇うだけの偽善者が……」

「撤回して下さい」

 

 全てを凍てつかせるかのような、あまりに鋭く、冷たい瞳が一点を向いた。過呼吸になりながら、彼女はその発言を酷く悔いた。

 

「な、なんでよ!だって事実でしょ?!所詮あんただって桐藤ナギサと──」

 

 細やかな抵抗を試みた彼女の友人も、そのプレッシャーに晒されて声を失う。

 

「その発言は私を支持した正義実現委員会、救護騎士団、シスターフッドへの、そして私を選出したティーパーティーに対する明確な侮辱です。早急な撤回を」

「……も、申し訳……ありません……でした……」

 

 一切の風音すら鳴らぬ会場に響いた蚊の羽音のような謝罪を聞き届け、彼女は目の前の幼馴染の顔を見る。

 

「最後に聞きますが、あなたは聖園ミカのクーデターの標的にされた、いわば被害者として、彼女を糾弾することも可能です。それでも、よろしいのですか?」

「……はい、私は聖園ミカの減刑を求めます」

「ああ、私からも頼む」

 

 ナギサに続いて、その隣に座っていたセイアも同じように請願する。リエは、ただ淡々と続けた。

 

「証人、宣誓を」

「……ティーパーティーホスト、百合園セイア。……主の名の下、この事件の()()()()()()真実を語ることを誓おう」

 

 そう言って、彼女は証言台に上る。その酷く冷たい瞳と、目が合った。「なるほど、これが『魔女狩り』か」、そう考えた一瞬の間の後に、彼女は語り出した。

 

「これはクーデターなんて大層な話じゃない。……少しだけ大きくなってしまった……姉妹喧嘩のようなものだ」

 


 

 被害者としてのセイアの証言、そして第三者と見做されたアズサと先生からの証言を終え、後は判決を待つのみとなった。誰もが固唾を呑んで見守る中、少しの思考を挟んだ後にリエは口を開く。

 

「……一切の前例のない話です。ティーパーティーホストによる殺害計画、そしてクーデター。規則(ルール)に当て嵌めて裁けるものではありません。それ故に、このような場が用意されたとも言えます。……ですが、無理矢理に従来の刑に当て嵌めるとするのであれば、彼女の罪は退学に値する。……それが、トリニティを支配する『法律』です」

 

 そう言って、彼女は目を瞑った。「退学に値する」、その言葉を聞いて、ミカは溢れそうな感情を抑えて笑おうとした。「そうだよね、それだけのことをしちゃったんだもんね」、そう言って顔を押さえるミカの背を、ナギサは唇を噛み締めながら擦った。

 

「なんて、答えがほしい?」

 

 声色が変わった。

 

「確かに、法律は法律だよ?ミカだって、それによって裁かれるのは当たり前」

 

 傍聴席が少しずつざわめき始める。

 

「……でも、それだけじゃ味気無い。違う?」

 

 リエは目を開き、首を傾けて笑った。その声は、静寂を切り裂いた。

 

「『オブザーバー』、それはトリニティでただ一人、『法の超越』を認められた者。ならば、私の論理を神に認めてもらうのもやぶさかじゃない」

 

 タンッ、と彼女は軽やかに審問席を飛び降りて、そして改めて天秤に振り返る。

 

「ティーパーティーオブザーバー、朝日奈リエ。主の名の下、真実を語ることを誓うよ」

 

 いつの間にか、会場を覆っていた酷く冷たいプレッシャーは消え失せて、その空気は彼女を中心にして熱を帯び始める。その瞳は絶対零度を纏ったものから、焼き尽くす炎のような意志を宿したものへ。聴衆はにわかに息を呑んだ。

 

「もちろん、罪の帳消しなんてそんな下らないことをするつもりはないから安心して。むしろ、私は罪というのは常にその重さに応じて裁かれるべきであり、贖罪するべきだと思ってる。そして罰は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は『主の天秤』に乗った錘を弄りながら話し始めた。

 

「この基準が気に食わない人は言って。もし理解してくれるなら、その前提で考えて。……昨日まで自分を慕っていたはずの後輩、取り巻き、身内が突然罵詈雑言を吐いてきて、石も手榴弾も投げてきて、延々と自分を『魔女』と謳い続けて……自分はそれを牢屋の中で聞きながらじっと耐え忍ぶ……」

 

 傍聴席の何人かの生徒が、ビクッとして彼女の方を見た。

 

「これを、神は罰、或いは贖罪と呼ばないのかな?ねえ、どう思う?」

「え、ええっ?!」

 

 リエはシスターフッドの部員を一人指差して尋ねた。彼女は少し悩んだ後に、「贖罪……だと思います……」と小さな声で答えた。

 

「まあ、そうだよね。ボロ布1枚で十字架を背負って裸足で歩いた神ならそう言うよ。そこで、こういうのを持ってきたんだけど」

 

 彼女は手元のスマートフォンを弄ると、会場の壁に何かを映し出した。

 

「3262459、3250276、3254057……ああ、もう何人か気がついた?」

 

 ざわめく傍聴席に向けて、彼女は笑う。

 

「これは何を勘違いしたのか、ミカに私刑を下そうとした生徒、それもティーパーティーの生徒だけのリストなんだけど。合計157人。石とか手榴弾とか投げた、要は直接的な行為に及んだ子だけでね」

「嘘……?」

「なんでバレてるの……?私達は見られてないはずじゃ……」

「誰かバラした?」

「もう一度言うね。罪は等しく裁かれるべきで、その罰と贖罪もまた平等であるべきだ、って」

 

 よく通る声だった。証人席、被告人席の彼女達はまた信じられないものを見るような顔で彼女を見る。リエは綺麗に釣り合った主の天秤に、錘を乗せながら言った。

 

「つまり、罪と罰は何があっても絶対に等価じゃないといけないの。天秤は傾いたら駄目だから。……でも、あなた達はこの天秤に……勝手に錘を乗せちゃった」

 

 重くなった片方の皿が台にぶつかって、甲高い音を鳴らした。

 

「なら、()を減らさないと、でしょ?」

 

 彼女の意図を察したセイアは「なるほど」と呟いた。「それなら、誰もが納得する」と。

 

「で、これだけの人数……傍聴席にも二、三十人くらいいるかな?全員纏めて裁くと大変なんだ、私」

「……リエ、ちゃん……?」

「リエさん……どうするつもりなんですか……?」

「『罪なき者のみ石を投げよ』、このトリニティでその原則を知らない子はいないだろうし、あなた達も経歴に傷は付けたくないでしょ?……だからさ、もっと簡単にやろう」

 

そう言って、彼女は傍聴席に呼びかけた。

 

「『隣人を愛する』なら、罪には問わない」

「隣人を……?」

「それって、つまり……」

「……聖園ミカを……許せ……ってこと……?」

 

 「天秤の錘はあなた達が減らしてよ」、リエはそう言って、傍聴席のパテル分派をじっと眺める。

 

「で、でもそんなの校則には……」

「何勘違いしてるの?私は『オブザーバー』。私より優先される法なんて、何一つとしてトリニティには存在しない。この場で分かりやすく言い換えるなら、トリニティの『最高法規』だよ」

 

 彼女は人差し指を唇に当て、悪い笑顔で言い放った。

 

「『法』なんてものは、私のさじ加減一つだから」

「そ、そんなこと出来るの……?」

「ああ、トリニティの規則上、間違いなくその権利はリエにある。……職権濫用に当たりかねないから彼女自身、どんな罰を受けるかは分かったものじゃないけどね」

 

 少しの時間を置いて、一つ、声がした。

 

「……ごめんなさい、ミカさん!」

 

 そう言って、一年生が頭を下げたのを皮切りに、傍聴席の生徒が次々と頭を下げ始める。中にはデモだけでリストに乗っていなかった生徒も、ミカに向けて頭を下げていた。

 

「交渉、成立だね」

 

 彼女はミカへ向けて微笑んだ。

 

「じゃあ、改めて判決を!」

 

「『聖園ミカはアリウスと共謀し、ティーパーティーホスト、百合園セイアを襲撃、また同じくティーパーティーホスト、桐藤ナギサの襲撃も企てた』」

 

「『だが、どちらも本人に明確な殺意がなく、また聖園ミカ本人もアリウスを乗っ取っていた『ゲマトリア』の『ベアトリーチェ』に騙されていて、実行犯のアリウスも彼女の命令ではなく『ベアトリーチェ』による洗脳下であった』」

 

「『その後彼女は脱獄し、アリウスと先生を襲撃したものの、一連の事件の黒幕である『ベアトリーチェ』の排除、アリウスの救出に大きく貢献した』」

 

「以上の事実を鑑み、被害者とも言えるティーパーティーホスト二人は減刑の請願を、それ以外にも傍聴席から数十件の請願が出ていることを考慮した上でこの判決を下すものとする!」

 

「被告人、聖園ミカは学生寮の屋根裏部屋に移動、そして後継に引き継いだ後にティーパーティーを解任!」

 

「判決は、以上とする!!」

 

 リエは判決を下し終えた後、会場がどよめく中で、ミカに優しい声で言う。

 

「これが、私に出来る精一杯」

「……ううん、ありがとう。……本当に……ありがとう……」

 

 涙を拭うミカの下に、パチパチパチと傍聴席の片隅から拍手が送られる。

 

「おめでとう!!ミカちゃん!!」

 

 クラスメートからだった。

 


 

「……お疲れ様、リエ」

「全く、君らしいと言えば君らしいが……とんだ大立ち回りだったな」

「……でも、カッコ良かったよ。リエちゃん」

「あははっ、一仕事、終えちゃったね」

 

 聴聞会を終え、先生とティーパーティーは夕焼けの下で帰り路についていた。

 

「よろしいのですか、リエさん?」

「何が?」

「あれだけのことをしたんです。『オブザーバー』解任は免れないのでは?」

「ああ、そんなこと?良いよどうでも」

「……やはり、リエさんならそう言いますよね。だって──」

 

 ナギサに頷いて、リエは満面の笑みで言う。その風が、彼女の髪を揺らした。

 

「私は、ミカとナギサの幼馴染だから」




あと一話だけやってエデン条約編終了です!
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