まず三位一体というのは父(パテル)と子(フィリウス)と霊(サンクトゥス)は全て唯一神(デウス)であるという今日のキリスト教における正統教義の一つです。
これは父=子=聖霊=唯一神として表されるのではなく、父=唯一神、子=唯一神、霊=唯一神として表され、また父≠子≠霊という性質も持ちます。
つまり、三位一体とは四つの要素によって成り立つ概念であるということです。
そこでこれをティーパーティーに当てはめて考えてみると、パテル分派はミカ、フィリウス分派はナギサ、サンクトゥス分派はセイアということになりますが、デウスが存在しないことが分かります。
という訳でデウスは何に当たるのかと考える上でパテル、フィリウス、サンクトゥスの共通点を考えてみると、「生徒」という部分が最も大きな共通点であると言えます。
つまり、ティーパーティーに「生徒」全体の代表がいてもいいんじゃないか、と考えて、三人の合意で選ばれ、無所属であり、強い権限を持つ「オブザーバー」という設定が形作られました。
つまりリエは四大天使の内唯一キリスト教の経典に含まれない「ウリエル」と三位一体の核となる「唯一神」を結びつけた結果生まれた生徒ということです。
という訳である程度現実の宗教と整合性を取れるように設定を作っているという話でした。
本編どうぞ。
「お疲れ様です、先生。せっかく来たのですし遅めのアフタヌーンティーなんていかがですか?」
「あっはは、いいね!お言葉に甘えるよ!」
補習授業部の第一次特別試験を終えた翌日。先生はティーパーティーに呼び出されていた。案内されるままに部屋で待っていたナギサの対面の席に着くと、彼女は用意されていた紅茶を一杯啜った。
「一次試験の結果は……というのは野暮な質問ですね。あまり芳しくなかったとリエさんから伺いました」
「そうだねぇ……。でもあと二回あるんでしょ?ならきっとあの子達はやれるよ。……ところで、それチェス?」
先生は一息つきながら、どうも黒と白で駒が揃っていない気がするナギサの手元に置かれた奇妙なチェスを指差した。彼女自身少しチェスなどのボードゲームに触れることはそれなりあったが、初めて見るものだった。
「……こちらのことですか?はい、その通りです。趣味の一つでして。……まあ、一般的なものではないのですが」
「だよね。……白だけ強い駒が多くて、黒は兵士ばっか……。これ一人でやってたの?」
不思議そうに盤上を眺める先生に、ナギサは首を縦に振った。
「はい。今はうるさいミカさんもいませんから。リエさんがいるときはお相手してくださるのですが……」
「へえ、ちなみにどっちが強いのさ?」
少しいたずらっぽく問いかける先生。
「……それは秘密ということで」
彼女はコトン、と駒を一つ動かした後に微笑んだ。いつもリエが黒ということは黙っておこうと思った。
「ところでリエさんが度々補習授業部の方へ遊びに行っていると伺いましたが、邪魔になったりはしていませんか?」
「ぜーんぜん!むしろ差し入れとかしてくれるから助かってるよ!」
「そうですか。それは何よりです」
「……あとさ……」
先生の声色が少し低くなる。バルコニーに生温い風が吹いた。
「三回落ちたらどうなるの?」
「……なるほど。リエさん……はそのようなことを零すのはありえないので、ヒフミさんからでしょうか。うっかり言ってしまうのもヒフミさんらしいです」
「それで?」
彼女は少し溜めた後、先生の目を見た。なるほど、これは中々苛烈な部分もお持ちのようで。ナギサは彼女の人格を少し推し量ったような気になって口を開いた。
「……はい、三回の試験を受け、どれも突破できないのなら退学ということになります。規律を守れず、かといって課せられた課題をこなす訳でもない……そのような生徒に掛ける慈悲は残念ながら持ち合わせていませんので」
「ふーん……退学とは随分大きく出たね?」
「このトリニティ総合学園にも落第や留年、退学といった制度は存在します。本来は手続きなどがひどく面倒なのですが、今回補習授業部を設立する際に顧問である先生の権限を利用させていただいて、手続きを省略できるように致しました」
「制度上も問題ありません」と続けるナギサ。先生はその幼さの残る童顔を険しくして彼女の顔を見た。
「そんなにあの子達には無理だと思ってるの?」
「……なるほど、前提条件を履き違えているかもしれませんね。補習授業部とはそもそも救済措置などではなく、彼女達を退学させるためのものですから」
ナギサは小さく微笑んだ。対して、先生の目には鋭い眼光が宿っている。
「……冗談にしたって面白くないよ」
「冗談とお思いですか?……あの四人の中には必ずスパイがいます。エデン条約調印を阻む、『トリニティの裏切り者』が」
「その条約に生徒を犠牲にするだけの価値がある……ナギサはそう思うんだ?」
彼女の言葉に、ナギサは小さくため息を吐いた。
「……分かりました。エデン条約についてです。……一言で言ってしまえば、ゲヘナとトリニティの間に結ばれる和平条約。ですが、その本質は
「……両学園に対抗できるだけの中立の組織を作って抑止力にする……そういう認識で大丈夫?」
「そう捉えていただいても構いません。これはゲヘナとトリニティの無意味な対立を防ぎ、キヴォトスの均衡を保つおそらく唯一の方法です。彼女が……連邦生徒会長が失踪前に描いた青写真をなんとか調印にこぎつけようと私がここまで立て直しました」
「それがあの子達に関係すると?」
その疑問に答える代わりに、彼女はただ話を続ける。先生も、その一言一句を聞き逃さぬように耳を傾けていた。
「……調印寸前となって、エデン条約を妨害しようとする者がいる、という情報が入りました。とはいえ、特定が可能なほどの情報が入ったわけではありません。そこで私はある一点にその容疑がかかった者を集めました。それが……」
「補習授業部……なんだね」
ナギサは一杯だけ紅茶を飲むと、こくりと頷いた。空は、暗くなって来ている。
「トリニティ総合学園の、キヴォトスの平穏に比べたらあまりにも安い代償です。それに、ゴミは一箇所にまとまっていたほうが捨てやすいでしょう?……ですが先生には謝罪を。このような形でトリニティ内部の問題に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
「……それで、ナギサは私に何をしてほしいの?」
首を傾げた先生にナギサは切り出した。長いアイスブレイクだった。
「一つ、お願いがあります、先生。……補習授業部の……『トリニティの裏切り者』を突き止めていただけませんか?」
「……」
「……こればっかりはトリニティのみの問題ではありません。エデン条約の崩壊はキヴォトスのパワーバランスの崩壊に直結しかねない。『シャーレ』の先生ならお分かりだと思うのですが......」
「分かった。私なりの方法でやってみるよ」
一聴には耳当たりの良い言葉。けれど、それは「NO」と同意義だった。心の何処かで一瞬だけでも安心してしまった自分を律してナギサは答えた。
「承知致しました。……けれど一つだけ私から。補習授業部はこのティーパーティーの手のひらの上です。もしかしたら試験にトラブルなどが発生するかもしれませんが……いえ、あまり言うことではありませんね。それでは彼女達をよろしくお願い致します、先生」
「……まだ何か言いたげだね」
「いえ、ただ……一次試験については私達の手は加えていない、とお伝えしておきます。それと……」
「それと?」
「リエさんは、人を裏切るような方ではない、とだけ幼馴染として断言します。先生にとっても、彼女は信用に値する方だと思います」
「……そんなのは分かってるよ。ナギサも頑張ってね!それじゃあ!」
先生はぱあっと笑って手を振って出ていった。
「……気をつけてお帰り下さい」
ティーパーティーに入ってから、ナギサは無意識に他人を推し量ろうとする癖がついた。いや、違う。自らを『凡人』と自負する彼女では、そうでもしないと生き馬の目を抜くようなティーパーティーで生き残れなかったから。そんな彼女でも、人の行動というものばかりはどうしようもない。
「……どうか、先生が正しい選択をしてくれることを祈るばかりです。……これ以上、誰の手も汚れぬよう」
「……もうこんな時間」
時計が、11時を回っていた。リエは机の上に散らかったセイア襲撃事件の資料を整えて、分厚いファイルに挟み込んだ。
「アレに夢中になるのもいいけど、オブザーバーの仕事もあるしなぁ……」
彼女は本棚から別のファイルを取り出すと、パラパラと捲った。ティーパーティーに各分派から上がってくる機密資料などの管理もまたオブザーバーの業務の一環である。
「今期のパテルは軍備費アップ……まあセイア襲撃もあったし当然か……」
そんな中、一つのデータが彼女の目に留まった。
「……ここ数ヶ月で立ち入り制限の古跡が増えてる……?あれでもシスターフッドからは調査に関する申請とか出てないような……」
リエは気になったらとことん気になるタチである。本棚からシスターフッド関連の書類をまとめたファイルを取り出し、急いで調べてみてもそんな書類は確認できない。そもそもトリニティ自治区内の古跡というのは地下が大規模墓地であり、入るたびに構造が変わると言われている大迷宮みたいなカタコンベに繋がっていて、調査なんて話には滅多にならない。
「……となると調査以外の利用……いや、そんなことあるはずないし……」
目を瞑って思考を整理する。古跡というアプローチではなく、立ち入り制限という観点から。
「……何かを隠してる……?いや、ブラックマーケットの闇銀行にでも行くほうがよっぽど信頼できる預かり先になるはず……。……制限……人払い……誰かと会ってた……?でも誰と……」
ふと、彼女の頭を先日のミカとの会話がよぎる。
「……『アリウス分校』……。いや、ミカが隠したいなら書類を出すはずなんて……」
先日ミカから渡された、白洲アズサの転入届。最近のことだったし、転校なんてめったに無いからそれはすぐに見つかった。転入前の記入欄のみ、リエの筆跡で『アリウス』と書き込まれている。
「……いや、本当はミカは……アリウスを誤魔化したかった……?……いや、今日はここまで。明日からあの子達の合宿だし、また何か持ってってあげよっかな」
リエは小さくあくびして、シャワールームに向かった。
ナギサ様すき