「……そうでした。先生にこれを」
ボロボロになって口から血を吐きながら、ヴァルキューレ警察学校公安局局長、尾刃カンナは一つのタブレットを懐から取り出した。
先生の切り札たる『シッテムの箱』だった。
カイザーコーポレーションとその傀儡に成り下がったヴァルキューレ警察学校の生徒の襲撃を受け、拉致された先生。
しかし腐りきった組織を裏切り、自らの立場を捨て、死力を懸けて先生の救出に臨んだカンナとその仲間である生活安全局のキリノ、フブキの協力を得てなんとか彼女は一時的に安全と言えるヴァルキューレの旧校舎まで逃げ込んだ。
しかし……。
「……現在、カイザーは連邦生徒会を襲撃、サンクトゥムタワーの行政制御権を完全に掌握しました……」
「……カイザーが?」
「このままでは、この街は……D.U.はかつて無い混沌に陥ってしまう……だから、これが腐った組織の、腐った人間である私に出来る……最後の抵抗です。もしあの時RABBIT小隊と……先生と出会っていなければ、こんなことも出来なかった。根の先まで腐り切っていたでしょう……。……ですが、ヴァルキューレの誰もが私のような人間ではない。……この二人、キリノとフブキのように……まだ心に正義を掲げた生徒達がきっと……」
「……局長……」
「……」
「ううん、カンナもその一人だよ!あなたはこうして、私にタブレットを届けてくれた!自分の思いと、正義に従って、立派に役目を果たしたんだから!」
「……」
「これが、逆転の狼煙だよ!」
そう言って先生はシャツの裾でゴシゴシと画面を拭く。
「……それ、そんなに大事なものなの?」
合歓垣フブキが問いかけると、先生はコクリと頷き、目を瞑り、小さく口を開いた。
「『我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則を。』」
「……了解」
リエが「七神リンの不信任決議案が可決された」、そんな連絡を受けたのは、自室に戻った数分後だった。
それなりに高いゲーミングチェアのリクライニングを倒し、天井を見上げた彼女。
「……もしかして」
あの日と同じように電子ホワイトボードを引っ張り出し、ひたすらに現時点での情報を書き散らす彼女。
手元のスマートフォンはコネの効くシスターフッドの情報室と繋がっている。
一つ一つの情報には大した価値はない。
ただ、量を揃え、因果を揃えられるのであれば話は別。
トリニティという学園を遥かに超えた情報を繋ぎ合わせた後に、リエの力の抜けた手から電子ペンが滑り落ちた。
「このままじゃキヴォトス終わる……?」
そう呟いて見上げた空。
リエは漠然と、左手の爪と見比べる。
「……これでも薄かったかぁ……」
ルビーのように彩られた彼女のネイル。
空はそれよりもずっと深く、悍ましいほどにひたすらに赤かった。
「これ、無理じゃない?」
そう言って、自信なさげに笑うリエ。
けれど、いつの間にか情報室との連絡が切れていたスマートフォンに一件の着信が入る。
「……いや、計算ミスか」
彼女はカーディガンを羽織り、サイドテールを結び直す。
そしてリエは画面上に指を滑らせた。
「『任せてよ、先生』」
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