「……みんなお疲れ様。今日からここ使って」
補習授業部の荷物を運ぶのを手伝いながら、リエは彼女らをトリニティ総合学園内の別館、合宿棟まで案内した。見た目は広めのホテルのような感じで、中には補習授業部の四人と先生、計五人が一週間快適な生活を送れる程度の設備は整っている。一階に体育館があったり、近くにはプールがあったりも。
「しばらく使っていないと聞いたのでまずは掃除しないとと思っていましたが……意外と綺麗ですね!」
「本当だ、しっかりと掃除されてる」
「可愛い後輩たちをホコリまみれにする訳には行かないでしょ?部屋だけは私からのサービスってやつ。だからプールとか、他のところも使うならそっちでお願い」
一通りの施設の案内を終え、リエは部屋から出ようとしたその背中にハナコは声を掛ける。
「了解です。ところでリエさんは合宿の間どうするのですか?」
「私は寮の方から遊びに来るから。邪魔してもアレだし、そんな多くないけどティーパーティーの業務もあるし」
「え、でも寮とここってだいぶ離れて……」
「大丈夫、私トリニティで一番足速いから。じゃ、みんなごゆっくり」
そう言ってリエはその場から去っていく。彼女の背中を見送った後に、補習授業部の四人はベッドルームに荷物を置いて話し始めた。先生はその様子を微笑ましく見守っている。
「ふふっ、これだけ充実していれば夜も楽しめそうですね♡裸で♡」
「ちょっなんで裸なのよ?!夜とかエッチなのは駄目!禁止!絶対に駄目!」
「そうですか?でも太古の詩にも「夏は夜」とありますので……」
「うるさい!駄目!駄目ったら駄目なの!」
いつもの調子でコハルをからかうハナコと、その思惑通りに顔を真赤にするコハル。その隣では、館内図を見ながらヒフミとアズサが話していた。
「アズサちゃんはどうですか?」
「うん、私は気に入った。本館からの道は中々入り組んでてトラップを仕掛けやすい。それにいざという時は出入り口を片方だけ封鎖して体育館に誘い込めば戦えないこともない。こんないいところを放置していたとは……トリニティはすごいな」
「えっと……まあ気に入ってもらえたなら何よりです。ですが今回は戦闘ではなく勉強のための合宿なので……」
「分かってる。ここに篭っての一週間の集中訓練。ハードだろうけど完遂してみせる」
どこかズレてると思わざるを得ないことを言いながら、テキパキと一週間分の荷物の荷解きを始めるアズサ。その隣ではハナコがコハルをからかいながら同じように荷解きを始めている。
「あら?アズサちゃん、色々持ってきたんですね」
「うん、物資は多いに越したことはない。備えあれば憂いなしとも言う」
そう言いながら、アズサは次々と荷物を取り出していく。バスタオル、飯盒、硬めの枕、挙句の果てには寝袋なんてものも。
「まあそんなに気を負わなくてもいいんじゃない?リエも差し入れ持ってきてくれるって言ってたし!」
「そう……ですね。にしてもなんでリエ様はこんなに私達のことを気にかけてくれるんでしょうか……」
「彼女は人をほっとけるような方ではありませんから。……まあ♡コハルちゃん随分と可愛らしい下着なんですね♡」
「どれどれ……ホントだ!かっわいー!」
「バカ!覗くな変態!先生も駄目!」
コハルのカバンを覗き、彼女の替えの下着を確認するハナコと先生。一足先に荷解きを終えたヒフミが先生に話しかける。
「先生はお部屋どうしますか?この部屋でも一応ベッドは足りますが……」
「私はお向かいでいいよ!アラサー女が若人の青春邪魔しちゃったら悪いからね!」
「分かりました!何かあったらすぐ呼びますので!」
「そうしてそうして〜。……よっと!」
先生は自分の荷物が詰め込まれたキャリーケースを持ち上げると、ドアの開いていたお向かいの部屋に投げ込んだ。ドンッと床にぶつかって、開いたキャリーケースから衣服が飛び散った。それを見て頬を掻く先生と、苦笑いするヒフミ。彼女の肩を、ハナコが叩いた。
「ヒフミちゃん、一つ提案なのですが」
「はい?なんですか?ハナコちゃん」
「今日は合宿棟の大掃除に専念しませんか?」
「大掃除……ですか?」
「はい、お勉強の最中に気が散ってしまうのも良くないでしょう?」
ハナコの提案にみんなが頷いた。
「……賛成。衛生状態は部隊の士気に直結する」
「お掃除……なら良いけど……」
「良いんじゃない?……あ!ちょっと待ってね!」
「ではそうしましょう!汚れてもいい服に着替えて外に集合です!」
各自が体操服に着替え始める中、先生は部屋の外で電話をかけていた。
「みんなおまたせ!」
「……あ!先生!先生も着替えたんですね!」
「そうそう!予備の綺麗な体操服置いてあったからさ!」
日差しの強い中、合宿棟の正門に集まった五人。先生も補習授業部と同じようにトリニティ指定の体操服に身を包んでいた。まあ、何故かアズサは銃を背負っていたり、ハナコが水着を着てきたり、コハルがそれにツッコみまくった挙げ句ハナコが折れてちゃんと体操服に着替えたりみたいなこともあったが、ひとまずは全員準備万端だ。
「じゃあまず外の草むしりから始めましょう!それが終わったらゴミ拾いです!」
「……あ、来た来た!」
「……先生、おまたせ」
合宿棟の庭まで移動した彼女らの下に体操服に着替えたリエが駆け寄る。肩にはクーラーボックスを掛けていて、手には購買のレジ袋が握られていた。
「……まだ八時半くらいなのにもう暑いね。という訳で差し入れ第一弾。飲み物好きなの持ってって。あと軍手」
「いやあ、早くて助かるよ!生徒達を熱中症で倒れさせるわけには行かないからね!……ところでなんで着替えてるの?」
クーラーボックスをその場に置き、「やっぱり暑いや。天気予報だと今日真夏日だってね」と手をパタパタとさせて扇ぐリエ。先生は少し不思議そうに彼女に問いかけた。
「掃除って聞いたから。合宿棟が汚いのはティーパーティーの落ち度だし、あなた達が掃除するなら手伝わないわけには行かないかなーって。だから仕事も終わらせてきた」
「ありがとうございます。大掃除なんて人手があるに越したことはありませんので」
「そうそう、そういうこと」
氷のたっぷり入ったクーラーボックスから取り出したスポーツドリンクをハナコに手渡しながら相槌を打つリエ。そして軽く準備運動した後に、ヒフミ達に混ざって雑草を抜き始めた。
「いやあ、みんなおつかれ!」
幾つもの特大サイズのゴミ袋がパンパンになるほどに積み上がった雑草の山を前に、先生は額の汗を拭った。
「それで、次はどうするんですか?ヒフミちゃん」
「えっと次は……じゃあ廊下です!一度ホコリを掃いてからモップで水拭きしましょう!」
そして外の掃除を終えた一同は、勢いに乗って次々と合宿棟を綺麗にしていった。
「ヒフミ、洗剤がどこにあるか分かる?」
「あ、今持ってきますね!」
「ああ、頼む」
シャワールーム……。
「んっ……届かない……。リエ先輩……冷蔵庫ずらせますか……?」
「了解、でも下の掃除なら……」
「うわっ?!」
「持ち上げたほうが楽かも」
キッチン……。
「ここは……かなりほこりっぽいね……」
「……では一度ホコリを払った後に窓を全開にして換気するのはどうですか?」
「お、いいね!私サーキュレーター持ってくる!」
ロビー……。
「うわあ、案外広いねぇ」
「でもみんなでモップ掛ければすぐですよ!」
「競争という事だな。了解した」
「あっは、後輩には負けないから」
「コハルちゃん、ワックスはどうしますか?」
「ワックス?!……駄目!アンタが持つとなんか卑猥!禁止!」
そして体育館。
「よぅし!掃除終わり!」
「いいんじゃない?かなり頑張ったし!」
「任務完了。……うん、悪くない」
「はい!皆さんお疲れ様でした!」
「……清掃費浮いちゃった。どこかで皆にお礼しないと」
一通りの清掃を終え、時刻は12時過ぎ。お疲れ様ムードの中、ハナコが口を開く。
「ふふっ、まだ残ってますよ」
「あれ?でももう全部……?」
「ほら、屋外プールはまだでしょう?」
「ああ、そういえば」
そんなことも言ったな、とリエは思い出した。
「分かった、とりあえず案内するよ。あっちの裏の方だから着いてきて」
少し歩くと、そこには広いプールがあった。25mが5ライン、プールサイドにはビーチチェアやビーチパラソル、挙句の果てにプールサイドバーなんてのも。しかし、ここもしばらく使われていないようでかなり汚れていた。
「……かなり大きい。というか……補習授業で使うのか?プール」
「いえ、科目には含まれていなかったはずですが……」
「なら別に良くない?どうせ使わないんだし」
「いえ、それは違います」
否定的な意見を一蹴して、ハナコは語り始めた。
「キラキラと煌めくプールの水、燦々と輝く夏の太陽、水着を着てはしゃぐ生徒達、微笑ましく見守る先生と先輩……素晴らしい、とっても楽しい夏休みの思い出になると思いませんか?」
「……つまりどういうこと?!」
「確かにこのままプールを放置しておくのも味気ないような気が……」
「いいじゃんプール!せっかくの夏休みだし!」
その提案に真っ先に目を輝かせたのは先生だった。そして辺りを見回したアズサも口を開く。
「……これだけの設備だ。きっと昔は使われていたんだろう。でも、こんな風に朽ちてしまう。……『vanitas vanitatum.』それがこの世の理だ」
「……『一切は空である』……。古代の経典からの引用だっけ?」
「はい、『ECC.12:8』とも言われる有名な一節ですね。……確かに、それは的を得たものです。……ですが……」
「ハナコちゃん?どうかしましたか?」
考え込むように目を瞑るハナコに、ヒフミが首を傾げながら尋ねる。そして「なんでもない」という風に目を開いて彼女は言った。
「……いえ、この際みんなで遊びましょう!掃除して、水張って、みんなで飛び込んだり、水掛けて遊んだりしましょう!今日だけは息抜きということで!」
「うん。例え全てが虚しいとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。遊ぶのにも全力を尽くす。……待ってて、水着に着替えてくる」
「はい!みなさんも早く水遊びの出来る格好に!」
アズサがいち早く合宿棟の方へ走り出した。隣にいたヒフミも、驚きながらもそれに続く。
「あ、アズサちゃん?!わ、私も着替えてきます!」
「……」
「な、なんでよ?!補習授業には関係ないじゃん!」
「……」
怯えるコハルに一歩一歩にじり寄るハナコ。二人の物理的な距離が数センチまで狭まった時、コハルは根負けした。
「分かった!分かったから何か言ってよ!」
「……ふふっ、行っちゃいましたね。お二人はどうしますか?」
「水着持ってくればよかったなぁ……。残念だけど側で見てるよ!みんなが怪我しないように見張ってるから!」
「私は……ちょっと用があるから待ってて。すぐ戻ってくる」
リエはプールサイドを走り出して、本館の方へ向かった。
「ふふっ、これで皆さんぬれぬれのびちょびちょでも大丈夫、ということですね♡」
「うん、問題なし」
「まあ、一応……」
「では始めましょうか!」
「がんばれー!」
「みんな頑張ってね。熱中症には気を付けて」
結局先生とリエはプールサイドで待機。残念ながら彼女はまだ今年の水着を買っていなかった。そして各自モップやホースを持って、掃除の準備万端……とはいかなかった。
「ちょっと待って?!なんでアンタだけ制服なの?!さっきは水着だったじゃん!どう考えても逆でしょ!」
「私はこれで濡れても構わないのですが……」
「制服が濡れてもいいわけないでしょ!!」
ただ一人制服のままだったハナコに正論パンチをぶつけるコハル。けれど仮にもトリニティ最高峰の頭脳を持つ彼女にとっては想定内の攻撃であった。
「……少し難しいかもしれませんね。これは各々の哲学のお話です」
「はあ?!急に何を……」
「水着と制服、どちらの方が濡れた時に「良い感じ」になると思いますか?」
「はあ?!」
「もっと簡単に言いましょうか。どちらの方がよりこうふ……」
「ストップ!それ以上は先生許さないぞー!」
このままでは良い子向け補習授業部では無くなってしまうと判断した先生が彼女の言葉を遮る。ハナコは少し残念そうな顔をした。
「……というのはジョークでして。ほら、中にビキニ来てるんです。この前買ってきた」
「ならいいけど……」
「では、改めてプール掃除スタートということで♡」
水の入っていないプールの中で、お昼ごはんも食べずにはしゃぎだす彼女達。笑い声が響く中で、リエは先生に声を掛けた。
「先生、もしかしてだけどさ。ナギサに『トリニティの裏切り者』を探してほしい……なんて言われた?」
「……うん。よく分かったね?」
「私は先生とは出会ったばっかだけど、ナギサとはもう15年近くの付き合いになる。何を考えて何をしようとしてるなんてすぐ分かるよ。読みやすいしね、ナギサ」
ビーチサイドのサマーベッドに腰掛け、はしゃぐ彼女達を眺めながら二人は話す。その声はパチャパチャと水の跳ねる音に遮られて、彼女達の下へは届かなかった。
「……そっか。リエはそれについてどう思ってるの?」
「あの子達の中にはいないよ。絶対に。でも、
「そんなの、言われなくてもそうするつもりだよ。私は先生だからね」
「……そうだよね。それと……」
少し安心したような顔のリエ。優しい目で騒ぐ彼女達を見ていたが、そのうち彼女はニヤリ、といたずらっぽい笑顔を浮かべて先生に何かを手渡した。
「こんなの用意したんだけどさ、先生」
「……使っちゃっていいの?」
「もちろん。……ハナコー!私もやっぱ手伝う!」
「はい!ぜひどうぞ!」
リエはシャツのボタンを外し、履いていたスカートとスパッツ、厚底ブーツをその辺にぶん投げると、モップを握ってプールの中に飛び降りた。
「あっはは!待て待てー!」
「足元が濡れてるのにあれだけのグリップ?!……負けられない!」
「あはは……アズサちゃんもリエ様も転ばないでくださいね……」
「なんだ、リエ先輩も水着持ってきてたんだ」
「いえ、あれは……」
シャツの端を風になびかせてアズサとのモップ競争に完全勝利し、端に寄りかかって汗を拭うリエの下へコハルが駆け寄る。
「リエ先輩、そのオシャレな水着どこで買ったんですか?」
「あー、これ?下着だけど」
「そうなんですね!今度私も……って、はぁ?!?!」
「下着だけど」、その一言でコハルの視界に映る景色は色を変えた。オシャレな黒ビキニだと思っていたそれが実は先輩の下着で、綺麗で大きな胸も、細いくびれも、本当は見せちゃいけないものだと考えるだけで意味が180°変わる。見ちゃいけないもののはずなのに目が離せなくなる。コハルの顔からプシューと湯気が出た。
「流石ですね、リエさん。こんなところで格の違いを見せられてしまうとは……」
「……ってことは、前言ってた裸の付き合いっていうのも……」
「はい♡一緒に月夜の下柔肌を晒しあった仲ということです♡」
「う、そ……」
敬愛する正義実現委員会の大先輩の衝撃の事実を聞いてしまったコハルは、頭を押さえてその場に崩れ落ちる。リエは彼女を抱え上げると、プールサイドで何かしている先生に声をかけた。
「先生、スポドリ取ってもらえる?コハルちゃん倒れちゃった」
「オッケー!あと今回は見逃すけど下着晒すの禁止ね!あと……」
「はーい。……って?!」
コハルにペットボトルを渡したリエの顔面に何かがぶつかってびちゃっと弾けた。足元に、小さなビニールかゴムのようなものが落ちている。間違いない、水風船だ。
「なんでいきなり私?!」
「だって水風船買ってきたのリエじゃん!言い出しっぺの法則!」
「……ハナコ、ホース借りるね」
リエは一気に栓を緩めると、先生に水をぶちまけた。
「……ぶはっ!待って濡れちゃ駄目な人に攻撃するの反則でしょ!」
「さあ?私だって下着でプール入ってるんだし先生もそうすれば?」
「アラサー女に肌を晒せと?!……分かったやってやろうじゃないの!」
「先生?!先生でもエッチなのは駄目!死刑!禁止!」
先生はズボンの裾をホットパンツくらいまで捲ると、大量の水風船を持ってプールに飛び降りた。
「おらおら食らえ食らえー!」
「ああっ!先生!水風船の残骸でまた汚れちゃいます!」
「知るかそんなのー!おら復讐じゃー!」
「……先生、意外と強肩なんだな……」
結局、水が溜まったのは日が暮れたずっと後だった。月の光とプールサイドの電灯が水面をキラキラと照らしている。
「すいません。プールに水が溜まる時間を考慮していませんでした……」
「いや、十分楽しかった。いい思い出になる」
「はい!真夜中のプールを見るのも初めてですし!こんなキレイなんですね!」
「う……ん」
揺れて煌めく、それこそまさしく幻想的なナイトプールを眺める補習授業部。コハルはうつろうつろとしながら先生の肩に寄りかかった。
「……コハル?」
「あら?コハルちゃんはもうおねむですか?」
「……ううん……べつにそんなことは……」
そうは言いつつも、とろんとした目でまぶたが閉じてはなんとか開くみたいなことを繰り返しているコハル。もう限界かな、と思って先生は切り出した。
「よし、今日はおしまい!みんな部屋戻って寝よう!」
「そうですね。このままじゃ明日に支障が……」
「じゃあ、私もこの辺で。おやすみ」
「はい!今日はありがとうございました!」
リエは一足先に、クーラーボックスを抱えてプールサイドを去っていった。先生がすーすーと寝息を吐くコハルをおんぶして、補習授業部も合宿棟へ戻った。
補習授業部の合宿一日目は美しい、夏の思い出だった。
いい先輩だね