「『量子コンピュータ』か……」
リエ達からその『仮説』を聞いた先生は、トイレで一人頭を抱えていた。
量子コンピュータなんていう、現代のRSA暗号さえゴミクズにしてしまう超絶計算機、それこそ現代においてさえ『オーパーツ』と呼べるもの。
それが要求されるという異常事態、文系の彼女でもその異常さは十分理解していた。
「量子コンピュータとか聞くの……間違えて取った大学の授業以来なんだけど……」
呟きながら、彼女は洗面台の鏡に映る自分の顔を見た。
いや、まだやれると頬をバシッと叩いて気合を入れる。
リエとハナコ、それにヒマリ。
キヴォトスでも最高峰の頭脳を持つであろう彼女達がそのような結論を出したのなら、それは間違いないのだろう。
なら、私はやれるだけやるしかない。
そう決意を固めてトイレのドアを開けた、その時だった。
「……っ、ここ……」
見たこともない、暗い部屋。
けれど、彼女の直感が告げる。
『ゲマトリア』だ。
「……アラサー女を待ち伏せとか、センス無いね?」
「クックックッ……」
背後から姿を現した黒服に、先生は軽口を叩く。
しかし、その目は「遊んでる暇はない」と彼を貫いた。
「状況は理解しています。……その上で一つ、方法があります。『色彩』に到達する方法が」
「……分かった、聞かせて」
今は全てを使うしかない、そう判断して先生は尋ねた。
「良いのですね?……『代償』は安くは済みませんよ。……いえ、あなたがはこうして『
「……」
「……なら、その興味深い『覚悟』で今回は結構です。ですが、一つだけ忠言……いえ、警告を」
ボロボロの、今にも崩れ落ちそうな身体を動かし、黒服は先生に近づいてその目を見た。
実際に何処が視覚器なのかは分からないが、少なくとも彼女はそう感じた。
「あなたのその選択は、取り返しの付かない被害をあなた自身に与えるでしょう。いえ、そのような言葉すら生温いかもしれません。……それでも構わないのですね?」
「……くどいよ、黒服」
先生はそう言い放ち、その忠告を一蹴する。
「やはりそうですか」と彼は納得したように呟いた。
「……ではお教えします。その答え、その方法の在処は……『アビドス』、そこに全てがあります」
「……アビドス……?」
彼女は思わず、それを自らの口で呟いた。
アビドス高等学校。
砂漠地帯に位置するそれは、かつて先生が『アビドス廃校対策委員会』と共にその土地を狙うカイザーコーポレーション、そして目の前の黒服と戦って守り抜いた、僅か全校生徒5人の小さな学校であった。
「遥か天井に君臨するその名は『アトラ・ハシースの箱舟』」
「……!それって……」
「はい、仰る通りです。かつて同じ名を持つモノがミレニアムに顕現しました。それはかつてキヴォトスに在り、そしてキヴォトスに埋もれた古の者『名もなき神』の遺産」
「……古代文明、か」
黒服は頷いた。
そして彼曰く、ミレニアムで発見された『AL-1S』、デカグラマトンがハッキングする以前の『預言者』もそれに分類されるという。
そしてそれは今『色彩』の手に堕ちたと。
「……それで、どうやってそれに勝てば良いの?」
「なるほど、これだけの話を聞いてまだ
「……それがアビドスにあるんでしょ?」
かつて、黒服はカイザーコーポレーションを使い、アビドス砂漠で『何か』を探していた。
あの時はまだゲマトリアのことも、キヴォトスのこともよく知らなかったから考えが回らなかったが、今であればそこに明確な『目的』があったことは十分理解できる。
「……当時は、それは最優先事項ではありませんでした。私の目的はキヴォトス最高の『神秘』と契約を結ぶことでしたので、それはあくまで『上振れ』に過ぎないものでした。……まあ、カイザーはその『超古代兵器』があればキヴォトスを支配できる、そう考えて私の提案に乗ったのでしょう。……そして、その目的は果たされました」
「……!」
「彼らは動きました。「既にキヴォトスは手中にある」、そう高らかに謳うが如く。連邦生徒会を手中に収め、先生を拉致……彼らは全てを計算通りに運びました。……ただ1つ、『虚妄のサンクトゥム』を除いて。これは、極めて懸命な判断です。……何しろ、それを動かすにはサンクトゥムタワー……或いはそれに匹敵する『
「つまりそれは……」
言い終えるまでも無く、黒服は首を縦に振った。
「……結局、その『超古代兵器』って言うのは?」
「……それは、『箱舟』と限りなく近く、根本を違えた『船』。世界を運ぶ『箱舟』ではなく、同じ形を取った『兵器』の到達点。そして『アトラ・ハシースの箱舟』と同じく、『キヴォトス』の起源そのものを冠した異次元の『神秘』。曰く──」