『アトラ・ハシースの箱舟』による『ウトナピシュティムの本船』のハッキング、その中継端末が鎮座するのは『箱舟』の最下層、『シャル・カリ・シャッリ回廊』。
そして『本船』がハッキングされている以上、端末を守るセキュリティを突破して端末を無力化する方法は唯一つ。
『箱舟』のそれぞれ最東端と最西端に位置するセキュリティシステムを物理的に破壊し、セキュリティシステムが停止する約五秒間の間に端末そのものを破壊すること。
地上の試算によれば、『本船』は保って3分。
それに対して『シャル・カリ・シャッリ回廊』はここからほぼ真下の直線距離約1200m。
しかし、幸運にもそれを成し得る戦力が『ウトナピシュティムの本船』に乗り込んでいた。
日々混沌渦巻くゲヘナの過酷な環境で給食配送に励む給食部部長、愛清フウカをいつものように拉致して来たキヴォトス最悪のテロリスト集団、『美食研究会』である。
彼女達が最下層、そして『対策委員会』が東を、『ゲーム開発部』が西を。
かくして火蓋が切って落とされる。
『ウトナピシュティムの本船』を飛び出した給食部の配送車が遥か1200m先に向けて飛び出した。
「……マジでやるつもりだ……!」
『箱舟』と熾烈なリソースの奪い合いを繰り広げていたリエはモニターの一点に目をやった。
『アトラ・ハシースの箱舟』から地上に送られるエネルギーの加速度的増加。
『ウトナピシュティムの本船』による制圧によって為された『虚妄のサンクトゥム』の抑制、その推定制限時間が凄まじい勢いで減り始める。
本能的にタイピングを続けながら、彼女は思考を巡らせた。
「……不足したエネルギー……『箱舟』……『虚妄のサンクトゥム』……!!」
あの時発生した『虚妄のサンクトゥム』は6本、足りなかったエネルギーは25%、単純計算が通用するのであれば……。
「お代わり2本……!」
ミレニアムの天才達に勝るとも劣らない速度でアルゴリズムを組み上げながら、彼女はひたすらに思考を繰り返した。
位置はミレニアムの外れとトリニティ中心部の2箇所。
場所に規則性は無し。
「……
「……これは……」
ミレニアム自治区外、放棄された都市。
リオの懐刀として隠匿されていたコールサイン『
崩れた街に『Di:vision』『ユスティナ聖徒会』、即ち『色彩』が闊歩している。
送られたデータに照らし合わせても、このままでは『虚妄のサンクトゥム』が再び顕現してしまう。
かつての主であったリオにも、今の保護者であるヒマリにも通信が繋がらない。
恐らく、ここを隠すための通信妨害。
支援、増援などは一切見込めない状況。
けれど、ここで食い止めなければ全て水の泡と帰す。
「……パワードスーツシステム『アビ・エシュフ』へ移行します」
彼女は覚悟を決め、リオから与えられた『切り札』に乗り込んだ。
「……リオ様、ヒマリ部長、先生……ここは私が……!」
「『一時的に抑制状態が回復!』」
「……?!しかし、データ上の変化は……」
ヴェリタスから上がった報告。
確かに、データの示す抑制時間が回復していた。
何が起きたのか、ミレニアム最高の頭脳の思考回路が加速する。
「……しかし、これは──」
その時、ヒマリの脳裏を何かがよぎる。
その指を滑らせたのは、辛うじてリエ達がまだ維持していた通信システム。
調べると、僅か一つだけ新たな接続先が現れた。
「っ……端末名『アビ・エシュフ』!!今すぐ繋ぎます!!」
「『……っ!!トキ!!』」
通信越しのリオが思わず声を漏らした。
「『……通信が回復……』」
「トキ!!そちらは大丈夫ですか?!」
「『ご無沙汰しております、ヒマリ部長。こちらは問題ありません」
通信越しに彼女はいつもの様子で答える。
けれど、その裏に響く銃撃戦は至極苛烈であった。
「『……トキ……』」
「『……ご無事だったのですね、リオ様。何よりです』」
「『……いえ、今すぐ支援部隊を送ります!だから今すぐそこを離れて!貴女一人では……!』」
冷酷な『ビッグシスター』らしからぬ声が通信に乗って届けられる。
けれど、彼女は冷静にそれを拒絶した。
「『ここはミレニアムからも離れた場所。到着まで待っていては間に合わなくなります。……ですから、私が時間を稼ぎます。だからどうか、このサンクトゥムは……!』」
その一言を最後に、通信は途絶えた。
「『これでどうかな〜』」
「『光よ────!』」
東西のセキュリティシステムが破壊されると同時に、『シャル・カリ・シャッリ回廊』の最奥を閉ざす壁に隙間が生まれる。
制限時間までのカウントは残り7。
美食研究会、鰐渕アカリはありったけの火薬を装填してその照準を壁の奥の装置に合わせる。
「アツアツの榴弾、いきます!!」
凄まじい爆風が『シャル・カリ・シャッリ回廊』そのものを覆う。
「では、あとはお任せいたしますわ」
一仕事終えた美食研究会会長、黒舘ハルナは高らかに立てた親指を掲げた。
「『チーちゃん!!』」
「分かってる!!」
完全な時を見計らって動き出したプログラムが『ウトナピシュティムの本船』を絡め取る『箱舟』のアルゴリズムを一掃する。
そして生まれた僅かな空白。
二人は共にエンターキーに精一杯の力を込める。
「「『接続、解除』!!!」」
それを押し込むと同時に、真っ赤に染まっていたパラメータ画面がポツポツと青を取り戻す。
そして全てが戻った後に、一つのメッセージが現れた。
「『連結解除要請が承認されました』」
「リオ、トキに撤収命令を!」
『ウトナピシュティムの本船』が回復するなり、彼女は叫んだ。
彼女もそれに頷き、すぐさま地上の彼女に呼びかける。
「『トキ、もう十分よ。今すぐ撤退して』」
「『……申し訳、ありません……リオ様……』」
通信越しに聞こえたのは、歯を食いしばるような、痛々しい声だった。
それと同時に、大きな機械が思いっ切り叩きつけられるような、そんな音が響く。
「『トキ?!トキ!!』」
「『『虚妄のサンクトゥム』が……顕現、しました……この身体も……もう、動きません……』」
「今すぐ逃げて下さい、『アビ・エシュフ』は放棄しても構いませんから、今すぐ、安全な場所に……」
「『いえ……それが不可能なことは……私が一番理解しています……ここと、ミレニアムでは、救助も無理な話……私は、顕現も止められず……』」
そして彼女のマイクに拾われる『Di:vision』の群れが迫る音。
トキは声もかすれる中、最期に呟いた。
「『本当に、申し訳ありませんでした……リオ様……ヒマリ部長……』」
崩れ行く『アビ・エシュフ』ごと彼女は瓦礫に寄りかかる。
「『……私も、叶うことなら……一度だけ、『シャーレ』と共に……先輩方と、ご一緒に……』」
「……トキ?何を言って……」
「『リオ様……最期のお願いです。『アビ・エシュフ』の、自爆コードを……』」
彼女からの初めての頼みにリオはただただ沈黙する。
「『リオ様なら、きっと……私の裏切りに備えて……』」
「『…………ない、無いわ……そんなもの……』」
ようやく絞り出した小さな声で、彼女は答える。
けれど、トキは今にも絶えそうな声で続ける。
「『……『トロッコ問題』です、私一人で、キヴォトスを救える……リオ様なら……そのレバーを……』」
「『違う、私が間違っていたのよ。問題そのものを、最初から……誰にも頼ろうともせずに……』」
トキは歪む視界に迫る敵の影を捉え、小さな声で笑った。
「『そのような答えがあれば、私も……』」
「『ターゲット確認、目標を補足』」
通信越しに、一つ新たな声が現れる。
続けてマイクが拾う、幾つもの足音と戦闘ヘリのローター音。
「『……先輩方……?』」
「やっほ〜トキちゃん!!間に合ったみたいだね!!」
「ええ、取り返しがつかないことにはならなかったようです」
「間一髪だった」
コールサイン『
コールサイン『
コールサイン『
そしてトリニティの絶対的な『約束された勝利』、コールサイン『
「おい、新人」
「…………」
「そんな台詞……二度と
小学生の裁縫箱のような龍の刻印が刻まれた二丁のアサルトライフルを構え、ネルは短い三つ編みを靡かせて振り返る。
それを確認したリオは当然の疑問を浮かべた。
「『どうして……』」
「『それは私から、かな』」
通信に加わる一つの声。
ティーパーティー、朝日奈リエ。
「『ウチに百合園セイアっていう……まあ、ちょっとした天才がいてね。こういう状況を大体予測しててさ。けれど、場所の細かい情報までは割り出せなくて。だから、
「『つーわけでウチら『クロノスエンタメ部』が『C&C』運びの出番って感じな!』」
場違いに明るい声が響く。
『クロノスエンタメ部』部長、御神楽ランコの声だった。
あの夜クロノスを訪ねたリエに、トキ救出の為の『C&C』確保を頼まれた彼女達は、即座に了承してクロノスが誇るキヴォトスでも最高峰の戦闘ヘリを引っ張り出してここまで向かってきたと言う訳だ。
「しかし、既に『虚妄のサンクトゥム』は──」
「『顕現した……けど、代わりに出来る限りだけど
「つまり、あたしらだけでも十分やれるってことだろ?」
「『そういう事』」
血気盛んなネルの言葉にリエは頷く。
「行くぞてめえら!!『掃除』の時間だ!!」
参加チーム
ミレニアムサイエンススクールより『C&C』
クロノスジャーナリズムスクールより『クロノスエンタメ部』
「リエさん、トリニティに新たな『虚妄のサンクトゥム』が……!!」
「うん、分かってる」
ナギサは酷く焦った様子で執務室に飛び込んできた。
第7サンクトゥムを彼女達に託し、一仕事終えたリエはカーディガンを羽織りながら椅子から立ち上がる。
「しかも、正義実現委員会も既に各地の防衛に当たっていて丁度空白地帯だった場所に……」
「ナギサ」
焦る彼女に、リエは諭すように言う。
「まだ、トリニティには最高戦力が残ってるでしょ?」
「最高、戦力……?」
「そうだよナギちゃん、忘れちゃった?」
少しキョトンとしたナギサの肩を叩いて、ミカもリエの言葉に同意する。
「……やるしかないだろうね」
少し遅れてきたセイアも同じく頷いた。
「えっと……それはつまり……」
「準備して、ナギサ」
グレネードランチャーに弾を込め、リエは言い放った。
「『ティーパーティー』、出撃の時間だよ」
参加チーム
トリニティ総合学園より『ティーパーティー』
本音を言えば9とか10を付けてほしい