『自爆シーケンス』が作動し始めた、『アトラ・ハシースの箱舟』第4エリア中央部、多次元解釈エンジン管制室『ナラム・シンの玉座』に先生は立っていた。
彼女は生徒達と共に目の前の『プレナパテス』に対峙する。
黒いシロコと、アロナによく似た女の子『A.R.O.N.A.』を庇うようにそれは立っていた。
「プレナパテスがエネルギー充填を始めました!」
「『こちらもウトナピシュティムの主砲の準備を始めました。チャンスは一度きり、『箱舟』も長くは保ちません……!』」
「了解」、とその言葉に返事をして、彼女は目の前の相手に向き直る。
その、ボロボロになりながらもここまで辿り着いた
別世界の私。
何処かで失敗して、それでもまだ諦めきれなくて、希望を捨てきれなかった、やっぱり諦めの悪い私。
文字通りに、彼女の
だからこそ、あなたは必死に守るんでしょ?
自らを支え続けてくれた
……だから、私は……私が『
「先生、発射準備出来ました!指示をお願いします!」
こちらの『シッテムの箱』の
『プレナパテス』も自らに『箱舟』の全てのエネルギーを集め、その一撃を放とうとする。
彼女は意を決して叫んだ。
「主砲、発射!!」
正しく全てを引き裂くような閃光が『プレナパテス』を貫く。
そして、『アトラ・ハシースの箱舟』の崩壊が始まった。
別世界の私。
まだ失敗なんて無くて、希望に満ち溢れてて、生徒のために走っていられる、やっぱり諦めの悪い私。
キヴォトスの運命を変えるために、多くの犠牲を払いながらもここまで必死になって辿り着いたんだよね。
だからこそ、あなたは必死に戦うんでしょ?
自らを支え続けてくれた生徒達となんだか可愛い『
……だから、私は……まだ『先生』を頑張ってる、
主砲の直撃を受けて尚、『プレナパテス』はまだ立ち続ける。
そして先生の手元に委ねられた、崩れ行く『箱舟』から脱出するための13の『脱出シーケンス』。
『美食研究会』の鰐渕アカリ、獅子堂イズミ、赤司ジュンコ、黒舘ハルナ。
『ゲーム開発部』の才羽モモイ、才羽ミドリ、花岡ユズ、天童アリス。
『対策委員会』の十六夜ノノミ、黒見セリカ、小鳥遊ホシノ、砂狼シロコ。
そして先生。
13人を逃がすために、リンが託してくれた。
「先生、起動は任せて下さい!」
「……分かった、やろう!」
先生はアロナの助けを借りて、一人、また一人と生徒達を地上に送り届ける。
美食研究会、ゲーム開発部、ノノミ、セリカ、ホシノ……。
「『先生、地上でお待ちしています!』」
そしてシロコを逃したところで、リンも自らに『脱出シーケンス』を使って『ウトナピシュティムの本船』から脱出した。
彼女の手元に残されたのは残り一回。
先生は少し考えた後、『プレナパテス』に近寄った。
顔を覆うプレートさえ今にも崩れ落ちそうな中、彼女は聞き慣れた声で言った。
「……あの子達……私の生徒……あなたに、お願いしてもいいかな?」
ますます崩れていく『箱舟』、とうとう足元さえ怪しくなる中、アロナは焦ったように先生を急かす。
彼女は返答の代わりに、彼女に一つ頼んだ。
「『シッテムの箱』、もう一人だけ入れてあげてね」
「先生?!何言ってるんですか?!早く脱出しないと……!」
けれどそんなことはお構いなし。
当然、まだ
彼女は目の前の『
「……任せて、私!!」
最後の『脱出シーケンス』は、もう一人のシロコに。
「な、何やってるんですか先生……?じ、自分用のシーケンスを……あの、シロコさんに……?」
『シッテムの箱』の中、海がよく見える教室でアロナは唖然として「
けれど、その選択は彼女自身を犠牲にするものに違いない。
彼女は精一杯の声で叫んだ。
「ダメです先生──!!」
カチャ、という音とともに、彼女はそのプレートを外した。
顔の半分を包帯で隠したようなその顔を見て、先生は「良い顔してんじゃん」と笑う。
彼女も「そっちこそ」と言って笑い返した。
「……シロコのことなんだけど」
彼女は切り出した。
「銀行強盗しようとしたら、絶対に止めてあげてね。それで我慢できたら「えらいえらい」って褒めてあげて。それと、たまにはロードバイクにも付き合ってあげてほしいな」
「……なんだ、こっちのシロコとなんにも変わんないじゃん。まあ、あれはちょっと「かわいい」っていうよりも「美人さん」になった感じはあるけど」
「あっはは、確かにそうかも。……それで、『A.R.O.N.A.』の方なんだけどさ」
「はいはいあの子ね」
「甘いものが大好き、特にケーキとか。頑張ったらご褒美として買ってきてあげて。それと、意外とポンコツというか……まあ、そんな気があるからそこは見ておいてもらえると嬉しいかも」
「了解、ウチのアロナとも上手くやれそう」
新しい自分の生徒に関する情報を受け取った先生。
「うん、絶対に覚えておく」と彼女は記憶に強く刻み込む。
それと同時に、彼女は真っ黒焦げになった『大人のカード』を差し出した。
「……これ、持っていって」
「いいの?」
「うん、あの子達とこれが私の全部。……ありったけ、あなたに託すよ」
「そっか。……うん、大事に持ってるよ」
「……ううん。そんな大層なものじゃないし、殆ど力も残ってない。パーッと使っちゃって。コンビニでの買い食いなんかにさ」
「あっはは、本当に大層じゃないね」
「まあね。……っと、そろそろお別れかな」
「最後に話せてよかったよ」と言いながら、包帯にぐるぐる巻きにされてなお細い指で彼女は頬を掻いた。
「そうだ、そっちから最後に聞きたいことある?」
「……じゃあ、一番の『思い出』。教えてよ」
「……あっはは、そんなのもちろん──」
「「イオリの足、サイコー!!」」
声を揃えた二人。
顔を見合わせて、声を上げて笑った。
「……じゃあ、本当にお別れだね」
「うん。……カッコ良かったよ、私」
「ありがと。……じゃあ、あの子達によろしく」
とうとう、最後の足場が崩れ落ち、先生は上空75,000mから放り出された。
『シッテムの箱』を握りしめて、ゆっくり、目を瞑った。
「……仲良くしてあげてね、アロナちゃん」
「ゲホッ……ゲホゲホッ……何で……何で……」
『シッテムの箱』の力を振り絞って、何とか先生を一時的には守ったアロナ。
しかし、その落下スピードは一向に変わらない。
ここままでは、キヴォトスの人間でない彼女は、地上に辿り着く前に死を迎えるだろう。
しかし、彼女とともに死線を越えて来た彼女には、もう先生を救えるだけの余力は残っていなかった。
「このままじゃ、このままじゃ先生が……!!」
その時、アロナは先生の言葉を思い出した。
「『シッテムの箱』、もう一人だけ入れてあげてね」
そうだ、先生のためにもあの子は助けなければ。
アロナは崩れ落ちた瓦礫の中から『プレナパテス』の持っていた『シッテムの箱』を見つけ、その中に残ったデータを全て転送した。
「……ここは……」
「……よかった!うまくいきました!」
「……何故?……いえ、理解しました。……『先生』は、私も助けるべき『生徒』である、そう考えたのですね。……シロコさんと、同じように」
教室に姿を現した、白いアロナとでも言うべき彼女、『A.R.O.N.A.』。
彼女の質問に、アロナはその首を小さく縦に振った。
「……先生は、どこに?」
「先生は……」
「……いえ、状況を把握しました」
「……私も頑張りましたが……でも、力不足で……先生は……」
「……手段を検索。……これより、『A.R.O.N.A.』は全能力を以て先生の物理状態に干渉、保護に移行します」
「……え……?」
彼女の言葉に困惑するアロナ。
気がつけば、彼女を囲む景色は教室から夜明けの海へと変わっていた。
「……私が力になります、アロナ」
そう言って、『A.R.O.N.A.』はアロナに手を差し伸べる。
「私と、あなたの力を合わせれば十分なリソースを確保できます。そして、そのリソースを全て使用し、先生に『奇跡』を起こします」
「……『奇跡』……?」
「……これなら、きっと先生を無事に地上に送り届けることが出来るでしょう。……ですから、手を」
「手……手、ですか?」
「……はい。私を、信じてくれるなら」
「……先生があなたを信じたなら、あなたが先生の生徒さんなら……私も、あなたを信じます」
そう言って、二人の手は結ばれた。
「きっと、二人なら起こせます。あなたと私、私とあなた……私達だけの、『奇跡』を」
手を固く握り、身を寄せ合う二人。
水面を巻き上げるほどの『何か』が起こった。
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