バスの窓の外で揺れるトリニティの生徒である、という実感をミサキは最大限に覚えていた。今乗っている高速バスも、今向かっている自然公園も、目的地であるその中の博物館も全て無料。ただ一つも、彼女達の負担はない。トリニティの保有する公共施設、公共交通機関は一切無料。これは彼女達が元アリウスである故の特権ではなく、トリニティ生の全てに適応されるもの。財源は上流階級の生徒がティーパーティーなどでの発言権を得るために収めた学校への寄付金などであり、トリニティ総合学園においては富の再分配のような役目を果たしていた。
「うえへへ……あれもタダ、これもタダ……アリウスじゃこんなの考えられませんでしたねぇ……」
「そうだね。太っ腹ってやつかな?」
「はぁ、二人共浮かれすぎ」
「そうかな?ミサキも楽しそうに見えるけど」
「はい、というか普段との比較なら姫ちゃんよりも楽しそうな気が……」
そうアツコとヒヨリに指摘されたミサキは少し怒ったような、あるいは恥ずかしがるように顔を赤くして目線を逸らすと、ペットボトルのレモンティーを啜った。
「……綺麗」
「そうだね。今の時期はコスモスかな」
自然公園のゲートをくぐり、思わずこぼれたミサキの言葉にアツコは言う。続けてゲート隣の売店で飲み物とおやつを買ってきたヒヨリも、その光景を目にして「わ……」とにわかに目を見開いた。
広がる丘陵に咲き誇る、赤、白、ピンクのコスモスの花畑。ところどころに綿のような雲の浮かぶ青空。そしてその向こうに鎮座する、ガラス細工の箱のような建物が目当ての博物館。けれどもアツコはその花畑の景色だけで満足したらしく「もう帰っちゃおうか」なんて笑っている。
「うえっ?!来たばっかなのにもう帰っちゃうんですか?!」
「今日行こうって言い出したの姫じゃん」
「ふふ、冗談だよ」
そう言ってアツコはクスクスと笑い、そして「ほら、行こう。二人共」と一足先に花畑の方へ駆け出した。
「えへへ……綺麗でしたねぇ……」
「うん。私もいつか、あんな花畑作ってみたいな」
花畑を通り過ぎて、彼女達は話していた。飛び回る蝶、巧妙に隠されたスプリンクラーからのさりげない散水が作る虹、花の漂わせる甘い香り。どれもアリウスにはなかった感覚で、新鮮で、憧れていた景色だった。ただ一人、ミサキだけは蝶とはいえ虫が駄目だったらしく、終始無言で、それでいて早歩きだった。
「ミサキさん、昔から虫苦手でしたもんね……」
「……別に。でもいるなら先に言って」
「ふふ、ごめんね。ミサキ」
そして三人は揃って博物館に足を踏み入れた。入口に学生証をタッチするだけで、すんなりと通れた。中はトリニティでも最新の博物館ということもあり、綺麗な内装に整った展示が並んでいる。トリニティの文化を象徴するような芸術品が揃った常設展示にも少し興味を覚えたが、それ以上に彼女達はある目的を持ってここを訪れていた。それは、特別展だった。
「ええっと。ここ、ですかね……?」
「『特別展 アリウス』、か……」
「うん。行ってみよう」
館内パンフレットに従い、彼女達はエレベーターに乗り込んだ。
三階一フロアのまるごとが特別展のためのエリアであった。彼女達がエレベーターを降りると、展示の前に「始めに」と書かれたパネルが置かれていた。
「『アリウス分校とは、かつて『通功の古聖堂』で行われた『ニカイア公会議』における各学園の合併によるトリニティ総合学園の成立の後にトリニティから放逐された派閥によって設立された学園です。本展示は、その300年以上の歴史についてのものとなります』」
「……ふふっ、なんか面白いね。私達のこと書いてあるのに全然実感がないの」
「当たり前だよ。たとえアリウスだろうがトリニティだろうが、300年も経てばそんなの他人事になる」
「うん。……自分達のことだと思って、あんなことしてたのにね」
「……ホント、馬鹿馬鹿しい……」
そう言って僅かに緩んだ手首の包帯をミサキは巻き直した。そして興味津々のヒヨリに促されるように、彼女達は展示エリアを進み始めた。
「『アリウス放逐によるアリウス分校の設立から10年程は活発に創作活動が行われました。『死』をモチーフにしながらも生命力に溢れるその美術様式はカルペディエム様式と呼ばれ、その中にはトリニティ・ルネサンスと紐づけられる作品も数多く存在しています』」
「……あ、これ。礼拝堂で見たことあるかも」
「あ、確かにそうです。訓練場の壁にも似たようなのが掛かっていたような……?」
「『アリウスにおける信仰に用いられた聖典として『伝道の書』が挙げられます。矛盾、不条理、理不尽、避けられぬ運命や死などといったままならぬものに対する戒めの言葉としてまとめられたその書の第一節、「
「伝道の書ですか……確か覚えさせられたと思うんですが、あんまり中身は覚えてませんねぇ……」
「……私も、あんまり」
「私は……うん。私もあんまり思い出せないかな」
「『アリウス内戦とは、アリウス自治区内のアノモイオス派、ホモイウシオス派、ホモイオス派の3つの派閥が中心となって行われた内部紛争です。この内戦における被害は──』」
「『内戦はゲマトリアのベアトリーチェによる介入によって終結しました。そして彼女はアリウス外部の存在でありながら生徒会長に就任すると──』」
「『トリニティ総合学園所属のパテル分派首長を務めるティーパーティーホスト、聖園ミカとの接触と彼女の手引による百合園セイア襲撃を発端とするエデン条約事件においてアリウスは──』」
「『ベアトリーチェによってアリウスを追放されたアリウススクワッドはシャーレの先生の指揮によって──』」
「『そして現在、アリウスは全ての生徒がトリニティ総合学園に編入し──』」
一連の展示を回り終えた彼女達は、読後感のような感情を味わっていた。アリウスだから知っていたこと、アリウスなのに知らなかったこと、アリウスであるが故に知らなかったこと。そしてアリウスであったことを思いつつも、トリニティに来て良かったと、そう彼女達は思えた。そして、「最後に」というパネルが立っていた。
「『トリニティに加わるという道を選んでくれたアリウスの生徒達に最大限の感謝を送り、そしてどうか彼女達のこれからの人生に幸多からんことを願っています。トリニティ総合学園ティーパーティーオブザーバー、朝日奈リエ』」
彼女達はそのパネルの前に立ち、しばらく眺めていた後に、帰路に着いた。
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