誰が為に私は魔女になる   作:オオル

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皆さんお久しぶりです!
大変ながらお待たせしました!遅れて申し訳ないです!
今後の話の構想を練ってた都合上、下手に話を進めない方が良いと思って執筆を控えておりました。はい、言い訳ですね。

今回の話ですが完全に造語のオリジナル設定がございます。
今後の話を盛り上げるのにうってつけの設定かと思うのでお楽しみに。

それではどうぞ!


自分が強者だと確信したことはありますか?

 一面雪で覆われた銀世界。

 

 幻想的なその世界とは相反するようクシナとアルファが操るナイフの矛と矛が衝突し合う金属音が周囲に鳴り響く。

 

「───ッ!」

 

 クシナは手のひらに感じた痛みで激昂状態から我に返る。

 

「……………………」

 

 痛みが走る手のひらを見ると爪痕が深く刻まれていた。

 

 目の前のアルファと名乗った奴が、自身の姉を殺したと告げたその瞬間に怒りが頂点に達した。

 そのため自分が怪我を負うと自覚していながらナイフを握る手を弱めることはできなかった。

 

 これ程誰かに怒りを覚えたことはない。殺してやると心の底から殺意を抱いたこともない。

 

「はっ、幼女の眼力じゃねーぞ?」

 

 クシナの鋭い眼光がアルファの瞳を睨む。

 

 アルファの言う通りクシナのそれはとても10歳未満の幼女がするような眼力ではなかった。

 

「そんなに俺が憎いか?」

「……当たり前だ。お前が姉さんを殺したんだからな…!」

 

 一時もアルファから目を逸らすことなくクシナは目を細め更に睨みつける。

 

「殺した、か。俺から言わせてもらえば殺されるような貧弱な奴が悪いと思うんだがな」

「ッ!この───!」

 

 クシナは足に力を込め地を蹴る。一瞬にしてアルファの元へと到達した瞬間、首目掛けてナイフを振るう。だがその攻撃は華麗に躱される。

 

「世界が弱肉強食なのはお前も知ってるだろ?弱いやつは強いやつに全てを奪われる───クイナは弱かった。だから死んだんだ」

「くッ!黙れッ!」

 

 この世界が弱肉強食であることなんて知っている。生命の生存ピラミッドの頂点に立つものが強者であることも、弱者が一方的に奪われる立場であることも。

 

 そして奪われるのは人権や所有物だけでなく命も例外でないことも…。

 

「だが一概にも弱者が生きていけない世界ではない。弱者は弱者なりに強者()に尻尾を振って機嫌を伺いながら生きれば死なずに済む───な?死ぬよりかはいいと思わないか?」

「(こいつッ───!)」

 

 クシナは絶え間なく攻撃を行っている。だと言うのにアルファは表情ひとつ変えずに攻撃を躱し続ける。

 あたかもクシナのナイフが描く軌道がわかっているかのように的確に最小の動きで躱してみせる。

 

「(何かおかしい!)」

 

 クシナは気付いた瞬間に攻撃をやめて後退する。アルファが直前まで語っていた内容は頭に入ってはいる。だが反論するよりも今はアルファに攻撃が当たらない方が問題だ。

 

 このまま攻撃を繰り出しても、躱され続けたら体力を無駄に消耗することとなってしまう。

 ただでさえ気温も低く、軽い栄養失調の状態での万全でない身体で長時間も戦えるとは───。

 

「どうした?かかってこいよ」

 

 指を立て挑発するようにアルファは口を開く。

 

「……ッ!」

 

 挑発に乗り、思考を遮られたクシナは咄嗟に腰に装着していたサブマシンガンに手を伸ばしアルファを銃撃した。

 

「───なっ!?」

 

 躱されると思っていた。だがアルファは銃弾を躱すことなく真正面から銃撃を受けていた。しかし全弾命中したところで致命傷どころか傷ひとつ負わせることは叶わなかった。

 

「なるほど。短機関銃(サブマシンガン)の9mm弾、弾速は───まあこんなもんと言ったところか」

 

 ナイフの持ち手を頭にトントンと当てながら小声で独り言をこぼすアルファ。

 

「弾速は覚えた。もうお前の弾は当たんねーよ」

 

 ヘラヘラ笑いながらアルファはそう告げる。何が弾速は覚えただ。目にも止まらなぬ速さで発砲される銃弾の速さなど覚えるはずなどない。

 

 出鱈目を言って困惑させる魂胆だろう。そう決めたクシナはリロード後、再びトリガー引く。

 

「!」

 

 クシナはアルファの頭部を目掛けて銃撃した。だがその攻撃は先程とは違いアルファは全弾避けてみせた。

 

 クシナは自分の射撃性能を疑った。つい数ヶ月前までクシナの射撃性能は下の下だとサオリから言われるほど下手であった。

 だがこの数ヶ月、サオリの指導と実践で経験を積んだことで射撃性能は飛躍的に向上しているはず…。だとすると。

 

「(本当に弾速を把握して躱している…?)」

 

 クシナが無理だと思ったのは弾速を把握することだ。銃弾を躱すことはできないと思っていない。それは自分も躱すことはできるからだ。

 

「(でもそれは───あの直感があっての技だ)」

 

 自分と同じような存在でないと…!

 

「そんな驚くなよ。お前も『神秘』を使えるんだろ?」

 

 瞬間、脳内に直感が告られる。クシナは『神秘』という単語を先程まで知らなかった。

 

 幾ら直感が優れているとは言え、名前もましてや存在すら知らなかった『神秘』をアルファから告げられるまで理解する余地などあるはずがなかった。

 

 知らなかった故にこの力が今まで『神秘』によるものだと自覚していなかった。

 だが今は違う。『神秘』というものが時折、自身に告られる直感であると自然に理解した。

 

「……それが…お前の『神秘』なんだな」

「そうだ。俺の『神秘』は"太陽の視点(ビジョン)"だ。能力は至ってシンプル。周囲をただ俯瞰して全体を把握できる程度の力だ」

 

 アルファは自慢するように自身の『神秘』について語り出す。

 

「みなまで言うな。大した『神秘』でないといいたいんだろ?───だからこそ俺は『神秘』と向き合い力を伸ばした」

 

 俯瞰して見るというのは周囲を頭上から見渡すことができることを指す。

 言わばその程度の能力。だがアルファは俯瞰して得る真上の情報を脳内で真横の視点に変換することに成功した。

 

 相手と自分の正確な距離、そして弾速、頭上の視点と真横の視点で敵が定める標準を特定。

 あとは単純。距離と弾速を用いて弾丸の着弾時間を導き、何時、何処に着弾するのか正確に把握することが可能となる。

 

「そんなことできるはずがない」

 

 話を聞いたクシナはすぐさま否定した。

 

 何故ならアルファの『神秘』は周囲を俯瞰して全体を把握する能力だと自分で言っていた。

 真上の視点情報を脳内で全く別の視点へ変換するなんて……不可能に決まっている。例え実現できたとしても脳に掛かる負担は計り知れない。

 

「できるんだなぁこれが。そもそも『神秘』を使える俺達の脳は他の奴らと比べて異常だからな。異常故にそれなりに脳の使用には長けてるんだよ」

「……………言わんとしてることはわかる」

 

 脳が異常なのは何となく理解できる。そもそも『神秘』と呼ばれる未知の力を扱う以上、脳が正常な訳があるまい。

 

 先刻、否定した視点の変換についても不可能ではないなと頷けてしまう。

 

「でもいいのか?そんなに私に『神秘』のことを話してもさ───どうなっても知らないぞ?」

「いいんだよ。それにうちの大人陣(・・・)がお前に『神秘』が何たるかを説明しろって命令されてるからな」

「?……あっそ」

 

 一瞬だけ困惑するクシナ。しかしすぐに邪念を捨てて短機関銃のトリガーを引く。

 

「だから当たらねーっての」

 

 クシナと銃弾を簡単に躱すアルファ

 

「───!」

 

 クシナは銃撃しながら得意な肉弾戦にことを運ぶためにアルファへ接近する。アルファの『神秘』の特性上、銃弾が当たらないのは把握している。クシナは銃撃しながらナイフを投擲した。

 

 投擲は初回の攻撃、且つ速度については自身のかける力で調整が効くことから有効。クシナは『神秘』がそう告げた直感に従い行動に出た。

 

「……ほぉーなるほどなぁ?」

 

 アルファは投擲されたナイフを躱さず自信のナイフで弾き返す。

 

「!」

 

 アルファが弾いたナイフが何処へ飛ぶのか直感で把握していたクシナはナイフを空で掴む。再びナイフを投擲、その後ナイフを追うようにアルファへ向かって前進する。

 

 アルファは先程と同様にナイフを振り攻撃を弾き、アルファは腰に収めていたリボルバーを取り出して照準をクシナに合わせる。

 

 引き金を引き銃撃する───はずだった。

 

「!?」

 

 『神秘』の直感でアルファが銃火器を使用すると動作を読んでいたクシナが体制を低く整える。

 アルファの照準から外れたクシナがアルファの銃火器目掛けて蹴り上げを繰り出す。

 

 だがアルファも『神秘』でクシナの四肢の長さを把握している。足が限界まで伸び切る距離までの必要最低限の回避行為を行ったがそれが仇となる。

 

 クシナの蹴り上げは空を切る。だが『神秘』を理解して、力を自身のものとした今のクシナがその程度で攻撃をやめることは無い。伸びきった足でも使用できる足首を使い履いていた靴を脱ぎ飛ばす。

 

「お?」

 

 脱ぎ飛ばした靴がアルファの銃火器にヒット。腕が伸び切り、後ろに反るアルファへ肉薄したクシナがアルファの服を掴む。

 

 先程まで肉弾戦が通用しなかったのはアルファがクシナの四肢の長さを『神秘』で把握していたからだ。

 腕が伸び切る限界の距離とナイフの刃体より少し後ろに後退することで攻撃が届かないように調整していた。

 

 だが今はクシナに服を掴まれていることから後退すらできない。

 

「───はぁッ!」

 

 クシナは壁に穴を開ける程の威力を秘めた渾身の一撃をアルファの鳩尾に打ち込む。

 

「かはッ!」

 

 確かな手応えを感じた。だがこれで終わらない。こんな攻撃でアルファがあっさりやられるわけがない。

 

「まだだッッ!」

 

 クシナがアルファの頭部を掴み、顔面を地面に叩きつけそのまま引き摺る。流石のアルファでもこの状態では反撃が叶わない様子だ。

 

「(いける!勝てる…!)」

 

 抵抗できないアルファを横目に勝利という言葉が脳内に浮かぶ。

 

「(やっぱり私は強い!私は───!)」

 

 思い返すのは数時間前の出来事。

 

「クシナ、ちゃんと休んでいるか?」

「……いきなりどうしたのー?」

 

 サオリが爆弾の設置作業中にクシナへ話しかける。

 

「これ程の爆弾を用意したんだ。休む間を惜しんで作業にしたに違いない。勿論、そう思ってるのは私だけじゃないはずだ」

「……なんのことやら。それに言っただろ?慣れれば作るのに数分程度で終わるって」

「だとしてもだ。量が増えればその分時間を要するだろ」

「はぁ……はいはい、サオリ姉に敵わないなぁー嘘だよ嘘、寝る間も惜しんで作ったんだよ」

 

 終始、クシナは作業する手を止めることなくサオリの問に淡々と嘘を答えていた。

 だがサオリから詰められたことで嘘を取り下げ、寝る間を惜しんで爆弾を用意したと自白する。

 

「ッ!……お前は何故、そうも無理ばかりするんだ…!」

「別にー?私がそうしたいからだよ」

 

 寝る間を惜しんでいたことを知れたサオリは口を開く。それに対してクシナは平然と自分がしたいからと答える。その答えがサオリの次の問へと進ませた。

 

「……お前は何故、そうも自分の身を案じないんだ…!」

「身を案じる?なんで?誰かの為に何かをすることは立派なことじゃんか」

「そうだな。自分を犠牲にして誰かの為に何かをするのは立派な事だ。だが限度ってものがあるだろ、クシナのそれはタカが外れてる…」

「ッ!……あっそ。ご忠告どーも」

 

 サオリはクシナの今後のことを考え忠告した。この先、今の思考のまま生きていけばいつの日かクシナは取り返しのつかないことをする…そんな気がしてならない。現に今ですら寝ることを放棄して大量の爆弾を用意していた。

 

 こんな生活が一生続くとなればクシナの身が危ない。それに最悪の場合は───。

 

「でもごめん」

 

 サオリの思考を遮るようにクシナが口を開く。

 

「私はこんな生き方しかできない。姉さんが私を守ってたように、私は誰かを守る生き方しかできないんだ」

「ッ!……ならそんな生き方をしたやつがどんな最後を迎えるのかわかるだろ?」

「……それ、は」

 

 サオリが恐れていた最悪のケース、それはクシナが姉と同じ末路を辿ることだ。

 クシナの姉はクシナを守るためにこの世界で1人で戦い続け命を賭した…。この先、クシナがそんな生き方をしている限り、その結末を迎えることは絶対だ。

 

「以前、お前の新しい生きる意味は諸悪の根源に対する復讐だと聞いた。無論、その復讐を抱いた理由が"誰かの為"という話であることも理解できる。だからこそ、その復讐を果たす為にもクシナは生き続ける必要があるはずだ、違うか?」

「…………………………………………………………」

「無茶する機会を見誤るな。今、無茶をして逝くようなことがあればお前の復讐が到達されることは未来永劫有り得ない話となるぞ」

 

 サオリは胸の内に秘めいた思いを全部さらけ出しだ。それはクシナの諸悪の根源に対する復讐という新たな生き方を知っているサオリだからこそ、今のクシナに送れる忠告であった。

 

 サオリとてクシナの性格上、誰が為に生きることを今更、放棄することはできないと自覚している。

 だが限度を知ることはできるはずだと、少しでもクシナが苦しまずに生きていけるよう願いを込めて忠告した。

 

「重ねて礼を言うよ。ご忠告ありがとう。でも常に臨戦態勢の現状で無理せず安息に暮らせる保証はどこにあるんだ?」

 

 サオリの忠告に対してクシナが答えた。

 

「お前1人が抱える問題ではないだろ。私とミサキ、クシナの3人で姫とヒヨリを守ればいい」

「3人なら2人守れる保証は絶対だと?サオリ姉はそう言い切れるのか?」

「だから守る為に───」

「私は!守る為に無茶をしている!それを……サオリ姉は否定するのか?」

「否定などしてない!忠告しただけで……待て、落ち着けクシナ、不愉快な点があれば謝る。だから落ち───」

「私が何のために強さを求めたのかサオリ姉は知ってるはずだろッッ!?それを全部!否定するのかッッ!?」

 

 幾度となくサオリの言葉を遮りクシナは言葉を吐く。クシナにとってサオリの忠告は生き方そのものを否定されたように感じたようだ。

 

 無理もない。自分の理想の真似るべき生き方を、知ってる生き方に釘を刺されるとなれば否定されたと誤認にしてもおかしくない。

 

「強者が弱者を守って何が悪い!その為に力を欲した。守らないと失ってしまうから…!───もう嫌なんだ!私の為に誰かがいなくなるのは!私の為に誰かが傷付くのは!だから、全部、全部、私が守ればそんな思いはしなくて済むでしょッッ…!」

 

 それは誰かの為ではない。自分の為だ。

 

「あぁ───」

 

 しかしその言葉をサオリはクシナに送れなかった。

 

 口は開けたが声帯が揺れなかった。

 

 クシナは言った。自分の為に誰かがいなくなるのは…傷付くのは嫌だど。

誰かの為なんて言葉は大義名分であり、結局、自分が嫌な思いをしたくないがための言い訳であった。

 

 だがクシナはそれを自覚していない。それこそここでそれは自分の為だと言ったところで余計にクシナを激昂させてしまう。

 

「もう───」

 

 サオリは考えることを放棄した。今のクシナに何を言ってもサオリの言葉は響かない。自分の発言は余計だったんだ。

 

 だからもう───。

 

「───クシナの好きなように生きればいい。私はお前に何も言わない」

「……そう、ありがとう。そうさせてもらうから」

 

 そう答えてクシナは再び作業に取り掛かる。だがその行為を遮るようにサオリは問うた。

 

「クシナの言う弱者には私も含まれているのか?」

 

 サオリには冷静な思考ができる状態ではなかった。

 

 故に気になっていた点を追求してしまう。

 

「当たり前でしょ?───だってサオリ姉は私より弱いから」

「ッッッッッッ!!!!」

 

 サオリは握っていた爆弾を叩きつける。幸いにも積雪の影響で雪に埋もれるような形で着地したため衝撃で起爆することはなかった。

 

 サオリがどのような反応をしたのかクシナは振り返らずとも察した。

 

 だが訂正するつもりはない。事実を述べたまでだとクシナは知らぬ顔で作業へと取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 

 

「(私は───サオリ姉より強い…!)」

 

 回想を終えたクシナが自身の考えに確信を抱く。

 

「(こいつ(アルファ)よりもッ!サオリ姉よりもッ!姉さんよりもッ!私は強いッッ!)」

 

 他者を守り、誰が為に戦い、勝つ自分こそが真の強者である。

 

 現に先程までイキっていたアルファが反撃できないこの状況が自信を強者だと過信させる。

 

「(確実にここで殺してやるッ…!)」

 

 殺意を抱くことに罪悪感など感じることなくクシナは続けて攻撃へと仕掛ける。

 

 掴んでいた頭を抱え込み顔面に膝蹴り。その後は鳩尾にも膝蹴りを、続けて四肢の間接部位にナイフを立てて矛を突き刺し動きに制限をかける。

 

「あはッ───!」

 

 アルファを投げ捨て利き手の肩を踏みつけ、手持ちの短機関銃で弾倉が底を突くまで近距離で腹部に銃撃。

 

 トドメの一撃としてナイフを逆手で構え、心臓に向けて矛を突き刺そうとしたところでアルファが反撃に出る。

 

「ッ!」

 

 アルファは所持していたリボルバーを使ってクシナを銃撃した。だが『神秘』の直感で反撃されることを感じ取ったクシナが左手で弾丸を防ぐべく構える。

 

「ちッ!痛いなぁぁぁあああッ!!!」

 

 ハンドガンなどと比較して圧倒的に高威力を秘めているリボルバーの弾丸を無傷で止めることは叶わなかった。

 

 左手と腕を繋ぐ手首の肉片が幾つか吹き飛ぶも周囲に血を撒き散らしながらクシナはアルファを蹴りつけ、仰向けになったところでマウントをとる。

 

「これで……!終わりだッッッッ!!!」

 

 右手を掲げナイフを逆手から持ち直し心臓に向けて振り下ろす。

 

「───あ、あ、ぇ?」

 

 だがクシナの手が振り下ろされることはなかった。

 

な、な、ぃ、こぉ、ぇ?(な、なにこれ)

 

 呂律が回らず目と鼻の穴から多量の血が吹き出す。

 

「……てめぇは自慰行為(オナニー)覚えたての猿かってのッ!」

「うッ!」

 

 アルファのリボルバーが火を噴く。瞬間クシナは背後に吹き飛び空を見上げるよう仰向けに倒れる。

 

「(身体が動かないッ……!)」

 

「あークソッ、少し手を抜いた途端つけ上がりやがって…クソ痛え、これ俺じゃなきゃ100%死んでたぞ?」

 

「(そんな、馬鹿な…!あの怪我で動けるはずがない…!)」

 

 四肢の関節へナイフを刺したというにアルファは何事もないかのように動く。

 

「お前が点綴的な馬鹿で助かったよ。まあ?『神秘』の使い方もわっかんねー素人からしては脳汁ガンギマリのさぞ夢心地の良い時間だっただろうな」

「…………………………………………………………」

 

 理由も分からず身体と声が出せないクシナは眼球を動かしアルファを睨むことかしか叶わない。

 

「考えてみろよ。『神秘』とか言う普通の生徒じゃ使えないような力をノーリスクで使えると思うか?」

「!?」

「大いなる力には大いなる代償が必要となる。先刻までのお前は一時的だが俺を超えていた。その代償が───もとい反動がお前の体を縛ってんだよ」

 

 どうやら『神秘』を扱うに当たって『代償』というものが必要不可欠のようだ。

 深く考えればクシナのような人智を超えた"直感"なんてものをノーリスクで使用出来るはずなどなかったのだ…。

 

「しかし身体だけでなく言葉も発せないとはな…お前の『神秘』はクイナと同系統の様子だな。そうやって仰向けになって睨みつける姿がクイナの最後を彷彿とさせるぜ」

 

 大きな独り言をこぼしながらアルファはクシナの元へと近付く。

 

「"六感"系の能力ってところか。そりゃ脳がショートするのも無理はない。それどころかどっか破裂してる感じか?その出血だもんな!ふははははッッ!」

 

 動けないクシナを必要以上に煽り続けるアルファ。次第に距離は近付きアルファがクシナを見下ろす。

 

「滑稽だな紅耶クシナ、自分の力に酔った末路がこれだ。───お前もクイナも誰も守れやしねーんだよ」

「ごほッ!」

 

 目にも止まらぬ速さでアルファがナイフをクシナの喉を突き刺す。

 

 クシナは身体こそ動かないが反射で吐血する。

 

「だが素質は認める。連れ帰って俺が指導してやるからそれまでは大人しく眠ってろ」

「あぁ───」

 

 その言葉を最後にクシナは意識を失うのであった。

 

◆◆◆◆

 

「う、うぅー、あれ?───姫?」

「!目が覚めたみたいだね…よかった」

 

 アツコの膝元で寝ていたミサキが目を覚ます。どうやらミサキが意識を失ってる中、サオリとアツコがミサキを見つけ合流したようだ。

 

 ミサキが目を覚ました様子を見ていたアツコはほっと一息ついて胸を撫で下ろす。

 

「どうして姫が?」

「私だけじゃないよ。あっちでサッちゃんがミサキ達と戦ってた生徒を拘束してるところ」

 

 アツコが指を指した方に視線を向けるとサオリがガンマの四肢を縄で縛って拘束している様が伺える。

 

「ミサキ、頑張ったんだね…凄いよ。なでなでしてあげる」

「ちょ、やめてよこんなところで……サオリ姉さんに見られたら恥ずかしい」

「見てないから大丈夫だよ」

「う、うぅー」

 

 抵抗する体力も無いものだからミサキは大人しくアツコになでなでされることを選んだ。

 

「姫達は?あのガスマスク付けてた人はどうなったの?」

「…………今は気を失っているよ。サッちゃんが拘束して雪山で絶賛放置プレイ中」

「ほ、放置プレイって…絶対クシナが変なこと吹き込んだでしょ」

 

 ミサキの脳内でクシナがダブルピースをしながら「私が教えましたーテヘペロ」としている構図が浮かんで瞬時に機嫌が悪くなる。

 

「じゃあ残すはアルファって言う相手のリーダーだけか───って!ヒヨリは!?」

「ついさっきお前の元から離れていく姿が見れた。クシナの所へ向かったんじゃないのか?」

「あ、そうだった。忘れてた…。」

 

 ガンマの拘束を終えたサオリがミサキへと話しかける。

 

「サオリ、姉さん…?」

 

 だがその顔がいつもの優しいサオリの表情ではなく何処か強ばってて無理をしているような様であった。

 

「目が覚めたならよかった。それと先程はすまなかった、お前のおかげで考え方が変わった。ありがとうな」

「いや、まあ…気持ちはわかってたからさ。でも言い方はよくなかったかも。ごめん」

「謝る必要なんてない。私に落ち度があったからな───ところでミサキ、お前に言わなくてはならないことがあるんだ」

「?なに?」

 

「───ミサキ、私はお前を愛してるぞ」

 

「!!!!????」

 

 ミサキはいきなりの告白に戸惑いアツコの膝元から飛び起きサオリと距離をとる。

 

「い、いきなりなに!?怖いんだけど!?」

「愛を伝えるのに事前準備は必要か?」

「そういう意味じゃなくて…調子狂うな…」

 

 今言うことじゃないだろと言いたいところだが…愛していると告げられ満更でもない様子のミサキであった。

 

「んんっ!それで?これからどうするの?」

 

 咳払いをして場の空気を整えたところでミサキがサオリへ指示を仰ぐ。

 

「もちろんクシナと合流する。ミサキが動けるならすぐに向かうが……動けそうか?」

「姫が肩を貸してくれたら動ける気がする」

「ふふ、なら存分に貸すとしようかな。はい、ミサキ」

「ありがとう。姫、愛してる」

「私もミサキのこと愛してるよー」

「む、ミサキも急に愛を告げてるじゃないか」

「どっかの誰かさんのせいで愛してる宣言が緩くなったんだよー」

「なんだそれは。大体、私はだな───」

 

 3人して仲睦ましくクシナと合流するために歩み始めたその時。

 

「い、い、いやぁぁぁぁぁあああああ!!!」

『!?』

 

 ヒヨリの叫び声が響く。

 

 3人はヒヨリの声を聞き瞬時に先程の空気から切り替え、強ばった表情で顔を合わせる。

 互いの思考の確認が取れたところでサオリはミサキを抱え、3人は全速力でヒヨリの元へと向かい始めた。

 

◆◆◆◆

 

「(───はっ!)」

 

 アルファにとどめを刺され気を失っていたクシナが目を覚ます。

 

「(どれぐらい気を失っていたんだ…?)」

 

 起き上がろうとするも身体は動かない。アルファの言う通り脳から身体へ信号を送る重要な部位の機能が欠如している様子だ。

 

「(血は止まらないのにな…)」

 

 鼻や目から引き続き血が吹き出している。挙句の果てには喉元からもポンプのように血が吹き出し止まることなど知らない様子であった。

 

「───えぇ、紅耶クシナは生きています」

「?」

 

 何処からか声が聞こえた。

 

「ですが即席の『誓御(せいぎょ)』で回復されると困りますので。念の為、相応の深手を負わせてます」

「(『誓御(せいぎょ)』?)」

 

 声の主はアルファだろうか。先程とは打って変わって丁寧な口調に困惑する。

 

「座標を送ります。控えている部隊に回収をお願いできればと思います。───はい、心得ております。私がロイヤルブラッド以外は1人残らず始末いたします」

「!?」

 

 その言葉を最後にアルファは通信を終えた。クシナから距離を取っていたアルファが再びクシナの元へと近付く。

 

「い、い、いやぁぁぁぁぁあああああ!!!」

「!」

 

 だが向かう途中で誰かの悲鳴がアルファを止める。

 

「はっ、お仲間さんの登場ってか?来るのが遅すぎるっての」

 

 崖の上からヒヨリがクシナの様を見て苦痛の悲鳴を上げていた。大切な妹が見るに堪えない悲惨な目にあっている光景に耐えることなどヒヨリにはできなかった。

 

「クシナちゃん……!今!助けますから!」

 

 戦闘態勢へと入ったヒヨリがライフルを構える。

 

 標準をアルファの額に定めて引き金を引く。

 

「いいぜぇ!受けてやるよ!」

 

 ヒヨリの弾は見事に着弾。だがアルファへのダメージは後方へ多少後ずさる程度、額から流れる自身の血液を舐めて言葉を発する。

 

狙撃銃(スナイパーライフル)の7.62mmクラスの小銃弾、弾速は───ははっ!他のと比べてダンチで速いなぁ!」

「くッ!」

 

 ヒヨリは涙を拭いながらリロードを終え、すぐさま2発目を先程と同様にアルファに額目掛けて打ち込む。

 

「もう当たらねーよ」

 

 いとも容易くアルファはライフル弾を躱す。

 

 そのままヒヨリがいる崖の上へと向かうべく前身し始める。

 

だ、ぇ、ひ、ょり!ぃ、げ、ぇ!(ダメだヒヨリ!逃げて!)

 

 必死に逃げるよう呼びかけるも声が出ない。

 

 さらに喉元にナイフが刺さっているため激痛がクシナを襲う。

 

「(あぁ、私は───強者ではなかったんだ)」

 

 一体こんなところで何をしているんだ。

 

 空を仰ぐだけで何も出来ない。

 

 身体は動かない。

 

「(何がサオリ姉より強いだッ───!)」

 

 どうやって自分は強くなった。

 

 誰のおかげで強くなれた。

 

 誰が面倒を見てくれた。

 

「(それを私の力だと誤解した───)」

 

 『神秘』の力を自覚した時に何を思った。

 

「(自分は選ばれた存在だと思った───誰も手にしてない特殊な力がある。だから───自分の力に酔った。勝てると過信した)」

 

 そしてどうなった。

 

「(ヒヨリがあいつ(アルファ)に見つかって───今、一人で戦ってる。なのに───私は何も出来ない。ただ空に覆われた厚い雲を眺めているだけの存在───)」

 

 先程よりも涙腺から溢れる血飛沫が増える。

 

 涙を流そうにも身体がそれを許してくれない。

 

「(悔しいッ───!)」

 

 以前、アツコが言っていた。

 

「前から思ってたんだけどね。クシナって名前、凄くいいなって思うの」

 

 それはなんで?

 

「だって"苦しくない"って言葉を略してるみたいで…いつも笑ってみんなの緊張を解してくれるクシナにピッタリだなって」

 

 そんなことない。

 

「(アツコ、苦しいよ…!心が破裂しそう…!)」

 

 自分は強者である必要があった。

 

 家族を守るため、そして家族を幸せるにするため。

 

 この世界は残酷だ。

 

 助けを求めたところで手を差し伸べる善人はいない。

 

 だから───その善人に自分がなるはずだった。

 

 だが敗者となった今、それは叶わぬ夢となった。

 

「(私ではみんなを幸せにすることはできなかった───)」

 

 それが何よりも悔しい。

 

「(意識が遠のいていく───)」

 

 出血多量の影響だろう。それに周囲は一面白銀の世界、いなクシナの血で染まった地獄のような様であるが雪であることに変わりは無い。

 

 雪がクシナの熱を吸収していき、体温がどんどんと下がっていくのを感じる。

 

「(私が死んだらサオリ姉は悲しんでくれるかなぁ)」

 

 喧嘩したままで仲直りができていない。

 

 謝りたいこと、伝えたいことがあるのに。

 

「(アツコともっと一緒にデートしたかったなぁ)」

 

 見たことない世界を一緒に歩きたかった。

 

 隣に立って誰にも邪魔されずに2人だけで。

 

「(ミサキとはもっと妹ととして接してあげればよかったなぁ)」

 

 サオリ姉には言えない分の我儘を散々言ってしまった。

 

 もう少し妹らしく可愛く接してあげるべきだった。

 

「(ヒヨリともっと色んな本を読みたかったなぁ)」

 

 一番、ヒヨリが亡くなった姉さんみたいな存在だった。

 

 姉さんとの思い出で根強く残ってるのは一緒に童話を読んだこと。

 

 だから一緒に本を読む機会が多かったヒヨリに無き姉の姿を重ねていた───。

 

「(機会があるならヒヨリのこと───)」

 

 何を言っている。

 

 機会なんてない。

 

 自分はこれから死ぬ。

 

 もしくは他のみんなが殺される。

 

 何方が生きようが。

 

 死のうが会うことはできない───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、───ぃ、ら、ぇ、てぇ!たぁ───ぁ!る、かぁぁッッ!!!」

 

「(諦めてたまるかぁぁッッ!!!)」

 

 何を言ってるんだ。

 

 自分が幸せにするんだろ。

 

 みんなが幸せに暮らせる世界を創造するんだろ。

 

「(諸悪の根源に復讐するんだろッッ!)」

 

 堕ちかけていた気を無理矢理にでも引き戻す。

 

 こんなところで死ねない。

 

 自分の生きる意味を果たす必要がある。

 

「(どうせ死ぬのなら───もっと時と場合を選ぶべきだろうがッッ!)」

 

 今はまだ(・・)その時じゃない。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁああああああッッッッ!」

 

 動かない身体を動かそうとする。

 

 身体が動かない原因は脳から送られる神経系の機能不全、大方『神秘』の"直感"を酷使した影響で支障をきたしているに違いない。

 

「(脳をどうにかしないと……てか脳内って血が溜まるとやばいじゃなかったけ───?)」

 

 詳しくはないがやばい気はすると察する。

 

 だが幸いなことに鼻の穴といい眼球から血が出ていて、且つ通常通り思考できているのだから、神経系以外の部位に支障はないようだ。

 

 声が発せない理由は不明だが、前者同様その他の部位に支障がないためこのことについては思考を放棄する。

 

「(何か……何、か───ッ!)」

 

 瞬間、先程のアルファの発言を運良く思い出す。

 

「ですが即席の『誓御(せいぎょ)』で回復されると困りますので。念の為───」

 

 アルファは『誓御(せいぎょ)』という聞き慣れない単語を発していた。続けて「回復されると困る」と言っていた。

 

「(『神秘』を使うか…。)」

 

 『神秘』の"直感"で身体を動かす訳では無い。神経系が欠如しているだけであって脳の他の部位は正常に機能している。

 

 ならば『神秘』を使用しても問題ないはず。

 

「(みんなを助けるためだッ!その為に───逝くことさえなければ…!自分の身体がどうなろうが構わない!今はもうこれしかないのだからッッ!)」

 

 僅かな希望に賭けてクシナは自身の『神秘』を使用して『誓御(せいぎょ)』とやらが何かを直感で導く。

 

「(ッ───!)」

 

 次の瞬間、クシナの思考は完全に停止した。

 

 そこにいるのはただ自身の望みを、夢を実現できず夢半ばで途絶えた哀れな姿と成り果ててしまった少女。

 

 そんな少女の元へ彼女が訪れる。

 

「!ふふ、素晴らしい。素晴らしいですね───紅耶クシナ!」

 

 何かに気が付いた女は途絶えた少女を見下ろしながら口角を上げ不気味な笑みを晒すのであった。

 

◆◆◆◆

 

 クシナが一人で自問自答している中、アルファとヒヨリの戦いは佳境を迎えていた。

 

「あはッ!」

「……ッッ!」

 

 ヒヨリの扱うライフルの弾速を把握したアルファか可憐に攻撃を全て躱す。

 

「……………………………………………………」

 

 ヒヨリとて自分の攻撃が当たらないことは幾度も経験したことで把握している。

 

 だから別の攻撃手段へと移る。

 

「───!?」

 

 ヒヨリが照準をアルファから変える。

 

 そのことにアルファは『神秘』で気付き、周囲の俯瞰して見るが特に異変はない…。

 

「(何が目的だ?)」

 

 ヒヨリがトリガーを引いた次の瞬間、アルファの周りでクシナ達が事前に設置していた爆弾が爆ぜる。

 

「……爆弾を設置してたのか」

 

 思えば周囲で爆音が鳴っていたなと今になって思い出す。

 

「だがよく狙撃できたな。雪で覆われて見えないってッ───!」

 

 その隙をついて発言を遮るようにヒヨリがアルファを狙撃する。

 

「雪の影響で俺の位置なんてわっかんねーだろうによく当てるなぁ。───お前もこっち側(・・・・)か?」

 

 視界が爆風の影響で雪が待ってて最悪の状況でもアルファは呑気に独り言を零す。

 

「絶対に許しません……!クシナちゃんをあんな目に合わせたこと……!絶対に償わせます……!」

 

 ヒヨリは周囲に漂う雪煙の僅かな動きからアルファに位置を予測する。急所を狙うことは困難だが確実に少しずつダメージを与えることは可能だ。

 

 人間である以上、体力には限界がある。そこまで攻撃し続ければ……!

 

 弾が切れた瞬間にリロードをする。もちろんスコープでアルファの周囲を確認しながら、ブラインド状態でリロードする。

 

「…………………………………………………………」

 

 弾切れになるタイミングを見計らっていたのかアルファが漂う雪煙の中から姿を現す。

 

「───ッ!そこですッッ!」

 

 ヒヨリの狙撃が飛び出した影に着弾。

 

「なッ───!?」

 

 だがそれはアルファではなくアルファが着用していたスクワッドのジャケットであった。

 

「ブラフ……?」

 

 周囲を確認するもアルファの姿はない。

 

「切羽詰まった状況でよー格好の獲物が現れたら打っちまうよなぁー?」

「ッ!?」

 

 背後から知らない人の声が聞こえた。

 

 ヒヨリは振り向くのと同時にレッグホルスターに収めていたハンドガンを取り出し構える。

 

「遅いってのッ!」

「くッ!」

 

 アルファは手に持つリボルバーのバレルでヒヨリのハンドガンを弾く。

 

「どうした?償わせるんじゃなかったのか?」

「返してくださいッ───!」

「?拳銃のことか?無駄にデカいケツでも振って取りに行ったらどうだ?」

「違いますッ!私達の大切な妹をッ!クシナちゃんを返してくださいッッ!」

 

 涙を流しながら懇願するヒヨリ。唯一の妹を亡くしたと思っているヒヨリにとって、仇であるアルファにそう言葉を吐くのは至極当然のことだ。

 

「紅耶クシナは死んでねーぞ?」

「へっ…?それは、どうゆう……?」

「まあ今から死ぬお前には関係ないか。恨むならあんなやつを家族に迎え入れた錠前サオリを恨みなッ!あっははッ!」

 

 アルファは歪んだ哄笑を浮かべ重厚をヒヨリの額へ押し当てる。

 

「そこまでだッ!アルファッッ!」

 

 アルファは声が聞こえた方へ視線を移す。

 

 視線の先にいるのはサオリであった。

 

 危機一髪のところでサオリ達がヒヨリの元へ到着し、アサルトライフルを構えるアルファを威嚇する。

 

「はっ!誰かと思えば錠前サオリじゃねーか。劣等品が俺になん、の───ッ!?」

『!?』

 

 サオリに視線を向けていたアルファが振り返る。その様を見ていたサオリ、ミサキ、アツコもつられてアルファの向く方向へと視線を移す。

 

「おいおい、嘘だろ?なあ!おい!あの状態でどうやって回復したんだ!?」

 

 アルファは背後にいるはずのないイレギュラーの影を捉えた。

 

 気付いた理由は『神秘』による"太陽の視点(ビジョン)"で感じとった訳ではない。

 

 もっと単純な理由だ。純粋な密度の高い殺意を向けられれば歴戦の生徒であれば否が応でも存在に気付く。

 

「最ッ高だなぁッ!『神秘』の代償を打ち消して再び俺の前に現れるなんてなぁッ!」

 

 アルファは興奮気味で背後に立つ少女へ賞賛の言葉を送る。

 

「───アルファ、決着を付けよう。お前と私、どっちが真の強者か」

 

 そう、サオリ達の妹……。紅耶クシナがあの絶望的な状況から覚醒してアルファの元へ戻ってきたのだ。

 

「なあ参考までに聞かせてくれよ。どうやって回復したんだ?お前は『神秘』の能力に長けてるだけであって使用はてんで素人のはずだだろ?」

「……アルファ、お前ってお偉いさんの前だと随分と丁寧な口調なんだな。笑っちまうぜ、あはは」

 

 目が笑ってない状態でクシナがアルファを煽る。

 

「おっけー、なるほどな。マダムとの会話を聞いてたってことか───んじゃあ『誓御』を土壇場で成功させたってわけか」

「だから最初に言ったはずだ。私に『神秘』のことをそんなに話してもいいのかと」

「もう勝ったつもりか?あの状態から戻ってきたんだ。相当重い『誓御』を設けたはずだ。今後の参考までに何を誓ったか(・・・・)教えてくれよ、なあッ!」

 

 アルファは先程とは打って変わって興奮状態から次第に激昂状態へと変化していた。そんな様をクシナはじっと表情を変えることなく余裕な様で眺める。

 

「待て。答える代わりに1つこっちの要求をのんでほしい」

「はッ!ハンデが欲しいってか?」

「違う。ヒヨリを───いや、ヒヨリ姉(・・・・)をサオリ姉達の元へ移動させたい」

「ッ!く、クシナちゃん…!」

 

 アルファの前でへたり込むヒヨリを移動させてくれと交換条件を持ち出す。

 

「ああ、別にいいぜ?でもハンデじゃなくていいのか?さっき手も足も出なかったクセに俺に勝てるって?」

「手も足も出てただろうが。お前の記憶は魚以下か?」

「一時的に俺を超えたことがそんなに嬉しいか?ガキは純粋な思考ができて羨ましいぜ───ほら、早くしろ。こっちはすぐにお前と殺りてーんだ。次は徹底的に潰してやる」

「──────────────────」

 

 お互い煽りつつクシナはヒヨリの元へと向かう。

 

 ヒヨリを抱えアルファの横を通りサオリ達の元へヒヨリを連れて行く。

 

「く、クシナちゃん……さ、さっき。私のこと、ひ、ひひひヒヨリ姉って……!」

「うん、ヒヨリは私のお姉ちゃんだからね。敬意を込めてそう呼んだんだけど……いやだったかな?」

「そ、そんなことはありません!え、えへへっ!う、嬉しいです。クシナちゃんが生きててくれただけでも嬉しいのに、お、おおお姉ちゃんと呼ばれて……!こ、こんな世界でもこんなに嬉しいことがあるなんて知りませんでした───!」

 

 目尻に大粒の涙を溜めながら抱えるクシナを見上げるようにヒヨリは姉扱いされたことに喜びを顕にしていた。

 

 そんなヒヨリをクシナは微笑ましそうに笑いながら見つめる。きっと先程死に際で願った思いがかなったことが嬉しかったのだろう。

 

「クシナ…?何があったの…?」

 

 クシナがサオリ達の元へ着くやいなや、クシナの大怪我を見舞いミサキが口を開く。

 

「死にそうな目にあって『神秘』の誓御で───って今難しい話をしても時間の無駄か。あとでちゃんと説明するからとりあえずヒヨリをお願い」

「う、うん」

 

 ミサキにヒヨリを渡す。

 

 戸惑いつつヒヨリを受け取るミサキは聞きたい様子が沢山あったが、開こうとした口を塞ぐ。

 

 本人があとで説明すると言ってるんだ。ここで説明を要求してもクシナの言う通り時間の無駄だとミサキは悟った。

 

「アツコ、怪我はない?あいつらに酷いことされてない?」

「……うん。特に目立った外傷はないよ」

 

 負傷した指を隠すようにアツコは後ろで手を組みながら返事をした。

 

「そっか───でも何かあると大事だから、あとで確認させてくれ。アツコに何かあると私の精神が狂ってしまうから」

「ッ!そうだね。ならあとでちゃんとクシナに見てもらおうかな」

「ってアツコが大怪我でもしてたら、私よりアツコを溺愛しているサオリ姉が冷静でいられるわけないか」

 

 先程アルファに送ったカラカラな笑顔ではなく、優しく微笑みながらサオリへと話を振る。

 

「クシナ……。」

『…………………………………………………………』

 

 クシナとサオリは2人して沈黙する。

 

 そして───。

 

ごめんなさい(すまなかった)

 

 2人して同時に謝罪の言葉を述べた。

 

「!サオリ姉が謝ることはないだろ。サオリ姉は私の身を案じて忠告してくれたのに……。私は受け入れた振りをして、挙句の果てにはサオリ姉に酷いことを言ってしまった」

 

「だから───ごめんなさい。私が間違ってた」

 

 深々と頭を下げてクシナは再びサオリへと謝罪の言葉を送る。

 

「いいんだ、クシナは悪くない。思えばお前は出会った時から誰かの為に行動するヤツだったからな」

 

 クシナとサオリが初めて邂逅したあの日、クシナは姉さんのために食料を調達するために奮闘していた時期であった。

 

 勿論そのことはサオリにも話していたため、サオリは当時からクシナが姉の為、もとい誰かの為に行動するお人好しだと思っていた。

 

「それに忠告した理由はお前の身を案じただけじゃない。───今思えばお前に対して姉としての威厳を保ちたかったからだと思うんだ」

「───え?」

 

 そこからサオリは止まることなく自身が抱いていた気持ちを語った。

 

「日に日に成長していくお前を見て、いつか私を超えるお前を想像して、姉としての威厳がなくなることを恐れて、お前の生き方に口を挟んだんだ」

 

 クシナのことを言えた口ではなかった。自分もクシナと同じように忠告というのは良いように言っただけで、本当は姉らしい行動を取りたく、クシナの生き方に言及したにすぎなかった。

 

「つまりだな。私は私より強くなったお前に嫉妬してたんだ───私のしょうもないプライドのせいで不快な気持ちにさせてすまなかった」

 

 サオリは終始クシナの目を真っ直ぐ向きながら語った。それは嘘偽りなどなく、自分の本心であることを頷けるように…。

 

「ここで何を言ってもサオリ姉はきっと自分を責めるんだと思う。それでも私はサオリ姉に対して酷いこと言ったことに変わりはない」

 

 クシナもサオリから視線を逸らすことなく語り出す。

 

「私が強くなれたのはサオリ姉のおかげだ。なのに……私はそれを自分で得た力だと誤解してサオリ姉を弱者だと見下してしまった」

「だとしてもそれは事実だ。現にお前は───」

 

 サオリは否定した。

 

 だがそれを彼女が許さない。

 

「はーい、2人とも謝ったからお互い様ってことで、ごめんなさいは相殺…。そうでしょ?」

 

 クシナとサオリの2人の間にアツコがヌッと現れ2人の視線を遮る。

 

「……だそうだ。よく言うクシナのあれだな」

「アツコにも敵わないなぁ。じゃあお互い様ってことで」

 

 サオリとクシナはお互い頬を掻きながら照れくさそうにそう口を開く。

 

「クシナ、改めて言わせてもらう。私はお前の生き方に口出しはしない。だがそれは先程までの意味とは違う。───私はお前の生き方を尊敬しよう。でもお前が危険な目に会うようなことがあれば助ける…。私は姉としてお前が好きなように生きれるよう全力で支援する」

「サオリ姉ッッ……!」

「だから好きなように生きろ!私はもうお前との力の差で苛まれない!これからはお前と一緒に競いあって…ライバルとして共に成長していくことを誓おうッ!」

 

 迷いなどまるでないようにサオリは綺麗な眼でクシナへ言葉を送る。

 

 数時間前のクシナとの力の差で苛まれていたサオリはもういない。そしてクシナに対する姉の威厳などを気にするサオリももういない。

 

「ありがとう。サオリ姉…。でも───あいつを倒さないとそんな明るい未来はやってこない。そうだよな?」

「ああ、だからお前は心置きなく戦ってこい。そしてクイナの仇を取ってくるんだ。───なに、何かあれば私達が可能な限り支援する」

「おうッ!」

 

 これから戦場に向かうというのにそうとは思えない様でクシナは元気よく答えた。

 

「クシナ、手伝ってあげたいところだけどみんな満身創痍の状態だから…サッちゃんの言う通りできる範囲で支援するね」

「ありがとうアツコ。でも無理しなくても大丈夫だよ」

「そうだよ姫、どうせクシナの事だから1人で決着つけたいとか思ってるんだよ」

「……否定はしない」

 

 目を逸らしてクシナはそう答える。

 

 あからさまなその様にミサキは呆れつつ溜息をつきながら口を開く。

 

「それに『神秘』関連のことで何か掴んだんでしょ?」

「?……ミサキ、一体何処まで知ってるんだ?」

「さあね。それはあとであんたが話してくれる時にすり合わせすればいい話でしょ。今は目の前のことに集中しておけばいい」

「お、おう?」

 

 クシナは首元の傷を擦りながらミサキの言葉に答えた。ミサキが『神秘』のことをどれ程把握しているのか気になるところだが、今はミサキの言う通り目の前に集中すべきだ。

 

 否、それ以外に神経を割く余裕など今のクシナにはない。もう会えないと思っていた家族と会えたことで気が緩んでいたようだ。

 

「クシナちゃん……!む、無理だけはしないでくださいね?も、もうクシナちゃんがあんな目にあってる姿は見たくないので……。」

「……うん。気を付ける、気にしてくれてありがとう。ヒヨリ姉」

「はぅっ!ひ、ヒヨリ姉って!ねえ!皆さん聞きましたか!?い、今クシナちゃんが私のことヒヨリ姉って呼んでくれましたよッッ!!」

 

 満面の笑みを浮かべながらヒヨリはヒヨリ姉と呼ばれたことをみんなに自慢するかのように話した。

 

 その様をサオリ達は微笑まそうに眺め、ヒヨリが落ち着いたところでサオリがクシナへ最後の激励を送る。

 

「クシナ、お前なら勝てる。勝って私達の元へ戻ってこいッ!」

「おうッ!行ってくるッ!」

 

 そうしてクシナは再び戦場へと戻る。その背中をサオリ達は再び戻ってくることを信じながら見つめるのであった。

 

「随分と表情が緩くなったんじゃないか?お前が相手にしてるのはアリウス最強の生徒なんだが?」

 

 再び自分の前に現れたクシナに対してアルファは煽る。

 

「勝手に言ってろ。それにあんたが最強でいられるのも今日までだろ?だって───私に殺されるんだからなぁッッ!!」

 

 クシナの表情が一瞬にして戦闘狂のような狂った笑みを浮かべた様へと変貌する。そしてクシナはポケットに収めていた遠隔式爆弾のボタンを押した。

 

「!?」

 

 クシナとアルファの頭上付近で爆弾が爆ぜ、積もっていた雪が一斉に流れ落ちる。

 

 俗にいう雪崩と言うやつだ。それも人為的に起こした雪崩。

 

「(こいつ…土壇場の『誓御』でとち狂ったか!?)」

 

 流石のアルファもクシナが自爆的な行為をするとは思っていなかった。だがクシナはアルファの予想を超えるほど狂っていたようだ。

 

「アルファ、私と一緒に落ちてもらうおうかッッ!」

「てめぇッッッ!!」

 

 雪崩落ちる雪がアルファとクシナの2人を襲う。

 

 2人は雪の流れに抗うことなく流れるがままに落ちていくのであった。

 




サオリ達一同『く、く、く、クシナァァァァ〜!?』

戻ってこいと言われてるのに自爆的行為を笑いながら決める。
それが今作の女主人公なのです。完全に狂ってますね。

さて、アリウス自治区編ですが残すところ1話となりました。
なので次回で完結ですね。ようやくエデン条約編の始まりです。
つきましてはアリウス自治区編の最終話で結構、設定について語る予定です。
今の段階で気になることなどあれば感想で質問を承ります。
(気になることとかあるのかな?ない?)

ではアリウス自治区編の最終話でお会いしましょう!またね!

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