ゆるゆる不老不死の魔導実験の日々 作:心ここに非ず
僕の人生の物語を話そう。ん? お前の話なんて興味無いだって? まぁまぁ、そう言ってくれるな。これは所詮長い長い余生を勝手気ままに押し付けられた僕の戯れに過ぎない。作業中に流すラジオやBGMの類だと思って片耳から片耳へ聞き流してくれて構わない。──そうそう姿勢を崩して。おや、携帯も弄り出してしまったか。いや、それを否定する気もさらさら無いよ。だから僕も勝手気ままに語るだけなのさ。
あれはそう。僕が現代日本から異世界にやってきてざっと100年ぐらい経った頃だったろうか。長年生きているとその時々で色々と趣味が入れ替わる。
暇だ。暇が僕を殺すのだ。精神的に。ネット環境の整った環境と違って異世界では娯楽が驚くほど少ない。だから趣味を見つけるのは僕の精神衛生上必要な事だし、その時ハマった趣味というのが魔導だったのもそんなにおかしい話じゃなかった。なにせ魔導は異世界で現代日本に迫る事の出来る技術の一つだ。その時の僕は少しでも日常が便利で、娯楽の一つでも再現出来ないかなと簡単な気持ちで魔導都市エンピアンに向かった。
壮観だった。黒曜石の塔が幾つも空に向かって伸びている。塔は幾つかの大きさの直方体で構成されているようで、塔の根元から50m程が一番太く、塔の上に行くに連れて直方体のサイズが縮んでいるように見えた。天辺付近は最早直方体というよりサイコロのような立方体だ。時折謎の力(おそらく魔導関連の技術であろう)で直方体は空を移動してそのまま空に浮遊して固定したり、近くの塔の直方体と合体して空に様々なオブシェを構成している。自然には存在しない、見てわかる通り確かに人工の塔。しかしその巨大さと美しさは雄大な自然の景色にけして見劣りはしない。自然の美しさは或る意味約束された安心感がある。遥か遠方から巨大な山嶺に雪が白く彩る。そんな光景が美しく無い筈がない。それに並び立とうとする美麗な塔群は人工だからこそ、その工程を鑑みると余計に感動を深めてくれた。
田舎者が大都会の街並みに見惚れて茫然自失する様に道行くローブを羽織った魔導師らしき人影が暖かい眼差しを向けている事にようやっと気づいた僕は服の裾を正すフリをして一歩エンピアンの街に踏み出した。
街の景色自体はそう他の街と大きく違っている訳でも無かった。鍛冶屋や小道具屋、肉屋は豚丸々一匹の皮を剥いで店先に並べていたし、香具屋は麻袋に詰め込まれた色鮮やかなスパイスや、匂い袋や香水を取り扱っている。しかし、鍛冶屋では金属の槌が宙に浮かび振るい手も居ないのに剣を打っていたし、貴重商品を取り扱う香具屋は青白い光を纏った菱形の金属板を繋げた蛇のような物体が不審な行動をとる客がいないか周囲を警戒していた。
魔導都市らしさは確かにあった。道行く人影も異種族が多く、僕のような純粋な人族の数は少ないようだった。その多くは大人でも平均身長は150cm程の魔鴉族だ。紫の強い黒色の羽毛で、背中の羽根とは別に手も足もついた人型の魔導適性が高い種族。歳を取れば取るほど嘴が伸びるのも特徴の一つだ。僕は道ゆく魔導士らしき黒鴉族の一人に勇気をもって話しかけた。
「あの……すみません。あの塔? で魔導を学びたいんですけど……」
「……アンタ金は持ってるかい? 黒選になるには紹介料が必要だってコトくらい知ってるだろ?」
何だろう。すごい胡散臭さを感じるけど嘘を言っているようにも見えない。異世界で100年は過ごしてたら流石にそこそこ危険な目にあったことは何度もある。自然とそういった不穏な雰囲気を察する能力も少しは身についた。こくせん……? 国選かな?
僕の姿は不老不死となった中学生か高校生ぐらいの15歳程にしか見られないだろう。日本人の顔は幼く見えるというし或いはもっと若く見られているかもしれない。
──つまり舐められてると。
「へへっ旦那は随分と詳しいみたいですねぇ。もう少し詳しく話を伺ってもよろしいですかへへッ」
「ん? ……そちらがそういう態度なら少しぐらい話しても構わんぞ」
こっそり銀貨を片手で軽く隠しながら差し出す。こちとらずっとこの容姿なんだ。舐められるのにも慣れてるってもんさ。事情通らしい魔鴉族も袖の下の影響か知り合いに黒選(あの黒曜石の塔に住み研究する学者の事らしい)がいるって事を自慢気に語ってくれた。もう一枚追加で差し出すと実際に紹介状を書いてくれることにも無事成功。
しかしそこそこの貯蓄はして来たけどこれまでの旅費と袖の下でだいぶ硬貨袋が萎んでしまった。暇を潰す趣味には金がかかるものだ。
紹介状を携えて黒曜石の塔──通称黒塔の足元へ。
その巨大な塔の入り口には杖を持った身の丈2m程の魔鴉族をモチーフにしたであろう金属製の人形が五体、森賢族(俗に言うエルフに近い人種)の人形が三体、梟の獣人族が一体、そして僕のような人族の男が一体配置されていた。この人族は他の人形と違って杖では無く装飾の施された剣を掲げている。
それらの人形が台座の上で一定の距離を保ちながら塔の入り口の直線を挟むように置かれている。顔の皺まで細かく再現された人形は今にも動き出しそうな躍動感を帯びていた。おっかなびっくりその通路を通って塔の入り口である金属製の門の近くまで来たところで、どうやって入るのだろうとふと思った。
青白く光る金属製の門はとてもじゃないが僕の腕力で動きそうも無い。一応確かめてみたけど案の定ピクリとも動かない。
『黒塔に何用じゃ小童?』
突然聞こえる声。出所を探したけどそれらしき人影は居ない。しいて言うなら門に近い魔鴉族の人形から声が聞こえたような……
『要件を言え。さもなくば兵を呼ぶぞ』
確かに魔鴉族の人形から声が聞こえた。僕は突然の事に驚きながらも急いで懐から紹介状を魔鴉族の人形に差し出して声を上げた。
「あのッ! 黒塔への紹介状を頂いたのですが、どうか此処で魔導への探究の一助とさせて頂ければ!」
『……ふむ。少し待て、今人を遣る』
すると暫くして、あの重そうな門が音も立てずに動き出す。中からやって来たのは魔鴉族の一人。地面に着くほどの嘴の長さから相当な高齢であることが窺える。
「……紹介状を寄越しなさい」
「あっ、はい。どうぞこれです」
眼を覆い隠すほど伸びた眉毛を掻き上げながら紹介状と頭がひっつくまで近くで読みこんだあとに、
「君は……魔導の経験はどこまであるのかい? 見た感じかなりショボそうだけど」
「えっ、全然ありません! でも気持ちだけは誰にでも負けないつもりです!」
「……お帰りはあちらだよ」
「いやッ! 本気なんで自分! 便所掃除でも雑務でも軽作業という名の重作業でも何でもやりますんで!! どうか此処に置いてください!」
「……面倒臭いなぁきみ。言っとくけど例え運良く事務仕事を押し付けられたとしても、きっと人族の寿命では一生下働きだよ。ただでさえ魔導の門を叩く優秀な者は多い。なんせ上の者達は寿命で死ぬ事なんて殆ど無いから、下の者達は常に席を求めてチャンスを狙ってるのさ」
「……それでもどうかお願いします!」
ローブの裾にしがみ付いて何とか話を事務員に繋いでもらうことに成功したのは一時間ぐらい粘ったおかげだろう。何とか清掃その他雑務の仕事を手にする事に成功したのだ。給料は雀の涙。金を払ってでも黒塔で魔導の情報を手に入れようとする者はたくさんいる。労働時間も一日15時間以上で休みも1年に2〜3日というブラック企業も真っ青な労働条件。そもそも労基なんて無いのだから当然だ。
だが僕は働いた。人生における怠惰で空虚な時間を解消するべく。魔導の世界は、この不可思議な黒曜石の塔はそれほどまでに魅力的だった。
──僕の長すぎる余生の暇を潰すには良い趣味だ。
そして僕が黒塔の門を叩いておおよそ120年後。いよいよそのチャンスがやって来た。
雑務の1日は早い。日が登る前に冷たい井戸の水から掃除に使う分の量を確保する。重い桶を何度も行き来して大きな水瓶に溜める。僕の体は不老不死だけどそれはつまり成長を辞めたという事に他ならない。どれだけ鍛えても筋肉はつかないし、身長も伸びることは無い。その代わりに筋肉痛も無いけど……重い物を持つ筋肉が鍛えられないってことでもある。
まぁそれはそれなりにカバーする方法もある。重心を落として腕の筋肉だけで無く、腰を入れて身体全体に分散させて持ち上げたり──
「やぁエンドー。朝早くから元気だな」
「ああ。おはようティミス」
魔鴉族の一人である魔導使いの女性が毛繕いしながらやって来た。掃除をする前とは言えど目の前で態々ゴミを増やすのは勘弁して欲しい。
「おいおい毛繕いなら専用場所があるだろ。こっちの仕事を増やさないでくれよ」
「それがエンドーの仕事だろ? それにティミスには敬語を使え」
「いやぁ……ティミスは子供の頃から見てるからどうもなぁ」
「ティミスがガキの頃から姿が変わらない方がおかしいんだよ。魔導を極めたらほとんど不老を手にする事も可能だけど、不老種でも魔導師でも無いのに流石にエンドーは若過ぎるぞ」
「若さの秘訣を聞きたいってこと? ティミスもそろそろ番を意識する歳か……大きくなったもんだねぇ」
「その保護者染みた物言いは止めてくれ」
「おっ反抗期か?」
「……そろそろ本気でティミスは怒るぞ」
ピリピリとした空気が肌を突き刺す。流石にちょっと遊びすぎたようだ。子供の時から見てたからついつい距離感が子供の時と分からなくなってしまう。僕の悪い癖だ。反省しなきゃな。
「いやぁゴメンゴメンって。お詫びに今度部屋をピカピカにしておくからさぁ」
「そんなのは当然だろ。……それより知っているか。魔導師のロンドバッハ様のところの噂を」
「え、全然知らないけど……」
なにせ殆ど一日中掃除やら雑務やらで手一杯なのだ。ロンドバッハ……名前は聞いた覚えはあるな。ティミスのような魔導使いと違い、魔導師は魔導使いを部下に持ち深く魔導に通じた役職だ。要するにこの黒塔でもそこそこのお偉いさん。日々魔導の研究に心血を注ぐ魔導師は僕のような下っ端が関わり合う機会なんてそもそも無い。
「なんでもロンドバッハ様付きの魔導使いが魔導研究の事故で亡くなったらしくてな。それもかなり惨たらしく……。元々あまり評判の良い魔導師では無くて、次の魔導使いや候補でさえ募集しているようだが成果は芳しくないとティミスは聞いた」
「なるほど! それは良い事聞いたな、どうもありがとうティミス!」
「前々から魔導を習ってみたいと言ってたが……本気か? 死んでも知らんぞ」
「本気さ! 何の為にここで100年ちょっと雑務をしてきたと思ってるんだい? 同じ魔導使いになったらティミスにもタメ口きけるしね」
「……それは元々だろ」
お昼までに急いで仕事を終わらせて部屋に戻る。僕みたいな雑務の人たちの休憩スペースの角が私物置き場だ。手癖の悪い奴もいるから貴重品は基本的に持ち歩いているけど少しは換金出来そうな物もある。暇を潰すのに食事という数少ない楽しみを我慢してきて一日一食という厳しい生活でお金を貯めてきた。
古臭い作業服から魔導使いらしい服装(中古品)に衣替えするぐらいのお金はある。見習いは基本的に若葉色のローブ、魔導使い並びに一般研究員は紺色、魔導師は山吹色と大体相場が決まっている。若葉色のローブとその下に着る下着とチュニック他を数品買った。これで暫くは硬い黒麦パンだけが僕の食卓を飾ることになる。
黒塔の事務室にその服を着込んでロンドバッハ様の募集に応募したら、特に面接やテストも無く通された。応募の結果がよろしくないというティミスの話は本当だったようだ。流石に魔導の基礎の基礎ぐらいの知識はあるけど
「誰かと思えばエンドーか……豚鬼に兜とはよく言ったものだな」
「そこまでいう? せめて小鬼にしてくれよフライズさん……」
事務員も顔馴染みだ。普段小汚い格好をしてるから僕の姿が新鮮だったのだろう。鼻毛を引っこ抜いた指先でそのまま書類に半を押した。
形はどうあれ僕はようやく魔導への道を一歩踏み出した。
不老不死の僕だからきっとこれから先も永い付き合いになるであろう魔導への道。
──うわっちょっと鼻毛引っこ抜いたのこっちに息で飛ばすの辞めてくれない!?