ゆるゆる不老不死の魔導実験の日々   作:心ここに非ず

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魔導の基礎

 

 魔導というモノについてある程度知ってる事がある。僕もひたすら掃除やら書類整理やらの雑務をやってたというだけでは無い。隙を見て書類に目を通したりしたことはある。尤も僕みたいな雑用が触る事の出来る書類なんて重要度が最底辺の書類だ。

 

 それでも底辺魔導使いの適当に書いた理論や構想の一端をかいま見る機会はあった。それこそ本当に初級者向けの本の警備はそんなに厳しくないし……。基礎的な知識は手に入れることは出来た。

 

 魔導学。それは魔素を導く学問であり技術だ。

 

 この異世界には魔素と呼ばれる成分が空気に含まれている。大気中に含まれた魔素をこの世界の生物・無機物は僅かに取り組んで不思議な現象を引き起こす。魔素の影響を受けていない存在が殆ど無いと断言出来るぐらいにはその影響力は凄まじい。

 

 摂取して溜め込んだ魔素がその生物・無機物由来に扱いやすい形に変質したモノをオド。自然に存在する魔素を操って濃縮したモノをマナと呼称している。この二つを使い分けて、或いは併用して術式に流し込むと俗にいう魔法みたいな事が出来るというわけだ。

 

 そんな便利なモノなら異世界では皆使っているんじゃないの? と思うかもしれない。実際多少なりとも魔導を使える者は多い。僕が前いた場所にも魔導を使える爺さんやらなんやらはいた。

 

 最低限の教育と魔素を感じ取る力があれば簡単な魔導なら使えるらしい。

 

 現地生まれでも何でも無い僕にとって魔素を感じ取る能力なんて更々無かった。それでも100年近くこの世界で過ごしていると何となく魔素について感知出来るようになって来たので、前々から興味を持っていた魔導で有名なエンピアンにやって来た訳だ。

 

 長命種が多いのでそれまで問題になってなかったけど流石に100年の間ずっと子供の容姿のままだというのも珍しいから変な目で見られ始めてたしね。大体の長命種は100年もしない内に成人になるから長命種のハーフだと誤魔化してたけど流石に限界だったみたいだ。

 

 魔導を極めたら不老も夢では無いこの地だと僕のようなタイプでもそんなには目立たないだろう。

 

閑話休題。ようやっと掴んだ魔導を学ぶ機会を逃す事は出来ない。

 

 ロンドバッハ魔導師の研究室には既に3人の魔導使いらしい人たちが集まっていた。僕と同じく今まで燻っていた小間使いか魔導使いだろう。普通なら厳しい実技試験を受けてそれでもかなりの候補者が出る筈の魔導師の下っ端になる為の数少ない機会。それが特に何の試験も無しでこの人数だけというのがよっぽど前の魔導使いの悲惨な死が効いているのだろう。

 

 一人は森賢族の少女。長命な森賢族で若い容姿ということはせいぜい50歳もいかないぐらいなのだろう。種族的に魔導適性も高く、黒塔でも多い種族だ。こんなに若くて黒塔にいるという時点で優秀なのは分かるけど、若過ぎて今まで魔導師預かりの魔導使いになるチャンスが無かったのだろう。白い肌に若草色の短髪。日本のアイドルなんて目ではない西洋人形のような完成された美しさ。

 

 もう一人は魔鴉族。嘴が若干青みがかっていることからおそらく女性。手にした杖は140cm程の彼女の身の丈と同じくらいの大きさだ。自信満々の森賢族の少女と違って周囲を警戒しておどおどしているようにも見える。

 

 最後は犬系の獣人の男性だ。基本的に獣人は魔導の適性が低いとされてるけど、獣人の中でも魔導の適性がある種族も確かにいる。彼もその一種らしく、長毛種で灰色の長い毛で全身覆われ、伏し目がちな目が僅かに毛の隙間から見える。

 

 彼等は入室して来た僕を一度チラリと見て視線を外した。特に敵愾心もこれから一緒にロンドバッハ魔導師の下につく身内感も感じない。正直言って気まずい。

 

「既に集まっているようだな」

 

 奥の扉が開いてやって来たのはおそらくロンドバッハ魔導師。森賢族の男性だ。若草色の髪を短く纏めて、少女と違って濃い碧色の瞳は感情が読めない程に深く吸い込まれそうだ。山吹色のローブの袖は金糸で複雑な紋様が刺繍されている。魔導の魔の字の入り口にすら立っていない僕からしても、彼が生物として一段階上のグレードに達しているのが放つ圧からして感じ取れた。

 

「皆も知っているとは思うが私がロンドバッハ・ト・エピュスだ。今回は不幸な事故で弟子を失ってしまったが諸君らにはしっかり基礎を学んで貰って二度とあのような事故が起きないように努力するつもりだ」

 

 真顔で声音も淡々としているのでいまいち本気か、僕たちの事をどうでもいいと思っているのか分からん。その後魔導師の勧めでお互いに軽く自己紹介をすることに。森賢族の少女の名前がオフィリム・トット・エピュス。魔鴉族の女性がコミミン。毛長の獣人がラ=ムゥ。ついでに改めて僕の名がエンドー。元々遠藤って名字だし、終わりのない僕の生がENDってのを皮肉めいて使っている。

 

 基本的にこの世界の人々の名前は短い。魔物や危険な原生物、或いは人同士の争いによって長生きすることがあまり無いのだ。そうなると集団と個を区別する名前は短くても他人と区別するには十分だったのだろう。森賢族のような長命種は魔導に関しても優れている傾向もあって長生きする事も多く名前は長いけど他の二人に関しては短い。

 

「早速、魔導の基本について学んで貰おう。君らなら既知の事だとは思うが、前回の事故は初歩的なミスが発端故に基礎からやっていく。ついでに習熟度も確認しておきたいところだ」

 

 

 

 先ずは魔素を感じ取り、体内に取り込む。『魔吸』と呼ばれる大前提だ。魔導を使うにあたって基礎的な技術。空気中に含まれる魔素。元々この世界の生物では無い僕が魔素を感じ取れるようになるまではかなり時間がかかってしまったけど一度感じとれてしまったら直ぐに感じ取れるようになった。

 

 例えるなら森林浴で感じる空気の清浄さとか、神社や畏まった場所で感じ取る空気感に近いかな? それらよりちょっと粘質のある肌がざわつく感じ。上手い例えが出てこないな。まぁそういうものだと思って欲しい。

 

 呼吸と一緒に集中してそれらを身体に取り込むイメージ。深呼吸っていうより、浅く深く吸い込んで目を閉じて魔素だけを濾す。ある程度身体に満たしたところで周囲を見てみるとロンドバッハ魔導師と残り3人はとっくに終わっていて僕を見つめて待っている様子だった。流石に気恥ずかしいね。

 

「……次の基礎に入ろう。エンドーとか言ったな? 後で誰か基礎について教えてあげなさい」

 

 部屋の中は静まり返った。誰だって素人同然の相手に教える労力を割くのは嫌だろう。

 

「ふぅ……ではオフィが中心となって教えるように。これからは同じ研究室の仲間だからな」

「……はい」

 

 オフィと呼ばれた森賢族の少女が渋々と頷いた。たしかオフィリムって名前だった筈。愛称で呼ぶには付き合いが浅いとは思うけどそういう性格なのかな?

 

 その後も細々とした基礎の確認があったけど、まだ初歩の初歩である僕からしたら分からないことだらけでさっぱりだった。無駄に歳は食いたくないもんだねぇ。

 

 講義を終えロンドバッハ魔導師が部屋から出た後、僕に6つの視線が集中した。

 

「貴方……魔導について知ってる事を教えて。知らない事を聞くよりそっちの方が早いと思うから」

 

 冷たい視線で森賢族のオフィリムが。

 

「先ずはスープの飲み方から教えた方がいいかしら?」

 

 追撃に魔鴉族のコミミンが。

 

「お嬢さんがた。先ほどロンドバッハ魔導師も仰っていたようにこれから我々は仲間なのだ、穏便に。……例えどれ程魔導の素人だろうがのぅ」

 

 場を取りまとめようとはしているけど棘はある獣人のラ=ムゥ。2m以上の身長から見下ろされると威圧感は凄い。ローブの裾から覗く毛だらけの腕は太く強靭で前世の魔法使いの印象からは程遠いけど魔導は実戦肌の人も多くマッチョも結構いる。

 

 そんな彼が凄んだからオフィリムとコミミンも少し怯んでため息をついた。          

 

「皆ごめんね。僕も追いつくように必死で頑張るからさ」

「当たり前です」

「無駄に時間を取らせないでよね」

 

 様子を見ていたラ=ムゥもとりあえず話が進めそうで満足げに頷いた。

 

 『魔吸』の次は『魔導』の『導く』というところにようやく入る。当然それもやったことがないと伝えると呆れた顔をしながらも魔鴉族のココミンが教えてくれた。

 

「『魔吸』で体内に取り入れた魔素を導いて先ずは指先に集中してみなさい。ほらこんなふうに」

 

 彼女の紫色の鋭利な爪先に淡く光るラベンダー色の光。指先に豆電球のような光が灯された。これこそオドの光だ。各種族や個人によって色や発光具合はバラバラで後天的な変化はまず無い事から魔導使いの間では身分証明にも使われるほど。

 

 皆まじまじと僕の様子を見ている。正直コツも何も教わってないのにやってみろと言われても困るのだが、やるだけやってみる。ほとんど何も出来ないと一応皆が分かっているので正直失敗は怖くない。ある意味期待値が低いと楽だ。

 

 再び魔吸で魔素を取り入れてそれを指先に動かすイメージ。要は魔吸する時の応用編。しかし──上手くいかない。魔吸は呼吸をする時に魔素を取り入れるイメージで想像しやすいけど、魔素を指先に送るのは正直それに値する行動が無いので想像しづらい。

 

「もっと己の中の魔素を感じ取るのだ」

 

「指先よ。指先に集中するの」

 

「なんで……上手くいかないのかしら? 謎だわ」

 

 元々種族的に魔導というか魔素への適性が高い種族の魔鴉族のココミンと森賢族のオフィリムはそもそも何故出来ないのか理解出来ない様子。獣人の中でも魔素に適性がある方のラ=ムゥは二人よりかは適性が高くないのでまだ僕の苦悩が理解出来てるようだ。

 

 大きな課題を残したままその日は終了。

 

 なんとかしなきゃなと魔鴉族のティミスにコツとかを聞いてみたけど彼女も魔導理論なんかは教えれる自信はあるが、今更そんな初歩の初歩を理論だって説明するには感覚で魔素を扱い慣れ過ぎているようで、

 

「確かに、改めて考えてみると感覚に頼り過ぎているね。これは予想外だったな。学者面をしておいてそんな簡単な事すら言語化出来ないとは……新しい課題が出来たよ。ありがとうエンドー」

 

と嬉しそうに去っていった。僕の素人染みた悩みが学者肌の彼女に火を注いだらしい。いや、結局アドバイス貰えてないやんと気づいてなんとか去ってゆく彼女を引き止めて土下座の勢いで頼み込む。新しい課題に集中したい彼女は面倒臭そうにしながらも参考になりそうな本を何冊か貸してくれた。以前は只の雑用だったのでこういった本を読む機会は与えられなかったけど今なら魔導師預かりの身なので平気だ。ティミスには本当に感謝。

 

 流石に100年近く魔導を学ぶチャンスを待ってたんだ。今のロンドバッハ魔導師様の人員不足を考えればそう簡単に追い出されることは無いだろうけど、あまりに僕が使えないと分かれば一、二週間で追い出されてもおかしくない。いくら僕が不老不死といえど100年が短いなんて達観した気持ちは無い。100年が長いという気持ちが無くなった時こそ僕が精神的に死んだ時だろう。この機会を無駄にしてはならない。

 

 早速借りた魔導書を読み込む。狭いながらも魔導師の元で個室を手に入れることが出来たので雑魚寝部屋の手癖の悪い奴を心配しなくてよくなったのは大きい。

 

 『魔導と魔素の関連性』『魔導基礎学』の指南通りにやってみるがやはり結果は変わらない。2時間程あーでも無いこーでも無いと色々やってみたが進捗無し。

 

 考えられる失敗原因は二つ。単純に僕の魔素を操る技術が足りてないか、或いはそもそも僕というこの世界での異分子は魔素を感じ取ることは出来ても、それをオドに変換して送り出す為の器官が存在してないか。

 

 解剖学の知識が発達してないのかは知らないが少なくとも僕はそんな臓器が存在しているなんて聞いたことは無い。そもそもそんな臓器が必要だったならそもそも僕はオドを用いた魔導が使えないってことになる。

 

 まぁおそらく僕の魔素を操る技術が足りて無い……のだと思う。多分。

 

 そう信じないと僕の100年近い雑用が無駄だってことになっちゃうし。正直信じたくない。

 

 手遊び感覚で魔導書を眺めていると貰った何冊の内の隙間から何かがこぼれ落ちた。小さな冊子? いや表紙の簡単な絵からして子供向け用の絵本か。これは。

 

「ティミスの絵本か? そういえば小さい頃には絵本を読んでたかも……偶然挟まってたのかな?」

 

 感傷に浸りながらペラペラ捲る。タイトルは『英雄ヒューズの物語』。この世界で広く流通している物語だ。なんでも昔実在した英雄だとかで教会の発行する聖書の中にも彼についての言及がある程有名なお話。

 

 この世界の文字を勉強する際に僕も使った記憶がある。内容は魔導の才能の無い人族の落ちこぼれ主人公ヒューズがある事件をキッカケに覚醒して、大魔導使いとなって世に蔓延る悪を一匹残らず滅してゆく話だ。それは無惨に、時には相手が可哀想になるぐらいに魔導で捻り潰してゆく。

 

 基本的に魔素の影響を受けて強力に進化した生物、影響を受けた無機物、自然災害に常日頃被害を受けている人族は、その魔導適性の低さと肉体の貧弱さから絶滅の憂き目にあったことさえある。その被害は他の種族に比べて大きい。

 

 民衆は求めていたのだ。この辛い世界に希望を見出すことの出来る英雄譚を。

 

 正直本当に人族からそのような英雄が出たのかは半分疑問視している。森賢族や他の種族ならまだしも只の人族がそこまでの活躍をするのは考え難い。

 

 しかし同時にこの物語は魔鴉族のティミスのような人族以外にも広まっているのも確か。黒塔の入り口にあった金属製の像群の中にも人族の姿はあった。人族の繁殖能力とその身体能力の弱さから生じる敵対者への恐怖。技術の発展に恐怖はつきものだ。戦争が技術力を著しく発展させるように、人族の製本技術の高さからただ各種族に広まっているだけなのかもしれない。

 

 それでもこの本には一定の真実が含まれている……と思う。いや、自分を騙す嘘はやめよう。そうあってくれと願っている。

 

 そう。『魔導の才能の無い落ちこぼれ主人公ヒューズが強大な魔導使いになった切っ掛け』のことを。僕は信じたい。

 

 

 

 英雄ヒューズの物語では魔導の才能の無いヒューズが己の無力に打ちひしがれるシーンがある。無惨に殺された幼馴染の敵討ちとして食事も休憩も摂らず、体が朽ちるほど努力しても魔導の才能の無い彼の力は目覚めることが無かった。

 

 僕と同じく魔吸しか出来なかった彼は投げ槍にいっそ体が魔素中毒になるレベルまで魔素を取り入れてしまう。ただでさえ魔導適性のあまり無い人族だ。重度の魔素摂取で体中を蝕まれ今にも息を引き取りかけた所に賢者が現れて彼に秘薬を授ける。すると、なんということでしょう。彼は元気を取り戻し、魔素中毒になるほど魔素を取り込み魔素との親和性を高めた所為か大魔導使いとして目覚めるのであった。

 

 めでたし、めでたしと。

 

 と、そういう訳で僕が試そうと思うのはその一連の儀式。

 

 この『英雄ヒューズの物語』は多くの種族に知られているので当然これをそのまま真似しようとした手合いも多くいる。しかし結果は全て失敗。魔素中毒にかかってしまえば今の所完全な治療は不可能。魔素の親和性が上がるどころか魔素の薄い場所でなければ拒否反応でまともに過ごせず、体が徐々に衰弱して迎えるのは約束された死だ。

 

 絵本の最後の注意書きにもこの件はしっかりと書かれている。ウサギと亀のかけっこのお話然り、イソップ童話然りこの世界では教訓染みたお話なのだろう。 

 

 わざわざ注意書きに書くぐらいならそのシーンの内容の変更でもすれば良いのにしないのは今更変更の手間を嫌ったのか、或いはそれが英雄ヒューズとしての正史故か。……後者であることを願いたい。

 

 エンピアンの外れ。先刻までは夕焼けがイゾルテ湖の水面に反射していた。今は僅かに輝きが増した月明かりが手元の絵本を薄ら明るく照らしてくれている。

 

 ゆっくりと深呼吸。いつもより呼吸が乱れているのが分かる。緊張しているのだろう。いくら不老不死だからって痛いのは嫌だし、これから行う事が何の成果も生まずに不発に終わってしまうのはもっと嫌だ。

 

 浅く、深く。肺を満たすように魔吸する。他の魔導使いからしたら明らかに遅い速度。今はそれで良い。体内を満たす魔素に集中する。

 

 意識が高揚する。魔素という外部エネルギーを取り込んだ状態は軽い万能感に浮かれる気持ちがある。軽度の魔素酔いの症状だ。この症状が起きるのはまだまだ魔導使いとして未熟な証拠だ。

 

 魔導使いとして魔素に慣れてくると魔素の許容範囲も上がるし、必要な分だけ魔素を取り込む為、熟練の魔導使いになるとほぼ起きない現象。

 

 しかし、どんな大魔導使いといえど魔素の許容範囲には上限がある。

 

 許容範囲を超えたあたりから魔素酔いなどの症状が現れ始めて、最終的に陥るのは魔素中毒。一度中毒になってしまえば完全な治療は不可能だ。そんな遠回りな自殺行為に挑戦しようとしている。

 

 そのまま魔吸を続けると酷い頭痛に襲われるようになった。視界が真っ赤になる。一時的に咳が止まらなくもなった。自分の背中をさすりながら咳を片手で抑えると拳に赤黒い血液が付着した。

 

 まともに立っていられなくなって地面に倒れ込んだ。外部からの怪我ならそろそろ治り始めるところだけど、内部からの破壊の所為か魔素を自らの意思で取り込んでいる為か修復が遅れている。

 

 ここまでは本で読んだ通りだ。普通ならこの時点で魔素を取り込むのをやめてる筈。意思の力で試せる限界に近い。だからこそちょっと丈夫な僕はその先を見るべきだ。そうでもしないとこれまでの苦痛の意味が無い。

 

 もうひと踏ん張り頑張ってみますか!!

 

 全身が悲鳴をあげる。めっちゃ痛いッ!! 血液が沸騰して体内にマグマが流れているかのような感覚。一度マグマ溜まりに落ちて死ぬに死ねない地獄のような思いをした経験があるからこの比喩は比喩の域にとどまらない。あの時は某映画の登場人物のようにサムズアップする余裕すら無かったなぁ。

 

 そんな思考の間にも体内の魔素が抜ける先を探して体中を蠢きまわる。眼や鼻、耳からは大量の血液と共に魔素が溢れ出した。勿論下の穴からも同様に。

 

 あっ、もう無理。

 

 その場で僕は穴という穴から血液を噴いて爆発四散した。

 

 そばに置いていたティミスの絵本は僕の内臓物によってめっためたに汚されてしまった。謝罪と共に新しい絵本を彼女に贈ったなんて当たり前の事、今更言う必要なんて無いけど蛇足だと思って聞き逃してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

「……普通に出来るじゃない? まだ遅いけど」

 

 森賢族のオフィリムが不思議そうな顔で僕の指先に集めたオドの僅かな光を見てそうボヤいた。続けて魔鴉族のコミミンもおそらく怪訝な表情を浮かべて続ける。

 

「ひょっとしてアンタ本当なら出来るのにわざと昨日まで失敗してたんじゃない?」

 

「いやいや、そんなことする意味ないじゃん! 僕だって皆の冷たい視線に堪えるのキツかったんだよ? いやマジで」

 

 指先に浮かんだ光は淡い緑色の光だ。オドの光にしては弱々しい色で頼りなく見える。それでもそれらしい事がようやく出来た僕からしたら嬉しい。

 

「……これでようやく本当に仲間入りだなエンドーよ」

 

 毛だらけの大きな肉球のついた手でラ=ムゥが僕の肩に置いた。眉毛が伸びて瞳はよく見えないけどおそらく笑っているのだろう。

 

 ……よくよく考えるとロンドバッハ魔導師の元で学んでこの二週間ちょいの間、ラ=ムゥからは一度も名前を呼ばれた事が無かったのに初めて気づいた。オフィリムとコミミンは結構冷たくて、基本的にラ=ムゥはそれらを嗜むような立ち回りだったから気づかなかったけど。馬鹿にするように二人に名前を呼ばれることはあってもラ=ムゥは決して名前を呼ばなかった。

 

 獣人族にとって力は、魔導は絶対的なもの。僕は彼にとってその最低限にすら達していなかったのだろう。仲間とは対等な存在。口では仲間と言いつつ今まで認めて貰えてなかったのだとようやく気づいた。

 

 しかし調子に乗ってはいけない。僕が使えるようになった技術は魔導の基礎の基礎だ。

 

 死にかけて、というか一回死んでようやく手にした力はかの英雄ヒューズには大きく劣る力。英雄ヒューズの真の才能に比べると僕はミソッカスだったってことかもしれないが、あの物語の内容もおそらく信憑性の無いものだったのだろう。

 

 

「じゃあ。アンタの奢りで飲みに行くわよ。これまでさんざん迷惑かけられたし」

 

「……一杯だけなら付き合う」

 

「儂は飯が美味い場所が良いぞ」

 

「……ラ=ムゥさんの飯代は払いませんよ」

 

 結局全ての会計を払う羽目になってしまった。獣人の食欲恐るべし。哀れロンドバッハ魔導師の元で貯めた僅かな給料は全て食費へと代わってしまった。暫くは飲まず食わずでやっていくしかないだろう。不老不死とはいえそういった欲望から解き放たれたわけではない。

 

 喉は渇くし、腹も減る。

 

──ただ永い時間を持て余すということに比べれば我慢できるってだけだ。

 

 指先に灯る光を見てちょっと我慢するかと小さく微笑んだ。

 

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