ゆるゆる不老不死の魔導実験の日々 作:心ここに非ず
魔導について学ぶべき事は多い。僕はまだまだ魔導の入り口に立ったばっかりなんだ。浮遊する黒塔ではその為の施設や人材が集まっている。しかしそれは十全な資金あってこそ。ただで動く人材や物なんて存在しない。そんなの実在してたってきっと歪で信用出来ない。正当な働きには正当な対価を、それが社会の常識であり必然だと僕は思っている。
「けどだからって雑草漁りはちょっと……」
「文句を言わずにさっさと収集しなさい。泥臭いの私だって嫌なんだから! あぁ……もぅ後で私も水浴びしなきゃ」
濡羽色の羽を嘴で啄みながらコミミンは鎌で水辺の草を薙ぎ払った。今回僕たちがロンドバッハ魔導師から命じられたのは冷え沼草という薬草にも魔導研究にも使える草の採集及び加工だ。
一見葦のようにも見える長い葉で名前の通りに冷えた沼地に良く生えている。こうして泥臭くて動きづらさに苦労しながら草を刈っているのはそういう理由だ。僕は魔導らしい魔導は使えないけど、使えるのなら魔導で一気に刈り取った方が楽なんじゃないって考えも当然ある。実際そう言ったけど森賢族のオフィリムは呆れた顔で教えてくれた。
『こういう魔導の媒体やポーションに使う素材収集にはなるべくオド由来の魔導を使うべきでは無いの。素材の持っている魔素と反応してしまって効力が落ちてしまうから』
『はへ〜』
『その顔やめて。知性が感じられないわ』
なんて掛け合いもあった。
あっ、コミミンの片足が長靴が泥に埋まったまますっぽ抜けて泥水に顔面から突っ込んだ。森賢族のオフィリムは僅かにその美しい顔の唇を噛み締めて笑いを堪えているみたい。汚れるのが嫌いなのか、沼に踏み入れないですむ場所からの採集をしていて一番成果も少ないのが彼女。獣人のラ=ムゥに至っては我関せずに男らしく服も脱いで裸一貫で黙々と採集している。一番成果が多いのは間違いなく彼だろう。
少しは仲良くなったとはいえ相変わらず協調性なんてのは存在しないチームだ。
まぁ僕も一番効率の良い場所をうろちょろ探したりで個人行動してるのである意味チームとしては統一感あるのかも?
閑話休題。こういう地味な作業は正直嫌いじゃない。単純作業って脳を通さずに黙々とやれるから時間潰しにはピッタリだ。某四角い世界のゲームでもずっとブランチマイニングするのが大好きなのさ。時間と共に脳みそも溶けてしまうのが癖になる。
沼地の邪魔な低木と草を掻き分けながらブツを探す。特徴的なのは葉脈の中央、つまり葉っぱの真ん中に通っている太い筋、主脈が青色っぽいのが他の植物とは違った点だ。
これを集めて粉々に砕き、不純物を取り除いて濃縮したものに魔導的な加工を加えればポーションの素材にも魔導媒体にも使える黒塔の扱う基本的な商品の出来上がり。無論この際にもオドと反応して多少は効能が落ちてしまうらしいが、効率的・長期間の保存には必要な処置。むしろだからこそ素材採集には余計に気を遣う必要がある。
「ちょっと私着替えと水浴びしてくるから……」
泥まみれでトボトボと哀愁漂うココミンの後ろ姿を見送る。朝イチでこの採集を始めて今は太陽の位置からお昼過ぎってところか。お腹も空いてきたしやる気のあまりないオフィリムは置いといてラ=ムゥさんの動きも若干鈍くなってきた。
「そろそろ休憩にしませんか〜ラ=ムゥさん?」
「我はまだ動けるぞ。休むのなら好きにするとよい」
生真面目なラ=ムゥさんはそれ故に自分の意見を曲げない事もある。普段はこのチームの調停役として八面六臂の活躍を見せているがその強い責任感でオフィリムの分の採集量をカバーしようとしているんだろう。
どう彼を説得しようかと考えているとその当のオフィリムがごそごそとバスケットを取り出した。
「お昼作ってきたけど食べる? お肉は入ってないけど味は美味しい筈、多分」
バスケットにかけられていた布がオフィリムの白魚のような指で取り除かれると、そこには大きなパンの間に野菜とチーズのような何かが挟まれているサンドイッチが見えた。森賢族発祥の料理で今はどの種族でも好んで食べられているこの料理はサンドイッチという名前では無いけど、僕からしたらサンドイッチなのでそう訳させて貰った。
サンドイッチはパンの香ばしい匂いと何処かニンニクとバジルに近い匂いのソースがかけられているらしく思わず涎が口からこぼれ落ちそうになるほど良い香りだ。
嗅覚の鋭い獣人のラ=ムゥならその効果は何をか言わんや。長い毛に覆われた口の端から滝のような涎が垂れ落ちるのが遠目からでも見えた。
「さぁ休みましょう」
「……むぅ。そこまで言うのであれば」
口では渋々と、しかしバスケットに向かって真っ直ぐにすすむ彼の前でオフィリムは体を洗ってこないとダメと断固固守。フリフリ振っていた尻尾が萎びて落ち込みようが窺われる。ここはお先にとバスケットへ伸ばした手は彼女のオドが集中した指先で封じられた。
「貴方にあげるだなんて言ってない」
「え〜ケチンボ」
「文句を言う前に魔導の練習をなさい。もし貴方が魔導師にでもなれたらサンドイッチでも何でも作って上げるわ」
そこまで魔導師への道が絶望的だって話だ。まともな魔導使いになるのでさえある程度以上の教養や適性が要求される。その選りすぐりが集まった黒塔でも魔導使いから魔導師に上がれるのは200人に一人ってぐらい。しかも毎年魔導師に上がる人がいるってことでもない。
僕が100余年黒塔で下働きしてた間でも魔導師になれたのは記憶が正しければ10人ちょっとぐらいだった気がする。下っぱでもそんな情報を仕入れられたのは魔導師が選ばれた際には黒塔やエンピアンを挙げてのお祝いになるからだ。年中ほぼ無休な下っぱ生活でもその日だけは大手を振って休めるし、美味い飯と安い酒も振る舞われる。
ほぼ娯楽の無い生活に差される彩り。記憶に残りもするだろうさ。
それはそれとして魔導師という目標は目指すには十分な目標だ。普通ならこんなショボい魔導の才能なら諦めてしまうところだが、時間だけなら十分にある。20年かければバカでも傑作小説が書けるというが僕に与えられた時間はそれを優に超える。才能無しでも何百年か勉強して習練すればいつかは魔導師になれるだろう……多分。
「……言質とったからな」
ぼそっと呟いたのでオフィリムは不思議そうに首を傾げる。西洋人形のような美少女がそんなあざとい素振りをしても絵になるだけなんよ……。
コミミンとラ=ムゥの水浴びも済んで昼食と昼休憩の後に作業は再開。
陽が沈む頃にようやく規定の量に達した。植物の蔓で編まれた丈夫な背負い籠に冷え沼草を詰め込んで帰路を急ぐ。2mを越えているラ=ムゥさんはパッと見、本人の三倍ぐらいの大きさの籠を背負っている。その次に僕、コミミン、オフィリムの順で背負い籠で運ぶ量が大きい。
「……アンタ、ちっこいのに意外と力あるのね」
羽根に草の匂いが着くのを嫌がりながら意外そうにコミミンが呟く。
「いや、多分単純な力ならコミミンの方があると思うよ。腰を入れて身体全体に重さを分散させるイメージかな?」
「それならそのコツをラ=ムゥに教えてあげたほうが効率的じゃないかしら?」
と、一番小さな籠を背負いながらオフィリムは不満そうに言い放った。きっとそうすれば自分達の負担をラ=ムゥさんに持たせることが出来るって考えなのだろう。
「それなら彼はもうやってるよ。ラ=ムゥさんは元々力が強いのに加えて無意識でやってるみたいだけど」
僕は長年この体型なので非力な筋力をカバーする為にそう言った技術を身につけてきた。そうせざるを得なかったって理由もあるけど身に付けるにはそれなりの時間が必要だった。
流石獣人だ。魔導適性が高い彼の種族は運動能力は他の獣人種族には劣るらしいけど、それでも身体を効率的に動かす天性のセンスは飛び抜けている。
「……そう」
最初はあまり表情を読みづらかったけど最近は意外と彼女って感情豊かなんだなって考えを改めてきた。声音やら所作を観察すれば推測は出来る。肉体労働は好まない森賢族が重い荷物を預ける機会を失って残念そうだ。
持ち運ぶ先は直接黒塔では無くエンピアンの近くの大きな工場だ。専門の職人さんの指示に従って籠から筵の上に冷え沼草を降ろして纏める。
「こいつはなかなか結構な量を取ってきたなぁ魔導使いさん」
ムッキムキの馬頭の獣人さんが汗を拭いながら軽やかに笑った。
先ずは工場の中を通っている石造りの水路で草についた泥を落として、混じった別の草を捨てる。当然手作業だ。冷たい水は最初の頃は心地よかったが、作業を続けていると手の感覚が無くなってしまうのが難点。綺麗に洗った後は筵に一定のスペースを空けて並べて干し台の上で乾燥させておく。
ここで終われば良かったのだけど、そうは問屋が許さない。
今回僕たちが命じられたのは冷え沼草の加工まで。作業は一日で終わるようなものじゃない。魔導師付きの魔導使い達はこれからお世話になる冷え沼草の媒体への知識をつけさせて無駄使いさせない(おそらくこれが本題)為に、採集から加工までの辛い体験をさせるのが通例らしい。
二日目は、初日の冷え沼草を一週間乾燥させた物をある程度切り刻み臼に入れてすり潰してゆく作業から。これがまた地味な作業だ。
一番体力のいるすり潰す作業はラ=ムゥが。ナタのような包丁でオフィリムとコミミンが切り刻んで僕がその両者の間を行き来して運ぶ作業という役割分担。
臼の中ですり潰されてゆく内に緑の匂いと僅かに肌にピリピリくる魔素が発生して来た。そこですかさず用意された酸と乾燥して粉末にした冷え沼草を混ぜる。酸は繊維を溶かす効果と魔素が散ってしまわないように一時的に液体に留めておく効果。冷え沼草の粉末は不純物を追加せずに固形にまとめる為に使う。
暫くゴリゴリと太い腕でラ=ムゥさんが潰し混ぜていると粘り気のある緑色の塊になって来た。ここで水をちょっとずつ足して様子を見ながら更に撹拌する。空気を入れて泡が出るまで混ぜると破けた時に魔素も抜けてしまうので、泡が出ないように慎重に混ぜる。監視の職人さんのオッケーが出たら終了。
二日目の作業はここまで。
三日目の作業は今までと毛色が違う。
此処から先は魔導も使っていく。専用の“保存”の術式が刻まれた釜で火を通しながら焦げないように混ぜる。魔吸で魔素を取り入れて、魔素を体内で変換したオドを指先に集中。それをかき混ぜる為の柄杓の先に触れて“付与”する。
これは魔導の基本的な技で、一般的には武器にオドを付与して殺傷能力や破壊力を上げる“魔剣”として有名な技術だ。因みにどんな武器に付与しても“魔剣”と呼ばれることが多い。魔素を取り込んだ強力な生物は、別の魔素であるオドで大きく干渉する事が出来るから単純で基本的なこの技術は広く認知されている。
同じ使い手、同じ武器であっても“魔剣”の有無でダメージの有無に大きく関わってくるのがこの世界の事実であり決まり事のようなもの。
当然魔導使いなら誰でも使える。僕もなんとか見様見真似でコミミンがやるのを見ながら成功した。難易度自体はかなり低そうだ。
僕たちはそれぞれの釜で火を調整しながら暑さを我慢しながら混ぜ続けた。ふつふつと茹った表面が段々と粉っぽくなって来て、色も鮮やかな緑色から若干青みがかった茶色っぽくなった。途中火の加減を間違えたのかちょっと焦げ臭くなってしまったけど一応は完成した……のかな?
「エンドー……それは大丈夫なのか? 後でロンドバッハ魔導師にそれぞれ完成品提出する必要があるのだぞ?」
「まずい……かな?」
それぞれのオドの色が完成の色合いに影響してくるらしく、ラ=ムゥさんのは赤っぽい。魔鴉族のコミミンのはラベンダー色で森賢族のオフィリムのは鮮やかな緑だ。僕のオドの光は淡い緑色の事を考えると、これは普通に焦がしてしまったからこの色なのか? えっ、マズイな。
しかし、材料は等分したので……もう残ってない。
「えっ……これ……終わった?」
「ご愁傷様」
オフィリムの冷ややかな視線がしでかしてしまった事の大きさを気づかせた。救いを求めるようにラ=ムゥとコミミンを見つめたが視線は逸らされてしまった。
どうするよ……これ