「俺は陰キャ、ゲーム世界に転生したランカー、でもストーリーはニワカ……どうしよう」 作:カンさん
「うぅ、勇者さまと離れ離れになるの寂しいです……」
四度の爆散を終えて、五度目の爆散を迎えようしているのはサファイアに抱き締められている勇者だった。
エリア2を攻略した勇者はルビーとサファイアの祖父であるエメラルドに、エリア3まで来るように指示を出されていた。それに難色を示したのがサファイアであり、かれこれこうして30分ほど前から足止めを喰らっていた。
しかしいつまでもこうしていられる訳ではない。エメラルドから催促のメールがサファイアのギアをチカチカと光らせている。
さらに勇者のギアも「遅延行為は辞めてください。
仕方なし、とサファイアが離れると勇者はホッとした。女の子に抱き着かれる事など前世含めて皆無だったからだ。ルビーもサファイアも凄いな、と彼は戦慄する。
「それでは勇者さま、いってらっしゃいませ」
ワープゲートが起動し転送されていく勇者を見送るサファイアだったが。
「……えいっ」
突如彼女は勇者に急接近し、彼の視界がサファイアの顔で埋まる。そして軽い音と感触が頬に伝わると同時に、サファイアは離れて……赤く染めた頬を緩めて笑顔を送る。
「また会いましょう」
「――」
何をされたのか、理解した勇者はしかし……彼女に対して返事する暇もなく出会いの砂浜から消え去った。
光の筋となり空の彼方へと飛んでいく勇者を見上げ、サファイアは鳴り続けるギアを手に取る。
相手はエメラルドだ。ずっとメールを無視したからだろう。
しかし彼女はそれに応じることなく、ただ浸り続けた。唇に残った愛しき感触に。
◆
「な、なんじゃこりゃああああ!?」
エリア3――別れの山岳にて、
エリア2とエリア3を繋ぐワープゲートの前に立つその少女は、此処に転送されてきた
え、なにこれ……こわきも……。
少女がドン引きしていると、勇者のギアが自動回復プログラムを起動させてビデオの逆再生の様に勇者の体を元に戻した。そんな機能あったの??? と少女は絶句した。
「……?」
「あ、気が付いたか?」
「!?!?」
体が再生し意識が戻った勇者は、至近距離で顔を寄せる少女に気が付いて思いっきり後退った。
緑色の髪はサイドテールに結ばれ、何処か知性を感じさせる翡翠色の瞳は真っ直ぐと勇者に向けられていた。
少女は勇者の反応に少し驚き、しかしすぐにニヤニヤと悪戯っ子の様な笑みを浮かべて彼ににじり寄った。
「ほうほうほう。報告を聞いていた通り、
「……?」
魔王軍の事を知っている目の前の少女に対して、誰ですか? と問いかける勇者。
今の言葉から察するに誰かから自分の事を聞いている風だったが……そうなると思い浮かぶのは二人の姉妹だ。
しかしあの二人は祖父である司令官にしか報告していない筈だ。
――筈、なのだが。
「おお! そういえば自己紹介がまだじゃったな!」
そう言って目の前の少女はクルリと体を回して――その際に短いスカートがふわりと舞ってその中身が見えそうで見えないギリギリを攻めていた――勇者の顔を下から覗き込むようにし、キャピッと笑顔を向ける。ルビー以上にあざとい動きだった。
「ワシは地球防衛軍総司令官エメラルドじゃ。そうじゃのう……お主に分かりやすい様に言うなら――ルビーとサファイアの祖父じゃ」
「――」
勇者は、目の前の少女の正体を知って――彼にしては珍しく絶叫した。
「なっはっはっはっは! いやー! お主最高じゃな! 最高の反応じゃ!」
勇者の反応に大いに喜んで笑顔を浮かべているのは100歳を超える翁を自称する少女だった。その快活な笑顔にルビーの面影を見るも、すぐにその中身を思い出してぶんぶん頭を振って尊い思い出を吹き飛ばして脳破壊を逃れようとする勇者。
さて、このエメラルド。何故姿かたちがルビーやサファイアと同年代の少女のソレと同じになっているかと言うと、それは彼女彼ら人類の成り立ちが関係してくる。
元々今の人類は、彗星が前時代の地球を破壊した後に創造されたなんちゃって人類である。現存する原種を徹底的に破壊し、残存していた情報からより優れた原種を再現した全く別物の外来種。それが勇者たちや魔王軍の祖先である新人類だ。
エメラルドは、その彗星エネルギーを主軸に行われた破壊と創造のメカニズムを解析し、理解して、そして己の技術へと昇華して――最初に生まれたのが今流行っているメタルクラッシュである。
「アレも破壊と創造じゃからのぅ。そのギアに生命力を込めれば破壊の後に創造されてそれぞれの
「……?」
「お主よく分かっとらんじゃろ」
はぁ、とため息を吐くエメラルド。その姿も可愛い。
色々と難しそうな説明をされたが、そこに今のエメラルドの容姿とどう繋がるのだろうか? そう問いかけると「よくぞ聞いた!」とエメラルドは瞳を輝かせた。
「今の人類は旧人類と違って彗星からニョキニョキ生えるか、人類同士の生殖で生まれるかのどちらかじゃろう?」
そうですね、と彗星から生えて来た勇者は頷く。
彗星の適当な仕事の賜物である。
「じゃが後者の生殖ではどうしても相手との相性が必要。そうなると見た目が重視される訳じゃ」
この辺は旧人類のデータが元になった習性らしい。
「ワシも若い頃はたくさんの
「……」
「じゃがな! 年を取ると誰も見向きしなくなった! ワシもそこまで興味を持たなくなった!」
「……」
「それが何か寂しいなーと思い……己の肉体の破壊と創造を始めた」
できるのか? という疑問は抱かなかったらしい。
メタルクラッシュを作ったエメラルドは、今の人類は気付いていないだけで容姿年齢性別を自由自在にできると、そういう種族なのだと理解していた。
理解していたが故にできた――そして。
「見事成功したワシは、次は可愛い
「!?」
なんで!? といきなり話が飛躍し叫ぶ勇者に、エメラルドはニマニマとしながら言った。
「じゃって、面白いじゃろう? 可愛い女の子が実はお爺さんでした、とな。
それが分かった時の相手の顔は可愛いぞ♡」
つまり性癖の破壊と創造である。
なんて性格が悪いんだと、TSのじゃ元爺ロリっ娘を見ながらジトッとした目を向ける勇者。しかしその視線にも慣れているのか、臆するどころかカッカッカッと笑うエメラルド。
「まぁ色々と言ったが、ワシは男でも女でも魅力的という訳じゃな」
性格は割と最悪な部類だな、と勇者は出会って1時間も経っていないのにエメラルドに対して遠慮が無くなって来ていた。
この元男からどうやってルビーやサファイアが生まれたのだろうか、と新人類の遺伝子情報の欠落にため息を吐いた。
「さて。お主の反応も楽しんだ事じゃし、仕事をするかのう」
散々勇者をからかい遊んで満足したエメラルドは、早速と言わんばかりにこのエリアの最初のステージに勇者を連れて行く。出来れば帰りたかった。
「なんじゃ? どうしたんじゃ?」
勇者の考えを読んでるかの様に、前を歩いていたエメラルドは振り返って問いかける。
その動作すら可愛いと思ってしまえるからもう嫌だ。
彼はエメラルドの愛らしさを無視して、思っていたことを口にする。
何故そこまで強いのに自分の力が必要なのか、と。
「……ほう」
勇者の言葉を受けてエメラルドの表情が変わった。
家族以外の他人に対してお気に入りの玩具への興奮を抱くエメラルドだが、今の勇者に対してはーー。
「分かるのか? ワシの力が」
自分の事を正しく認識してくれる強者への喜悦だった。
100年以上魔王軍を退けて来たエメラルドの力は人類の中で卓越しており、唯一彼女と渡り合えるのは魔王ただ一人だった。
しかしその魔王相手にだって彼女は負けたことがなかった。
お互いの事をライバルだと言いつつ――何処かで孤独感を抱いていた。
勇者は言った。ルビーやサファイアから聞いていただけだと。しかしそれと同時に初めて会った時から「あ、この人強い」と彼の体が認識していた。
だからこそ――自分は本当に必要なのか? と疑問に思ってしまった。
「そうさのう。ここで全て答えるのは簡単じゃが――」
トンっと彼の隣にジャンプして勇者の耳元に口を寄せて囁く。
「――教えてあげない♡」
ゾワッとして勇者はササッとエメラルドから離れた。
そんな彼の反応が面白かったのか、満足げに笑うエメラルド。
(普通にワシの動きを目で追ったなぁ……面白い)
さらに警戒して距離を開ける勇者に、エメラルドは年甲斐もなくワクワクした。
「さて、例の如く魔王軍がステージ弄っている様じゃが……」
ステージ1に続く井戸を前にしてエメラルドはふむふむと顎に手を添える。
おそらくこのステージも一人でしか入れない仕掛けがあるのだろう。
慣れて来たとはいえ少し怖いなぁと勇者が思っていると……。
「まっ、ワシには関係ないじゃろ」
そう言ってエメラルドは突然ギュッと勇者の手を握って来た。女の子の体の柔らかさと温かさにドキンッと心臓が高鳴り止まりそうになる勇者。そんな彼の様子に気付きながらもあえて無視して愉しみながら、エメラルドはグイっと引っ張る。
穴の中に落ちながら。
当然勇者は抵抗などできるはずもなくエメラルドに引っ張られる形で落ちていき、魔王軍が仕掛けた罠がバチバチと二人の体に干渉していく。
「やかましい」
しかしエメラルドが一言言い、起動させたアタッカー型のギアを振るうと魔王軍の罠は搔き消された。
同時に二人はステージへと転送されていき……。
「せっかくこんな面白い奴と
そのまま、光となって消える。
「上手くいったようじゃな」
一体何をしたんです? と勇者は問いかけた。
過去のエリアでは色々と理由があり彼だけがステージに入って攻略していた。しかし、今回はどういう訳かエメラルドも一緒に入ることができている。
説明を求めるようにジッとエメラルドを見ると、彼女はニシシと悪戯が成功した様に笑いながら答える。
「元々奴らの技術は、ワシの技術の猿真似じゃからの。あの程度の妨害システムを弄るのは容易いわい」
大したことをしていないかの様に言うが、魔王軍からしたら溜まったものじゃない。
しかし、そうなると疑問に思うことが一つ。
それだけの力があるのならここのエリアのワープゲートの解放……もっと言えば勇者が歩んできたエリアも解放してくれれば良いのに、と。
「できなくはないが、それすると
加えて魔王軍の方が戦力が多い為、各エリアに戦力を分散させて各個撃破……というのがエメラルドの戦略との事。
「それに楽しくないしのう」
楽しく……ない……?
彼女の言動に勇者が理解できずに混乱していると「さて」とエメラルドはステージ奥にあるゴールを見る。
「さて、ワシら二人が居れば攻略は容易い――勇者よ、ちとお主の力を見せてくれんか?」
え? と疑問に思っているとエメラルドは笑みを浮かばてとある提案をする。
「共闘ならぬ競争――どちらが早くゴールできるか勝負じゃ」
「???」
何でそんな事を? と聞けば、力を見せろと言ったじゃろと少し呆れたように言う。
「じゃがな。それとは別に遊んでみたいと思ったんじゃ」
「……?」
「ルビーもサファイアも真面目じゃからのう。二人には肩の力を抜けと言うておるが、まだ若いからそうも行かん。そしてそれは勇者お主もじゃ――たまには遊べ。ふざけろ。楽しみな」
「――」
転生してから生き苦しく感じる事が多々あった。周りは真面目な性格な人たちばかりで、すぐに村の為に働く者が多かった。彼はその空気が苦手だった。
だから遊べと言われたのは初めてで――。
「それじゃ、よーいどん!」
「!?」
エメラルドがフライング気味にダッシュをしたのを見て、勇者も慌てて追いかける。
了承もしていないのに強引に事を決めるエメラルドは苦手だ。ただ、今この瞬間だけはーー好ましい、と思った。
その後勇者はエメラルドと一緒に魔王軍を蹴散らしながらステージの中を駆け巡った。
その時の兜の中は……笑みが浮かんでいた事を誰も知らない。