「俺は陰キャ、ゲーム世界に転生したランカー、でもストーリーはニワカ……どうしよう」 作:カンさん
──お爺ちゃんが見つけた勇者くんすっごく強いんだよ! あっという間に魔王軍倒しちゃうんだ!
──勇者くんって結構お寝坊さんでアタシが起こして上げたんだけど、一度起きてもアタシを見た瞬間また寝ちゃった! 今度は白目だけど。
──勇者くんの
──勇者くんがね!
──勇者くんが!
──勇者くんが!
耳障りだった。通信を開けば双子の妹の口から出てくるのは「勇者」ばかり。
じっちゃんは興味津々だったけど──私は到底受け入れる事ができなかった。
ルビーの中でその「勇者」とやらの存在が大きくなる度に、私も「勇者」の存在が大きくなっていく。嫉妬の対象として。
あんなに私にベタベタだったルビーが、いつも私の事を大好きなお姉ちゃんだと言っていたルビーが──盗られてしまった。
だから奪い返すんだ。私の宝物を、私だけの最愛の輝きを。
だからその偽物の仮面を剥いでやるんだ。勇者なんていう肩書きで私の妹を誑かすその本性を。
そう思って私は、ルビーからそいつがこのエリア──出会いの砂浜に来ると聞いて、此処でソイツを待ち、そして狙撃銃の銃口を向けた。
「……君がルビーの言ってた勇者くん? 悪いけど、あの子と違って私アナタの事──全く信用してないから」
ルビーは優しいからコロッと人に騙されてしまう。だからお姉ちゃんである私が守らないといけないんだ。
とっととこいつを追い出して、魔王軍を倒して、平和な日常でルビーと遊ぶんだ。
そのためには君は邪魔なんだよ。
だから──正体を現せ!
そう強い意志を持って睨みつけると──。
「……!」
目の前の勇者はドロリと溶けてしまった。
「……ぇ?」
あまりにも衝撃的な光景に私は。
「きゃああああああああ!?!?」
ただ悲鳴を上げる事しかできなかった。
◆
『自動回復プログラムを起動します』
本来ならステージ攻略中になんらかの原因で魔王軍に負け、脱落してしまった時の為に備え付けられたプログラムが勇者を回復させる。多分使い方が間違っています。
ドロドロの不定形から何とか人型に直った勇者は、目の前で腰を抜かして座り込んでいる青髪の少女を見て思わず後退った。
「いや、何でアナタが怖がるの……!? 私の方が怖かったんだけど……!」
その勇者の反応に心外だとばかりに怒る青髪の少女。
しかし勇者はずっと怯えたままで話にならなかった。
もうこの時点でルビーの言う「凄い勇者」から掛け離れており、彼女は通信を開いて彼を此処に送った元凶──ルビーに物申す。
「ルビー! 本当に彼があなたの言っていた勇者くん!? 本当は身代わり送って、自分は本物とい、イチャイチャしているんじゃ……!」
『お姉ちゃんどうしたの突然!?』
通信先のルビーも困惑していた。とりあえず状況を説明した所……。
『紛れもなく勇者くんだよ!』
「聞いていた話と違うんだけど……!?」
『でもでも! バトルになったらカッコいいよー!』
その言葉にイラっとくるが、何とか抑え込む。
ルビーは嘘を言う性格ではない。むしろ素直過ぎて時々言葉の針が突き刺さるほどだ。
『とりあえず、視線の高さを合わせてゆっくり近づきながら話しかけてみなよ。あと大きな声出したらダメだよ?』
「幼児!?」
思わず突っ込むが、それで勇者がビクッとさらに怯えて遠ざかった為ルビーの言っている事が正しいことが判明されてしまった。
えー……と情けない姿を見せる勇者を見るなか、ルビーは言う。
『お姉ちゃんも彼の事気に入ると思うから、頑張って仲良くなってね、それっじゃ!』
「あ、ちょっと、ルビー!? ……もう」
通信が切れたギアを見て、怯える勇者を見て……少女、サファイアはため息を吐いた。
これでは自分が虐めているみたいではないか。……元々その予定だったが。
このまま放り出せば良いのに、彼女は何故かルビーの言う通りに勇者の警戒を解く作業から入った。
新エリアに入ってから行われたのは、心に傷を負った野生動物に不器用な少女が手を指し伸ばす、そんなドラマみたいに展開から始まった。
3時間後。
「……」
「ようやく、話せる……」
何とか自分がルビーの姉である事を伝えたサファイア。
正直へとへとだった。何でこんな事しているんだろう、と。
これでどうやって魔王軍を、幹部を倒したのだろうと逆に疑問が湧いてきたサファイア。
「……ねぇ、一回バトルしない?」
どうやら彼女もまたルビーと同じ生命エネルギーは流れているらしい。
「……?」
どうして? と不思議そうにする勇者。
「……だって、アナタが何者なのか分からない。……本当は有無を言わさず追い出す気だったけど──アナタの力を見たくなった。……ルビーがあんなに褒める勇者の力を」
「……!」
両者の間に流れる空気が変わったのをお互いに感じ取る。
サファイアの目には勇者に対する排斥の感情以外に、彼の力を見てみたいという強い好奇心があった。その瞳に宿る色を勇者は見覚えがあった。
今回は紅ではなく蒼く輝いているが。
「……」
勇者は断ろうとし、すぐに無理だと悟った。
目の前の彼女からは逃げられない。エリア1で散々味わったあの感触を思い出し、確かにルビーの姉だと実感した。
「……じゃあ、フィールドを展開する」
サファイアがギアを取り出すと同時に、彼女と勇者のギアが光り出し。
『『バトルフィールド展開』』
メタルクラッシュギアの本来の力が行使され、次の瞬間二人はその場から消え去った。
◆
メタルクラッシュギアには、一対一のバトルを行うシステムが搭載されている。
バトルを行う二人は二つのギアが作った亜空間に送り込まれる。
そこで負った傷はダメージとならず、バトルが終えれば綺麗さっぱりと元通りだ。
『……バトルステージはAに 』
勇者の頭の中にサファイアの声が響くと同時に、彼は住宅街に着地した。どうやら此処が今回二人が戦う場所らしい。遮蔽物がほどほどにあり、開けた場所もある全ての
『……先に相手の
視界に4000の数字が表れる。攻撃、防御、被ダメージが発生すれば減ってしまう事を前世の頃から彼は知っている。
思えばここまでメタルクラッシュではなく、魔王軍との戦いばかりしていた。慣れない事をして少しだけ精神的に疲れていたのだと彼は実感した。
久しぶりのメタルクラッシュに少しだけ気分が高揚している。
『……じゃあ──始め』
サファイアのその言葉と同時に──銃撃音が響き渡った。
「──油断大敵」
スコープ越しに吹き飛んでいく勇者を見ながらサファイアは冷静にリロードを行う。
このバトルの主導権は彼女にある。仕掛けたのは彼女で、ステージを決めたのも彼女で、そしてバトル開始を告げたのも彼女である。
卑怯だが実践ならこれでリタイアだし、スナイパーがアタッカーに一対一で勝つには初撃で仕留めるしかない。
しかし、何故だろうか。サファイアは心に思っていない事を呟いていた。
彼の力を試すために吹っ掛けたこの喧嘩──これで終わると思っていないからこそ、彼女は初めから仕留めに掛かった。
戦うと決まった瞬間にこちらを射抜く甲冑越しの彼の瞳を見た、あの感触を信じて。
そしてサファイアの
「──っ」
スコープ越しにこちらを振り返った勇者と視線が合い、ぞくっと戦慄が走る。
ルビーの目は曇っていなかった──コイツは強い。
しかしどうやって弾丸を防いだのかと注視する。シールドを張った際のエネルギー光は見えなかった。
「──まさか」
サファイアは勇者の持つ剣を見て、予想が当たって驚いた。
しかし、そんな事が可能なのかと。
死角からの狙撃を剣で弾くなんて。
そんな芸当ができる人物をサファイアは一人しか知らなかったが、今日で二人となった。
『相変わらずマスターは規格外ですね』
勇者の持つギアが達観した様に声を出した。
彼は前世でメタルクラッシュで遊んでいた際、シールドを使う事がなかった。正しくは存在を知らなかったというべきか。
禄に操作説明書を見ずに妹のアカウントにてフィーリングでプレイしていた彼は、敵の攻撃を全て回避して、近づいて斬る。これを繰り返して多くの勝ち星を上げてきた。
他のプレイヤーからはシールド&ステルス縛りをしていると思われていたが真相はこんなもんである。
しかし彼のそのプレイスキルは年月とともに磨き上げられていき、そしてこの世界で彼の力となった。
「ああしたい。こうしたい」というイメージが明確であればある程その通りに動く転生先の肉体。人間としての当たり前の生を犠牲に培われた唯一の技術。本来交じり合わない二つが重なった結果が──サファイアと相対している勇者という男だ。
「──当たらない」
サファイアはまっすぐ近づいてくる勇者に向かって何度か弾丸を放つも、全て回避されていた。その事に対して驚きはなく「だろうな」と分かり切っていた。
シールドを使うのを期待して
おそらく
このままだと斬られて終わりだ。このままなら。
「ゼロ距離で当てるしかない」
運が良ければ彼女の
ならば、と戦略が決まったサファイアは
サファイアはスコープから目を離して顔を上げる。もう目の前に勇者が来ていた。
狙撃銃を構えて、彼が斬りかかるであろうポイントを予測し、銃口が頭に行くように計算する。
さぁ──勝負だ。
勇者の射程範囲にサファイアが入り、彼の神速の剣が振るわれる。同時に
「──勝った」
勝利を確信した故に漏れ出たその言葉は──先に言った彼女の言葉がサファイア自身に帰ってくる。
油断大敵。まだ戦いが終わっていないのに安堵してしまった彼女は信じられない光景を目の辺りにする。
──サファイアの声を聞いた勇者は
ゆっくりとなった視界の中、甲冑に浸食している弾丸を見つけてサファイアに向けて振るっていた剣を無理やりに捻じ曲げて
それにより彼自身にはダメージが入ることなく、彼はそのまま掲げた剣を振り下ろし──サファイアの
勝者は勇者。
二人の視界にそう示され、勇者はホッと息を吐く。
対してサファイアは動けないでいた。
あり得なかった。本来の軌道を無理やり捻じ曲げるなんて物理法則を無視している。何より狙撃の弾丸を素で避けていたこと自体あり得ない。普通の人間じゃない。
彼は、確かにルビーの言う通りに強かった。
サファイアは己の妹の言葉に、彼のデタラメな強さに打ちのめされていた──訳ではなく。
(──反則)
彼女が打ちのめされていたのは、甲冑の下にあった勇者の素顔だった。
戦闘中の彼の顔は集中しており、普段の自信なさげなナヨナヨした表情は消え失せ、そこにはあるのはキリッと整った顔。
もし街中で見かければ10人が10人振り返る──それほどまでに異性を惹きつける魅力があった。
そしてそれを至近距離で見てしまったサファイアは。
「──勇者、さま」
無事に脳を焼かれてしまった。
サファイアは面食いであった。
◆
「……これからよろしくお願いします勇者さま」
バトルが終わり亜空間帰って来たサファイアは勇者の存在を認め、それどころか彼に言い寄っていた。
どうやら彼女の中で勇者はルビーと同じくらいの位置付けがされたようで、好感度がマックスとなっていた。
なお勇者はいきなりグイグイと来るサファイアを警戒していた。ルビー以上に自分の領域に入ってくる存在は初めてだ。そもそも他人と関わること自体がサファイアで二人目である。田舎のひとたち? 家族認定なのでノーカン。
「……」
「敬語は辞めてほしい──勇者さまったら、距離を詰めるのが早くて素敵……♡」
それはそっちじゃないの!? こっちがおかしいの!?
勇者は愕然とし、都会の女の子ってこんなに距離感近いのかとサファイアの言葉に戦慄していた。
そんな二人にギアにメールが届いた。
確認してみるとルビーが「仲良くしている?」と心配していたようで。
「はい」
「!?!?」
メールを確認していた勇者の腕に抱き着き、パシャリと写真を撮るサファイア。
勇者は女の子の柔らかい感触に石化し、サファイアはそのままルビーに写真を送った。「物凄く仲良くなった」という一文と共に。
「……それじゃあ勇者さま、ステージ1に案内する」
「……」
「……ふふふ。初めての共同作業♪ 共同作業♪」
ズルズルと勇者の石像を引き摺りながら、幸せそうな表情を浮かべるサファイア。
エリア1以上に苦戦しそうだが──それを自覚している者は居なかった。
「──なにこれ」
エリア1にて、サファイアからメールを受け取ったルビーは写真を見て呟いた。
普段の明るさを感じさせないくらいに、冷たさを持って。