しかし本作では力をつける期間が短かった故に、ブチギレ死姫様相手に果たして勝てるか心配と言う有様であった。
現世と空間的に切り離された豪奢な邸宅に、絶えず轟音が響き渡る。
轟音の発生源は、怪獣が如き巨体の三本の尾を持つ巨大な白い狐。
その巨大な白い妖狐の名は『死姫』、近隣の妖怪から畏れられていた妖怪達の頭領である。
「人間ガァァァァァ!マタ!マタモヤ妾カラ奪ウツモリカァァァァァァ!!」
その巨大な白狐は両の眼から絶えず血の涙を流し続けながら、娘である堕姫の心を盗んだ憎き人間の少年へ嵐のような攻撃を仕掛け続ける。
一方で攻撃を仕掛けられた少年は、片腕に気絶した狐耳と尻尾を持つ少女こと堕姫を庇うように抱きかかえながら、死姫の猛攻を躱し続けていた。
「やめろ死姫! 俺はあんたと戦うつもりはないんだ!」
「ナラバ妾ノ娘ヲ離セェェ!人ニ惹カレタ以上ハ最早悲シミカラハ逃レラレヌ!ナレバコソ妾ガ喰ライ産ミ直スシカナイノジャァ!」
少年、宵野弦哉が叫び呼びかけるも最早冷静さを欠いた死姫は聞く耳を持つことはなく。
別の生き物のように荒れ狂い動く尻尾で崩れた柱を器用に掴むと、弦哉めがけて轟音と共に投擲。
その投擲された柱はあわや少年を圧し潰す、かと思われた次の瞬間には高速で飛んできた一つの人影に抱えられ飛び退る事で致命的な一撃の回避に成功していた。
「夜霧ィィィィ!貴様モ妾ヲ裏切ルカァァァァ!!」
「頭領!確かに人間は救いようのない連中が多い!だが良い人間もいると言う事は貴方も知っているでしょう?!」
「ソノ善キ人間ガ結果的ニ悲劇ヲ齎ス事ハ貴様モ知ッテオロウガァァァァァ!!」
弦哉と堕姫を下ろした夜霧は再度背中の羽で飛び上がり、同じ愛する人を人の醜悪さで喪った同士と言える死姫へ必死に呼びかける、しかし。
死姫は言葉など無用とばかり吠え叫び、巨体に見合わぬ速度で踏み込んで夜霧を巨大な尻尾で掴むと。
情け容赦なく夜霧の身体を地面へと叩きつける。
「ガハァッ!?」
「夜霧さん!」
「ぐ、ぅぅ……逃げろ弦哉! 今のお前じゃ、死姫には勝てない……! お嬢を連れて逃げるんだ!」
背中から地面へと死姫の尻尾によって叩きつけられた烏天狗である夜霧の羽が折れ曲がってひしゃげ、叩きつけられた衝撃で内臓を痛めた夜霧は激しく吐血。
堕姫の危機を報せてくれた妖怪のその姿に弦哉は駆け寄ろうとするも、夜霧は苦痛に呻きながらも見所のある人間と堕姫を死なせないために来るなと叫ぶ。
夜霧にとっては面倒極まりなかった堕姫の付き人の仕事であったが、彼女の妖怪らしからぬ価値観と人を助け寄り添おうとする彼女と過ごした時間は悪くなかった。
そして、そんなお嬢を託すに足る善良な人間に会う事が出来た。
死に時を間違えた夜霧にとって、命を懸けるには十分すぎる理由だった。
「人間ノ醜サ、愚カサヲ知ル貴様ラシクモナイ言葉ダナァ。夜霧ィ」
よろめきながらも立ち上がり、二人を逃がす為に捨て石になろうとしている同志と言えた妖怪……夜霧の姿に死姫は忌々しそうな表情を浮かべ。
しかし、同時に娘を産み直す場合はまとめて鬼火で焼き払うわけにもいかない死姫は、その手に娘を取り戻さんとばかりに軽く身を屈め……野生の狐が獲物へとびかかるが如き姿勢で、夜霧の妨害を意に介する事なく弦哉と堕姫へ飛び掛かった。
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あれ?ここはどこだろ?
意識を喪失する寸前に弦哉君に助けを求めたら、めっちゃ頼りになる声が聞こえたとこまでは覚えてるんだけどなぁ。
なんか目の前には大きな川があるし、周囲には彼岸花が咲き誇ってるんだけど……コレもしかしなくてもアレじゃん。
弦哉君が原作でも何度か経験している臨死体験で足を踏み入れた、三途の川のとこじゃん?!
「え?もしかして僕死んだの?!」
思わず彼岸花が咲き乱れる花畑の中でガビーン、と尻尾を逆立たせながら叫ぶ僕。
そんな僕の耳に、聞いた事のない声なのにどこか懐かしさを感じる声が届く。
──大丈夫、お主はまだ死んではおらんでござるよ
「え? 誰? どこにいるの?」
聞こえてくる声の出所が良くわからない、正面から聞こえてくるようにも後ろから聞こえてくるようにも感じる。
だけども声はそんな僕を、父親のように見守る気配を滲ませながら言葉を続ける。
その声には、悔悟の感情が満ちていた。
──極楽に行く事を拒み現世に戻ろうとし続けた拙者は、ただ狂っていく妻を見続けることしか出来なかった。
──けれども見る事が叶わなかった我が子を、そして不器用ながら娘を愛そうとする妻を見る事が出来た。
とても優しい声、その声を聞きながら僕は川の向こう岸に一人の男性を漸く見つける事が出来た。
その男性はかなり距離のある向こう岸に立っていて、どんな顔をしているかまではわからなかった。
だけど、きっとその顔はとても優しい顔をしていたんだと思う。
──我が娘よ、名前を付けてやる事が出来なかった我が子よ。どうか妻を止めてほしい。
──約束を守れなかった愚かな夫の死と子が流れた事で、壊れてしまった愛する妻を。
──どうか、どうか何も出来ない拙者に代わって……。
声の主……僕の父様が涙声で僕に川の向こう岸で頭を下げながら願う。
僕の力、人の念や祈り……そして魂を受け取り力へと換える力ならば、確かに父様の願いを受け取る事が出来る。
だけど、それをするという事は。
──辛い選択をさせてしまって本当にすまぬ、すまぬ……。
──されども、拙者は消えるわけではござらぬ。今までもそうであったように、これからもお主の側に在り続けるだけでござる。
父様のその言葉で、僕は漸く声がどこから聞こえるのかを理解して。
震える手で鬼火を作り出すと、父様の声が鬼火から聞こえるようになった。
「貴方……父様は、ずっと僕の側にいてくれていたんだね」
──彼岸からでは碌に声も想いも届けてやれなかった、不甲斐ない拙者を許してほしい。
「許すも何もないよ父様、だって父様は僕と……母様をずっと見守ってくれていたんでしょ?」
僕の問いかけに父様は何も応えない、けどもその沈黙は全てを肯定しているも同義だった。
死にたくないってのは今でも変わってない、けども父様の願いを断るという選択肢は僕の中には無かった。
「うん、一緒に往こう父様。一緒に母様を止めにいこう」
──ああ、共に往こうぞ。我が娘よ。
──地獄の獄卒も、そして閻魔様も特別に許して下さるそうだから。
父様の言葉に僕は首肯で応えると同時に、川の向こう岸にいた父様はゆっくりと姿を消していく。
僕はその姿を目に焼き付けながら……何回も繰り返し、無意識に行えるように練習した術式を僕は省略する事なく彼岸花が咲き乱れる中で執り行う。
流れ込んでくる父様の母様を止めたいと言う願い、妻と子を護りたいという祈り、そして変わる事無く妻子を愛し続けていた想い。
それらが鬼火を通じて僕の中に流れ込み、混ざり合い、そして力へと変わっていく。
これまで僕が頑張り回収してきた想いや信仰とは比べ物にならないその強い力は、僕のお尻がムズムズしたかと思えば尻尾を3本へとあっという間に増やしてしまい。
今までとは比べ物にならないほどの力が、僕の身体全身に満ち満ちていくのを感じる。
そして僕の視界が白く染まり、彼岸花に囲まれていた景色は消えていき……。
次に戻った視界では、上空に飛び上がった真の姿を現した母様が今にも僕と……僕を庇うように抱きかかえていた弦哉君に襲い掛かろうとしている光景だった。
戻るの少し遅すぎたかな、なんてちょっと考えながら僕はゆっくりと両手を母様へ向けて伸ばし。
今までの僕では不可能だった大きさと強度の結界で、母様の突撃を受け止めた。
「堕姫ィィィィィ!」
「母様、父様に会ってきたよ……母様を止めてほしいって頼まれた」
「ソンナ事ヲアノ人ガ言ウワケガナイ! アノ人ハイツモ妾ヲ受ケ入レテクレタ! アノ人ガ妾ノ邪魔ヲスル事ナドアリエナイィィィ!!」
もはや狂乱状態と言える様相の母様、今ならわかる。
母様の心と魂は、とうの昔にすり減り壊れて限界を迎えていたんだ。
そしてその中でも、壊れながらも僕を愛そうとし続けてくれていた。
今まで理解出来なかった……いや、理解しようとしていなかった母様の想いに僕は自分でも説明出来ない感情のままに涙を零しながら。
母様がいつも大事にしていた白鞘の刀、父様の形見を妖力で呼び寄せて抱きしめ、力と願いを刀へと込める。
「堕姫……」
「弦哉君、お願い。母様を止めるのを、手伝ってくれる?」
「……わかった」
僕の様子に手を伸ばして何かを言おうとしていた弦哉君へ振り返り、僕だけではきっと止められない母様を止める手伝いを頼む。
いつも通りの笑みを浮かべたつもりだったけども、僕は笑えていただろうか?
「お嬢……不甲斐なくてすいません……」
「夜霧さんもありがとう、凄く助けられてたんだね。僕は」
僕の顔を見て傷だらけの夜霧さんが謝ってきた言葉を遮ると、僕は暴れ狂う母様を正面から見詰めながら白鞘から刀を引き抜く。
鞘から引き抜かれたその刀は刃こぼれ一つない、直刃の綺麗な刀身をしていた。
きっと母様が、人知れず手入れを欠かさずしていたのだろう。
少し前ならいざ知らず、父様と母様の想いを知った今は母様をどのように傷つけたなんて言葉にしたくない。
ただ結論だけから言えば……僕は弦哉君と夜霧さんの手助けを受けて傷だらけになりながらも。
巨大な白い妖狐の姿の母様の額に父様の刀を祈りと願いと共に突き立てた。
「ア、アぁぁ………」
刀を突きたてられた母様は先ほどまでの暴れ狂っていた姿、そして狂気を沈め。
刀に篭められた父様の願い、祈りによって狂気と憎悪をゆっくりと解きほぐしながら瓦礫しか残っていない屋敷の上に横たわる。
「堕姫、すまぬ、すまぬのう……妾は、ただお主に幸せに……」
「ううん、いいよ。わかってるよ母様」
理性が戻った眼差しで僕を見つめ、ただひたすら悔いながら僕へ向けて言葉を重ねる母様。
僕は喋るのも辛いであろう母様の大きな鼻先に抱き着き、怨んでいない事を行動と想いで示す。
「妾は、ただあの人と。あの人との間にできた我が子と、幸せになりたかった。それだけで良かった……」
ゆっくりと手足の先から、粒子状に身体を消滅させながら母様は両の眼から透明な涙を流しながら言葉を続ける。
そこには人間を憎む妖狐ではなく、ただ愛した人との幸せだけを欲していた一人の女狐がいた。
「善き人間よ……虫の良い話じゃが……どうか、我が娘を……」
「……ああ、任せろ」
「ああ、妾は救えない愚かものじゃ……消えるその時になって漸く、本当の願いを思い出すとはのう……」
ゆっくりと消えていく母様の身体は、気が付けば頭を遺すのみで。
僕はただ、強く母様の鼻先に抱き着く事しか出来なかった。
「妾の可愛い堕姫や……どうか、愚かな母を許さないでおくれ……」
「そんなこと……! 僕は母様を怨んでいない……!」
「……本当に、お主は愚かで優しいのう。まるで」
妾が愛したあの人のようじゃ、そう最期に言い遺して。
パキン、と母様の額に突き刺さっていた刀が地面に落ちて折れる音を残して母様は完全に消え去った。
僕はただ茫然とその音を聞くしかできなくて、ゆっくりと屈んで落ちた刀を拾おうとするが視界がぼやけて上手く刀の柄と折れた刃を掴めない。
原作六巻で討滅される悪役が退場した、ただそれだけ、それだけなんだ。
だから僕は悲しくない、悲しい筈がないんだ。確かに父様と母様の想いを理解した、けども。
「……堕姫」
「な、なーにー? 弦哉君」
「俺と夜霧さんは念の為、危険な妖怪が周囲に残ってないか見てくる」
「……今ならどんだけ声を出しても、誰も聞かないでしょうさ。お嬢」
地面に蹲る僕に弦哉君と夜霧さんが、どこか気遣うような声をかけるとゆっくりと離れていく足音が聞こえる。
僕の滲んだ視界の先にある地面に、水滴が次々と落ちて広がっていく。
そして、その水滴が折れた刀の刃に落ちた瞬間、僕の感情は決壊した。
「ぁ、ぁぁぁぁ…………!」
僕は救いようのない愚か者だ。
ただ母様に怯えて顔色を窺いやり過ごすのみで、母様の想いを知ろうとしなかった!
そこに確かに生きていた母様の事を、ただのキャラクターという目でしか見ていなかった!!
「ごめんなさい、ごめんなさい母様ぁ……!」
僕はただ、瓦礫と化した屋敷の上で折れた刀の柄を握りしめながら。
声にならない声で泣き叫ぶことしか出来なかった。
ちなみに原作だともっと盛大に大暴れしていた死姫様。
彼女が結界を超えて現世でも大暴れした事で、現世に妖怪や怪異と言う存在が知れ渡ったのは悲しい事件でしたね……(そのあとの排斥展開を思い出し青い顔)
『ここからは平叙運転』
めっちゃ曇った堕姫ちゃんですが、ようやくこの世界での傍観者態度が矯正されます。
この娘割とエンジョイ勢ムーブしてましたが、それは結局は主人公こと弦哉君何とかしてくれると言う見通しの甘い楽観視してたのが原因です。
原作を読み込み設定集を網羅してたが故に持ってしまった神の視点(神ではない)の弊害ですね!
なおその結果、盛大に曇り散らかした模様。