海には負けない!   作:銀ちゃんというもの

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【人類】
 この世界には“獣人”という概念がない。なぜなら動物と混ざっていない人間が存在しないからだ。
──『ターニングターニン~みなもに眠る泡~』ゲーム内tipsより



04 机

 反復練習は定着させるために行うもので、すでに定着しきった知識や技術が剥がれ落ちるのは使う必要がなくなるからだ。なら日常的に使っている事柄の、さらにその前提となる基礎知識を繰り返すのはもはやなんの意味があるというのか。

 要するにこの世界に来て学園に通い始めてからというものの、数学の授業がつまらなくてたまらない。

 高校レベルの数学を収めているのに今更小学生レベルの算数を習うのもアレだと思うわけだ。

 

 どういうわけかは知らないが、この世界の算術の方式が見覚えのある表意文字で構成されているのもこの愚痴の理由の一つである。文字も計算方法も変わらないのだ。四則演算など習うまでもない。

 まあそれをいったら文字もローマ字っぽいし、発音もラテン語族っぽいのだが。

 製紙技術が発達してるところとか、建築様式にだいぶ現代的なものが混じってるところとか、たぶん気にしたら負けなのだろう。

 

 真面目に受けている顔をして、私のノートは自由帳と化している。ところどころに落書きと、今後の計画メモが散らばっており、先生に見られたら教科書で頭を叩かれそうなありさまだ。

 

 放課後の今、みんなが寮に戻ろうというタイミングでも私はノートと向き合っていた。今日の開かれたページはいつもとちがう、ギッシリと大量のメモ書きが書かれているのだ。

 

 それもこれも全て、先日の大会で判明してしまった事実が悪いのだ。

 私はスーシェという子が将来闇堕ちするものだと思っていた。しかし彼はすでに邪悪な信徒の扱う力を持っていた。

 シーアの欠損からとてつもないバタフライエフェクトが発生したものと考えていたが、さすがにその可能性は低いと思う。

 つまりすなわち圧倒的記憶違い。私はもう私の原作知識を信用しない。

 

 それに、私はあの大会のあとに襲撃を受けたのだ。

 学園を囲む街へと嗜好品を買いに繰り出していたときのこと。気づけば通りから私以外の人が居なくなっており、黒ローブ姿のいかにも怪しい奴らに襲撃された。たしか邪悪な信徒たちの下っ端はああいう格好をしていたような覚えがある。つまり私は彼らに命を狙われている。誘拐目的かもしれないが。

 この件も未解決といっては未解決で、人払いをしてまで私を狙ったというのなら無差別とは思えない。さらなる面倒事に巻き込まれたということだと思う。

 

 学園生徒特権で武器を持ち歩けていて助かった。でないと素手で対応することになり、傷を負いながらどうにか逃げるのがやっとだったろう。

 現在ピンピンしているのは愛用している棍棒ちゃん2号のおかげなのだ。1号はどうしたかって? 地面にぶつけて折っちゃった。

 

 ちなみにさすがにメイスは持ち歩けない。あんなごついもの剥き出しで歩くと、誰も彼もに警戒されてしまうからだ。

 

「あー、うーっ。どうしよー」

 

 だから今、思い出せる限りの原作知識を書いていって原作知識を可能な限り正常な形に戻そうとしているのだ。

 

 下らない内容から重要なものまで、重要度の貴賎なく並べられたメモ書きたちはこの世界にとってどれほどの価値があるものなのかは私には判断できない。

 だが見られることがマズイのはわかる。だからこちらへまっすぐ近づいてくる足音に気づいたとき、私は慌ててノートを閉じたのだ。

 

 そうして顔を上げると……えと、名前はなんだったか。クラスでは親しまれてあーちゃんだのなんだのと呼ばれている女の子が私の前に立っていた。細く長い蛇のおっぽが、楽しそうに揺れている。

 彼女は商人の娘で流行に敏感だ。流行りを持ち込む彼女は年頃の女の子から人気が高いのだ。

 

「ツキさん、お時間少しもらってもいいかな?」

「いいよ」

 

 襲撃にどういう意味があったのか今後の命の危険はどうか、今日明日でどうにかしたい問題だがどうにかできるような問題ではないのは確かなのだ。

 クラスメイトに塩対応をする理由にはならない。

 

「ありがとう、ちょっとこっちに来てくれる? 見てもらった方が早いから」

 

 促されるままにいつの間にか人がほとんどいなくなってしまった教室の中で、唯一残っている子達の集まりに案内された。

 

 あーちゃんを含めて、その机は4人で囲まれていた。

 背後には褐色の尾羽が生え、頬の白色の羽根が特徴的なシロ、彼女はスズメのようにこの教室で一番ちっこい。

 縦に並んだ灰の2つ角が強そうという印象を与えてくるセラス、おそらくサイがモチーフになっている。

 あとは……クジラの胸びれのようなものが耳から……って。

 

「シーア?」

「ええ、ツキさんを待ってひまそうにしてらしたからさそったの」

「呼んでくれれば良かったのに」

「だってツキちゃん、ずっとむずしそうな顔でノートみてるから」

 

 あーちゃんが指さした机には、紙が一枚と硬貨が1枚置かれていた。

 紙には文字がひとつひとつ並んでいて、何も知らなければ教材のようにも見えた。しかし私はこういうものを見たことがある。

 

「こっくりさん……?」

 

 思わず口から漏れた言葉があーちゃんの耳に入ってしまった。

 

「どうしたの?」

「あ、いやあ、なんでもないよ。どうしたのこれ?」

 

 そう聞くと彼女は腰に手を当てて得意げに笑った。

 

「ふふん、これはいま王都ではやってる恋うらないなの」

「へぇ」

 

 こっくりさん……いや版の見た目はウィジャボードか。随分と物騒な形をした恋占いは、所々にハートマークが描かれていてなんとかそれっぽさを出しているように見えた。

 

「恋占い?」

「ええ、うらないをする人みんなでコインにゆびをのせて、神さまにおねがいするの。うんめいのあいてにはいつあえるのとかね」

「うん」

「するとコインがかってに動いてこたえてくれるらしいの」

 

 想像以上に予想通りだった。

 私は一瞬、どうすべきか考えて固まった。

 

 とはいえやめさせる理由そのものは見つからない。

 こういうのが学校で禁止になる理由は、信じ込みやすい子が恐慌状態に陥ってしまうなどの事故が発生するからで、それを言っても彼女たちには通じないだろう。

 そもそもその程度で私は止めようとは思わない。ではまっさきに止めたいと考えてしまったこの忌避感は何から湧いて出てくるものだろうか。

 

 せめて万が一のために、監視役として私も参加するのが最善策か。

 

「……いいよ、やろうか」

 

 すでに私たち以外いなくなった教室で、なんとも懐かしいものをやる羽目になるとは思わなかった。前世ですらやったことがないのに、ここは異世界だぞ。

 私とあーちゃんが席に着くと、みんな恐る恐るといった様子で硬貨に人差し指をのせた。

 硬貨が少し狭く感じる五本の指。それぞれ私、シーア、あーちゃん、シロ、セラスのものだ。

 

「おねがいすればいいの?」

「まずは神さまをお呼びするみたいね」

「どうやって?」

「えーと、まずはみんなで『おいでください』って3回繰り返して……ああ、へやのなかでするときはまどを少しあけておくんだった」

 

 忘れ物を思い出して彼女は忙しなく席を立った。

 

「……前は洋服だったけど、色々見つけてくるよね」

「んーん、これはあーちゃんじゃないよ」

「そうなの?」

「うん、わたしがもってきたの」

 

 シロは頬の羽根を揺らした。

 

「このあいだ王都にあそびいったシロが見つけてきたの。ただいま……さ、はじめましょ」

「えと……」

「おいでください、3回ね」

「ああそうだったね」

「「「おいでください、おいでください、おいでください」」」

 

 5人で復唱したが特に変化はない。しん、と静かになった教室には、風で揺れる枝と葉の音が響くだけだ。

 

「これでいいのかな」

「たぶん……だれかなにかきいてみたい人、いる?」

「……だれもやらないなら、わたしがやるね」

 

 シーアが立候補して使っていない手を顎に当てる。

 

「うーん、じゃあ、『わたしのうんめいの人はだれですか』……わっ」

「動いた!」

「すごいすごいっ!」

 

 私たちが指を乗せた硬貨は、自然にスルスルと動いていく。

 これには私も予想外だ。誰かがこっそり動かしていたとしても、こんなに自然に動くとはとても思えない。

 不気味なほど自然に紙面を滑っていく。

 

「すごい、すごいよ! シロ、すごいね……シロ?」

 

「……はぁ……は」

 

「どうしたの?」

「シロのようすがちょっとへんで……」

 

 見ると彼女は、何かをこらえるように歯を食いしばっている。眼球は落ち着きなくあちこちに視線が飛んでいて、汗もすごい。

 

「は、ぁ。くっ……ふっ、う」

 

 顔が青白く、明らかに苦しそうだ。

 私は慌てて彼女に呼びかけた。

 

「シロ、シロ! 聞こえる? 返事はできる!?」

 

 呼吸が荒く、すぐそばで話しかけているのに返事がない。いつの間にか彼女の指は硬貨の上で力いっぱいにふるえていて、それでも絶対に指を離さない。

 おかしい明らかにおかしい。恐慌状態? 催眠だろうか、どうして今このタイミングなのだ。

 とにかくどうにかしなければならない。

 

「……C」

「C? こんなトキになにを……えっ」

 

 そういえば、まだ誰も硬貨から指を離していない。いや、離せない。手を持ち上げようとしても、力が抜けて指が震えるだけだ。

 

「うそ……」

 

 ゆっくりと動く硬貨は「C」の文字を過ぎて今度は「A」の方向へ向かおうとしている。

 ようやく、これがこっくりさんだということを思い出した。

 まさか……本当に? 

 しかしこんな状態に陥って告げられるシーアの運命の相手とやらがいいものとはとても思えない。

 でも削がれる。行動する気力を削がれて、結果を見届けなければと意思が引っ張られる。

 

「シロちゃん、シロちゃん!!」

 

「A」に到達した硬貨が、またどこかへ向かおうとする。止まらない。シロの苦しそうな声が聞こえて、つられるように私も苦しいような気がしてきた。

 

 どうすればいい、どうすればこの状態を抜け出せる。

 どうすれば。

 どうすれば、どうすれば。

 どうすれば! 

 

 

 パチンッ。

 

 私たちの囲う机の真ん中で、大きな破裂音が鳴った。

 私は……いや、私も、跳ねるように驚いて、顔を上げる。その先にあったのは、シーアの手だった。

 

「みんな、おちついて、聞こえる? わたしのこえ」

 

 シロも含めた全員が、声に従うままこくりと頷く。

 

「ゆっくり、ゆっくりいきをすって」

 

 ただ声のままに。

 

「はいてー」

 

「あ」

 

 今までどうしても離れなかった指が、硬貨から転がり落ちた。

 

「シロちゃん。しずかにもう一度しんこきゅうをしてみて、ゆっくり、わたしのめをみて」

「う、うん」

 

 シーアはそっとシロの頬に手を添えると、そのまま確かめるように手のひらを額に動かした。

 

「あれ。ここ、いつのまにか切れちゃってる。きっとここがいたかったんだよ。そうだよ」

「そ、そうなの?」

「そう。そうだよ」

 

 見ると、シロの額には切り傷ができていた。一本線で深くはない、血が滲んできている。

 あんな傷、これを始める前にはなかった。

 

「ほけんしつで見てもらお? あとがのこったらたいへんだよ」

 

 シロはゆっくりとおちついて、シーアに促されるままに立ち上がった。その姿にあの恐慌状態の面影はない。

 教室は元の静けさを取り戻していた。

 しっとりと残った脂汗が、嫌な感触を残している。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 あれから数日経ってもどうにかして止めるべきだったなんて悩んでいるのはあまりに効率が悪い。悩んでいても仕方がないのはわかっている。

 わかっているが、ただでさえ問題山積みのなかであんな問題の種になりそうなものに遭遇してしまうと嘆かずにはいられない。

 

 あの恋占い以降、私たちの中で自然とあの話題が忌避されるようになった。シロはおでこに処置を施してもらい、通常通りに授業を受けている。

 シロが信じやすく雰囲気に飲まれやすい子だったと解釈してもいいが、しかし恐ろしいことにかわりない。

 

「ようし、お前ら。こんど遠足の班決めするから、友達誘っとけよーじゃあ今日は終わり。じゃあな」

 

 放任主義の男担任が教室から出ていく。

 2週間後に遠足を控えているのだが、ぶっちゃけそっちに構っている暇がなくなってきた。

 もっとすでに抱えている問題と真剣に関わらなければならないだろう。

 

「ツキちゃん! ツキちゃん……? どうしたの」

 

 すぐに駆け寄ってきたシーアが私の顔を覗き込んだ。

 

「ああいや、なんでもないよ。シーアこそどうしたの」

「んーいっしょにいきたいなって思ったの!」

 

 まあそうなるだろうなと思う。シーアに誘われなければ私が誘っていたし、互いに互いが一番親しい人間だ。一緒に行かない理由がない。

 

「いいよ、行こうか」

「うん…………ほんとにだいじょうぶ? げんきないね」

「ないねって……」

 

 断言されてしまうとは思わなかった。そんなに顔に出ていただろうか。

 とはいえ、シーアを心配させるわけにはいかない。

 

「いや、大丈夫だって」

「ううん、だいじょうぶじゃない。そうだツキちゃん、みやこにあそびにいこ」

「王都に?」

「うん、いっしょにいって、たのしむの!」

 

 彼女は表には出さないが、遊んで悩み事を少しでも忘れさせようとしてくれているらしい。

 伊達に7年も友達をやっていない、シーアの裏の意図くらいすぐにわかる。

 

 しかし、気分転換か……いいな。ずっと悩んでいてもいいアイデアなど浮かぶはずもない、新鮮な思考には新鮮な環境が必要だ。

 それに私もシーアと遊びたいし。

 

「いつ行く?」

「じゃあつぎのおやすみの日!」

「明日ってこと?」

「うん!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 今回は装備もある程度整えた。また襲撃を受けたとしてもシーアを守れる自信はあるくらい万全だ。

 

「みやこ、人いっぱいだね」

「はぐれないようにしないとね」

「じゃあ手、つなご」

「そうだね」

 

 学園のある小島から、王都のある本島までは船で2分もかからない。間の海は底が見えないほどの深度がないから、海の怪物の心配もなく数少ない安全に行き来できる航路だ。

 

「どこか行きたいところある?」

 

 だから学園の生徒もよく王都に遊びに行くし、私も何度か来たことがある。

 

「レコード買いたい。まだ西のレコードやさんさがしたことなかったよね」

「聞くものもないのに?」

「お家にかえったらきけるからいいの」

 

 そういうシーアは私の手をぐいと引っ張った。

 

「そのまえにあそこのおみせでおかし食べよ」

 

 シーアが指さした先の店は、少し古めでモダンという言葉からはかけ離れたところだった。言い表すならアンティークな喫茶店だろうか。

 

「こないだセラスちゃんが、おちゃがしがおいしかったって」

「それ、紅茶がメインのお店なんじゃないかなぁ」

 

 人混みを器用に避けて扉の前に立った彼女は遠慮なくその戸を押し開いた。

 

「ごめんくださーい」

「多分そのテンションで入るところじゃ……あ」

 

「……あ?」

 

 店には2人しかいなかった。

 ひとりはマスターらしき男性、静かにコップを拭いている。

 もうひとりは見覚えのあるショタ。

 小さな体には不釣り合いの太いワニの尾が主張する後ろ姿。

 ゆっくりと振り返った彼は。

 

「……ツキ=ウールススとシーア=ピュセーテ?」

 

 スーシェ=クロコ。

 現在最大級の私の悩みの種だった。

 

 




【学園】
 王都のある本当から二分ほどの距離の小島に建っている。貴人から庶民までが通っており、希薄な王国の身分格差の象徴となっている。
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