海には負けない!   作:銀ちゃんというもの

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06 占い

 階段がギシギシと音を立てて、否応なしに不安を喚起する。

 どこかジメッと湿ったここは外より少し冷えていた。

 薄暗い木張りの地下室、いくつかの部屋と柱が見える。

 今のところ人の気配はなく、安心していいものか不気味に思うべきか悩ましいところだった。

 

 こんなところにいる理由は、驚くことにシーアにあった。

 家屋に入り込んだスーシェの様子を伺っていた私と、シーアに聞かせてもいいのか疑わしい内容になってくる声に不安を覚えたのだ。その迷いの表れにシーアをそっと確認したとき、彼女の苦々しかった表情が厳しいものになった。こちらが叱られている気分になるような表情だった。

 だからこそなのかもしれない。そのあとの彼女のお願いを聞いてしまったのは。

「あっちにうらの入口が見えたから、こっそりはいってしらべてきて」

「……調べるって何を……」

 そもそも彼女の意図がわからないのもあるが、こんな場所にシーアを一人置いていくわけにいかないというのが、あのときの本音だった。

「ツキちゃんならきっとわかってるよね」

 真剣な表情で寄ってきたクリーム色の少女は言外に伝えてきたのだ。隠すなよと。

 

 怖かった。

 あの子の責めるような視線を初めて身に受けて、折れてしまったのだ。私は何も理解していなかったのに。

 

 頷いてしまった以上は仕方がなく、シーアの言わんとしてることがわからないまま裏口から建物に侵入したらすぐに地下への階段を見つけた。シーアも追ってこられるように入口の戸は開けたままにしておいた。あれならすぐに気づけるだろう。

 もっと怖かった。明らかにボス部屋行きじゃないか。

 

 果たして私は一体どこにいるのだろう。

 甚だ疑問である。

 

 真っ当な発想で想定するならば邪悪な信徒たちの急進派の連中とやらの秘密の地下室のハズ、そのはずなのだが……。

 

「……ぐちゃぐちゃだ」

 

 床には資料と思しき紙が大量にちらばっており、小道具……羽根ペンにインク、本、ロウソクなども同様に整理のせの字もなく落ちている。

 まるで生活感がない。

 資料を拾い上げかろうじて読める文章は、専門用語と他国語が多くて理解ができない。

 

 廊下でこれだ。それぞれの部屋はどうなっていることか。

 シーアがなんの意図で命じてきたのかはわからないが、確かに調べるべきものができた。

 地上が心配だが、スーシェがいる。悪いようにはならないはずだ。……信用しすぎだろうか? 

 

 私が優先すべきはシーアが悲惨になるルートの回避じゃなくて、シーアだ。ルートと関係なくあの子に何かあっては本末転倒である。

 

 ……。

 

「調べよう。シーアが大丈夫っていったんだ。大丈夫、きっと、シーアは大丈夫……」

 

 

 

 

 

 祭祀場……もしくは神殿と思われる部屋の状態は1番酷かった。

 入口にあった白黒の柱は途中で折れ、装飾品のようなものも破損が激しい。滅茶苦茶だ。

 とても真っ当に扱った結果には見えない。

 人の仕業か、そうでないかすら私には判別がつかないありさまだ。

 

 しかしそれより遥かに重大なものがあった。

 いくつかの記録のようだ。

 毎日最低1ページ以上、そしておおよそ一月前に途切れている。

 これ以外にもいくつも記録らしきものはあったが、破けていたり染みて読めなかったり、記録が途切れるのが早く求めてる内容に不足が多かったりした。それぞれに癖があり、理解しやすいものも少ない。流し読みでは時間がかかりすぎるため断念した。

 おそらく全て別の人間が書いたものと思われる。

 

 行った儀式についてや見たものについてなどそれぞれが事細かに書いているようだったが、一月前に総じて全員が同じことを記している。

 

 神憑りが起こった、と。

 

 

 

 神憑り。言葉通りの意味ならば、だれかに神様と呼べる存在が憑いてきたということか。お祭りなどで起こることがあると聞いたことがある。

 しかしこの世界の魔法というものは神と呼ばれる存在を強く意識して行われるものだ。言葉や舞を奉納して、神々に奇跡を起こしてもらう。それが魔法。私の持っているものを熱する魔法だって、毎回なにかもわからない神に力を懇願している。

 この世界の魔法は仕組みも何もかもがシンプルで、神様に力を願う。そしてそれを受け取った不思議な力を持つ存在が現象を起こす。それだけだ。

 私たちにとって魔法とは再現性も科学的な理論もない。やっていることは祭祀に近い。魔法使いは、司祭者だ。

 だからこそ、この神憑りを文面通りに受け取っても良いものかがわからない。なにせ我々にとって力を貸してもらうことは普通だが、彼らが私たちに直接接することは普通ありえないからだ。

 

 考えていても仕方ない。別の資料も確かめよう。

 神憑り後のことでそれっぽい資料はこれだった。自称、最後まで正気を保っていた信徒の記録の一部だ。

「次第に感染するようだ。昨日おかしくなったと思えば、次には別のやつもおかしくなっている。

 いままでに行った召喚に不備があったとは思えない。しかし現に我々はなにか我々の信ずる水底の存在から、我々の目的からかけ離れた干渉を受けているのだ」

 神憑りの解釈がどうであれ、怪異から何らかの干渉を受けていたようだ。邪悪な信徒の信仰からすると彼らにとって喜ばしいことのようにも思えるが、どうやら違うらしい。目的にそぐわないとはなにか。

 その目的については探してもついぞわからなかった。

 

 しかしそうなるとさっき上で聞いていたあの声の主たちはみんなおかしくなったあとということだろうか。

 その彼らは邪悪な信徒からすれば急進派と呼べるほど活発化しており、無作為に何かを降ろす儀式のような占いを広めているらしい。

 

 普通に考えれば、彼らの最終目標である地上に海を呼び寄せるための行動のように思える。

 しかしそれが彼らとは違う目的で動いている? 

 

 これ以上何かがわかるとは思えず、漁っていた部屋からため息混じりに出ると階段の方から足音がした。

 思わず心臓が飛び跳ねて部屋の中に隠れてしまったが 、次第に聞こえてきたのはシーアの声のようだ。

 

 そっと覗くと、スーシェの手を引いて階段を降りる彼女の姿が見えた。

 

「シーア、上はもう終わったの?」

「ツキちゃんっ」

 

 スーシェの手を引いてゆっくり降りてくるから、彼女の足は遅い。

 どうしたのだろうと近寄ると、スーシェは呆然としていて真っ当な状態には見えなかった。よく見るとどちらの服にも返り血がついていて、歩いたあとには赤い足跡が残っている。

 

「……スーシェはどうしたの?」

「…………」

 

 シーアは彼の顔を少し覗き込んで苦々しい顔をした。

 そっと引いていた手を離して、自分の服に付着したその返り血を指さす。

 

「みんな、首にナイフさしてたおれちゃった」

「…………へ?」

 

 私はその意味を理解することが出来なかった。

 首に……ナイフを? 

 今まで我慢していたのか少しづつ涙が浮かんできた瞳を見て、私は両手を伸ばして彼女の顔を抱え込む。ただでさえ片方しかない栗色の瞳が、涙で隠されてしまうのはいけないことだ。

 

「えと…………自殺?みんな自分の首にナイフを刺して死んじゃったの?」

「うん」

 

 私より少し背の高い頭を、屈めさせるようにして胸に押し付けて頭を撫でる。

 彼女の腕が腰に抱きつくのを感じた。

 

「みんなとつぜん笑いだして。首に……」

「……」

「うえのゆか、まっかになってて」

 

 ……なるほど、スーシェの状態も納得だ。

 私だって目撃していたら彼のようになってしまう自信がある。むしろ異様なのはシーアなのだ。

 相当に衝撃的な光景なのは想像に難くない。いや、実際の現場はそれ以上だろう。

 転がる複数の死体、血液でぬめる床、漂う気持ちの悪い鉄の香り。

 どうして死んだのかを知っているということは、きっと目撃したのだろう。そのうえでパニックになるでもなく、ここまでスーシェを連れてきた。

 できればその自殺に至ったきっかけのようなものも確認したいが、今それを聞くのは躊躇われた。

 

 それにしてもシーアは強いな。

 でも私がその強さに頼るわけにはいかない。

 しかし私はこういうとき投げかけるべき言葉がわからない。そういうのはシーア(お姉ちゃん)の得意分野だから。

 

「シーア」

「……」

「…………」

 

 彼女ならきっとこうしてくれるだろうと思うから、クリーム色の髪の毛をそっと撫で続けた。

 しばらくすると彼女は私からそっと離れて袖で涙を拭う。

 

「ごめんね、ツキちゃんのふくがぬれちゃって……」

「大丈夫、シーアは……」

「んへ、ありがとう。……それより、なにか見つかった?」

 

 シーアは薄暗い地下室を見渡して小首を傾げる。

 

「……少しね」

「おしえて?」

「……」

 

 どこまで伝えるべきだろうか。

 私は少し考えて口を開いた。

 

「急進派って呼ばれていた彼らの目的は、恋占いを使って色んな人に神様を呼び込むことみたい。たぶん才能がある人は、シロとかあのお姉さんみたいになっちゃうんだと思う。多分あれは失敗だけど」

「ううん、さっきあの人たちがしんじゃうまえにいってた。……えっと、「理外の神々の意思とただの狂気を我々に区別できるものか」って」

「…………ああなった人みんなに神様が降りてるかもしれないってこと?」

「かもしれないみたい」

「とにかく、恋占いは広まっちゃったから、どうにかしないと大変なことになる。早くここを出て……」

 

 シーアが私の服の裾をつまんだ。

 じっと、私を覗き込んでくる。

 

「ほんとに」

「……え?」

「ほんとにそれだけ?」

 

 またあの苦々しくて真剣な顔。見透かされているようで、少し恐ろしい。

 ……何を見透かされた? 意図して怪異に関連する情報を隠したこと? どうして。

 

「…………」

「……ごめん、まだある。ここの人たちは、なにかの神様に操られてたみたいなの。それでどうしてか恋占いを広めさせられてたらしい」

「うん」

「だから本来の目的とは違うことをしてたんだって」

「どういうもくてきなの?」

「それはわからなかった」

「ほんと?」

「うん」

「わかった」

 

 シーアは腕を組んで唸った。

 

「今あぶないのはシロちゃんかもね」

「確かに、そうだね……」

 

 とはいえどうすればいいのかはわからない。私は天井を仰いで、額に手を乗せた。

 地下室はヒンヤリとしていて薄暗く、心細かった。

 しっとりとした空気が視線のように感じて落ち着かない。

 いい案は何一つ思い浮かばない。

 

「……な。ああ……なあ、その」

 

 割り込んできたのは変声期に入る前の男の子の声。スーシェがゆっくりと、怯えるように動き出した。

 

「スーシェくん、もうへいきなの?」

「あ、ああ。すまねぇ、シーア」

 

 彼は自分の両頬を叩いて顔をあげた。

 

「もうぜんぶ見たんだろ、すこしは聞こえてた。とりあえずは帰らねぇか?」

「……」

「ツキも、お前がオレたちのことどこまでしってんのかしらねぇけど。今はそれよりめんどうなことになってるんだろ」

「…………まあ、わかったよ。行こ、シーア」

 

 振り向くと、その頬を膨らませてじっと私たちを睨みつける彼女の姿があった。

 ……色々聞かせすぎてしまったのかもしれない。後々質問攻めにあうかもしれないな。それっぽい嘘を考えとかないと。

 そう思ったのもつかの間、彼女は私たちの腕を取ってその不機嫌そうな顔を隠そうともせずに言った。

 

「お昼ごはんは?」

「「え」」

「まだたべてないよね。お昼ごはん」

 

 この状況で食べるつもりなんですかシーアさん。メンタル強すぎて怖い。

 




【シーア=ピュセーテ】
 原作ではプレイヤーにも原作主人公にも「お姉ちゃん」と呼ばれる友人役。序盤から中盤にかけてのお助けキャラクターでもある。
 基本的にその包容力と母性で原作主人公とプレイヤーへ安心する居場所を提供する。そのため、終盤以降悲劇的な目に遭遇したシーアを助けるため原作主人公たちが覚悟を決めて行動に出ることになる。
 類似の事例としては「駆け出しの冒険者が真っ先にお世話になる宿屋の女将」があげられる。若造のころ世話になった店主に恩返しをするため常連の中堅冒険者たちが立ち上がる感じのノリ。

 そのお姉ちゃん(ぢから)の一つである程よい気遣いは、生まれつきの推察力に由来している。
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