魂哭   作:宇宮 祐樹

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夢告

 ここのところ、奇妙な夢を見る。

 その夢は決まって、雨の降るレース場から始まった。

 私はいつも、勝負服を着て発バ機の前に立っている。

 奇妙なことに、その発バ機のゲートは、二つしかなくて。

 そして、もう一つのゲートに入っているのは、いつも。

 顔が黒い靄で覆われている、誰かだ。

 

「よォ」

 

 ゲートが閉じると、くぐもった声が隣から聞こえてくる。

 

「……また、アナタ?」

「うんざりか?」

「ひと月も同じようなコトが続いたら、さすがに」

 

 眠れない、とか、うなされる、みたいなことはないから、まだ許せるけど。

 

「あなたの目的は、何?」

「オレに勝ったら教えてやるよ」

「……そう」

 

 そうやって構える彼女を見て、私も姿勢を整える。

 ゲートが開くのは決まって、私がそうしてから三秒後だった。

 

「ほら」

「……っ!」

 

 でも、不思議な――あるいは腹の立つことに、私はいつも出遅れてしまう。

 何か泥のように粘ついた、奇妙なものに脚を取られてしまって。

 それが何なのか、後ろを振り返って確認しようとしたことは、ない。

 そうしてしまうと私はまた、彼女に負けてしまうだろうから。

 

「遅ェぞ」

「うるさい……!」

 

 もう五、六バ身は離れているはずなのに、彼女の囁きが耳元から聞こえてくる。踏みしめる大地の感触も、肌を叩く雨粒の鬱陶しさも、乾上がるような肺の痛みも、全てがまるで現実のように感じるのに。

 彼女の声だけが妙に夢のように、ぼんやりと私の頭の中で響き続けている。

 そして――

 

「また、オレの勝ち」

 

 感覚でおよそ二四〇〇メートルほどの距離を走ってから、だろうか。

 黒い靄のかかる顔を私に見せながら、彼女はいつもそうやって笑ってくる。

 

「おいおい、頼むぜ? オレはオマエみたいな腰抜けを育てた覚えは無ェ」

「……私も、アナタに育ててもらった覚えなんて、ない」

「そうか?」

 

 いつも間にか目の前に立っていた彼女は、私の顎をくい、と上げて。

 

「こんなにも、似てるのになァ」

 

 黒い靄の向こうにある金色の瞳を細めながら、そう告げた。

 

「っ、やめて……!」

「おい」

 

 手を振り払って、彼女と距離を取る。

 ……いつも、こうだった。

 私は、彼女に勝てない。何度も何度も出遅れて、大差をつけたまま負けてしまう。

 それが想像以上に悔しくて、それ以上にこの悔しさをどう受け止めればいいのか、分からなくて。燻ぶった感情が、胸の奥にこびりついたまま剥がれない。

 正直に言えば、私はあまり勝ちには拘ってこなかった。

 私はただ、お友達の――彼女の顔を見ることが出来れば、それでよかったから。

 でも、菊花賞に有馬、春の天皇賞を制しても、彼女はその顔を見せてくれなくて。

 それどころか彼女は、こうやって顔を見せないまま、私と走るようになった。

 

「何だよ、その顔は」

「…………」

 

 認めてくれたんじゃ、なかったの?

 それとも私に、ああやってズルをして勝ちたかった、だけ?

 アナタのために走り続けたのに。その結果が、こんなものなんて。

 ……そんなのは、絶対に許さない。

 

「あァ、その目だ……! その目だよ! 最高だ! やはりオレはこうでないと!」

 

 浮かべるその笑みも、ひどく憎たらしく見えて。

 

「……答えて。アナタはいったい、何なの?」

 

 その問いかけは、ここ数日の夢どころか、彼女と出会ってから初めてのもので。

 彼女は一度、私のことをじっと見つめてから、静かに答えた。

 

「オマエには失望したよ」

「……どういうこと?」

「今のオマエは、オレの影を追い続けるだけの……ただの、亡霊でしかない」

 

 並べられる言葉の意味なんて、分かるはずもなくて。

 次の瞬間、周囲の風景が絵具をかき混ぜるみたく、ぐちゃぐちゃに溶け始めた。

 夢が終わる。髪を伝っていく雨粒が、瞳の前で泡のように膨らんで、消える。

 そして彼女は、崩れていく地面を歩きながら、こちらに近寄ってきて。

 

「教えてやる」

「……なにを?」

「今のオマエに必要なことを」

 

 内臓がふわりと浮かぶような、強烈な浮遊感。

 底の見えない曇天に、彼女に抱き寄せられながら落ちていく。

 私の髪と彼女の髪が絡み合って、それは夜の帳となって周囲を包んでいって。

 そして、星空が煌めく世界の中で、彼女がふと天上へと指をさした。

 

「面倒だから、今度はアイツも連れてきな」

 

 言葉に促されるよう、顔を上げたその先に見えたのは。

 

「……シャカール、さん?」

 

 逆さまになって私たちのことを見つめる、エアシャカールさんだった。

 

 

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