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それから。
「なんだか、とってもロマンチックなお話ね!」
無言で見つめ合う私たちを見兼ねた二人に、理科準備室まで連れ戻されて。
今日見た夢について、ファインさんに詰め寄るように説明を求められて。
……その間、シャカールさんは頑なに口を閉ざしたままだったけど。
一通り話を終えたあと、最初に返ってきたのがファインさんのそんな言葉だった。
「……そうでしょうか」
「ええ、もちろん。だって同じ夢を見られるなんて、とても素敵なことじゃない? あーあ、私もシャカールと同じような夢を見られたらよかったのに。そうすれば、夢の中でもずっと一緒にいられるし。いいなぁ、カフェは」
「なンで寝てる間もオマエと一緒にいなきゃならねェんだよ……」
ようやく口を開いたシャカールさんは、ひどく疲れたような表情を浮かべていた。
「そもそも、オレとコイツの見た夢が同じモノなワケねェだろ。いくつかの偶然が重なって、たまたま同じような内容の夢を見た。それだけのコトだ」
「おや、言い切ったね。証拠はあるのかい?」
「ねェよ。だが、オレとコイツの見た夢が同じモノだッて証拠も存在しねェだろ。その証拠は、オレたちの主観でしか語れねェんだから。整合性に欠ける」
「……それなら、悪魔に魂を売ってみるかい?」
「勝手にやッてろ。くだらねェ」
そう吐き捨てると、シャカールさんは苛立ちを隠せない様子で立ち上がって。
「シャカール、どこに行くの? まだお話の途中だよ?」
「知るか。オレは帰る。こんな無意味な会話に付き合う必要性が感じられねェよ」
「私としては、シャカールくんの意見をぜひとも聴いてみたいが」
「今さっき話してやッただろ。それで終わりだ」
二人の言葉も意に介さず、シャカールさんは不機嫌そうな足取りのまま、扉へと向かっていく。ともすれば、それは逃げているようにも――こう伝えるときっと、本人は怒るだろうけど、少しだけ怯えているようにも見えて。
「……待ってください」
気が付けば、私は彼女の細い腕を握っていた。
「……離せよ」
「無意味だ、と言いましたよね」
「あァ?」
「こんな話は無意味だ、って。……私には、そうは思えません。きっとあの子は、私たちに何かを伝えようとしている……言葉では伝えられない、何かを」
「……それは、オマエがそう信じたいだけじゃねェのか?」
「確かに、アナタの言う通りかもしれません。私があの子に妄信的になっている、それだけのことかもしれない。自分でも、その可能性は否定できません」
「だッたら……」
「だけど、アナタもあの子の言葉を聞いたはずです」
そうして私は、シャカールさんに指をさして。
「――面倒だから、今度はアイツも連れてきな」
言葉が返ってきたのは、しばらくの沈黙が流れたあとだった。
「……気に入らねェ」
「私がですか? それとも……あの子の、ことが?」
「両方だよ。勝手に他人の夢に現れて、指図してくるアイツ。それと……」
短く答えると、シャカールさんは私の向けた指を握って、無理やり逸らしながら。
「オマエのそのスカした態度だけは、どうしても好きになれねェな、カフェ」
「……私も、アナタのその乱暴さには、前々からうんざりしていたところです」
そう返すと、シャカールさんが私の胸ぐらを勢いよく掴み上げる。
「タキオンについてるだけの金魚のフンが、偉そうな口叩いてんンじゃねェよ」
「アナタだって、ファインさんの腰巾着のくせに。……自覚がないんですか?」
睨みつけてくる彼女を、私も同じように強く見つめ返した。
「ねえ、タキオン……もしかしてこれって、
「君は一体、どこでそういう言葉を覚えてくるんだい?」
ひそひそと会話を交わす二人に眼もくれず、シャカールさんが問いかけてくる。
「……また、オマエと同じ夢を見られる保証はあンのかよ」
「ありません。でも、あの子ならまた、私たちを同じ夢へと導いてくれるはずです」「
「はい。だって、これは
そこでようやく、シャカールさんは私の指から手を離して。
「……やっぱり気に入らねェな、オマエのその態度は」
からかうように、私の額を指ではじいてから、乱暴に椅子へ腰かけた。
……本当、不必要に乱暴なヒト。
「おや、その気になったのかい、シャカールくん?」
「仕方ねェだろ。コイツに任せる以外、マトモに解決できそうにねェんだから」
「でも、正解だよ。だって、カフェになら安心してシャカールを任せられるもの」
ね? なんて小首を傾げながら、ファインさんがこちらに視線を送ってくる。
どう答えたものかと思案していると、すぐにシャカールさんが口を挟んで。
「それで、どうすりゃいいんだ? 教えてくれよ、専門家サマ」
煽るようなその口調が癪に障ったけど、そんなことに構っていたらいくら時間があっても足りないから、私は大人しく答えることにした。
「難しい話ではありません。また、同じように夢を見ればいいだけです」
「それだけかよ? 随分と簡単じゃねェか」
「……大事なのは、私たち二人が全く同じタイミングで夢を見なければいけない、ということです。多少の誤差であれば、問題はないでしょうが……一時間や二時間、ともなると話は別です」
「つまり、どちらか片方が眠るだけじゃダメってこと?」
「そうなります」
ファインさんの質問に答えると、シャカールさんの退屈そうな溜息が返ってくる。
「……一応聞いとくが、オマエはいつも何時に寝てんだよ」
「時間はバラバラですが、消灯時間にはベッドで横になっていますよ」
「ハッ。いい子ぶってンなァ」
「アナタが不健康すぎるだけです」
鼻で笑うような声をかけてくるシャカールさんに、私も思わず強く見つめ返す。
そうやって、また睨み合う私たちの間に割り込んできたのは、タキオンさんで。
「もういっそのこと、今から二人とも同じ部屋で寝てしまったらどうだい?」
……………………。
「このヒトと?」
「コイツと?」
「……嫌そうな顔つきはよく似てるねえ、君たち」
呆れるタキオンさんをよそに、シャカールさんと再び向き合う。
……確かに、選択肢のひとつとしては頭にあったけど。
だからって何も、今すぐなんて。
「手っ取り早い提案だと思ったんだが……二人とも不満なのかい?」
「そりゃな。つーか場所はどうすンだ、場所は」
「私が仮眠室にしている空き教室があるから、そこを使えばいいさ。……ただまあ、ベッドは一つしかないし、枕も一つしかないが」
「添い寝? 添い寝なのね!? いいなー、カフェ!」
「ファインさん、はしゃがない」
どうしてか目を輝かせて迫ってくるファインさんを、無理やり押し退ける。
「オレは反対だぞ。コイツと一緒のベッドなんて、寒気がする」
「私もです。このヒトと一緒のベッドなんて……寝相も悪そうだし」
「でも、他に確実な案はないだろう?」
「…………」
「…………」
押し黙ってしまった私たちを見て、タキオンさんがにやにやと笑う。
すると彼女は、白衣のポケットから錠剤の入った小瓶を取り出してから、
「この薬も渡しておくよ。きっと必要になるだろうからね」
「要らねェよ。どうせ、オマエの作った胡散臭ェ薬だろ」
「まさか。ただの市販の睡眠薬さ」
小瓶を手の内で弄りながら、うすらと笑う彼女を見て、ふと。
……睡眠薬なんて、いつの間に? そんな素振りなんて、この人は一度も……。
というより、いつも着てる白衣に入れておくほどの常用を?
それを質そうとする前に、シャカールさんが舌打ちをしてから、口を開いて。
「さっさと寄越せよ、クソが」
「言われなくても。もう、私には必要のないモノだからね」
「……そォかよ」
投げ渡された小瓶に視線を向けたまま、シャカールさんが答える。
そんな彼女の横顔を眺めながら、何かを思いついたようにファインさんが。
「そういえば、合言葉は要らないの?」
「……合言葉、ですか?」
「うん。だって、夢の中で出会った二人が、ここにいる二人だとは限らないもの。それが自分の夢……それこそ、カフェ。あなたのお友達が作りあげた、ニセモノの二人だってことも、あり得るかもしれないし」
「……珍しくオマエにしちゃ、マトモな意見じゃねェか」
「ええ。だって、カフェのお友達って、とってもイタズラ好きなんでしょう?」
「それは……そうかも、しれませんが」
「だから、合言葉。二人がちゃんと、今の二人だって分かるようにね」
両手を合わせるファインさんに、思わずシャカールさんと顔を見合わせる。
確かに、ファインさんの言っていることは分からなくもない。今のあの子なら、夢の中に私たちのニセモノを作り出すかもしれない。それくらいに、今のあの子は……気が立っている、というか。そんな雰囲気は、ある。
だけど。
「合言葉つッても、どうするんだよ」
「ああ、そういうことなら、少し待っててくれ。確か……」
呆れたようなシャカールさんに、タキオンさんがそう言葉を続けて。それから、彼女は白衣のポケットからメモ帳を取り出してペンを走らせると、その一枚を私に、もう一枚をシャカールさんへと手渡した。
「……何だよ、この数列は」
「何って、合言葉さ。おっと、今は読み上げないでくれたまえよ。必ず夢の中で、お互いに出会ったときに読み上げるんだ。理由は分かるね?」
「……お互いの夢に干渉しないように、ですか?」
「その通り。先に合言葉の全文を知ってしまったら、夢の中の二人が本人なのか、自分の夢が作り出した偶像なのか、分からなくなってしまうからね」
……少し、話が拗れてきた気がするけど。
つまり、お互いの合言葉を知ってしまうと、自分の夢の中にも向こうの合言葉が出てきてしまって……そもそも合言葉の意味が、無くなってしまうと言うこと。
だから、夢を見るまではお互い合言葉を伏せて……夢の中ではじめて、合言葉を唱える。そうすれば、お互いが本人だということが分かるはず。
そこまでは私でもなんとか理解できた。真っ当な考えだと思う。
……だけど。
「そもそも、この合言葉が正しいッて誰が証明すンだよ」
私が口にするよりも先に、シャカールさんがそう問いかける。
……そうだ。お互いに合言葉の全文を知らなければ、それこそ合言葉の意味が、無くなってしまう。だから、誰かがその合言葉が正しいと証明しなければならない。
そうした意味を乗せたシャカールさんの言葉に、タキオンさんは。
「そんなもの、夢の中の彼女に頼めばいいじゃないか」
当然のように、そう答えた。
「……アイツが馬鹿正直に答えるか?」
「答えるさ。だって、そもそも君たち二人を招いたのは彼女なんだろう?」
「確かに……そうかも、しれねェけどよ」
「それに彼女は存外、面倒見がいいみたいだからね。そうだろう、カフェ?」
その言葉は私への問いかけというより、タキオンさん自身の感想に聞こえた。
「とにかく、モノは試しだ。二人で仲良く、夢の世界へ行ってきたまえ」
「行ってらっしゃい。あ、お友達に私たちのことも、忘れずに紹介しておいてね?」
なんて、見送るにはあまりにも適当な態度のタキオンさんと、その隣で手を振るファインさんに、シャカールさんと私も思わずまた顔を見合わせる。
そして。
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「……なァ。もっと向こう寄れねェのかよ」
「もう限界です。無茶を言わないでください……」
薄暗い部屋の中、私たちは身を寄せ合うようにして横になっていた。
「ったく……どうしてオマエみたいな陰気なヤツと一緒に寝なきゃいけねェんだよ」
「文句はあの子に言ってください。私だって本当は嫌なんですから……」
「……クソが」
それだけ吐き捨ててから、シャカールさんは口を閉ざした。潜むように静かで、だけど荒い息遣いだけが、隣から響いてくる。眠るのにはもう少し時間が必要かもしれないな、なんてことを考えながら、私も目蓋を閉じた。
微睡がゆっくりと襲ってくる。身体の奥からあふれ出る柔らかなものではなく、無理やり目蓋を閉じさせようとしてくる、ひどく強引なもの。
荒波のようなそれに、身を任せていると。
「……なンで、オレなんだろうな」
ぽつりと、シャカールさんがそんな言葉を漏らしたのが聞こえて。
「それも、あの子に聞いてください」
それから、シャカールさんがどんな言葉を返したのかは分からない。
だって、その時にはもう、私の意識は深いところへと落ちていたから。
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